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テーマ:聖教新聞を読んで・・・(256)
カテゴリ:わが友に贈る・名字の言・寸鉄
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【名字の言】 アメリカに渡り、裸一貫、苦労を重ね、実業界で活躍する友が帰国。十数年ぶりに再会したが、その彼が「日本人の心がすごく荒んでいる」と言う。国会を騒がせた”偽メール事件”にも「言葉が軽すぎる」と憤っていた。 論理的な思考、正しい議論を学ぶため、中学や高校の教育にも導入され始めているディベート。その基本中の基本が、自らの発言の根拠を示すことである。出所不明の資料など論外。 もしも、データの捏造が発覚すれば、ディベートの競技そのものから「追放処分」が科せられることもある(茂木秀昭著『ザ・ディベート』)。ましてや言論の府たる国会が言葉一つ一つに厳しくなくてどうするのか。 1972年の日中国交正常化の際、中国の周恩来総理が日本側に贈った論語の一節が「言必信」だった。 信という字が「人」と「言」からなる通り、人の言葉は信頼に値するものでなくてはいけない。 言葉に嘘が混じれば、社会も、国家間の関係も、信頼の基盤を失う。 池田名誉会長は「大白蓮華」3月号の巻頭言に「真実は宝剣なり」と。真実の言葉は、嘘を叩き切る宝剣である。皆が、それを持っている。本来、真実ほど強いものはないのだ。その宝剣を輝かせるものは、勇気だ。(進) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/03/18 08:28:32 AM
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