第四話「両雄並立」グランスレイのガカク侵攻により、自らの版図を脅かされる事となったゲンシュウ。しかし、日々軍議を重ね、対抗手段を模索するドルゥ・ヴァンの軍部では、未だ有効な打開策を見出せずにいる。 あれから一月余り、状況は悪化の一途を辿っていた…。 ゲンシュウ国、首都ケイクン。 今日も軍議。 外見は東洋、なのに、内装は西洋。そんな奇妙な組み合わせの城で、毎日繰り返される軍事会議。 仕方ない事なんだけど… 「疲れたぁ~…」 内装は西洋だって言ってるんだから、当然この会議室だって洋風な造り。 白い土壁に彫刻された木枠。床には赤い絨毯が敷き詰められていて、天井からは水晶で出来たシャンデリア。 その真下には、丸く円を描くような長机に、長時間腰掛けていても疲れない座り心地の良い椅子。 どれも木製で、彫刻や装飾は美しい。こんなのを前の世界で買ったら、きっと数千万円とかするんだろうなぁ~なんて、感心してしまう。 「お疲れのご様子ですね、姫」 …と、唐突に背中からかけられる声。 私は長机の上に、潰れたカエルみたいな格好でへばっていた。だから、家臣の誰かが心配して声をかけてくれたのだと起き上がり、振り返る。 「…ぁ、大丈夫だよ。ローレンス」 「左様で…?ですが、余り無理はなさいませんよう。姫は、今や一国の主。そのお体も貴方様お一人の物ではないのですから」 「うん、わかってる。ありがとう、心配してくれて」 私の返事に満足したのか、ローレンスはニッコリと微笑み返す。 …そうなんだよね。この城に来てから、もう一月も経つんだ。 気が付いたら、何時の間にかお姫様にされていて、しかも、この巨大な城の城主。つまりは、ゲンシュウっていうこの国のトップに立たされていたんだ。 立場的には「女王」って事になるんだろうけど、みんなは親しみを込めて「姫」って呼んでくれてる。だからかな…、少しずつだけど、そういう責任感みたいなものに自覚を感じ始めてた。 だけど、それにしても疲れた…。 午後からも未だ会議は続くっていうのに、午前中の政務だけで疲労し切ってしまってる。 ローレンスやヴァンが手伝ってくれてはいるんだけど、どうしても未だ慣れない。 だって、つい最近までは高校に通っていただけの私が、今は国政の為にペンを握ってるんだから。 解らない事ばかりで、周りにも迷惑をかけっぱなし。 なのに、国民の反応はっていうと、信じられないくらい私を認めてくれてるんだから返す言葉もない。 そんな、みんなの期待を裏切りたくなくて、必至に応えようとしてる自分も嫌いじゃないんだけど…。 「では先ず、ガカクを占拠したグランスレイ軍の現状を…」 会議室の円卓を囲むように座るドルゥ・ヴァンの将校達。 ローレンスのそんな言葉で始まった軍議は、何時もとさして変わらない内容で進められて行く。 ガカクを占拠したグランスレイ軍は、日々本国からの補給と援助を受けて軍備を拡張し、陣を増強している。 私の推測通り、圧倒的兵力差で押し切る作戦に出たみたいだ。 でも、推測が当たったって嬉しい事じゃない。 彼我戦力差は甚大だ。現状でも、グランスレイ軍はコチラ側の二倍近い戦力を有していて、真っ向からぶつかり合えば敗北は必至だろう。 しかも、鎧甲機なんていう現世には存在しなかった兵器を持つこの世界の戦争は、私の想像を遥かに絶する物だと思う。 勝手の解らないそんな状態で、私はその軍議に臨んでいた。 「…ではやはり、篭城すべきだろう。長期戦に持ち込み、コチラの戦力を温存しつつ…」 「いやいや、今まではそれで耐え凌いでこれたが、今回に限ってはそうも行くまい。敵はガカクを占拠し、強固な陣を形成しているのだぞ?」 「うむ。例え長期戦に持ち込んだとしても、補給路を断てねば何れは数に押し負ける」 「ならば、どうしろと言うのだ。