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投資逍遥

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読書

2011/09/14
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テーマ:読書日記(2)
カテゴリ:読書
読後感を書いておく。

著者は、大正15年東京生まれ。
現在は、85歳くらいか。

この本は、80歳くらいの時期に書かれたようである。

いろいろと興味深いことが書かれているが、歳を重ねるという現実は素直に受け入れるしかないか。






Last updated  2011/09/14 09:10:09 PM
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2011/09/05
テーマ:読書日記(2)
カテゴリ:読書
あだし野の露きゆる時なく、鳥部山の烟立ちさらでのみ住みはつるならひならば、いかに物のあはれもなからむ。世は、定めなきこそいみじけれ。命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふのゆふべをまち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年を暮らすほどだにも、こよのうのどけしや。あかず惜しと思はば、千年を過ぐすとも、一夜の夢の心ちこそせめ。すみはてぬ世に、みにくきすがたを待ちえて何かはせむ。命長ければ辱多し。長くとも、四十に足らぬ程にて死なむこそめやすかるべけれ。その程過ぎぬれば、形をはづる心もなく、人に出でまじらはむことを思ひ、夕べの陽に子孫を愛してさかゆく末を見むまでの命をあらまし。ひたすら世をむさぼる心のみ深く、もののあはれもしらずなりゆくなむあさましき。(第七段)


------------------------------------------------------------


【上記の感想】

上記は、『徒然草』の引用。

京都に鳥部山はあるようだ。
鳥辺山と今は書くようだが。

さて、今の時期になると、秋の虫の鳴き声が聞こえる。
そして、蝉の鳴き声が弱くなり、ツクツクボウシの鳴き声が目立つようになる。

世の中の無常感が漂う時期である。
そんなことを思うこの頃。






Last updated  2011/09/05 09:41:54 PM
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2011/06/18
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
この本は、2010年2月13日に発行されたものである。
なぜ、この日付かというと、バンクーバーオリンピックが行われたのが、2010年2月12日~28日であるからのようだ。
当然ながら、この本は、バンクーバーでの競技の前に書かれた本である。

著者は、言わずと知れたモーグルスキーヤーである。

出場した4回のオリンピックの結果だけを書けば、長野での7位から、まさに一歩一歩の前進で、バンクーバーでは4位。

次のオリンピック(2014年、ロシアのソチで開催予定)のことは、さすがに現時点では話題にもなっていないが、出場してメダルを獲得してもらいたいものだ。






Last updated  2011/06/18 08:38:15 PM
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2011/04/09
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
久々に読書日記を書く。

この作品は、1995年の山本周五郎賞の受賞作。
山本周五郎という名前のつく文学賞なので、涙をさそう感動の中にユーモアのある優れた作品が受賞対象になっているのか。
そんな想像をする。
実際、この作品はそういった点は、堪能できた。

この文学賞を受賞した他の作品も読んでみようかな、と思ったりしている。






Last updated  2011/04/09 02:37:32 PM
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2010/05/03
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
この本は、2004年4月に発行されました。
今から、6年前になります。
著者の宇田川清江さんは、当時、NHKのラジオ深夜便のアンカー。
ただ、今年になり、20年間務めたラジオ深夜便を勇退されたそうです。
お疲れ様でした。


以下は、4月13日の産経新聞の引用です。



---引用開始---

“大人のラジオ”として中高年を中心に絶大な支持を得ているNHKの「ラジオ深夜便」。スタートから20年にわたりアンカーを務めてきた宇田川清江さん(75)が3月、番組を勇退した。働く女性として、母として、必死に駆け抜けた半生を振り返り、「人とのつながりが大切だということを、しみじみと感じます」と語る。

 「ラジオ深夜便」がスタートしたのは平成2年。宇田川さん50代の時だった。ラジオの深夜放送といえば若者向けの番組が多い中、静かな音楽を挟みつつ、メーンキャスターに当たるアンカーがリスナーに語りかけるようにゆっくりと話す番組は人気となった。

 「まさか、夜眠れない人があれほどたくさん聞いてくださっているとは」と宇田川さんは振り返る。中には介護や病気の痛みをこらえて耳を傾けてくれる人たちもいた。

 優しい声が印象的な宇田川さんだが、これまで歩んできた道のりは決して平坦(へいたん)ではなかったと明かす。

 NHK入局は昭和32年。当時はまだ、女性がニュースを読むと信憑(しんぴょう)性がないといわれていた時代だった。初任地の札幌勤務を経て、35年に東京のアナウンス部に異動。テレビの「生活の知恵」「婦人の時間」などの番組を任されるようになった。
しかし、転機はすぐに訪れた。「デスクには『子供は産むなよ』といわれていましたが、どうも私は間が悪い人間のようで、2年後に子供ができました」と笑う。

