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憂国愚痴φ(..)メモ by 昔仕事中毒今閑おやぢ in DALIAN

(共和党のアメリカ)~ 極めて重要っ!w



(2004/12/08)

「日英同盟破棄と真珠湾攻撃がポイント・オブ・ノーリターン」であったとの裏づけ記事について。


「株式日記と経済展望」というサイトから

(「クライン孝子の日記」紹介経由)



反日の民主党のF・D・ルーズベルト大統領は、日本へ18発もの原爆投下を承認していた。しかし共和党は日本との戦争にも反対し、分割占領にも反対していた。

2004年11月29日 月曜日


◆日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略 深田匠(著)


◆米国二大政党の異なる対日関係史


過去の歴史を鑑みるとABCD包囲網・石油禁輸・真珠湾謀略・原爆投下・東京裁判・占領憲法押しつけなど、これらは全て民主党政権下で行われている。

1932年の大統領選挙で共和党のハーバート・C・フーバー大統領が民主党侯補フランクリン・D・ルーズベルトに破れて以来、1953年にアイゼンハワーが共和党大統領に当選するまでの実に二十年間に渡り、民主党が政権を握り続け共和党は野党となっていた。

そして開戦を目的と.する日本への圧力も、日米戦争も日本占領政策も、全てこの二十年間の内に行われた。

反共主義者であるフーバーはソ連の国家承認を拒み「日本はアジアにおける防共の砦」と常々口にしていたが、政権が交替すると1933年1月に発足問もないルーズベルト政権は共和党の反対を押しきってソ連を国家承認した

ルーズベルトが掲げた看板政策ニューディールとは「新しい巻き返し」の意味で、通貨管理や価格統制、労働者の最低賃金や最長労働時問の法的保証、労働組合の拡大促進、高所得者層への大幅増税一所得税最高税率七十五%、相続税最高税率八十%への引き上げ)、その他様々なマルクス主義的要素を採り入れたもので、当然ながら共和党は猛反発していた。

米最高裁も価格統制や高所得者懲罰税制を違憲と判決したが、当時大不況下の米国ではニューディール政策をめぐって世論が二分化されていったのだ。

そして「ニューディ-ル支持=親ソ容共=民主党」と「ニューディール反対=反ソ反共=共和党」という二大勢力が対立する中で、前者は日本を敵視し後者は日本に理解を示すのだが、それはすなわちアジアの「防共の砦」に対する認識差に他ならなかった。(中略)

ルーズベルト政権で司法長官を務めていたF・マーフィー(後に最高裁判事)は、反米活動調査委員会で「共産主義者がルーズベルトとその夫人を操っていた」と証言しており、対日戦争はソ連のシナリオであったと認める報告書を提出している。

また1996年4月、民主党寄りでリベラル系メディアの代表格であるワシントン・ポスト紙でさえも「マッカーシーは正しかった。リベラルが目をそらせている間に共産主義者は浸透していった」という見出しで、「VENONA」ファイルを指して「反共主義の人々が批判したとおり、ルーズベルト、トルーマン両政権には、ソ連に直接又は間接に通謀していたおびただしい数の共産スパイと政治工作員がいた証拠である」と報じている。

共和党の下院議員であったハミルトン・フィッシュは自著の中で、「ルーズベルトは民主主義者から民主主義左派・過激民主主義者を経て、社会主義者、そして共産主義支持者へと変貌していった」と述べており、

真珠湾攻撃における米上下院議会の対日開戦支持について「我々はその時の支持すべてを否定しなければならない。なぜならば、真珠湾攻撃の直前にルーズベルトが日本に対し戦争最後通牒(ハルノート)を送りつけていたことを、当時の国会議員は誰一人知らなかったからである」とも述べている。


またハミルトン・フィッシュは、同著で当時の共和党下院議員の九十%が日本との戦争に反対していた事実を明らかにしており、ハルノートを指して「これによって日本には、自殺するか、降服するか、さもなくば戦うかの選択しか残されなかった」と強く批判し、

「日本は天然資源はほとんど保有せず、また冷酷な隣国であるソビエトの脅威に常に直面していた。天皇は名誉と平和を重んじる人物で、戦争を避けようと努力していた。日本との間の悲惨な戦争は不必要であった。