貴公等 にはそれ以上の妙案でもあると申すかっ?」 「いや…、そ、それを話し合う場であろうっ」 軍議に参加してるみんなもピリピリしてる。 苛立ちが限界を見せ始めているんだ。 圧倒的戦力で威圧してくるグランスレイ軍に対して、有効な打開策を見出せずに一月もの間軍議を繰り返しているのだから。 このままじゃダメだ。何時かみんな、空中分解しちゃう。 「ヴァン、そのペン貸して。ローレンスも、その地図みたいの貸して」 私の両サイドを固めるように座っていた二人に小声で強くそう言いながら、万年筆のようなペンとゲンシュウ周辺を拡大した地図を奪い取る。 すると、どうしたの?と言いたげに顔を見合わせた二人が私の手元にあるそれらをジッと覗き込んできた。 その視線の先で、私は無心に頭をフル回転させる。 「…キゲツ丘…ううん、ここじゃダメだ…。あっ、ここ…スンギュウ山なら…」 「んん????」 「…ふむ…」 ヴァンは、何を考えてる?って顔で、ローレンスは、何か納得したような様子。 しかし、そんな二人を蚊帳の外に、私は思考を続ける。 周辺環境の把握と知り得る戦術の全てを費やし、自身の考えが可能であるか否かを確認しているんだ。 そして、十分程考え込んで、ようやく結論に達する。 「…いけるっ!」 「っ!?」 思わず咄嗟に立ち上がり、声をあげた私に、周囲の将校達がビクッと反応した。 ガタガタッと鳴る椅子の音が私にそれを伝えて、私は私でそれに驚く。 「あ…っ、えっと…、すみません…」 軍議の場で突然大声を出してしまった事に聊かの羞恥を感じた私は、シュンとなってオズオズと着席しなおす。 しかし、満足気な笑みを隣で零していたローレンスが、入れ替わるように立ち上がって周囲の将校達を見下ろす。 「…皆、会議の最中にすまないが、姫の案を頂戴したいと思う。コチラに注目して頂きたい」 「え…っ」 俄かにざわめき立つ会議室。将校達の視線が、急に私一人に注がれた。 すると、ローレンスが、私の背後に立っていたサラとユイを呼び付ける。 「サラ、ユイ、戦略板を」 「はっ」「はい」 二人の手で運び込まれて来る白い黒板の様な物。そこには、ローレンスから奪い取ったのと同じゲンシュウ周辺の地図が描かれていた。 その到着と同時に、コチラへと向き直ったローレンスが言葉を続けた。 「姫、今のお話しを、彼等にもお聞かせ願えませんか?」 「え、あ…でも…」 そう言われ、私は突然自信を無くした。 所詮は、素人の浅はかな考え。いわば戦争のプロ達が集うこの軍議の席で、こんな私の策が通用するとは思えなくなったからだった。 しかし、そんな風に萎縮する私に、ローレンスは続ける。 「…大丈夫ですよ。その策なら、十分に皆を納得させられます」 「……………………………」 力強く背中を押してくれた言葉。 彼女が言ったように、私はもう一国を背負う女王なんだ。 勇気を持て。毅然としろ。この国で最も強い発言力を持っているのは、この私なんだ。 「…わかった。やってみる」 笑顔で後押ししてくれたヴァンとローレンスに背を向け、私は戦略図の前に立った。 「皆さん、聞いて下さい。…私に、策があります」 おおっと、どよめき立つ会議室。その中心に、今自分が立っている。 堂々と発言すればいいんだ。 私の考えは、きっと間違ってない。 私は、戦略図に向かって立つと、サラから手渡された墨汁の染み入った筆を手に語り始める。 「皆さんもご存知の通り、ガカクを占拠しているグランスレイ軍と我が軍の戦力差は甚大です。コチラはまだ軍備も整っておらず、急襲を受けない限り、開戦はまだ一月ほど先の事になるでしょう」 皆が私の話しに真剣に耳を傾けてくれている。 「ですが、敵軍も状況は同じです。