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戦場の薔薇

戦場の薔薇

第十四話「追撃」

【0020/12/26/03:38】

火星EMO-0028/開拓都市アレクタリア

火星表面を覆う褐色の死した大地。砂漠のそれよりも荒涼とし、殺風景で何も無い岩と土と砂の楽園。
生命の息吹など微塵も感じられない。そんなモノが、この惑星の本質だった。…だが、その地下だけは大きく違っていた。
大地の内を削り出し、地中深くに創り出された大空洞。それは、半径十数キロにも及び、今も尚、拡大し続けている。…そう、それこそが、人々の夢と希望を繋ぐ唯一の「命綱」として建造開発された、新たな人類の新世界「開拓都市アレクタリア」であった。
地下都市でありながら、空を覗かせる天井。吹き抜ける爽やかな風。眩しくも暖かな陽光。それ等は全て、人の手によって再現された偽りの自然環境。
木も、草も、水も、土も、そして、生物でさえも、何一つ自然界には無い存在だけで構築された、ヒトを創造主とする小さな箱庭。
そこに住まう人々は、鉄の無機質な家を建て、ビルを建て、狭い土地を有効的に利用する為、密集型のコロニーを創り上げていた。
人口一万八千人。その全てが元は公国の民だった。…しかし、開発が始まった当初は、皆が一丸となって人類の未来を開拓しようと粉骨砕身の思いで身を捧げて来たが、十数年もの長きに渡って政治から取り残され、停滞した火星開発に不満を募らせていった彼等は、世代が移り変わる頃になると公国に対する反感を強く抱くようになり始め、その溝は深さを増して行くのだった…。

【開拓都市アレクタリア/旧公国軍火星開発本部】

嘗ては火星開拓の拠点として、その中枢を担っていた施設の成れの果て。
本来は火星の環境開発が目的であった筈のこの場所だが、今ではRW軍が軍事拠点として再開発し、完全な要塞と化している。
その一角に、軍事基地とは似ても似つかない豪邸の一室のような執務室が在った。

「…手痛い竹箆返しを受けたな。グレイス」

真っ白な軍服に身を包んだ五十代前後の男。中肉中背の彼と背を向けて話していたのはドレインだった。

「手痛い?クックックッ…ご冗談を。ラージェフ将軍」

「冗談だと?貴様が兵士達に与えたあのレーヴェとかいう玩具は、相応の戦果を挙げられるのではなかったのか?…それが、どうだ。我が軍の被害は新型TP八百機をゆうに超え、殉職した兵士は千百五十七人。しかも、最も叩いておきたかった連中の主力部隊ホーリークロスは未だ健在ときている。この状況で、良くもそんな大口が叩けたものだな」

それほどの事実を突き付けられていながら、ドレインは未だ不気味な笑顔を崩そうとはしていなかった。それどころか、ラージェフを嘲るような態度でメガネの向こうから見下して微笑む。

「兵士など、所詮は無数に存在する盤上の駒の一つに過ぎない…。千人死のうが、二千人死のうが、それが次代を切り開く糧となるのであれば彼等も本望だったのでは?…クックックッ」

「き、貴様…命を何だと思っている!?」

その怒声と共に投げ掛けられた問いに、ドレインは満面の笑みで答えた。

「言ったでしょう?…只の『駒』だと…」

「クッ!」

人を見下したような許し難い笑い顔に、ラージェフは握り拳を固めて、今まさに殴り掛からんとしていた。
だが、唐突な少年の声に、それは遮られる。

「…止めときなよ。オジサン」

「ぬっ!?」

何物かにつかまれ、ピタっと動かせなくなった自身の右腕。その手は、未だ小さく、同時に若々しい張りのある物だった。
そのまま視線を延ばした先には、十代半ばほどの少年が一人立っていただけだった。しかし、そんなか細い腕からは到底想像も出来ないような驚異的腕力に抑え付けられた自身の握り拳は、微動だにする事が出来なかった。

