第七話「謀略錯綜」ローレンスとショウコの奇策により、辛くもグランスレイ軍の侵攻を退けたゲンシュウ国。これにより、グランスレイに占領されていたガカク国を解放した彼女達は、統治者を失って久しいガカクをそのまま傘下に加え、自らの版図を広げた。 だが、この戦の噂は近隣諸国にも大きな波紋を広げ、それまで静観していた有力大国の目にも留まる事となってしまう。 …そう、「シュルノベーレ」と「チュウキュウ」の二国である。 古くから各地に伝わる「千年王」の伝承。しかし、それは過去の伝説と誰もが疑っていた。 ところが、千年王再来の噂とグランスレイ撃退という実績が、ゲンシュウの噂を噂として放置出来なくしてしまったのだ。 地理的にも距離の在るシュルノベーレは、未だ動きを見せていない。だが、チュウキュウは早々に反応を示していた。 チュウキュウの皇帝「リャン・クーファ」からの使いが、ショウコの下へと親書を携えて訪れたのである…。 「…つまり、同盟を組みたい…って、そういう事ですよね…?」 「はっ…。陛下は、志しを同じくするサナダ様との会談を求めておいでです」 首都ケイクンの中心に位置するドルゥ・ヴァンの居城「ローファン城」。 金色の装飾を施されたその城内で、最も厳重な警備の敷かれたその場が、私を玉座に据える謁見の間。 中世ヨーロッパ的な時代背景を持つロールプレイングゲームをプレイした事が有る人間なら、誰でも容易に想像出来てしまう空間だと思う。 大きな観音扉から真っ直ぐに伸びる赤い絨毯。 その先端に五段程の短い階段が在り、頂点に玉座が鎮座する。 部屋の両サイドには、等間隔で配置された全体を支える頑強そうな造りの石柱。 天井には、折り重なるように配された赤い天幕。 そして、私の背後…最奥の壁面には、ゲンシュウの国旗とドルゥ・ヴァンの軍旗が飾られている。 広さは…どうだろう?五百畳くらいあるんじゃないだろうか。 その中心に居るのが、私だとは到底思えない…。 「…どう思う?ローレンス」 私は、玉座に座したまま、右前方…階段を一段下がった所で悠然と立つ彼女に意見を求めた。 すると、振り返った彼女は、穏やかな表情で私に告げる。 「姫の御心のままに」 えっと…つまり、判断は私に任せるって…事よね。 あぁ~、泣きそう。 こんな重大な事、私に決めさせないでよ…。と、そんな思いが表情に表れていたのか、ローレンスはクスッと笑った。 「ヒドイなぁ…。でも、うん…わかったよ」 私は、受け取った親書を手に、階段の下で跪いた使者の青年に応えを返す。 「同盟の件、お受けします。会談の日時等は、追ってお伝えしますので…っと、使者さんも、長旅でお疲れでしょう?部屋を用意させますから、今日はゆっくり休んで行って下さいね」 そう言って、無意識に微笑みかけた私。 すると何に驚いたのか、使者の青年は「はい!?」って感じで顔を上げて一瞬目を丸くした後、また直ぐに頭を下げて応えてくれた。 「は…はっ、お心遣い、感謝致しますっ」 謁見はこれで終わり。…と、両脇に護衛として就いてくれているサラとユイに目配りする。 それだけで、ユイは私が何をして欲しいのか感じ取ったみたい。 彼女は、近くに居た別の護衛に、使者さんを案内するよう命じていた。 「ふぅ~…」 使者さんが謁見の間を出て行ったのを確認して、溜め息を一つ。 いい加減慣れてきたけど、やっぱりこういうのは疲れる。 王様っていうのは、玉座の上でふんぞり返ってるだけ。…なんて思ってたけど、一国を背負う者としての責任がこれ程に凄い重圧なんだって、今更ながらに実感してた。 でも、この同盟が結ばれれば、確実に幾つかの無駄な争いを避けられる。 相手の意図や真意はまだ判らないけど、とりあえずは、間違った判断じゃないって、そう思った。 でも… 「ローレンス…?」 彼女は、ちょっと恐い顔で私を睨んでた。 間違ってたんだろうか? ローレンスがこの顔をした時は、決まって私が怒られる時だから…。 「…姫」 「は、はいっ」 やっぱり来た。 声も低くて威圧する感じ…怒ってる。 私は、このローレンスに凄く弱い。 圧倒されて、萎縮してしまって、自分の身体が何時もの三分の一くらいに小さくなってしまったような気さえする。 「また、あのような事を…」 お説教開始だ…。 