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戦国ジジイ・りりのブログ

2013年11月26日
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カテゴリ:上野と寛永寺
鶯谷駅の南口を出ると、綺麗なネエちゃん達が
長いタクシー待ちの行列を作っていた。

朝もはよから、一体なんだ?
玄人さんのお仕事帰りかな?


そういえば、上野第一編で鶯谷に着いたあとしばらくさまよったラブホ街、
安政6年(1859)の絵図では、どうもその付近と思われる場所に
「日光御門主 御隠殿」が描かれている。

御隠殿とは、輪王寺宮(りんのうじのみや)の別邸。
かつて高貴な方がおわした場所の近くに、
現在では一大歓楽街が広がっている・・・
時の流れとは、切ないものよしょんぼり



さて、鶯谷から南の上野方面へ向けて坂を登っていく。
現在では坂の右手には寛永寺の霊園、左手は忍岡中学校。
が、明暦3年(1657)の絵図では、この辺りには「御佛殿」が描かれている。

寛永寺が描かれた絵図は私の手元にいくつかあるんだけど、
年代が不祥のものもある。
ただ、寺内の構成からある程度の時期の推測はつくので、
推測を基に判断すると、この明暦3年の絵図が
現時点では手持ちの中で一番古いものと思われる。


徳川家光の死亡日は慶安4年(1651)4月20日。
慶安4年12月20日付けの南部重直の灯籠を「上野第一編(6)」で紹介しましたが、
南部重直の灯籠が家光の上野霊廟の完成にあわせて奉納されたものであれば、
明暦3年の絵図にも家光の霊廟が描かれてなければおかしい。

けど、絵図には描かれていない。
けど、位置はフィットしている。
てことは、「御佛殿」は家光の霊廟を指すと考えていいのかな?
フツーに考えると、佛殿と霊廟は違うと思うけどね。

まあでも、明暦3年よりもう少し後に描かれたと思われる
『寛永寺』の表紙の絵図には、家光の霊廟の入口に「二天門」が描かれていて、
明暦3年の絵図にも同じ場所に二天門が描かれている。
二天門は将軍霊廟を構成する建物群のひとつでもあるので、
明暦3年の時点でもやはりこの坂の上部は家光の霊廟の敷地の一部だったのだろう。



前回の「上野第一編」では、坂を上がりきってから
右手にずーっと奥まで進みましたが、
今回は上がったすぐ先を左に曲がります。


     上野・寒松院



右のフェンスの中がトーハク(東京国立博物館)。 
左には子院が建ち並びます。

トーハクはほぼかつての寛永寺御本坊の敷地のアウトラインを残しているようなので、
であれば、ちょうどこの道路と左の子院のあたりが
最初に家光の上野霊廟が建てられた場所にあたると思われます。

『寛永寺』の表紙にプリントされてる絵図だと、こんな感じ↓。


     家光上野霊廟-2


あまり鮮明でなくて申し訳ありませんが、
左の「日光 御門跡」の区画が本坊であり、現在のトーハク。
ピンクのラインで囲った真ん中のエリアが家光の上野霊廟・・・
図では「大猷院殿 御霊屋」です。

おそらく慶安4年に建てられ、享保5年(1720)に焼失するまで
この場所が家光の霊廟でした。
といっても、本廟は日光写真館で紹介してる通り、
日光の大猷院になるんだと思うけどね。

でも、霊廟は霊廟。
歴代将軍は自分より前の将軍たちの霊廟に毎年参詣しており、
『上野寛永寺 将軍家の葬儀』にはそのルールが書かれていて面白いので、
将軍の霊廟参詣についてはあとで書こうかと思ってますが、
そういう訳で享保5年まではこの場所に現職の将軍も来ていたことになります。

え~っと、享保5年というと、吉宗の時代だな。
まあ、7代・家継なんかは夭折してるし(享年7歳)、
4代・家綱から8代・吉宗までの全員の将軍が来た訳ではないかもしれないけど。


トーハクには沢山の人が訪れるものの、
こんな方を歩く人はそういない。
まして、この辺に家光の霊廟があったことを知る人は少ないだろう。
往時は現職の将軍にさえ制約があった霊廟の場所は、
現在では車が自由に通り抜けできる道路に変わっている。



『寛永寺』では、将軍霊廟の形式について
家光までは過渡期だったとし、4代・家綱から7代・家継までが
代表的な形式だとする。
8代・吉宗がすっぱり霊廟建設を取りやめたことは
「上野第一編(5)」などで書きましたね。

その完成形でどれだけの建物が建てられたのかは
「上野第一編(2)」で『寛永寺』から引用してますのでそちらを見ていただくとして、
上の絵図の霊廟も結構いろんな建物が描かれているなあ・・・

それでも、最も大事な「廟」の部分は細部まで描かれてるとは思えないから、
実際は家光の霊廟にももっと多くの建物があったのだろう。
ちなみに、この霊廟に建っていたとも言われるのが、
「上野第一編(1)」で紹介した、現在の徳川家綱霊廟勅額門です。


