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カテゴリ:時事問題
最近公開されたブログ記事、辺境のリーダー、高市早苗首相の悲哀 : 【テレビ屋】なかそね則のイタリア通信 が目にとまった。前半はおそらく、G20における各国首脳に対する首相の態度をとりあげたものと思われる。一見、他愛のないことのようだが、鋭く本質をとらえているように思えたので紹介したい。 「高市首相は欧米の首脳会談の相手にドナルド(Trump)、キア(Starmer)、ジョルジャ(Meloni)、エマニュエル(Macron)とファーストネームでしつこく語りかけた。」 「ところが高市首相は、会談した韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領をファーストメーネームではなく、一貫して『李大統領』と敬称で呼び続けた。」 「また2026年3月29日から31日まで日本を公式訪問したインドネシアのプラボウォ・スビアント大統領に対しても、初めから終わりまでプラボウォ大統領と尊称した。」 「一見何ほどのこともないように見えるが、そこには高市首相の劣等感とそこからくる強い承認欲求、またそれとは真逆の優越意識がもたらすダブルスタンダードの虚偽が複雑にからみあっていて哀れを誘う。」 (・・・中略・・・) 「もしも彼女が、欧米の相方だけではなく、アジアの相対者にも、親しくファーストネームで語りかけるバイアスのない情動を持っていれば・・・」と【テレビ屋】なかそねは語る。 私は前の記事(伊勢崎賢治の国会質問と首相訪米 | )で、高市・トランプ会談における首相の態度について「恥ずかしい」と率直な感想を述べた。もしかすればそれは、「怒らせたら手のつけられないトランプへの(公正さを犠牲にしての)特別な対応」という見方もできるかもしれない。 しかしながら、欧米の指導者とアジアの指導者に対する「明らかに異なる態度」が、劣等感と優越感(はっきり言って差別意識)によるものだとすれば、これまた恥ずかしく残念なことである。ただ、これは高市首相に限ってのことなのか。遺憾ながら、これと似かよった意識はかなりの日本人に共有されてはいないだろうか。 「移民・難民問題」について少し冷静に考える | でも指摘した、日本国内における「イスラームのモスク」と「キリスト教会や幼稚園」に対する見方・態度の落差も、同様の差別意識を根に持ってはいないか。 さらにいえば、当時の日本人だけでなく現在においても日清戦争を肯定的に見る視点が圧倒的である事実。日清戦争に関する授業実践2 | でも紹介したが、欧米帝国主義支配・植民地支配は不当だと明言し、同様の理由で日清戦争に反対した勝海舟と、「文明と野蛮の戦争」だと正当化し応援した福沢諭吉。双方の主張を歴史的事実・資料にてらして「勝海舟のほうが公正だ」と判断した生徒たちの見方についてどのように思われるだろうか。 教育問題に関する特集も含めてHPしょうのページに yahoo geocitiesの終了に伴ってHPのアドレスを変更しています。) 「しょう」のブログ(2) もよろしくお願いします。生活指導の歩みと吉田和子に学ぶ、『綴方教師の誕生』から・・・ (生活指導 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2026.04.22 05:39:38
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