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投資逍遥

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東海道五十三次

2020/05/18
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カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見てきましたが、今回は京師(終点)になりますので、東海道五十三次をテーマとする記事は最終回になります。

起点は日本橋ですので、
東京→神奈川→静岡→愛知→三重→滋賀→京都
という順番で、巡ってきたことになります。


さて、今回の「京師 三條大橋」ですが、

京師と書いて、「けいし」と読みます。
私は初めて聞きましたが、その意味は、帝王の都のことで、京都や京城と同義のようです。

三條大橋は、今は、三条大橋と書くのが普通です。
三条大橋擬宝珠刀傷跡が、わりと知られているようですが、
その刀傷跡は、1864年7月8日(元治元年6月5日)に発生した池田屋事件で付いたとされています。






Last updated  2020/05/18 05:00:08 AM
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2020/05/11
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、大津 走井茶店。

「走井」と書いて、「はしりい」と読みます。
その意味は、走るように湧く清水、とのことです。

左の方に描かれているのが、走井茶屋。
当時の走井茶屋は現存しないようですが、走井餅という名物は、今でも食することができるようです。






Last updated  2020/05/11 05:00:07 AM
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2020/05/04
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、草津 名物立場。

描かれている茶屋の看板には、「うばもちや」と書かれています。
そして、茶屋の中では、休憩する多くの旅人が、餅を食しています。
その餅は、「うばがもち」。

「うばがもち」は、今でも、滋賀県草津市の名物とのことです。






Last updated  2020/05/04 05:00:08 AM
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2020/04/27
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、石部 目川ノ里。

石部宿は、京から36km程の距離にありました。
すなわち、石部宿は、京を発った旅人が最初に泊まる宿で、「京発ち石部泊まり」という言葉があったそうです。






Last updated  2020/04/27 05:00:08 AM
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2020/04/20
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、水口 名物干瓢。

干瓢の産地というと、栃木県。

農林水産省統計で2016年の都道府県別収穫量を調べると、

・1位 栃木県 
・2位 茨城県
・3位 滋賀県

で、やはり1位は栃木県で、そのシェアは何と99%で、圧倒的な1位。

滋賀県の水口干瓢を知らなくても、当然かもしれません。
私も、水口干瓢は知らなかったのですが、今でも歴史のある産地とのことです。






Last updated  2020/04/20 05:00:08 AM
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2020/04/13
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、土山 春之雨。

土山宿ががあったのは、現在の滋賀県甲賀市土山町北土山および土山町南土山。
つまり、ブログ上の東海道の旅は、東京→神奈川→静岡→愛知→三重を経て、滋賀に入ってきました。

土山宿は、上方へ向かう旅人が、鈴鹿峠を越えて最初に入る宿で、小田原宿三島宿と同じく、当時は賑わっていたようです。






Last updated  2020/04/13 05:00:08 AM
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2020/04/06
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、阪之下 筆捨嶺。

筆捨嶺と書いて、「ふですてれい」と読みます。
現在は、筆捨山(ふですてやま)と呼ばれているようです。
この筆捨山は、三重県亀山市関町に位置する標高286.2mの山で、標高は大したことはないのですが、伝説がすごい。

その伝説は、

筆捨山は、もともとは岩根山と呼ばれていたのですが、
室町時代の著名な画家であった狩野元信が、この岩根山を描いたとき、力及ばず筆を投じたとか。それで、筆捨山と呼ばれるようになったとか。






Last updated  2020/04/06 05:00:07 AM
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2020/03/30
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、関 本陣早立。

関宿があったのは、現在の三重県亀山市。
その亀山市には、今でも、関宿の町並みが残されており、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。






Last updated  2020/03/30 05:00:07 AM
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2020/03/23
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、亀山 雪晴。

画をよく見ると、雪の斜面を登る旅人一行が描かれています。
右上に描かれているのは、亀山城の石垣と京口門。
そこを入ると、宿場町になります。
亀山は、宿場町であり、城下町でもありました。






Last updated  2020/03/23 05:00:07 AM
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2020/03/16
カテゴリ:東海道五十三次



歌川広重(1797~1858)の東海道五十三次を順番に見ています。

今回は、庄野 白雨。

庄野宿は、東海道で最も遅い1624(寛永元)年に設置された、とのこと。

「白雨」は、夕立、とのこと。






Last updated  2020/03/16 05:00:06 AM
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