絵図では灯籠が6基しか描かれてないけど、
実際は写真の道の奥に諸大名から奉納された灯籠が林立してたんでしょう。

南部重直の灯籠が1基、現在の寛永寺に移されてるのだけは
自分の目で確認できたけど、元々この辺に建ってた灯籠は
その多くが散逸してるんだろうなあ・・・


おっと、灯籠といえば、「上野第一編」の最初の頃に
おともだちの織部さんがコメントを下さって、
ぬわんと織部さんち(茨城県日立市)の近くに
将軍へ奉納された灯籠があるんだそうなほえー

それも、3基のうち2基は常憲院(綱吉)への灯籠だという。
綱吉は初めから寛永寺に葬られてるから、
それはつまり上野から日立へ流れていったってことだよな・・・

どういう経緯なのか知りたいところだけど、
ひとまず現存してるだけでも儲けもんなのかもしれないな。
ところでそれ、どなたの奉納品ですか、織部さん?
(ここでねだるな泣き笑い



では、ここから上野方面へ向けて霊廟の敷地を歩いていきます。
歩き始めのところにある石垣↓。


      上野・寒松院2



この辺の子院群は復興前からこの場所にあった訳ではなく、
近代に入ってからも戦災などで多少の変遷があるので、
これは昔ながらの石垣ではないと思われます。

どうも石を組んでるんじゃなく、貼りつけてるだけのようにも見えるし。
でも、はつった石を綺麗に並べて、歴史ある場所でもあるし、
歴史ファンには雰囲気を感じられるような石垣風な石垣がいい感じです。


手前から2軒目のお寺が、本日最初のお目当てです↓。
(場所はこちら


      上野・寒松院25



      上野・寒松院4



こちらの寒松院は、「上野第一編(12)」で名前だけ紹介してます。
はい、藤堂高虎が建てたとされる子院です。

「上野」の地名の由来はいくつか説があるようだけど、
そのうちのひとつが高虎・・・通称・与右衛門(よえもん)に由来するというもの。

寛永寺創建以前に、上野の地に屋敷を持っていた与右衛門にちなみ、
彼の領地・伊賀上野から取って「上野」と名付けたと言われます。

色々資料を読み始めるまでは「へえ、そうなんだ~」と思っていたものの、
実際には津軽家・堀家も上野に屋敷地を持っていたし、
その他郷士の屋敷などもあったらしいから、
最近では与右衛門起源説はちょっとアヤシイと思い始めました。


まあそれはともかく、実は私が今年のお墓参り後の史跡めぐりに
上野を選んだのは、与右衛門の影響も大きいです。

彼の墓といわれるものは、上野にあるんです。
・・・ただし、非公開。

非公開は知ってたけど、どう非公開なのか行ってみなければわからない部分もあるし、
寛永寺も名前だけしか知らなくて行ったことがなかったから、
上野なら気分的にも行きやすいし、ってことで上野めぐりに決定しました。

ただ、上野行きを決めた当時は寛永寺のことはほとんど知らなかったので
それほど思い入れや期待感があった訳でもなく、
戦国ジジイの気分を盛り上げたのは与右衛門だったと言えるでしょう。


さて、そんな原動力役の与右衛門さんについて、
この寒松院で色々書こうと思ってましたが、
わたくしの旅はクールな史跡めぐりではなく
「萌え~」が最大のお楽しみでもありますので、
ただ寒松院があるだけの場所で彼について書くのは
どうもしっくりこない・・・

ので、彼に関するあれこれは、ホンマもんのゆかりの地で書くことにしました。
ということで、ここではまず現在の寒松院の紹介だけにとどめますね。


入口には、2つの碑がある↓。


     上野・寒松院23



【旧東照宮別当】

寛永寺の別当には大きく分けて将軍関係、女性陣、と
それ以外の別当の3種類があったことを「上野第一編(5)」で書きましたが、
寒松院は東照宮の別当。
東照宮ですからもちろん家康で、つまりは「表別当」だったということです。

個人的には、東照宮の別当なら表別当の中でも
上位の立場だったんじゃないかと思うけど。



そして、もうひとつ↓。


      上野・寒松院24



【旧津藩主 藤堂高虎公開創之寺】

あまり大きくはない門前に、ひっそりとたたずむ2つの地味な碑・・・
けど、ここに刻まれているのはただの文字ではなく、確かな歴史。

別当がいかなるものであったのか、とか
津藩主・藤堂高虎と徳川家の関わりなどについて何も知らなければ、
ぶっちゃけただの古っぽい石碑(そこまで言うことないか泣き笑い)。

ところが、背景などを勉強するととたんに萌えアイテムに変わるんだから、
なんとも不思議なものです。
と同時に、あちこちへ行くたびに、勉強の大切さを痛感させられます。



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最終更新日  2014年08月02日 22時59分37秒
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