それは、お互い同士よりも共産主義の脅威を怖れていた日米両国にとって悲劇的だった。我々は戦争から何も得るところがなかったばかりか、中国を共産主義者の手に奪われることになった」

とも述べている。


ちなみにフィッシュは戦時中も「米国の敵は日独ではなくソ連だ」と主張し続けていた為に、アメリカに潜入していた英国の対米プロパガンダエ作機関「イントレピッド」による中傷工作を受けて1944年に落選に至っているが、アメリカにとっての真の敵は日本ではなく共産主義であって対日開戦支持は否定されるべきであることを、共和党下院の大物が公に認めていたことを忘れてはならない。



ルーズベルトの後継者である民主党のトルーマン大統領が日本へ計十八発もの原爆投下を承認していた事実はワシントン.ポスト紙にスクープされているが、この決定を最初に下したのもルーズベルトである。

小心かつ実務経験に乏しかったトルーマンは、ルーズベルトが決定していた方針に一切手を加えずに単にそのまま実行したのだ。

ちなみに京都が空襲から除外されたのは「文化財の保護」なんかではなく、原爆投下の第一侯補地であった為に、破壊カデータを正確に取るために温存されたにすぎない


この原爆の日本への使用については、後に共和党大統領となるアイゼンハワーなどが猛反対しており、共和党支持者の米陸海軍の将軍たち(マッカーサーも含む)は全員が反対意見を具申している。


アイゼンハワーに至ってはスチムソン陸軍長官に対し「米国が世界で最初にそんなにも恐ろしく破壊的な新兵器を使用する国になるのを、私は見たくない」(1963年の回想録)と何度も激しく抗議していた。

こうしてかねてより共和党の大物の面々が日本への原爆使用に反対していたこともあって、トルーマンは投下決定を共和党側には伏せたまま、1945年7月に先にスターリンに知らせた。


共和党や共和党系と見なされていた将軍たちに原爆投下決定が伝えられたのは投下の二日前であり、これは「反対を怖れるあまり自国の議員よりも先にソ連に知らせた」と共和党側をさらに激怒させた。


原爆投下についても米国の総意ではなく、賛否両論の二つの考え方がこの両党間で対立していたのだ。

つまり、もし当時の大統領がトルーマンではなく共和党の大統領であったなら、おそらく原爆投下もなかったであろうということである。


★アイゼンハワーは、大統領在任中の1955年1月にルーズベルトを強く批判して「私は非常に大きな間違いをしたある大統領の名前を挙げることができる」と述べ、ルーズベルトが対日謀略を重ねて日米開戦を導いたこと、日本へ不必要な原爆投下の決定を行ったこと、ヤルタ協定で東欧をソ連に売りとばしたことなどを挙げて非難している



★ソ連のスパイであったアルジャー・ヒスが草案を作成したヤルタ協定は「ソ連の主張は日本の降状後、異論なく完全に達成されることで合意した」と定めているが、1956年に共和党アイゼンハワー政権は

(ソ連による日本北方領土占有を含む)ヤルタ協定はルーズベルト個人の文書であり、米国政府の公式文書ではなく無効である

との米国務省公式声明を発出した



ヤルタ協定が共和党政権によって完全に否定され無効とされたことで、ソ連の北方領土占有(ソ連はヤルタ協定を根拠に正当性を主張)は、一切の根拠を失った不法占拠であることが公式に確認されたのである。


また日本の敗戦時に、ソ連はヤルタ協定を口実にして北海道まで占領しようと欲し、トルーマンも一旦はそれを内諾したものの共和党の猛烈な反対を受けて考え直し、渋々ソ連に断ったという記録が残っている。


一般に「蒋介石が日本分割に反対した」というデマが流布されているが、蒋介石はカイロ会議で「九州がほしい」と要望しており、またアメリカに対してそれだけの影響力も持っていなかった。