彼等は、コチラから攻め入れない事を承知の上で、確実に我が軍の息の根を止める為に兵力の更なる増強を目指しています。つまり、開戦までの時間はまだ十分にあるって事です」 何が言いたい?といった風に、将校達は互いの顔を見合わせていた。 でも、ここからだ。 私は、図面に筆を置き、サラサラと線を描き始める。 「時間はたっぷりとある。だからココは、吝嗇とせず、後顧の憂いも断っておくべきです」 「それは…、どういう意味でしょうか…?」 将校の一人が、私に尋ねてきた。だから、噛み砕いて説明を始める。 「簡単に言うと、戦力をケチらずに、後方の心配事を無くしてしまえって事です。…コレを見て下さい」 私は、自分で線や円を描いた戦略図を押し出すように彼等に見せた。 「…まずココ。ガカクです。そこから敵は、このスンギュウ山を東のシコウ川へと迂回して進軍して来ると思います」 「確かに。スンギュウは高山故、飛行艇を以ってしても越える事は容易ではない」 「それに、チュウキュウとの国境にも近い分、グランスレイとしては彼等を刺激したくはないでしょうな」 将校達が次々と話しに参加し始め、同意してくれている。 ここまでは順調だ。 「ええ、そう思います。ですから、この状況を利用し、後顧の憂いを断つんです」 「ふむ…。その憂いとは?」 ここが重要な所。だから私は、一度深呼吸し、彼等に、この作戦最大の奇策を提案する。 「…憂いとは、国そのものを指します」 「むっ???」 将校達は、挙って首を傾げた。 しかし、私は言葉を止めはしない。 「そもそも、私達は何の為に戦うのですか?」 「それは、この国を守る為…」 そこまで言いかけた将校の言葉を、私は遮るように言い放つ。 「いいえ、それは違います」 その台詞に、再びざわめく将校達。 でも、私達が戦う理由は、本当に国の為なんかじゃないんだ。 だから、自信を持って告げる。 「私達が守るべきは、国ではなく、そこに住まう人々の命」 「な…!」 「国が人を作るのではなく、人が国を作り、その国が人を生かすんです」 「お、お待ち下さい!では、まさか姫は、我々にこのゲンシュウを捨てろと申されるのかっ!?」 そう言った将校の気持ちは解らなくもなかった。 でも、捨てろなんて言ってはいないんだ。 だから、誤解の無いように、慎重に言葉を選んで話しを続けた。 「そうではありません。ただ、ほんの少しの間だけ、この街…ケイクンから離れるだけの事です」 怪訝な顔を突き合わせる将校達。 やっぱり、未だ誰も、この作戦の真意に気付いていないんだ。 それとも、こんな大それた事を考え付く私の方がどうかしているんだろうか。 でも、今は説明すべき時。 皆の同意を得られなければ、単なる「お姫様のわがまま」になってしまうんだから。 「私が提案するのは、この街…ケイクンからの人民の移送です」 「な…んとっ!?」 「そ、それは、先の話から推測するに、スンギュウに都民を避難させ、都を蛻の殻にせよと…っ?」 「はい」 ガヤガヤ…という表現がピッタリの反応。 ちらほらと反対の声も上がっている。 やっぱり、私の考えは浅はかだったのだろうか。 人民を動かすにもお金はかかる。それに、数万人という人間を移送するんだから、誘導の為には、軍隊だって動かさなきゃいけないだろう。 軍備を整えなければならないこの時期に、そんな事までやっている余裕などないのかも知れない。 でも、そう考えていた時だった。 「…貴様等の頭は、帽子の台か?」 「…っ!」 その声の主に、全員の注目が集まった。 彼等の視線の先を私も目で追ってみる。すると、会議室の一番後ろ。私と対極の位置に、見かけない眼帯の女の子が一人。 見下すような目で、彼女は将校達を見下ろしていた。 「き、貴様、我等を愚弄するのかっ」 「…愚弄?