「離してあげなさい。リィオ」

ギリギリと締め付けて今にも手首が砕けてしまうのではないかと思える程の力が篭っていた少年「リィオ」の手は、ドレインの一言でスッと力が抜けて離れて行った。

「…チッ、命拾いしたね、オジサン」

驚きで声を発する事も忘れていたラージェフは、無意識につかまれた手首を逆の手で摩っていた。

「…こ、この少年は…まさか?」

「えぇ、私の可愛い子供…その一人ですよ。さぁ、挨拶なさい、リィオ」

「うん。わかったよ、パパ」

少年はラージェフに礼儀正しくお辞儀し、再び顔を上げると屈託の無い笑顔で自己紹介を始めた。

「僕は、リィオ。…リィオ・クローバーです。初めまして、オジサン」

「あ、あぁ…」

未だ呆気にとられているのか、ラージェフはそんな愛想の無い返事しか返す事が出来なかった。

「(TAC…。こんな幼い少年の姿をしていても、やはり人の域を超えた化け物か…)」

リィオを繁々と見つめ、心の内でラージェフはそんな事を考えていた。
そんな思いを悟られまいと、彼は少年から故意に視線をずらし、ドレインの方へと向き直る。

「…まぁ、いい…。それで、どうすると言うのだ?」

「ホーリークロスの件ですか?」

「そうだ。このまま野放しには出来まい?なにせ、字持ちだけで構成されたような、バケモノ集団だ。その名だけでも、兵士達に十分な動揺を与えてしまうからな」

ラージェフの質問に、ドレインは再び不気味な笑みを浮べて答えた。

「フッ…愚問ですよ、ラージェフ将軍」

「なに…?」

その笑顔に怪訝な表情で応えるラージェフ。
すると、笑みを浮べたドレインに代り、リィオが嬉しそうに答えた。

「何も心配いらないよ。だって…、僕の兄弟達が向かっているんだから。ね?パパ」

「そう。既に追撃部隊を編成し、エンデュミオンの足取りを追わせています。この子が言う通り、何も心配はいりませんよ」

顔を見合わせ、楽しそうに笑い合うリィオとドレイン。それが余計に気に入らなかったのか、ラージェフは部屋を出ようと二人に背を向けた。

「…だと、いいのだがな」

去り際にそんなセリフを残し、ラージェフは執務室のドアノブに手を掛けた。すると、表情が笑っているのか、ドレインの楽しそうな声が
彼を呼び止める。

「だぁい丈夫ですよぉ。もう、守人の兵力を消耗する必要が無くなりましたからね」

「…?」

立ち止まったラージェフは、半身を逸らせてドレインを見た。

「十分に時間を稼いで頂きましたからねぇ」

「どういう意味だ?」

「貴方達が捨て駒となり、命懸けで戦ってくれたお陰で、戦力を十分に整えられたという話しですよ」

「な、何だとっ!?」

自身の部下達を「捨て駒」と、そう一言に吐き捨てられ、怒りに身を翻すラージェフ。

「では、貴様は始めから、我が軍の戦力を当て馬にするつもりで…っ!」

「当然でしょう?このご時世、生身の兵隊に然したる価値など有りはしませんよ。無論、期待だってしていませんでしたよ?」

「き、貴様ァーッ!」

大切な部下達を捨て駒に扱われ、ラージェフは怒り狂っていた。
だが、腰に差した拳銃を引き抜こうとした瞬間には、顎の辺りに冷たい感触を感じていた。

「…警告したよ?止めておきなって…」

「ぐぬ…っ」

瞬きする直前までドレインの傍らに立っていた筈のリィオが、今は自分の懐の中で銃を引き抜こうとしている右手を押さえ付け、もう一方の手で自らの拳銃を顎に当てている。
簡単に言えば、攻撃の手を止められ、顔面に銃を突き付けられているワケだ。
背筋が凍るような思いだった。
幼い少年の姿をした化け物が、何十倍も長く生きている自分の命をその狂気の手に握っているのだから。

「…抜くの?抜かないの?」

「クッ…おのれ、化け物め…っ」

そうは言いながらも、引き下がるしかなかった。
もし、あのまま怒りに任せて拳銃を引き抜こうものなら、リィオの銃で頭をブチ抜かれていただろう。
考えただけでも、ラージェフはゾッとした。

「…気分が悪い。失礼する…っ」

行き場のない憤りを抱えながら、ラージェフは部屋のドアを力一杯に閉めた。

「フッフフフ…。そう、生身の兵士など、もはや無用の長物…。時代は常に進化を求める物なのですよ、ラージェフ将軍」

そう独り言を呟きながら、メガネを指先で押し上げるドレイン。
その言葉の意味を示す物は、今、この瞬間に、エンデュミオンを追う一隻の戦闘艦の中に在った…。

【同刻/ANK-009463宙域】

暗い星の海を疾駆する一隻の高速戦闘艦。RW軍の新鋭「ベルゼブル」である。
紫色の特徴的な彩色。円錐を半分に切り取ったような奇怪な形状。幾つもの砲身をその甲板から生やした船体には、TP射出用の大型ハッチも見受けられる。
この大きさで、一隻が三十体あまりのTP格納能力を持つ戦艦は珍しく、公国軍でも数える程度だ。しかも、この艦には、他の艦には無い特別な機能も備わっていた。
それが、SLP(システム・リンクパペット)である。
ドレインによって生み出されたこの新システムは、一人のパイロットが意識的にTPを遠隔操作するという物で、相応の強化が施されたTACにしか扱う事が出来ない。
だが、たった一人で最大三十機ものTPを操縦出来るこのシステムは、兵力不足を補い、且つ戦力の向上を見込めるRW軍の切り札とも言える代物だった。
そして、それを操る彼等こそ、エンデュミオンの追撃任務を受けた者達だった…。

