2010年7月8月9月☆三途の川の渡り方 水木しげる カッパブック 光文社P78より抜粋 もう二十年ほど前のこと、ぼくはまるで招かれるように広島県庄原市に行った。 夢に子供が出てきて、泣いて叫ぶので行ったのだが、ここには出雲のカミサマより古い、太古のピラミッドといわれる巨石がある。その石の上には畳一枚ほどの供物台があって、ここから晴れ渡った空をバックに三角形の山がはっきりと見える。 これを見て、エジプトのピラミッドも太陽神品行だったが、日本にも同じ考え方があったのじゃないだろうか、とぼくは直感した。その信仰が忘れられているので、夢の中の子供が泣いているのでないか。その後の体験でこれは事実だと確信している。その太陽をさえぎるのが雲、つまり時代を支配しようとする生きた亡者たちとも言える。~~~抜粋 以上 セレンスカイ メモ この本のこのページを開いた日、テレビでは広島県庄原市で土石流があり、流された方も幾人がでたことを知らせていた。中でも何度も水に沈んだが、プロパンガスの鎖につかまって 生き延びた方の談話がとくに印象的だった。 「家も何もなくなってしまったんですよ」といいながら 淡々と話す様子を見ていた。 そのあと、上のページを読みだしたのだ。 広島県庄原市 太陽をさえぎる雲 これもシンクロ?私に何を呼び掛けてくれているのか。 心にとめておこうと思う。 第三章がよい セレンスカイ メモ 以上 本文より抜粋~~ 第4章P207 実利的なことばかり考えているとおばけも逃げてしまう。でも、ぼくには、むしろ実利に追われた生身の人間のほうが、ずっと怖いものに見えるのだが、どうだろう。 おばけのことを調べている林巧さんが、いい言葉を話している。いわく「おばけのいる人生といない人生」。この言葉を借りると、おばけのいる人生のほうが豊かで楽しい。 本文 抜粋 以上 ~~~~~ |