その「お姫様」が言った言葉の真意が理解出来てないんだろう?愚弄も何も、能無し以外の何者でもないじゃないか」 「い、言わせておけばっ」 流石は武官って所だろうか。誇りを汚された事への怒りに我を忘れ、将校達は椅子からバッと立ち上がった。 今にも少女に襲い掛かりそうな勢い。だが、咄嗟に不味いと思った私が声を上げようとした時… 「…コイツは驚いた。誰かと思えば、織田のトコのダテちゃんじゃねぇか」 …と、ヴァンの一言。 その瞬間、立ち上がり、怒りに震えていた将校達の顔が青褪めた。 「ダ、ダテ…ですとっ?」 「織田軍のダテ…ッ!?」 「ま、まさかっ」 その名を聞いただけで、将校達が一気に尻込みして後ずさる。 私はワケも分からず、小首を傾げていた。すると、隣から耳元に向かって、小声でユイが語る。 「…織田軍にその人在りと謳われた猛将、天下の独眼竜…セイカ・ダテ殿です…」 「独眼竜って…っ」 独眼竜に伊達と聞いて、ピンと来ないワケがない。 …伊達政宗…。私の真田家と縁の強いその名を思い出さずにはいられなかった。 でも、確かに言われてみれば頷けない事もない。 髪型はサラサラとしたショートカット。体付きだって私と大差ない。 でも、その左目には刀の鍔を模した眼帯を付け、腰には二振りの長刀。鎧を身に纏ったその姿は、戦国武将の威風を漂わせている。 目付きも鋭く、その赤い眼光は、今にも目の前の将校達を喰らい尽くそうとする独眼竜そのものだった。 「…う~ん、だがおかしいな。敗軍の将をお招きしたつもりはなかったんだが?」 「フン…っ、「敗軍の将」とは言ってくれるじゃないか、ヴァンハルト・ベルフ・ヒューイット…」 「ハハハッ、そう目くじらたてるな。軽い冗談だよ」 そう言って笑うヴァン。しかし、その次の台詞には、笑顔など微塵も消え失せていた。 「…だが、他国の軍議の席に忍び込むのはいただけないな。…何の用だ?事と次第によっちゃあ、処罰せざるおえんぞ」 円卓を挟み、睨み合うヴァンとセイカ。一触即発の凍て付いた空気が、ピリピリと肌を刺激する。 周囲の誰もが固唾を呑んで見守る…というより、誰も動ける者なんていなかった。 呼吸をするその微かな動きでさえ、二人の闘志を刺激してしまいそうだったから…。 だが、フッと先に動いたのはセイカの方だった。 「チィッ!」 ヴァンの舌打ちが鳴る。 信じられない跳躍力で抜刀したセイカが円卓を飛び越えて襲い掛かって来たのだ。 だが、その刃が向けられていたのは、ヴァンではなかった。 ガキンッ 響き渡る金属の衝突音。 私の前には、火花を散らせて鍔迫り合う二本の刀身があった。 「くっ…うぅ…っ」 「……………………ほぉ」 この軍議の席で帯刀を許されていたのは、他ならない私だけだった。 私の体が咄嗟に反応し、抜き去った刀身で彼女の強烈な斬撃を受け止めていたのだ。 しかし、刀を交えてみて初めてわかる。 強い。それも、とてつもなく。 受け止めはした彼女の一撃。だが、腕力で確実に圧倒されている。 このままでは押し負ける。と、私は右足に力を込めた。…が 「…………お見事」 「え…???」 突然、太刀を引かれ、行き場を失った体が体勢を崩してよろめいた。 あわわっと情けない声を口に出し、倒れかけた体を無理矢理持ち直すと、またも信じられない事態。 セイカが私の足元に跪いていたのだ。 「…ご無礼の数々、お許し下さい。サナダ殿」 「え?え??」 どうしたの??と聞きたい気持ちだけが先走り、左右に首を振る。 すると、呆れたような、それでいて、安心したような、そんな奇妙な笑みを浮かべながら、ヴァンとローレンス、それに、サラとユイが立ち尽くしていた。 なので、仕方が無いから、目の前に跪いた本人に尋ねてみる。 「どういう…事??」 「ヴァンハルト殿が申した通り、私は敗軍の将。