「姉さん、やっぱり、前線に出たいんじゃないの?」

「…何よ、今更」

船内の一室。そこは、コックピットブロックだけが直接設置されたような、奇妙な電子機器が鮨詰め状態で並べられた部屋だった。
そのコックピットブロックのような機器の座席に座った少女。それは、淡い青のショートヘアーが印象的な、十代半ばの女の子。セツナであった。そして、そんな彼女に話し掛けている同年代の少年の二人の姿が在った。
何か、システムの調整でも行っているのか、セツナの方は座席に座ったままでコンソールを操作しながら不満気に少年に答えた。

「だってさぁ、姉さんの大好きな『兄さん』が出て来るんだろ?会いたいんじゃないの?そりゃ、会いたいよねぇ?」

「………………………」

悪戯っぽい笑顔を浮かべ、セツナにそう言った少年。しかし、当の彼女の方はと言うと、まるで話しを聞いていないような態度を示していた。

「またまたぁ、黙り込んじゃって。聞こえてるんでしょ~?お・姉・さ・ん♪」

おどけて言い寄る少年。すると、流石にしつこいと感じたのか、セツナはキッと彼の方を睨み返した。

「ホ~ラ、やっぱり悔しいんだ。折角のチャンスだっていうのに、出撃許可が貰えなかった上に、プロセルピナまで搬出禁止処分だもんね~。仕方ないよ、そりゃ…」

まだ少年の言葉は続いていた。しかし、セツナはそれを遮って呟く。

「…クルシェ、アンタじゃ、タクマのケルベロスは落とせないわ」

クルシェ。それが、この少年の名だろう。その彼に、セツナはそう言い放った。
これには、クルシェも黙っていなかった。

「…悔しいんだろうけど、兄さんは僕が倒す。…姉さんに出る幕は無いよ」

「試してみればいい。でも、無事に帰還出来るとは思わない事ね。タクマって…敵には容赦しない性格だから」

セツナの鼻に掛けた一言。それは、クルシェの精神を酷く不安定にさせた。
彼は、突然俯いたかと思えば、小さくブツブツと何かを呟きながら両手を重ねてギュッと握り締めていた。

「どうしてさ…。なんで、姉さんは、そんなに兄さんの事ばっかりっ!」

「当然でしょ?タクマは、アタシの唯一の理解者。大切な人だもの…」

「…クッ!」

ヤケにでもなったのだろうか。クルシェは勢い良くその部屋の唯一の出口である自動ドアまで走って行き、扉が開き切るまでの一瞬に振り返った。

「…姉さんは、この制御室から見てればいいよ。…僕のエウリノームが、兄さんのケルベロスを撃墜する所をさっ!」

「……………………………」

まるで子供のように、膨れっ面で部屋を飛び出して行くクルシェ。そんな彼の背中を追い駆けようともせず、溜め息混じりに座席に座り直すセツナ。

「…これだから、子供は…」

フンッと鼻で嘲笑い、制御装置なのだというその機材のヘルメットを頭上から引き下ろす彼女。
それを首までスッポリと被り視界を埋め尽くすように開かれたスクリーンを覗き込んで一息吐く。

「この程度でやられるようなヒトじゃないもの。アタシの大好きなタクマ…。ウフフフフ…アッハハハハハハハハハッ♪」

『SLP起動。システム、オンライン…』

この装置こそ、ベルゼブルが有するシステム・リンクパペットの中枢であった。…即ち、彼女こそが、三十機ものTPの操り手だったのだ。

「…………………………」

闇に紛れて潜航するベルゼブル。その左舷射出用ハッチが下方に向かって開かれ、誘導ランプがカタパルト内を照らし出す。
その中に現れた大きなTPの影。次第に露になる姿は、まるで重戦車のような巨体だった。

「クルシェ・スペード。エウリノーム出るよっ!!」

そのパイロットが、あの少年「クルシェ」だった。
イエローというよりは、むしろブラウンに近いその機体色を無重力の中に解き放つベルゼブル。
バーニアが点灯し、青白い光りを放つと、エウリノームは重々しく機体を加速させて行く。
その視線の先に映る物。それは、彼等の目的そのもの。…そう、ホーリークロス母艦エンデュミオンであった。

「…今行くよ…兄さんっ!!」

ギラギラと様々な感情の篭った目を光らせ、クルシェはエウリノームの操縦桿を強く押し込む。
急速に加速する機体は宇宙を裂き、一直線に標的の下へと飛んで行くのだった…。


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