 39年にNHKを退職。フリーになるが、子供の交通事故を機にすべての仕事を降りた。軽いけがで済んだものの、目を配らせられなかったことに自責の念を感じたからだ。

 2年ほど家庭で過ごしたが、時々、仕事の虫がうずく。姑(しゅうとめ)に育児の協力を嘆願し、NHK国際放送の「ラジオ・ジャパン」に復帰。子供がようやく手を離れたころ、「ラジオ深夜便」の仕事が舞い込んだ。時に悩み、立ち止まりながらも、仕事を続けてきた女性が放つ言葉は、多くのリスナーの心に響いた。

 3月末、放送界を牽引(けんいん)してきた功績が認められ、「放送ウーマン賞2009」の「40周年特別賞」が贈られた。「細々とでもマイクの前で仕事ができたのは、いただいたご縁があったから。フリーとなり、家庭に犠牲を払いながらも続けてきたことが、評価していただけたのかな。私の一世一代の受賞でございます」

 トロフィーを胸に抱え、はじけるような笑顔が輝いていた。(三宅陽子さんによる文章です)

---引用終了---







Last updated  2010/05/03 02:05:46 PM
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2008/10/30
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
最近、鬼平に凝っている。
【この本からの引用】【上記の感想】をいう形で、少々書いておきます。

直近の関連日記は、こちら



【この本からの引用】

平蔵の背後へ忍び寄って来た浪人ば編笠をぬぎ捨てざま、

【上記の感想】

編笠とは何か。
顔を隠し気味にかぶる藁で編んだような帽子で、雨よけにもなるもの。
まあ、そんな感じだとは思いますが、自信がないので調べてみます。

まず、手元の新明解によると、「スゲやイや藁で編み、頭にかぶる笠。日よけや顔を隠すのに用いられた」と。
これだと、私が想像する「雨よけ」には用いられないような。
また、「編笠」と「すげ笠」を混同しているような。
「すげ笠」は遍路旅に用いられ、雨よけと日よけを兼ねているようである。



【この本からの引用】

木村忠吾が突棒で撲りつけた。

【上記の感想】

「突棒」とは何か。
手元の新明解によると、「江戸時代、罪人を捕り押えるのに用いた、丁字定規風の道具。頭部は鉄製で歯をたくさんつけ、それをそでなどにからみつけた。」
文字だけでまとめると、けっこう苦しいですね。(笑)

こちらの画像で確認しましょう。






Last updated  2008/10/30 10:58:28 AM
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2008/10/28
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
【この本からの引用】【上記の感想】という形で読後感を書いておきます。
日本刀のことを、ちょっとだけですけどね。

関連日記は、こちら




【この本からの引用】

平蔵の腰間から疾り出た愛刀・粟田口国綱の切先が、ざっくりと切り割った。

【上記の感想】

日本刀には興味がないが、気まぐれで調べてみます。
鬼平の刀は、粟田口国綱とのこと。
さて、その粟田口国綱はというと、人物名のようです。
何となくわかっていましたが、日本刀の名称は刀工名で語られるようです。

以下に、ウィキペディアより引用しておきます。

「粟田口国綱(あわたぐちくにつな、1163年?-1255年頃)は、鎌倉時代初期、山城国粟田口の刀工。本名、林藤六郎。左近将監を称する。」






Last updated  2008/10/28 05:47:53 AM
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2008/10/27
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
読後感を書いておきます。
【この本からの引用】【上記の感想】という形で。



【この本からの引用】

紙に包まれた金は、小判で一両。
現代でいえば、およそ十万円にも相当しよう。

【上記の感想】

一両は十万円と覚えておけば良いようです。
が、それでは大雑把すぎるので、日銀のウエブサイトで調べてみました。
すると、つぎのように書かれていました。

-----引用開始-----

江戸時代における貨幣の価値がいくらに当たるかという問題は、大変難しい問題です。なぜならば、当時と現在では世の中の仕組みや人々のくらし向きが全く異なっていて、現在と同じ名称の商品やサービスが江戸時代に存在していたとしても、その内容や人々がそれを必要とする度合いなどに違いがみられるからです。
ただ、一応の試算として江戸時代中期の1両(元文小判)を、米価、賃金(大工の手間賃)、そば代金をもとに当時と現在の価格を比較してみると、米価では1両=約4万円、賃金で1両=30~40万円、そば代金では1両=12~13万円ということになります。
また、米価から計算した金一両の価値は、江戸時代の各時期において差がみられ、おおよそ初期で10万円、中~後期で3~5万円、幕末頃には3~4千円になります。

-----引用終了-----

何がなんだか分らなくなりました。
通貨の価値が永久に変らないなどということはないという、当たり前のことを確認しただけでした。




【この本からの引用】

同心・木村忠吾と松永弥四郎へ密偵ニ名をあたえ、

【上記の感想】

木村忠吾と書き、「きむらちゅうご」と読む。
鬼平初心者なので、こんなことも知らなかった。
ニックネームは、うさぎ。
なぜうさぎなのか、その理由を調べておいた。

以下に、書いておきます。
ネットで借用させていただきました。m(__)m

-----引用開始-----

木村忠吾が物語に初めて登場するのは第二巻の第二話、「谷中・いろは茶屋」にてである。
火盗改メの同心とは似つかないおとなしい性質、
芝・神明前のお菓子屋さん「まつむら」で売られている「うさぎ饅頭」そっくりなことから
口の悪い与力・同心から「兎忠さん」と呼ばれていた。
いくらからかわれても童顔へにたにたと笑いを浮かべ怒りもしないのろまだが、
愛嬌があり皆から愛される人柄である。」