…このような手段でも使わねば、お目通り願えぬと…無礼を承知で参上した次第にございます」 今の彼女には、先程のような抜き身の殺意が感じられない。 どうやら、何か理由があったみたい。 私に斬りかかって来たのも、きっと実力を確かめる為だったんだろう。 そんな名のある武将が、闇討ちなんて卑怯な事を考える筈がない。 だから私は、彼女の話しを聞いてみる事にした。 「何か…話しがあるんだよね?聞かせて」 「あ、在り難きお言葉、痛み入ります…っ」 彼女…セイカは、跪いたままの姿勢でお辞儀して、そして、重々しく言葉を紡ぎ始めた。 「…ご存知の通り、我が軍はグランスレイの非道な罠にかかり、敗北しました。そして、君主であられた信長様もまた…」 そこで言葉に詰まるセイカ。 よほど悔しい思いをしたのだろう。私も、その話しだけは聞いていた。 「うん…、聞いてる。同盟を持ち掛けられて、裏切られたんだよね…」 「…ぅ…くぅ…っ」 跪いてるから、顔は見えない。 けど、きっと泣いてるんだ。悔しさで…。 「…っ、サナダ殿!恥を忍んでお願い申し上げるっ」 持ち上げた顔。その瞳に涙を浮かべた彼女は、縋り付くような表情で私に訴えてきた。 「お門違いとは存じておりまする!ですが…ですが何卒っ、我が主、信長様の仇を…っ!」 「…伊達さん…」 「聞き届けて頂けるのなら、この身がどうなろうと構いませぬ!罪をお許し頂けないというのなら、この場で斬って捨ててくれても構いませぬっ!ですが、何卒…何卒っ」 まるで許しを請うかのように嗚咽交じりに訴えるセイカ。 そんな彼女にかけられる言葉を、私は一つしか知らなかった。 「…悔しかったんだよね…。辛かったんだよね…」 「うっうぅ…っ」 「…もう、泣かなくていいんだよ…」 彼女はもう、涙を堪え切れず、泣き崩れていた。 そんなセイカを、私は抱き締めてあやすように続ける。 「…大丈夫。絶対、負けたりなんてしないから…」 「…お、お聞き届け…頂けるのですか…?」 その言葉に、私は真っ直ぐな笑みで答えた。 そして、隣に立つヴァンとローレンスに目で承諾の確認を取る。 「ったく。そいつは元織田軍…敵国の将だぞ?甘過ぎるっての…」 そうは言いながらも、ヴァンは笑って応えてくれていた。 「なんと…。あの独眼竜を…」 「敵国の将…そのかような狼藉を許し、更には跪かせておしまいになるとは…」 「真に驚くべきは、器の違いか…」 「何という器量…。計り知れぬっ」 そんな将校達の声が何だかむず痒くなって、私はセイカを立たせてから、照れ隠しに話しを戻す。 「みんな、聞いてっ」 その声に、ビシッという音が聞こえてきそうな程、綺麗に揃って整列する将校達。 だからこそ私は、そんな彼等の前で毅然とした態度を崩してはならないと、強い意志を以って言葉を続ける。 「私の策とは、スンギョウ山へと都民を移送し、敵軍間諜に我が軍がケイクンを放棄したと喧伝する事。そして、後顧の憂いを断った後、吝嗇する事なく全戦力を以って、スイコウ湿原にて敵軍を正面から迎え撃つ。というものです」 再び、おおおっ!と声をあげる将校達。だがそれは、先程よりも強く、勇ましい感じの物だった。 「…そうか。情報撹乱と同時に民間人の安全を確保し、足場の悪いスイコウで敵軍を出し抜くという策かっ」 「スイコウは足場が悪い。だが、我々にとっては庭も同然の地…。コチラに一日之長があるっ」 「一石二鳥…いや、三鳥の策だ。…なんというご高察か…っ」 「独眼竜の言葉の真意。どうやらそこに在ったようだな…」 みんなが同意の声を口々に発する。 「…良かったですね。皆、姫のご高察に感服しています。無論、この私めも」 「…ありがとう、ローレンス」 嬉しかった。 初めて、こういう場で自分の意見が認められたから。 