日本が米ソ中に分断統治されなかったのは、ひとえに共和党の反ソ派や知日派が「ソ連の日本占領は許さない」と強固に反対したおかげなのだ。


それどころかフーバー元大統領に至っては、「日本はアジア防共の安定勢力であり、戦後も朝鮮と台湾の日本領有を認めるべきだ」と主張していたぐらいなのである。



共和党大統領侯補への野心を持っていたマッカーサーは、朝鮮戦争において中朝共産主義連合軍に対しての原爆使用を主張し、トルーマンと激しく対立して解任されたが、1951(昭和26)年の米上院議会外交委員会において「日本の戦争は安全保障のためであった」と証言したのも共和党の基本認識に添ってのものである。

マッカーサー証言の内容は、前述のハミルトン・フィッシュの著した歴史観と完全に一致している。


また、朝鮮戦争時には共和党議員の多くが「日本への原爆投下は誤りであり、朝鮮戦争でコミュニストに対して使用するべきである。さらに中朝軍を撃退して中国本土まで国連軍を進攻させ、中共政権を打倒して国民党政権を復帰させるべきである」との主旨を主張していた。


共和党をバックにしてマッカーサーも同意見を声明しており、これもまた中共との和平を希求するトルーマンを激怒させ、解任理由の一つとなったのである。


従ってもし当時アメリカが共和党政権であったならば、今頃は中国共産党政権は存在していないかもしれない。


共和党の歴史認識、つまり共和党史観を代表する一例として、先の大戦のアメリカ中国戦線総司令官A・C・ウェディマイヤー大将の回想録を以下に引用しよう。

「ルーズベルトは中立の公約に背き、日独伊同盟を逆手に取り、日本に無理難題を強要して追い詰め、真珠湾の米艦隊をオトリにして米国を欧州戦争へ裏口から参加させた。(小略)米英は戦閾には勝ったが、戦争目的において勝利者ではない。英国は広大な植民地を失って二流国に転落し、米国は莫大な戦死者を出しただけである。

真の勝利者はソ連であり、戦争の混乱を利用して領土を拡大し、東欧を中心に衛星共産主義国を量産した。

米国は敵を間違えたのだ

ドイツを倒したことで、ナチスドイツ以上に凶悪かつ好戦的なソ連の力を増大させ、その力は米国を苦しめている。

また日本を倒したことで、中国全土を共産党の手に渡してしまった


やがて巨大な人口を抱える共産主義国家がアジアでも米国の新たな敵として立ちふさがるであろう」。


ロバート・A・タフト共和党上院議員の親友でもあったこのウェディマイヤー大将は、日米開戦に反対していた人物で、原爆投下にも反対し、戦後は『第二次大戦に勝者なし』と主張する回想録を発表している。

そして実にこの見解こそが共和党史観のべースに存在しているのだ。



★現在使用されているアメリカの中学・高校用の教科書には、

(日本の敗戦および中国内戦における国民党軍の敗退によって)「全世界人口の四分の一近くの人類が共産主義陣営に組み込まれることになってしまった。中国を失った責任者を追及する共和党は、トルーマン大統領とアチソン国務長官を激しく攻撃した。

共和党はさらに、共産主義者が侵食している民主党の諸機関が蒋介石に対する援助を意図的に抑えたために国民党軍は崩壊してしまった、と批判した


という記述がある。

つまり民主党の容共主義とそれを批判する共和党といった図式は、アメリカでは教科書にも載る公知の事実なのだ





フーバー以前の時代に遡って鑑みるも、1895年に日本がいわゆる「三国干渉」を受け屈従を呑まされた時、民主党のクリーブランド大統領はそれに一切関わろうとはしなかったが、一方しかし共和党は「三国は日本のシナに対する勝利がもたらした合法的果実を否定する干渉を行った。日本は特権を求めず全ての国に平等な権利と機会を保証しようと試みた。

一方、欧州列強は自国の利益のためだけにシナの領土を取り上げ、他の全ての国々に対する排他的権利を得る条約とく日本の)譲歩を獲得した」との声明を出し、とりわけロシアとドイツを強く非難している。

また日露戦争の最中、1904年3月26日にホワイトハウスを訪れた金子堅太郎特使に対して共和党のセオドア・ルーズベルト大統領(F・D・ルーズベルトの叔父)は、中立表明をした筈のフランスがロシアに軍需品供与をしていることについて米国が抗議したことを伝え、重ねて

