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雪香楼箚記

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アンスカ国文学会


2006年11月18日
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カテゴリ:カテゴリ未分類



    小説の楽しみ方
      『木曜島の夜会』



 小説にであふ、といひたいとき、私は出逢ふといふ字を使ふことにしてゐる。会ふ、ではなくて。
 いい作品にめぐり逢へるかどうかといふのは、いい女に(あるいは男に)めぐり逢へるかといふ問題に似てゐて、数限りない偶然と必然の錯綜のなかで生れる本と自分との接点を見逃すと、永久に知らないどうしになつてしまふ。たまたま本屋の棚でお茶を挽いてゐたのを値切つたとか、旅行中の暇つぶしに買つた雑誌に載つてゐたとか、友達に貸してもらつたとか、とかくいい本といふのはあつといふまに目のまへをよぎるやうな出逢ひ方がおほく、だからこそその出逢ひをしつかり捕へなくてはならない。そのことを思ふと、例へばこの『木曜島の夜会』のやうな本を手にできるのは、やつぱり逢ふといふ字のほうがぴつたりとしたできごとなのである。
 そして読者としては、出逢つたといふ事実、出逢ふといふ表現を使はなくてはならないほどとびきりの名作であるといふ事実、それだけでもう充分なのであつて、いい作品をまへにすれば批評者気取りのものいひなどは空しくなつてしまふ。美人に出逢つたときには、出逢つたこと、美人であることにただ驚き、嘆賞すればよく、彼女のどこが美しいのかを一々考へてみるのはじつにばかげたことであるやうに。『木曜島の夜会』といふ小説にしてもさうであつて、なぜこれほどにいいのかといふ問題は無視するほうが正しく、また、それを問題にしてみたところで私のやうな浅学の徒には答へやうもない。とにかく、いい小説に出逢つたな、といふそれだけなのだ。
 
 物語は、南洋のある島に始まる。主人公らしい主人公はゐないが、主要な登場人物として、湊千松、宮座鞍蔵、吉川百次、藤井富三郎といふ四人のひとびとを挙げることはできるだらう。彼らはすべて、木曜島といふオーストラリア領のちいさな島に出稼ぎをしたことがあるのだが、そのうち千松をのぞく三人が同じ仕事に従事してゐた。釦の材料になる白蝶貝を潜水して採るのである。
 貝採りは日本人しかやらなかつた(それもなぜか紀州の熊野のある村の出身者が多く、千松も、鞍蔵も、百次も同村のひとだつたらしい)。ほかの民族には不向きな仕事なのか、おなじ時間働いても日本人ほどの量を水揚げできないのだといふ。三人とも優秀な潜水夫で、今でも往事の仕事を懐み、潜水病で体が不自由になつてしまつた鞍蔵でさへ、若ければもう一度やつてみたいと言つてゐる。人工樹脂で釦を作るやうになつてからすつかりおとろへてしまつたこの職業はふしぎな魅力を持つてゐるらしく、小説に登場する鞍蔵の「甥」などは、幼いころ武勇伝を聞くやうな思ひで貝採りの話を聞いたらしい。
 武勇伝の主は鞍蔵でもあつたが、それよりも功成り名遂げて村に帰つてきた千松であつた。彼は鞍蔵や百次に兄貴と呼ばれる先輩で、一財産築いて故郷に凱旋し、幸せな結婚をしたのだが、村の子供たちにとつてそんな千松はまさしく英雄だつたといふことができるだらう。ところが物語のなかで、実際には彼は貝採りの潜水夫ではなく、一時船には乗りこんでゐたものの、なにかの事情によつて陸で料理人となり、そこで財を築いたのだといふことがあきらかになる。そして、どういふわけだか彼は日本での生活を措いて木曜島に戻り、そこで横死してしまふ。
 ここから小説は現在の視点になり、千松に興味を惹かれた作者が木曜島を訪れるといふ旅行記の体裁になつてゆく。そこで、司馬遼太郎はやはり潜水夫をしてゐた藤井富三郎に出逢ひ、夜会に招待されることになるのだが、後半は二度にわたるこの島の夜会の描写を中心として、そのなかで富三郎といふ人格がさりげなく点綴され(島でいちばんの資産家であること、現地で結婚した妻のこと、事情があつて拘禁中の中国人たちの面倒をみてゐること、今でも大工道具を抱へて病院の修理を請負つてゐること、遠く故郷を離れた地で暮すさみしさのせいか日本人の客を心待ちにしてゐること)、最後は彼の妻が「富三郎の姿をみると、自分はいつもたまらなくなる」と作者にかきくどく場面の、あるひとことで小説に幕が引かれる。
 ─“Japanese is a japanese.” (日本人は、どこまでいつても日本人なの)
このひとことによつて、木曜島と白蝶貝をめぐつて一見無造作に綴られてきたかずかずの挿話が、まるでばらばらになつた宝石を糸で貫きとほすやうにしてひとつになる。司馬遼太郎が『木曜島の夜会』のなかで描かうとしてゐたのは、木曜島でも、貝採りでも、潜水夫でもなく、日本人たちの姿だつた。この細長い恰好をした島国に住んでゐるひとびとのうち何人かが、南洋のちいさな島をめぐつて繰りひろげた哀歓。それだけがこの小説の主題であつて、ことばをかへれば、千松、鞍蔵、百次、富三郎といふ四人の日本人たちの人生そのものが作品の骨格をなしてゐるのにほかならない。そして、そこからふしぎな香気がたちのぼつてゆく。
 が、この小説の風韻をまへにして、そんなことをいつたところでなんになるだらうか。どんなにことばを費してみたところで、『木曜島の夜会』といふ、この百頁足らずの作品のよさを伝へたことになりはしないだらう。

 私の書架にあるこの本は、神戸の本屋で、いささか日に焼けた背表紙をして棚に並んでゐたやつを買つたものである。たしか従姉の結婚式のあとだつたのではないかと思ふのだが、列車の時間まですこし間があつて、そこら辺をぶらついてゐるうちに見つけたもので、京都まで帰る一時間あまり(だつたと思ふ)のあひだ夢中になつて読みついだ。
 読みながら何度も感心し、ひよつとしてこれは司馬遼太郎の作品のなかでも一、二を争ふやうな名作なのではないのか、と勝手に番付を決め、さらに私には珍しいことに、同じ小説を繰返して二度読み、いよいよ讃仰の念を深めたのだが、ふしぎなことにそのとき、この小説のどこが魅力の源泉になつてゐるのだらう、といふ讃仰者なら必ず抱くはずの疑問を、私は微塵も感じなかつたのである。いや、それは感じないといふよりは、あたかも最初からさういふ疑問そのものがこの世に存在しないかのやうな強固な印象といふべきものであり、これはいい小説なのだ、といふ絶対的な意識が私のうへにのしかかつてゐたのにほかならない。さう、この小説のやうな名作は批評の必要もなくなるほどに絶対的な存在感を持つて読者のうへにのしかかつてくるのだ。そしてそのことを思へば、『木曜島の夜会』にふさはしいのは筋の説明や批評の試みなどではなく、むしろ右のやうな、溜息まじりの讃歎であるだらう。
 ちなみにいふと、このとき結婚した従姉は、私の知つてゐるうちでも最上の美人のひとりなのだが、小説同様、彼女についても賢しらな美人論は要らない。さう、素晴しきものには讃歎を!





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最終更新日  2006年11月27日 08時47分20秒
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