でも、私には、まだ言うべき事があった。 だから、もう一度声をあげた。 「あ、あの…っ」 「…?どうなさいました?姫」 また、みんなの視線が私に向けられた。 やっぱり、慣れないなぁ~…。でも、そんな事は言ってられない。 ちゃんと、一度心に決めた事は。 「みんなにお願いがあるんです」 「は、はぁ…?」 将校達が、今度は何を言い出すのか。なんて顔をしてる。 でも、言わなくちゃ。彼女の為にも。 私は一度、自身の腕の中で未だ泣き止む事のないセイカを見詰め、そして、再び向き直ってから、なるべく威厳のある声でお願いしてみる。 「…彼女にも…セイカにも、一緒に戦わせてあげて下さい」 「…んなっ!?」 当然と言えば、当然の反応だよね…。 元は敵国の将軍格。そのセイカを仲間にさせてって頼んでるんだから。 でも、その言葉に一番驚いていたのは、彼女自身だったみたいだ。 「な、ななっ、い、今、何とっ!?」 目を丸くして私の腕から飛び退くように聞き返したセイカ。 でも、彼女はこう言ったから。 「聞き届けてくれたら、自分はどうなってもいい。…って、そう言ったよね?セイカは」 「た、確かに…ですが、そのような…っ」 「…ご主人様の仇…討ちたいんでしょう?」 「それは………し、しかし、私はあのような狼藉者。この場で斬って捨てられても文句も言えぬ立場です!…その上、敵国の将だった人間。お話しを聞いて下さっただけも十分過ぎるというのに、…そんな私に、仇討ちの機会まで与えて下さるというのですかっ」 彼女の言う事は尤もだと思う。 敵国の将軍だった彼女を迎えるって事は、決して簡単な事じゃないんだ。 ドルゥ・ヴァンが軍隊である以上、兵士達の士気にだって関わって来る重要な事だろうし。 でも、叶えてあげたいんだ。 こんな一途な思いを、無碍になんて出来なかったから。 「お願い。彼女にも、戦わせてあげてっ」 そう言った私は、祈るような気持ちで頭を下げた。 すると… 「ひ、姫っ!?」 「なんとっ!!」 え…?って、そう思った瞬間、ローレンスの腕が私の上半身を支えて起き上がらせた。 「姫!一国の主たるお方が、そう容易く頭を下げる物ではありませんよ!」 「あ…ぅ、ごめんなさい…」 私が何時もの調子でごめんなさいをすると、呆れた様子でローレンスが続ける。 「はぁ~…。何度も言わせないで下さい…。まったく、姫には一国一城の主たる自覚が足り無さすぎる。もっと毅然としていらして下さらないとっ」 「は、はいぃ~っ」 私は、余りの剣幕で捲くし立てられ、背筋をピンと張ってビクッと応えてしまう。 すると、ローレンスは頭を抱えて更に言った。 「ご心配なさらずとも、姫のお言葉に否を唱える者など、この場には唯の一人も居はしませんよ…」 「え…それじゃあっ」 私が嬉しそうに訪ねると、将校達は挙って答えてくれた。 「と、当然でありますっ!」 「陛下のご意思に背くなど、以ての外っ」 「そうですとも!」 「それに、あの独眼竜ことダテ殿が味方となってくれるのであれば、百人力…いや、千人力と言ってもいいっ」 「兵士達とて、姫様のご意思とあらば誰も否を唱える者などありますまい!」 何だろう…。こんなに嬉しいものなんだろうか。 私は、心の底から感謝の気持ちで一杯になって、みんなにお礼が言いたくなった。 「みんな…、ありがとう…」 私が、そう言って微笑むと… 「ほはぁ~………………」 どうして? なんで、みんなボ~っとコッチを見てるの? っていうか、心成しか、みんな顔が赤いのは…何故? それで、ん?って感じで、ローレンスとヴァンに答えを求める。 「ハハハハッ、まったく、罪作りなお姫様だなっ」 「しかも、自覚が無いから余計にタチが悪い…」 ヴァンは大笑いしてるし、ローレンスは呆れ顔で頭を抱えてる。 