もぅ、ヤダなぁ~…。 「姫は、あのような下々の者にまで寛容な態度をお取りになる。…一国の主たる貴方がこれでは、国の威厳という物を問われますよ?」 あぅ、そっちの話しだったかぁ…。 何時も注意されるんだよね。 でも、仕方ないじゃない。帝王学っていうんだっけ?そういった教育とか、受けてなかったんだもん。 私は、元々ただの女子高生。 いきなりそうしろ!って言われたって、なかなか出来るものじゃないよ…。 …と、反発的な思考が頭を過ぎっても… 「ごめんなさい…」 口から出たのは、そんな言葉だけ。 我ながら情けないけど、こういう時のローレンスには逆らわない方が得策だって知ってるからね。 「まぁ、解って頂けたのら結構。…ですが、これは天佑ですね」 「ん…、チュウキュウとの同盟の事?」 いきなり話しが摩り替わったから、ちょっとだけビックリ。 でも、ここで話しを合わせておけば、お説教からも逃れられそう。 「えぇ…。三大大国と名高いチュウキュウ国。軍事力という意味ではグランスレイに一歩及びませんが、その広大な領土の広さは三国一と言われています」 「お隣さん…なんだよね?それに、治安も安定してるっていうし」 チュウキュウっていうその国は、この世界でも三大大国と称される程の大きな国。 軍事力や兵力にも富んでいるんだけど、何より、人心が豊かな事で有名なんだって。 元々、安定した衣食住が与えられるこの世界だけど、やっぱり大きな国になればなる程、その生活は豊かになるんだ。 だって、食べ物も、衣服も、生活に必要な物を自然の中から搾取し、生み出すのは人間だから。 人が多ければ、良い職人さんもそれだけ多くて、学問という分野でも、優秀な人材が集まる。 国の大きさは、そのまま国力に直結するんだ。 「…ですが、解せないのは、皇帝リャン・クーファの真意です」 「うん、それは、私も気になってたトコ」 …そう。それだけ大きな国が、どうして小国であるゲンシュウとの同盟を望んでいるんだろう? グランスレイに敵対している。という意味では、確かに同志かも知れない。 だけど、だからといって、小国一つを味方に付けた所で、戦力的に拮抗した三国同士の現状打破には至らないと思う。 じゃあ、何の為の同盟なの?って事。 「考えられる事は、ただ一つ…」 「…?」 ローレンスは、難しい顔をして私を見た。 「姫様…いいえ、千年王という、その名を利用しようと考えているのではないでしょうか?」 この世界において、知らない人なんて居ないって言われてる「千年王伝説」。 その生まれ変わりと噂される私を奉り上げ、利用しようとでも? そりゃ…アイドルみたいな存在に憧れなかったワケじゃない。だけど、自分にそれ程の価値があるとは思えなかった。 「幾らなんでも、それは無いと思うよぉ?」 …と、言うと、ローレンスは「呆れた…」と言わんばかりの複雑な笑みを浮かべ、腰に手をあてながら続けた。 「姫。貴方が思っている以上に、貴方の持つ影響力という物は大きいのですよ」 「そうかなぁ…?」 ローレンスの言葉を信じる気にはなれなかった。 だって、今だって家臣に怒られたばっかりなんだよ? そりゃ、前よりは自覚も芽生えてきたけど、一国の主~なんて、ガラじゃないし。 戦場や政務でだって、周りの人達に助けられてばかり。 千年王の生まれ変わり!なんて言われたって、実績が無いもの。 でも、ローレンスは表情を一転。とても穏やかな顔で、私に微笑んだ。 「お忘れですか?姫は、この世界に落とされ、たったの数ヶ月で一国の主となられた御方なのですよ?」 「そ、それは、成り行きで…っ」 そうだよ。 確かに、前代未聞な事だとは思うけど、アレは成り行き。 たまたま、始めて知り合った友達のヴァンが、この国を影で支えていた功労者だったからってだけ。 私自身は、何もしてないもん。 だけど、そう言おうとした私に、ローレンスは核心的な言葉を言い放った。 「成り行きで、国民はついて来たりしませんよ」 「う…っ」 そんな事言われたら、言葉を返せない。 私自身、どうして必至になって否定しているのかも判らないけど…。 「姫の持つ人徳が、皆にそうさせるのですよ」 そう言って、ローレンスはクスッと笑った。 