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2008.09.02
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カテゴリ:特別支援教育
『この子らを世の光に』-糸賀一雄の思想と生涯-(NHK出版)の引用・紹介を続ける。
〔糸賀一雄とは戦後から1960年代にかけて「知的障害者」の施設である近江学園などを建設・経営した人物。「本来一人ひとりが光り輝く存在であり、“障害”を抱えた人たちも分けへだてなく共に生きることのできる社会こそが“豊かな社会”であること」を確信しつつ実践した〕

 このたびは、糸賀一雄の実践の土台にあったと思われる宗教哲学を中心に紹介したい。

 周知のとおり、糸賀一雄の思想形成にとってキリスト教の影響は絶大であった。(・・・)糸賀一雄は青少年時代にキリスト教に帰依し、おそらく死に至るまで真のキリスト教徒としての人生を貫いたことは想像に難くない。(136頁)・・・

 近江学園創設から間がない1950年に糸賀は自らの信条を次のように述べている。「私たちの生涯はたとえ小さくても愛の業を実証して、少なくとも私たちの属している社会や家庭の中にささやかな平和を実現したいと願うのであります」(136頁)

※ 糸賀の(京都大学)卒業論文より
 神学と宗教哲学について各々その特色を分析して、ヘーゲル等のドイツ観念論を援用しつつ、両者の関連について述べている。「神学と宗教哲学とは、等しく、“反省”を契機とする意味において互いに関連しながら、その反省の意味の相違によって、各々に特有なる任務が定められたのである」

 神学と宗教哲学を対立的にではなく、(・・・)神学→宗教哲学へと信仰の具体化・自覚化・反省化の中でとらえている。
 一方の神学は「信仰体験の無邪気なる自己理解」(・・・)であり、他方の宗教哲学は「宗教体験の反省的自己理解」(・・・)である、としている。 (141頁)

 また、糸賀は「自己と他者の共同(まじわり)が人格の本質であること、又かかる共同を成立せしむるものが“愛”に外ならない」として「救われし生は神のアガペに生きる生であり(・・・)道徳もこれによって初めて確立されるであろう」と第二論文を結んでいる。

(さらに)糸賀は近江学園設立後に、たびたび愛について論じている(・・・)
愛とは何ぞやを知ることは、愛の実践と区別されなければならない。エロスを論じアガペの愛を論じても、そのことは愛そのものではないことをしかと知るべきである。一人の問題の子供のために肝胆を砕いて悩み、彼とともに泣いて立ち上がるときに、その純粋さの中に愛が実践されているのである」(142頁)

 糸賀はこれまでのキリスト教研究(神学)と宗教哲学の知見の全てを卒業論文に結集させたのであるが、このことは糸賀の内面に彼を単なるキリスト教の信者ないし信仰の人としてではなく、愛と希望を持つ不屈な宗教哲学者としての人生の旅立ちを保障することになるのである。(146頁)

(コメントおよび「紹介」の続き)

 上記のように、糸賀の出発点に宗教哲学があったことは明らかであるが、ここで注意しなければならないことは、「糸賀の福祉思想が通常考えられているように、キリスト教の隣人愛を知的障害児の教育と福祉へ直接的に適用したもの(・・・)と必ずしもいえないこと」(137頁)だ。

 というのは、「糸賀は宗教哲学を背骨としつつも福祉実践家あるいは実践的思想家として、現場との切り結びによってさまざまな発見、いわゆる“気づき”をしつつ、新たな理念を創造し、強固な思想を形成してきたから」である。

 確かに、糸賀の近江学園は「医学」や「心理学」というよりも「哲学」(または宗教哲学)を背景に実践が展開されていた。だが、それはまさに旺盛な実践の中で鍛えられていった「生きた哲学」であり、宗教哲学を越えた各分野(ヘーゲル - マルクス主義等)をも包括して構成されているのである。

 次回はそのことを中心に述べてみたい。             続く

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