私、なんか可笑しな事でもした? なんて思っていると… 「サナダ殿…いいえ、主っ」 「は、はいっ!?」 それまで、呆然と事の成り行きを見守っていた筈のセイカが、突然、また私の足元に跪いていた。 何事かと身を固めて返事を返した私に、彼女は力強く続ける。 「…申し訳ありません。ですが、これほどの恩義を受け、私にはもう、礼の言葉さえ思い浮かびませぬ…。ですが、この独眼竜セイカ・ダテ。受けた恩には相応の謝儀を以って応えましょう!」 「ん…っと、仲間になってくれる…って、事だよね?」 「はっ!この身命尽きようとも、主にお仕えする所存にございますっ」 「…よかった。よろしくね、セイカ」 「はっ」 きっと…喜んでくれてるんだよね。 私、間違ってなかったんだ…。 そんな、ホッとした気持ちが、頬を緩ませたのを感じる。 でも、気持ちまで緩めきってちゃダメだ。 開戦まで、約一月。その間に軍備を整えて、都民の移送を済ませてしまわなくちゃ。 それに、敵がそれまで待っててくれる保障なんてない。油断は禁物なんだ。 私は、まだまだ戦いはこれからなんだと、そう自分に言い聞かせた…。 日一日、刻々と変化する状況。 三週間もの時間を費やし、スンギョウ山へ都民全ての移送が完了。同時に、スイコウ湿原への布陣も済ませた。 だが、ガカクに放った間諜の報告によると、グランスレイの戦力は我が軍の三倍にまで膨れ上がり、その数、約一万二千。 内、鎧甲機により編成された部隊は三百を超え、一国を陥落させるに十分足る兵力の保有に至っているとの事だった。 スイコウ南部に本陣を構えた我が軍は、補給路を確保し、会敵に備える。 戦が始まろうとしていた…。 シコウ川流域、グランスレイ軍ゲンシュウ攻略隊旗艦ゲルブギルト。 「ヴェイル将軍に、ご報告申し上げますっ」 「…ふむ。なにか?」 旗艦ゲルブギルト。 全長千二百キロメートルにも及ぶ巨大飛行艇…。それが、私の艦だ。 大型甲殻虫三千匹分の鎧甲を装甲とし、漆黒に塗り上げられたその威容は、目にした者を恐怖に陥れる。 艦橋は広く、三段式になっており、一番上方に艦長席。二段目には通信席。そして、三段目には操舵席と火器管制席がある。 それ等は一本の階段で繋がれ、正面に外界を見渡せる広く大きな窓が百八十度に渡って開かれている。 その艦橋で、艦長席に座る私に、甲冑姿の兵士が報告へやって来た。 「敵は、スイコウ南部八十七キロの地点に本陣を構え、先鋒はここより南方二十六キロの地点にて、コチラを迎え撃つ姿勢を保っています」 「…ほぉ。で、数は?」 「先鋒に千五百。内、鎧甲機が百。本陣には五百と…例の「白銀」も確認されております」 「……………………」 細作の話しより数が少ない。 先のケイクン放棄の報を耳にした時も感じた事だが、やはり、相当な切れ者が着いていると見える。 なかなかどうして、これは侮れんな…。 私は肘掛にかけた腕で顎を支え、足組みを入れ替えながら敵軍の策を読む。 「如何致しましょう?」 「…先鋒にギラガの隊を出せ。先ずは様子を見る」 「はっ」 兵士は額にピンと肘を張った手で敬礼し、私の座る艦長席から階段を下って一段下の通信士の所まで駆けて行く。 そして、それを確認した私もスッと席から立ち上がり、隣で付き従うように立っていた男へ声をかける。 「艦長、ここは任せるぞ」 「はっ、ですが…どちらへ?」 歩き出した私に、背中越しで艦長が尋ねてきた。 だから私は、振り返って微笑すると、彼にこう語る。 「白銀が出て来たのなら、相応の者が相手をせねばなるまい?」 「…将軍も、やはり軍人ですな。…疼きますか」 「当然だろう。…私とて、武士なのだ…」 再び外套を翻し、私は愛機ディン・ベルグの下へと向かう。 「さて…、戦だ。