「実はこの戦いが始まって以来、米国の陸海軍武官の中には日本に同情を寄せる者が多く、甚だしきに至っては官を辞して日本軍に身を投じようという者さえいる。かく言うルーズベルトは日本の盟友である。今度の戦争で君の国を負けさせたくない。ぜひ君の国を勝たせたい、いや必ず君の国は勝つ」と語っている。

そして金子特使から贈られた新渡戸稲造の『武士道(英文訳)』に深く感銘を受けたセオドア・ルーズベルトは、同書を三十冊取り寄せ、五冊を五人の息子たちに与えて「この武士道をもって心得とせよ」と命じ、残り二十五部を主要閣僚や共和党幹部に配っている。

(ちなみにブッシュはこのセオドア・ルーズベルトを尊敬し、その伝記を愛読している。)


日露戦争後から共和党セオドア・ルーズベルト政権は世界各国との戦争を想定したプランを立案し、その中には対日戦争計画オレンジプランもふくまれていた。

しかしこれは英国までふくめた主要国全てを対象(各国ごとに別のカラー名)にして立案された安保上のものであり、日本だけを特定して狙ったものではなかった。

このオレンジプランを指して「アメリカは半世紀も前から対日戦争を計画していた」と評する意見もあるが、私はその説には賛同できない。

同プランは議会で立法化されたり閣議で正式決定されたものではなく、安全保障として軍部が研究を命じられたものであり、日本一国だけを対象にしてはおらず、いわば世界主要国と「米国がもし戦わば」といった防衛シュミレーションであることから、これは戦争が日常的であった当時の独立国としては自然な安保対策である


アメリカが対日戦争を計画したのはF・D・ルーズベルトの大統領就任以降であり、セオドア・ルーズベルトからフーバーへと至る時期にはそんな謀略は一切存在していない。

それどころかセオドア・ルーズベルトの前任であったウィリアム・マツキンレー共和党大統領は「米英日が同盟して露独仏に対抗する」という構想を描いており、マッキンレーのブレインといわれたW・ラフィーバーは1898年3月にニューヨーク・トリビューン紙上で「(シナにおける)露独仏の支配は専制・無知・反動を意味するのに対し、日本の支配は自由・啓発・進歩を意味する」と述べて米英日の連携を訴えている。

しかしキューバ及びフィリピンでの紛争の対処に追われたマッキンレーは、結局この米英日三国同盟構想に着手することなく1901年9月にアナーキストの凶弾に倒れ、この三国同盟は幻の構想に終わった。

このマッキンレー構想は日本には至らなかったであろうということである。

共和党が日本とは戦いたくないと願っていたことは確かなことだ。

しかし現実にはルーズベルトの謀略で日本が真珠湾を攻撃してしまった為に、共和党も戦争以外の手段はなくなってしまったのだ。

自国領を攻撃された以上はもはや是非もない。

「共和党員と民主党員、他国への不干渉主義と干渉主義の激しい論争も、今となっては無意味なものになった」(J・トーランド)のである。

★我々日本人はこの歴史的事実からどれだけの教訓を得たのか、いやそれ以前に、共和党が対日戦争に反対し続けた事実自体をどれだけの日本人が知っているのだろうか

我々は「アメリカは日本を戦争へと追い詰め、原爆を投下し、日本に対して幾つもの罪を犯した」というメンタリティを、「民主党は日本に対して幾つもの罪を犯した」という定義に置き換えるべきなのである



共和党系シンクタンクのフーバー研究所は、フーバー元大統領がその最晩年の1960年に「米国を共産主義から守るための研究所」として私財を投じて創設した機関である。

1992年にこのフーバー研究所は、外交官J.マクマリーが1935年に記した「マクマリー・メモランダム」を出版している。

このメモランダムはいわば「アメリカ(ルーズベルト政権)の対日対中政策への批判」といった内容で、例えば

「日本人は、天然資源の乏しい小さな島にぎっしり密集して住んでいる。日本は、東アジアを除くすべての市場からかなり遠く離れているし、狭い海の向こうから二つの国、中国とロシアから過去に威嚇を受けてきた。
日本人は、それを彼らの生存そのものの脅威だと、いつもみなさなければならないのである。日本にとって、原材料輸入と輸出市場としての中国が、産業構造を維持し、国民の生計を支えるために不可欠なのである」と述べて日本へ対して寛容であるように説き、一方で