-----引用終了-----






Last updated  2008/10/27 06:21:10 AM
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2008/10/22
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
『今昔物語集』の巻17ノ3の読後感を書きます。

あらすじは、治安維持を司る役人が、合戦中に矢をすべて射尽くしたため、非常なピンチに陥った。
その際、自身の氏寺の地蔵菩薩に助けて下さいと祈念した。
すると、一人の小僧が現れ、次々と矢を拾って役人に渡してくれた。
しかし、その小僧は合戦の途中で、背中に矢を射られてしまい、役人は小僧を見失ってしまった。

さいわい合戦の方は勝利をおさめた。

その後、役人は氏寺に参詣し、地蔵菩薩を見たところ、その地蔵菩薩の背中に矢が立っていた。
それを見て、役人は、戦場で自分を救ったのは地蔵菩薩だったことを知り、感激した。


まあ、こんな感じですか。
要するに、地蔵菩薩は大変ありがたい存在だと説いていると思われます。




以下に、調べたことを、少々書いておきます。


「日本においては、浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生のかなわない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという信仰が強まり、地蔵に対して、地獄における責め苦からの救済を欣求するようになった。

賽の河原で獄卒に責められる子供を地蔵菩薩が守るという民間信仰もあり、子供や水子の供養でも地蔵信仰を集めた。また、関西では地蔵盆は子供の祭りとして扱われる。

また道祖神と習合したため、日本全国の路傍で石像が数多く祀られた。」(ウィキペディアより)


これは、日本の地蔵信仰について書かれた部分。
今でも、昔からある道の傍らに、お地蔵さんを見ることがある。
この地蔵信仰は、平安時代以降に盛んになったようである。
ところで、今昔物語の成立はというと、12世紀前半で平安末期だそうです。
多分、地蔵信仰が盛んだった時期だと思います。



「胡ぐい(やなぐい):矢を入れ、腰につけて携帯する道具。奈良時代から使われ、状差し状の狩胡(かりやなぐい)と幅の広い平胡(ひらやなぐい)とがある。また、古製の靫(ゆき)が発展したものを平安時代からは壺胡(つぼやなぐい)といい、公家の儀仗用となった。行列では、女性が手に持って歩く。」
(ネットで借用 m(__)m)


「やなぐい」というのは、矢を入れるものです。
今となっては使われることなど決してなさそうな言葉ですね。






Last updated  2008/10/22 05:47:38 AM
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2008/10/20
テーマ:本日の1冊(2998)
カテゴリ:読書
読後感を書いておきます。

この作品は、いわゆる時代小説です。
舞台は、江戸時代です。

以下に、【この本からの引用】【上記の感想】を書きます。


【この本からの引用】

今からざっと40年前の寛政時代、改革が行われて、「相対済し」という法令が出た。
「相対済し」とは、金銭を貸した方と借りた方との話し合いで問題を解決することだが、この時のそれは、旗本や御家人の焦げついている借金を帳消しにせよと、札差に申し渡したのだと聞いている。

【上記の感想】

当時は、武士が商人から借金をするのが一般的だったようです。
今までの借金は返済しなくても良いことになり、当然武士は喜ぶものと思われます。
が、実際は借金をした武士が困ってしまったというのだから、世の中わかりません。
その理由は、今までの借金はちゃらにすることにより、今後は一切お金を貸してもらえなくなるから。



【この本からの引用】

男は今、茶店の床机に腰をおろしている。
飯倉神明宮の境内であった。
参詣をすませた男は、さすがにすぐ炎天下を引き返す気になれなかったのか、たっぷりと葉を茂らせた大木の陰にある茶店へ向かって行ったのだった。

【上記の感想】

「飯倉神明宮」を調べてみました。
東京都港区にある「芝大神宮」のことでした。

同神宮のウエブサイトには、次のように書かれています。

「芝大神宮は、伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りしています。御鎮座は遠く平安時代、寛弘二年(1005年)一条天皇の御代に創建された由緒あるお社です。
 古くは、飯倉神明宮、芝神明宮と称され鎌倉時代においては、源頼朝公より篤い信仰の下、社地の寄贈を受け、江戸時代においては、徳川幕府の篤い保護の下に社頭はにぎわい大江戸の大産土神として関東一円の庶民信仰を集め、「関東のお伊勢さま」として数多くの人々の崇敬を戴きました。その当時の賑わいは、広重の錦絵に窺うことができます。
 その後の当宮の社史をみますと、明治、大正、昭和初期の関東大震災、太平洋戦争の激動期においても、数多くの苦難にも耐えて氏子並びに崇敬者に支えられ現在の御社殿に至ります。」






Last updated  2008/10/20 06:00:47 AM
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