ディン・ベルグ」 その言葉に目を輝かせる黒い巨人。 夜闇にも似た鎧甲は光さえも飲み込むような漆黒。 血塗られたかのような真紅の外套。 逞しく太いその腕で、彼の者はどれほどの命を切り裂いたのか。その剛脚で、どれほどの屍を踏み越えて来たのか。 主と同じく「黒騎士」と恐れられるこの姿は、今日も戦場の張り詰めた空気に心躍らせているかのようだった…。 スイコウ湿原南部、ドルゥ・ヴァン本陣。 緊張の高まる野営地。その中で一際大きなテントが、私の居る作戦司令部。 みんなの表情は硬くて、何だか怖い。 でも、みんな命懸けだから…。みんな、誰か大切な人の為に戦おうとしてるうんだから。きっと、仕方ない事なんだ。 テントの一番奥。特設された玉座に腰掛けた私は、身と心を引き締める重たい白銀の鎧に身を包み、そんな事を考えていた。 そこへ、一人の兵士が駆け込んで来る。 「先陣、ダテ将軍より入電!敵先鋒と会敵したとの事。その数、鎧甲機、百っ」 「遂に…始まったか」 私の右側に立っていたヴァンが、そんな言葉を重々しく語る。 同様に、左側ではローレンスが厳しい表情で報告を受けていた。 場の緊張が一入強くなったのを肌で感じる。 ピリピリとして、それだけで気絶してしまいそうな程だ。 「…姫、号令を」 「…うん」 ローレンスに促され、私は玉座の前で立ち上がる。 そして、一度大きく深呼吸し、その深く吸い込んだ息を一気に吐き出した。 「聞けっ!我が勇猛なる精兵諸君!」 その声は本陣だけでなく、既に出撃している鎧甲機部隊へも響き渡る。 「…敵軍は強大で、一筋縄では行かない相手。きっと、厳しい戦いになると思う…。だけど、忘れないで。私達が何の為に戦っているのかという事を!」 驚く程に静まり返る戦場。その中で、私は思い付く限りの言葉を張り上げる。 「守りたい人の為…。守りたい物の為…。私、千年王ことショウコ・サナダが命じます…」 そこで一度言葉を止め、一際大きく吸い込んだ息で、張り裂けそうな程の声を絞り出す。 「命を惜しむな!名を惜しめっ!剣を振るい、槍を立て、弓弦の断ち切れるまで矢を放て!…この戦に勝利せよ。天佑は我等に在りっ!!」 『応ぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』 地鳴りの如く精兵達が吼える。 それは、空を裂き、大地を震わせ、兵達が戦場に在る意味を誇示しているようだった。 「…でも、必ず生きて帰ってきて…」 私の最後の声は、きっと誰にも届いてはいない。 でも戦場は、私がどんなに願っても、この思いを受け止めてはくれないんだろう。 誰かが死ぬ。私の命令一つで、何処かで、必ず、誰かが命を落とすんだ。 苦しくても、歯痒くても、それでも、この避けられない戦争に勝利しなければ、もっと多くの命が失われてしまう。 だったら、死ななくても済むかもしれない誰かの為に、私も戦う。 「ローレンス、ここはお願いね」 「…やはり、出られるのですね…」 彼女は暗い表情で私に確認する。 心配してくれているのが手に取るように分かる。 でも、行かなきゃならなかった。 そう、決めたから。 「私の力が、誰かを救える…って、そう信じてるから」 「…わかりました。御武運を…っ」 私は、返事の代わりにとびっきりの笑顔で答えた。 「行こう、ヴァン!」 「あぁ、この戦いに勝利する為になっ」 戦が始まった。 数千、数万いう命と命の奪い合いが。 私は、今まで経験した事のない、未知の世界に足を踏み入れようとしていた。 けど、恐くはなかった。 私の隣には、この人が居て、その背中にはローレンスやセイカ、サラやユイ、それにクリフ達も居てくれる。 だから、必ずこの戦いに勝って、ゲンシュウを…私の国を、きっと守り抜いてみせる…っ! |