我々の対中国政策は、何年もの間、中国にゴマをする実験をやったあげく、突然に行き詰まってしまった
この事実は、日本と正常な関係を保つよう願っている善意のアメリカ国民達の忠告に十分耳を傾けるべきだという、警告として立派に役立つであろう」とも述べ、結論として

「日本には媚びもせず挑発もせず、公正と共感をもって対処しよう」と主張している。


日米開戦に反対した共和党元大統領の名を冠したフーバー研究所が、六十年近くも前の一外交官の手記を出版した真意は何であろうか。

それはアメリカにとって、対日・対中戦略において二度と同じ失敗は繰りかえさないという、共和党の意志が示されているものと私は考えている。


この手記の出版に際してフーバー研究所は、その解説文として当時の国際状況を「中国はボルシェビキ(共産主義一と幼いナショナリズムの影響を受けて、狂乱のヒステリックな自己主張に駆り立てられていた」「仲問同士(日米)が傷つけ合ったのが実態」と付記しており、それは明らかに現在の中共を暗喩している。


前出のジョージ・ケナンも、この「マクマリー・メモランダム」を絶賛しており、その講演の中で

「これらの地域(シナ・朝鮮半鳥)から日本を駆遂した結果は、まさに賢明にして現実的な人々が終始我々に警告した通りの結果となった。
今日我々はほとんど半世紀に渡って朝鮮及び満州方面で日本が直面し担ってきた問題を引き継いだのである」と述べ、

防共と安全保障に基く当時の日本の立場はそのまま現在の米国の立場となったことを認めている


共和党の対日方針とは昔も今も、まさにこの六十年前の「マクマリー・メモランダム」が提唱するごとく、「日本には媚びもせず挑発もせず、公正と共感をもって対処しよう」なのだ。


前述のように、民主党F・D・ルーズベルトの叔父ではあっても共和党の大統領であったセオドア・ルーズベルトは、日露戦争で日本を支援して講和を斡旋し、東郷元帥を尊敬し、教育勅語や武士道精神を高く評価するなど、親日的なスタンスを示していた。

そのセオドアの政治的遺伝子は、以降も共和党歴代大統領に受け継がれている


日系人強制収容に初めて公式謝罪したフォードも賠償したレーガンも共和党であり、占領憲法制定を初めて公式に日本の国会で謝罪したニクソンも当時アイゼンハワー共和党政権下の副大統領であった。

この事実は、もしアメリカが原爆投下や東京裁判を謝罪するとすれば、それは共和党政権であるというジンクスを示唆している



ちなみに1983年5月27日、日本海海戦の戦勝記念日であるこの日に訪米した中曽根首相を、レーガン大統領は「軍艦行進曲」の演奏で迎えたが、ホワイトハウスで日本の軍歌が演奏されたのはこれが最初である。米大統領がドイツの首相をナチスの軍歌で迎えることは決して有り得ない。

共和党の対日史観とは、「大東亜戦争肯定史観」とまではいかなくても、日本の自衛による立場を理解したる「大東亜戦争容認史観」といったところなのだ。


二十世紀の百年間、日米英三国同盟を夢見たマッキンレーに始まり、日露戦争講和を仲介したセオドア・ルーズベルトを経て、「日本はアジア防共の砦だ」と終生主張していたフーバー、そして「強い日本の復活」を待望する現ブッシュ政権に至るまで、共和党はいつも日本の立場に理解と共感を持って接してきた

その一方、ワシントン会議のレールを敷いたウィルソンに始まり、ソ連に操られて日本を追い詰めたルーズベルト、原爆を投下し東京裁判を強行したトルーマン、中共と結び対日経済戦争に狂奔したクリントンに至るまで、民主党は常に日本を敵視し警戒し抑えつけようとしてきた


これらの歴史が物語る真実は、この二大政党の対日観や共産主義に対する姿勢が全く正反対であるということなのだ。

そして、かつてGHQ内部で熾烈な路線対立を繰り広げたストロングジャパン派(共和党)ウィークジャパン派(民主党)が、今なおアメリカを二分して存在しているという現実を日本人は決して忘れてはならない。


