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せんだって日記

2006.02.10
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テーマ:たわごと(20326)
 世田谷区の主催、教育委員会の共催で行われた、「ゲーム脳」の森昭雄博士の講演「テレビゲームと子どもの脳」に行ってきました。
 現場に足を運ぶことは、やはり大事だわ。
の続き。

 森氏が「科学者ではない、あるいは科学者の風上にも置けない」と思った根拠。

 例えば。
 講演のメイン内容。

 ●臨界期の説明に際して、インドで発見されオオカミに育てられたとされる少女カマラとアマラの写真を用いていた。
 (臨界期とは、脳の発達段階において、ある行動の学習が可能な一定期間のこと。その期間を逃すと、習得が難しくなる。行動とは、言葉や歩行などね)
 カマラの例は、「環境や教育が人間を“人間”にする(だから人間様は動物とは違うのだ)」と、このようなことを言うために、教育心理学の教室などで用いられる。
 しかし、これ、オオカミに育てられたかどうか、マユツバ物なんだよね。単に捨てられた精神薄弱児だったかも知れないって話もある。
 そのようなあいまいな「証拠」を掲げて、ゲーム脳理論を強化しようってのは、科学者のすべきことでは無い。

 ●「自然」は無条件に良い、と。ゲーム、テレビ、パソコン、ケータイ、アニメ、漫画、チャット、インターネットはダメで脳を壊す、と。
 これが森式の子育てアドバイス。
 なんか大味です。
 人間が作ったものでも、小説やモーツァルト、ベートーベンはイイようです。ロック音楽については、不案内なようです。
 手塚治虫は『火の鳥』を描いてた時にベートーベンを聴いたからイイようです。
 そうそう。漫画にはイイのと悪いのがあって、手塚とか歴史漫画(つまり、「好ましいラベルがついたもの」)は、イイんだそうです。
 科学でもなんでもない。

 ●森氏のゲーム脳理論の根っこにある脳の働きの解釈は、視覚情報の入力をスタートにされているらしい(本日の講演より)。
 脳の成長というのは、サイズが大きくなることでもなく、シワが増えることでもない。
 すっげーおおまかにいって、思考などで起こる脳の信号の通る道がどんどん密になっていくことと、頻繁に信号が通るところは「交通の便」がよくなっていくことで示される。
 つまり、スカスカな埋立地の中のような道ではなく、路地が多くて大通りも整備された街並みのように信号の通りのいい脳の方が、成長している(≒頭がいい)ということです。
 で。
 成長期に脳を、ゲーム、テレビ、パソコン、ケータイ、アニメ、漫画、チャット、インターネットつまり「自然ではないもの」で使った場合、その成長が妨げられ、また長じてもゲームをすると壊れる。
 これが、大雑把なゲーム脳理論です。
 この脳の信号は全て、視覚から入って、脳で情報処理されて、手に出力される。この経路が森理論です。
 いわゆる「キレる」子どもは、ゲームのしすぎのためにニューロンの結びつきが単純になり、眼から入った信号が脳の中を短絡(ショート)して、手に出る。つまり、すぐに暴力を振るうと。まあこういう説明でした。

 オイ。
 盲人は全て、視覚野の活性が低いはず。
 森博士の展開する脳発達のリクツは、盲人は全てキレやすく、無口、無気力、集中力皆無でないと、簡単に破綻する。
 盲人は全て、ゲーム脳以前の段階で、脳が発達できないことになっている理論。
 こんな差別的なニューロサイエンスもあったものではない。
 科学者の風上にも置けない。
 ちょっと許せない。

 ●音楽と読書は「自制」を司るらしいです。うーむ。

 質疑応答において。

 ●ゲーム脳は認知症患者と似たような症状を示す。笑わない、しゃべらない、すぐキレる、物事を覚えてられない、など。
 用紙に書かれて提出された質問「ニンテンドーDSの脳トレーニングゲームをどう思うか?」ということに答えた森氏は終始、ネットとチャットのことしか言わなかった。あ、書く行為は良いとか言ったかな。
 いずれ、いま聞かれたことを忘れて他のことを話した。物事を覚えてられないのか。
 これだけではなく。
 挙手によって質問をしたのは、川端さんひとりだったが、川端さんの発言は大きく分けてみっつ。
 聴衆に向けての注意喚起と世田谷区に対してのお願い、これで二つ。
 つまり正味、森氏に対する質問はひとつだけ。「四十年前と比べても、キレる子どもは増えてない。仮にゲーム脳というものがあったとして、それは今の少年犯罪の減少傾向に対して影響を及ぼすことができないほどに微弱なものではないか」といったものだった。
 森氏は、これに答えなかった。
 それどころか、川端さんのひとつめの発言、聴衆に向けての注意喚起の途中に割り込んで来た。
 すぐキレる人だなと思った。物事を覚えてられない人だなと思った。

 ●さてその割り込み発言だが。
 科学者の科学的な反論に対して、人格攻撃で応酬した。
 インターネットで森氏のことがいろいろ書かれているが、それは全てゲーム会社の息のかかったものだとか。
 京大にはいいセンセイもいるが、ゲーム会社から(正確には、引退した先代社長から)70億ももらってる大学だから云々と、とにかく科学的では無い、感情丸出しの反論に終始した。
 ゲーム脳理論の確かさを証明する科学的方法を選ばないのが不思議だ。
 科学者の風上にも置けない。

 ●そうそう。学術論文というのは、科学誌に掲載されて、多くの科学者に査読(検証のために読まれること)をされて、はじめて論文として認められる。これ常識。
 何度も実験が繰り返され、なるほどその説は間違いないということになれば、森氏の提唱するゲーム脳理論も強固になるわけだから、むしろ早いこと、フツーの科学誌に載せてもらうべき。その方が森氏にとっても有意義だ。
 しかし、川端さんにその件について質問された森氏は、すでに論文は科学誌に載っていると言い切って、その件について閉じた。
 調べでは、森氏のゲーム脳に関する論文が掲載されたのは、森氏が主催する零細学会の科学誌と言われている。
 それは、八百長です。
 多くの追試に耐えうる強固な理論に成長すれば、それは森氏のためになるはずなのに、なぜかそうしない。できないのかも知れないが。
 科学者のとる態度では無い。

 えーと。根本。

 ●脳波を測った被験者を、「ゲームを一日数時間、何年もしてきた子」と「ゲームをしてこなかった子」ってな具合に絶好調でカテゴライズしているが、そのコたちのゲーム以外の属性や条件は一切無視している。
 ゲームを際限無くプレイさせた家庭というのは、ちょっと看過しかねる環境条件だと素人でも思うのだが、森博士はもうゲームのことしか考えてないので、子どもを囲む諸条件の違いは問題にしていない。家族間コミュニケーションの薄さとか、調べようともしてない。
 調査したサンプル数も、社会学者なら呆れて泡吹いて死んでしまうほど足りず、あれでとったデータを意味あるものとして扱うなど、まったく科学者の風上にも置けない振る舞いだ。


 いやね、○○ばっかり、って環境が、子どものためにいいわけないし、それこそ自然とか読書とか、別に悪いこっちゃないだろう。
 けどね、その妄想的な説教を押しつける装置として、科学にも満たない説教を、あたかも科学であるかのように偽装するのは、そしてそれを文部科学省にプレゼンしてトップダウンで擬似科学を国家から国民に下賜してもらおうってのは、マジで勘弁だよ。
 科学者の風上にも置けない。
 博士号ってのは剥奪できないものなのかね。






最終更新日  2006.03.07 02:30:07
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