そういう物なのかなぁ~…? でも、そんな風に考えていると、直ぐに彼女の表情は真剣な物に戻って… 「ですが、用心に越した事はありませんね。私の方からも、多少探りを入れておきましょう」 「う、うん、お願い」 姫に背を向け、私は自身の役目を果たす為に謁見の間を後にする。 チュウキュウ国…。 この国に関して、姫に未だお話ししていない情報が一つあった。 チュウキュウ皇帝リャン・クーファ。 まだ公にされてはいないが、その次期皇帝候補である、リャンの息子「イーシャ・クーファ」の人柄についての話しだ。 父リャンをも凌ぐ切れ者と噂されるこの男は、武にも長けた底の知れぬ男。 天才的軍略家でもある彼は、実の父親の命さえ狙っていると聞く。 今回の一件は、そのイーシャがリャンに進言したとの話しが上がってきていたのだ。 十分に警戒すべき事柄だった。 「…だが、それだけではない…」 そう、もう一つ、気になる話しがある。 それは… 「…なに?ヴェイルが行方不明だと…?」 グランスレイ王国。…その鋼の城。 無機質な薄闇の底に響いた重々しい声は、ドルマ陛下の物だ。 「あぁ、詳しくは知らんがな。オレんトコの部下の話しだと、ゲンシュウでの敗退後、一部の部下どもと共に、行方知れずだそうだ」 そして、もう一人。 ふてぶてしい態度と物言い。 見てからの蛮勇さに相応しいそれで、男は陛下を愚弄する。 遺憾ながら、私と同じく四柱将が一人であるこの大男こそ、憤怒の剛剣士と称される「ゼノン・ゲイルハート」。 血のように赤い髪は短くも激しく天を刺し、露出の多い甲冑から見え隠れする褐色の肌に刻まれた無数の太刀傷は、この男の戦ぶりを物語っている。 戦場で一度でも魅入られれば、必ずやその者に死が訪れるという、野獣のような血に飢えた白瞳。 そして、無骨で彫りの深い顔に縦横刻まれた十字の太刀傷。…これが、スカーフェイスとも呼ばれるこの男の象徴…。 「…ゼノン、陛下の御前よ?分を弁えなさい」 「あぁ?っんだよ、シュウラン。手前ぇ、オレに何か文句でもあんのか?」 悪びれもせず、良くも抜け抜けと。 自身が使える国王陛下の御前にて、跪く事さえしないとは…。 ドルマが侮辱された所でどうとも思わないけど、多少は媚びる精神も必要だと教え込むべきかしら。 そうでもしなければ、後の王となるこの私の障害とも成り得るわね…。 「これ以上の冒涜、万死に値するわよ?ゼノン」 「ほぉ~、面白ぇ…。この場でそのチャラチャラした服引ん剥いて、「ドルマ様」の前でヒィヒィ泣き喚かせてやろうかぁっ!?」 同時に得物に手をかけた。 私は腰にかけられた鋼の刃によって形作られる鞭に、そして、ゼノンは背に隠した身の丈をも超える極大の大剣に。 一瞬の睨み合い。 だが、その自らの足を一歩踏み出そうとした時だった。 「…見苦しい。止めよ…」 うっ…! 流石は、恐怖政治でこの大国を治める程の王という事かしら…。 圧倒的な威圧感を乗せたその一声だけで、私とゼノンの動きを封じてしまうとはね。 「…剣を引け。それとも、本気で余の逆鱗に触れたいか…?」 ここは、素直に従っておくべきね…。 「お、お許し下さい、陛下…っ」 「チッ…、わぁったよ…っ」 猫撫で声で膝元に跪きでもすれば、この好色男はそれ以上何も言わない。 如何に屈強な男と言えど、所詮は男。 扱いなど、慣れているというものだわ…。 「…フッ、分かれば良い…」 私の身体を無理矢理に抱き寄せ、膝の上へと導いてドルマはそう囁いた。 甘えて見せるのも、女の美徳。 男の奴にはマネなんて出来やしない…フフフッ。 「…チッ」 女の最大の武器ってか? 気色の悪い目で見やがって…。くだらねぇ。 背の大剣から手を離し、オレは呆れ半分でドルマを見返した。 「…んで?どうすんだよ」 「…ヴェイルの件なら捨て置け。奴も懐に一物抱えた男。余興としては、先の展開も気になるという物だ…」 ようは掌で踊らせて楽しむって事か。 …その余裕が仇にならなきゃいいがな…。 悪いが、オレが最も警戒してるのは、手前ぇでもシュウランでもねぇ。 ヴェイル・ドレイク…、ヤツだけだ。 「だがよ、そうなると…ゲンシュウの姫さんはどうするんだ?これも聞いた話しだが、チュウキュウのリャン・クーファと同盟するって話しが上がって来てるぜ?」 「…ほぉ、ならば、ヴェイルの後任は貴様に任せるとしよう。