★日米開戦前における日本政府の最大の失敗は、ルーズベルト政権の与党たる民主党だけを相手として共和党との交渉を考えもせず、つまりアメリカという国を一括りに見て「アメリカは二つ存在する」という視点を持たなかったことにある



私は小室直樹博士とお会いした時に、日米開戦に至る日本外交の最大の失敗は何かと質問したことがあるが、小室博士の答えは一言明確に「アメリカのもう一つの世論を研究せず、ルーズベルトやハルだけを対手としたこと」であった。まさしくその通りである。

そして現在においても、反米か親米かの二元論でアメリカに相対する人々は、この「歴史が教える教訓」に全く学んでいないのだ。

右だろうが左だろうが、今も大半の日本人が「二つのアメリカ」の存在をおそらく知らない。


反米か親米かの立場でしかアメリカを見ようとしない日本人は、現実の眼ではなく、観念の眼を通してアメリカを見ているのだ。

それは日本が再び同じ過ちを繰り返す最大の要因でもある。

(P306~P314)




(私のコメント)

私はアメリカの対日政策がぶれるのに対して、疑問に思っていましたが、この「二つのアメリカの世界戦略」を読んでみると、共和党と民主党の基本戦略がこれほど違うために、その時のアメリカの政権が民主党政権か共和党の政権かで対日政策が180度変わってしまう事を知った。

具体的に言えば、1932年から1952年まで続いたアメリカの民主党政権は、日本を戦争にまで追い込み、おまけにアメリカ軍部が反対したにもかかわらず18発もの原爆投下の大統領の決済をしていた。

まさに民主党のF・D・ルーズベルト大統領は反日大統領であり、大和民族の絶滅を計画していたのであろう。

それに対して共和党は反共産主義の政党であり、日本を反共の砦として終始支援してきた。

最近では民主党のクリントン大統領と共和党のブッシュ大統領の対日政策の違いからも、アメリカが対日政策が大きくぶれてしまうことの結果にもなっている。

アメリカの民主党は親共産主義的な政党であり、ソ連が崩壊してしまって残る共産主義国家である中国を支援するのは当然のことであり、クリントンの反日親中国政策は民主党の政策の反映に過ぎない。

日本の民主党に旧社会党員がいるごとく、アメリカの民主党にも親共産主義的的な人物も多いようだ


ソ連が崩壊したのもレーガン・ブッシュの共和党政権が12年も続いたためであり、アメリカが民主党政権であったならソ連の崩壊も無かったかもしれない

その反対にアメリカが20年も民主党政権が続いたために、日本は戦争に追いこめられ大日本帝国は滅んでしまった。

1952年に共和党のアイゼンハワー大統領が登場しなければ、日本は共産主義政権が出来たかもしれない。


中国に共産主義政権が誕生したのも、この20年にわたる民主党政権が影響しているのは確かだ。

民主党のF・D・ルーズベルト大統領はソ連の共産主義を守るために、日本に対する戦争挑発行動を行った。

もし、当時の日本政府が共和党とも交渉していれば大東亜戦争はせずに済んでいたかもしれない





わぁおぉ、これは買ってこようw

「世論」という抽象的なことではなく、★共和党 VS. ×民主党で括ったほうが事は明確になるわな。





★1861~65 (16)リンカン
×1865~69 (17)ジョンソン
★1869~77 (18)グラント
★1877~81 (19)ヘイズ
★1881   (20)ガーフィールド
★1881~85 (21)アーサー
×1885~89 (22)クリーブランド
★1889~93 (23)ハリソン
×1893~97 (24)クリーブランド(再任)

★1897~1901(25)マッキンリー
★1901~09 (26)セオドア・ルーズベルト
★1909~13 (27)タフト

×1913~21 (28)ウィルソン

★1921~23 (29)ハーディング
★1923~29 (30)クーリッジ
★1929~33 (31)フーバー

×1933~45 (32)FDルーズベルト
×1945~53 (33)トルーマン


★1953~61 (34)アイゼンハウアー

×1961~63 (35)ケネディー
×1963~69 (36)ジョンソン


★1969~74 (37)ニクソン
★1974~77 (38)フォード

×1977~81 (39)カーター

★1981~89 (40)レーガン
★1989~93 (41)G.H.Wブッシュ


×1993~2001(42)クリントン

★2001~  (43)G・Wブッシュ 




...と思っていたら、早速ドンピシャな記事が掲載された。




(2004/12/09 産経新聞)

