51年前のソウル水道マンホール
韓国ソウルといえば古宮や歴史的建造物など様々なところで歴史を感じることが多いですが、意外なところでもソウルの都市化の歴史を感じさせるところがあります。それは地面…?!道路や路地にあるマンホールからソウルの歴史を感じることができたりします。もう20年近く前でしょうかはじめてソウルに来て何気なく明洞を歩いていたら偶然見つけた日本植民地時代のマンホールがきっかけでソウルの街を歩くとマンホールをチェックし始めたわたくしめ。(このマンホール、数年前まで明洞のサボイホテルのとなりの栄養センター前にあったマンホールが日本植民地時代のときにできたマンホールが残っていたのですが、明洞の道路改修工事の際に突如として消えてしまいました…)過去に撮った写真もあるんですが、データの奥底に眠ってしまっているのが多いので不定期にアップロードしていこうと思いますが、新たに見つけたちょっと古めのマンホールをご紹介していきます。きょうご紹介するのはマンホールではないんですが、現在ニュータウン建設で再開発が進んでいる西大門区北アヒョン洞の路地で見つけたソウル市の古い水道(メーターなんでしょうか)の蓋。ソウル水道、とだけ書いてあるのですが下の年号をよく見たら…1963年、の文字があります。きょうのブログでアヒョン高架道路撤去の話を書きましたがそれより5年も前に設置された蓋のようです。この北アヒョン洞のあたりは日本統治時代には別荘地開発も日本人の手によって行われた地域で京義線の駅もあった(1944年に廃止)のですが、戦後の混乱期に丘のようになった斜面に小さな家が立ち並び「タルトンネ」と呼ばれる低所得者層の地域と敷地が比較的広い敷地を持つ富裕層の人が住むところが隣り合う地域となりました。この蓋があった場所はどちらかというと「タルトンネ」だった地域に近いところなので人口の急増とともに水道を整備していって1960年代(1963年のソウルの水道普及率は60.7%→1970年には85.6%にまで急上昇。「ソウル上水道百年史:1908-2008」ソウル特別市上水道事業本部編より)に設置されたものとおもわれます。こちらは近くにあった現在のソウル特別市の水道計量器の蓋。ソウル市の新しいマークが入っているのでここ10数年ぐらいに設置されたさほど昔のものではないようです。また見つけ次第ソウルの古いマンホールを逐次アップロードしてきます! ↓ 近現代のソウルの歴史、散歩しながらでも意外なところで遭遇。下の2冊が結構参考になります。