異論は有るまい?ゼノン…」 ヘッ、ようやくオレ様の出番ってワケか…。 あの千年王の生まれ変わりとかいう小娘。初めは眉唾かとも思っていたが…ヴェイルを退けたともなると、期待も膨らむってもんだ。 面白ぇ…、久々に滾ってきたぜぇ…。 「いいぜ、任せな…。クックックッ」 何時に無く幸せそうな顔をする…。余程気になっていたと見えるわ。 だが、殺させてしまう訳にもいかん。 如何にこの男といえど、四柱の一人。分は弁えておると信じたいが…念には念を入れておくべきか。 「…解ったのなら下がれ。…シュウラン、お前もだ…」 「は、はい…」「チッ、偉そうに…」 余を一人残し、闇の果ての微かな光へと消え行く二つの影。 何者の気配も消え失せたその謁見の間で、余は独り、声を発する。 「…シズノ…」 それは、虚ろなるモノの名。 順わざる人外のモノの名。 その呼びかけに、ソレは応える。 「…ここに」 薄闇に溶け込む水晶像のような人形。 徐々に輪郭を成し、生まれ出ずる魂魄のみの姿。 それは、脆弱な幼女の声で虚無の眼を余に向ける。 「…聖杯は、未だ満たされず…」 「…わかっておる。既に取り込まれた「鬼女」と…残るは「聖女」。そして、「戦乙女」であろう…?」 眼前で、無風に揺らぐ身体。 余の言葉に、シズノは無言の答えを返す。 「…聖杯を満たし、贄を喰らい、其は大望への階を行かん…」 「…そう急くな。何れは、貴様の手で全てが一つとなろう。…だが、未だ期は熟しておらぬのだ…」 揺らぐ人形。 しかし、そこに感情は窺えん。 薄気味の悪い奴よ…。 「…ゼノン・ゲイルハート…」 「…そうだ。貴様の方で、あ奴の手綱を絞り込んで貰う。頼めるな…?」 音も無く輪郭さえ失って消え行く影。 それが、奴なりの返答の仕方だ。 礼儀も知らぬ人外の者…それらしくもあるが、な。 「……」 影は、我が御霊。 声は、我が言霊。 其は、還りて我を成し、我を個と成し示さん…。 「フフフ…。あと、四つ…」 月明かりに照らされて、闇夜に浮かび上がる幼女の姿。 柔らかな涼風に身を擡げる草花。 大地の祭壇とも言うべきか、まるで歌劇舞台のような真っ平らな一枚岩の上に、彼女は一人、佇んでいた。 頭まで覆い隠す真紅のローブ。 金糸の刺繍が施された、聖職者にも似た装い。 だが、それ以外の何もかもがコレに隠され、彼女の顔さえも覗き込ませてはくれない。 「ウフフフ…っ、アハハハハハっ」 何処とも知れぬ異空間。 見た事も無いその光景に、私は声を発する事さえ忘れていた。 …ううん、自分の存在がそこにはなかったから、きっと、声を発する事なんて出来やしなかった。 私は、ただ見ているだけの傍観者。 銀の輝きに照らされ、優雅に、そして無邪気に舞うこの少女。 …誰なの? 私が、今、夢の中で見ているこの光景は…何? …そう。これは、夢なんだ… 誰にも届かない声。 自分でさえ、捉えているのかも判らない。 でも、それが夢と現実との曖昧な境界にあった事を、私は教えられた。 「…そうよ、ショウコ。オマエは、アタシのモノっ!!」 黒い影のかかる顔。 だが、その中で映えるギンと見開かれた真っ赤な眼が私を睨み付けた。 「っ!!」 声にならない声を上げていた。 今のは…何? 目を覚ましたのは、私? 辺りを見回すも、そこは見慣れた景色。 ここは…、私の部屋。 「はぁ…っ、はぁ…っ、はぁ…っ」 まだ、心臓がドクンドクンと強い鼓動を打ってる。 額から落ちる嫌な汗を手首で拭い、私は純白のシーツの上で息を荒げていた。 何だろう…。どうして、こんなにも恐怖を感じているの…? あの子、ただの女の子じゃなかった。 夢の中で見た筈の、見知らぬ人物。 なのに私は、彼女が何処かで、私を見ているのだと知っていた。 不可思議な感覚。 この世界に来て、不思議な事を沢山経験した。けど、何が起きたって、私は物怖じした事なんてなかった。 でも、今は違う。 あの子が怖い。 どうして、こんなにも動揺しているの? あの子は、いったい何なの? だけど、どんなに考えたって、答えは見付からなかった。 呼吸を整え、ベッドを抜け出し、洋服の袖に腕を通す。 「夢…、だよね…」 そう、自分に言い聞かせていた。 それが、夢ではなかったと判っていながら…。 |