2年連続で日本の国名削除 真珠湾攻撃大統領文書

太平洋戦争の始まりとなったハワイ・真珠湾攻撃(1941年12月7日、日本時間8日)について、ブッシュ米大統領が犠牲者を追悼するため発表した布告文書から、昨年に続いて今年も日本の国名が削除された。

イラクなどでの日本の貢献や、両国間の同盟関係を重視したことへの配慮とみられる。

米大統領は毎年12月7日に真珠湾攻撃記念日の布告文書を発表する。

2002年までは「日本帝国の事前通告のない攻撃で2400人以上の米兵が死亡した」などと明記していた。

今年は日本国名が削除された昨年に続き、「事前通告なく」の部分もなくなり、米国で根強く残る真珠湾攻撃の不意打ちへの批判的表現も消えた

(ワシントン 近藤豊和)




さてさて、アメリカ発のおもろい記事が連発ですネェw

それにしても、民主党寄りとされるNYTもこういう記事載せるか。




(産経新聞)

■「中国教科書 歴史を歪曲」米紙報道

 日本叩きが国民的娯楽

ほか何もやることないんでぇw 娯楽提供っす

【ワシントン=古森義久】ニューヨーク・タイムズ六日付は上海発で中国の教科書について「歴史をゆがめ、政治の必要に応じて、修正されている」とする報道を掲載した。

同報道は中国では歴史自体が政治の材料にされているとして、とくに日本に関しては「日本をたたくことが(中国の)国民的娯楽」と伝えた。

同報道は「中国の教科書は歴史を曲げ、省く」という見出しの記事で、ニューヨーク・タイムズ記者が上海で中国人の教育関係者多数から取材した結果だとしている。

これ読んでからだと、えざわの「【歴史】を鑑(かがみ)」としての「歴史」がどういうものかがはっきりするわなw

同報道は「中国では日本をたたくことが国民的な娯楽で、日本に対し正しい歴史を教えないと叱(しか)るが、中国の歴史教科書こそ近年の歴史をきわめて選別的に教え、ゆがんだ見解を提供している」と述べ、ゆがみの実例として

(1)中国軍はチベットやベトナムに侵攻したのに自衛以外の戦争はしたことがない、と教えている

(2)第二次大戦で日本は米国ではなく中国共産党軍により敗北させられた、と教えている

(3)一九五〇年代に毛沢東主席が断行した「大躍進」の政策失敗で三千万人も餓死した事実は教えない

(4)朝鮮戦争は米国と韓国が北朝鮮を侵略したことで始まった、と教える

-ことなどをあげている。

さぁ、致命的ですなw

同報道はまた上海の中国人教育関係者らの談話として

中国では歴史は政治の道具として使われる」

「天安門事件も騒乱分子が国家基盤を危うくした犯罪行為だとされる」

「近年の歴史になるほど、共産党への配慮からあいまいにしか教えられなくなる」

という言葉を紹介している。(12/08)





いいねぇ。

これが外務省の工作だったら、最高なんだけどなぁw




http://www.nytimes.com/2004/12/06/international/asia/06textbook.html



China's Textbooks Twist and Omit History

Chen Minghua, a high school history teacher in Shanghai, teaches a class on China in the 1930's and its role in World War II. "The closer history gets to the present, the more political it becomes," Mr. Chen said.

Stuart Isett for The New York Times
Chen Minghua, a high school history teacher in Shanghai, teaches a class on China in the 1930's and its role in World War II. "The closer history gets to the present, the more political it becomes," Mr. Chen said.

By HOWARD W. FRENCH

あれぇ、コイツは日本叩きやってたヤツじゃなかったけぇw 小林よしのりのインタビューでさぁ。それともドイツの記者だったかな?

