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1週間前私のいとこが死を迎えた。自衛隊富士学校の史学教官を長年務めた。岡崎の出身だが北海道はじめ各地で勤務。長男であるが御殿場に居を構えた。 職場まで相当の距離を毎日ランニングして通ったときいている。Tくぁい看護は米軍で通訳業務に従事。 もう10数年前私の主催する学習会の講師として硫黄島に部下を連れて行った時の話をしていただいたがもう途中から涙で言葉が続かなかったことをおもいだす。参加者も硫黄島守備隊の置かれた環境と使命感の話を聞き皆なみだした。 安倍総理が硫黄島慰霊に行かれた際、正座して地下に眠られる英霊に放置の罪を詫びられたことがあったが、心あるリーダーのあるべき姿を見させていた私が感銘した方のことを記しておかねば。 それは高松宮殿下のことである。 昭和47年。宮様が硫黄島にいかれたさいのこと、壕の中にはまだ大小の骨片が散らばっている。それをご覧になり正座なされ両手をつき何やら祈りの言葉をあげられたという。 別の壕に案内されると今度は入るのを躊躇なされた。そして靴を脱がれ、素足となって散らばる骨片をふむことのないようになされてから入いられたそうである。 米軍はいかなる戦争でも最後の一兵平の遺体まで探しきる義の国だなどと聞いて信じていたころの洗脳は何だったのか。敵兵といえど累々たる亡骸の上にブルトーザーを入れて地ならしし飛行場にするなど暴挙といわずになんというべきか。そしていまだそのご遺体は放置されて帰還せしめていない日本。ああ。 私も友が遺骨収容に行ける道を探ってくれているので是非同行させてほしいと頼んでいるがいまだよき返事がない。いつか必ず行きたいと願う一人である。
精魂を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき
御製です、はじめて米国に行かれる際、硫黄島にお参りしてから行きたいとお読みになられたのでした。 精魂を込めて戦い抜かれた方々 陛下の悲しみはいまだそのまま、一刻も早く遺骨収容をなすのが守られた日本人のせきむであります。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.09.01 09:09:54
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