Published: December 6, 2004

SHANGHAI, Dec. 5 - The history teacher maintained a blistering pace, clicking from one frame quickly to the next, during a lecture on China's relations with the world from 1929 to 1939 in one of this country's most selective high schools.

There was Hitler, shown on parade, his hand lifted in the Nazi salute. The teacher mimicked the gesture, to brief laughter, announcing the year the dictator came to power, with no pause for a discussion of fascism. Pushing ahead quickly, he said the United States was exploiting Canadian and Latin American resources, while Britain fed off India. Wherever it could, France, which was dismissed in barely a sentence, mostly followed Britain's example.

Getting to the meat of the lesson, the teacher said Japan decided to pursue its own longtime desire for a continental empire, and attacked China. The presentation lingered on a famous 1937 picture of a Chinese baby sitting in the middle of a Shanghai road amid the Japanese aerial bombing of China. Then, moments later, the teacher announced plainly, "America's attitude toward the Japanese invasion of China stopped at empty moral criticism."

This country has made a national pastime of wagging its finger at its neighbor, Japan, which it regularly scolds for not teaching the "correct history" about Japan's invasion of China in the 1930's, straining relations between Asia's biggest powers.

However, a visit to a Chinese high school classroom and an examination of several of the most widely used history textbooks here reveal a mishmash of historical details that many Chinese educational experts themselves say are highly selective and often provide a deeply distorted view of the recent past.

Most Chinese students finish high school convinced that their country has fought wars only in self-defense, never aggressively or in conquest, despite the People's Liberation Army's invasion of Tibet in 1950 and the ill-fated war with Vietnam in 1979, to take two examples.

Similarly, many believe that Japan was defeated largely as a result of Chinese resistance, not by the United States.

"The fundamental reason for the victory is that the Chinese Communist Party became the core power that united the nation," says one widely used textbook, referring to World War II.

No one learns that perhaps 30 million people died from famine because of catastrophic decisions made in the 1950's, during the Great Leap Forward, by the founder of Communist China, Mao Zedong.

Similar elisions occur in everything from the start of the Korean War, with an invasion of South Korea by China's ally, North Korea, to the history of Taiwan, which Beijing claims as an irrevocable part of China.

"The Anti-Japanese War finally succeeded, and Taiwan came back to the motherland," another leading textbook states, referring to Japan's defeat in World War II and the loss of its colonial hold on Taiwan.

"The closer history gets to the present, the more political it becomes," said Chen Minghua, a 12th grade history teacher at the No. 2 Secondary School in Shanghai. "So for things after the founding of the People's Republic, we only require students to know the basic facts, like what happened in what year, and we don't study why."

Although some defend the curriculum, many academics say the way history is taught in China forces even the best teachers to bob and weave around anything deemed delicate by the country's leaders and leaves students confused about their own country's place in the world.

Asked what they made of the discussion of the 1930's, one student at the Shanghai high school eagerly volunteered that China had prevented Japan from taking over much of the world. Another said war was inevitable. And a third, who approached the teacher after class to pursue the discussion, said the war had not been a bad thing, since it had prevented Japan from becoming a world power.

Defenders of China's curriculum say that whatever its shortcomings, history education has vastly improved in recent years. There is more choice among textbooks, even if all textbooks are carefully screened by the government, and once taboo subjects, like the Chinese Nationalists' contribution during the war against Japan and even the Cultural Revolution are being mentioned, if only cursorily, in more and more textbooks.

Asked why Chinese textbooks do not mention such matters as Tibet's claim to independence at the time Communist troops invaded, Ren Penjie, editor of a history education magazine in Xian, said: "These are still matters of controversy. What we present to children are less controversial facts, which are easier to explain."

Others said such events were too recent to be seen with objectivity, or that the facts were still coming in, both of which are common explanations offered by Japanese historians who defend the lack of candor about Japanese atrocities in World War II.

For his part, Mr. Ren, who took part in the 1989 protests in Tiananmen Square, which ended in a military crackdown that left hundreds of civilians dead, counted that event as being far too recent to touch upon.

One 1998 textbook that alludes to the demonstrations calls them a "storm" created by the failure of leaders to stop the spread of "bourgeois liberalism," adding vaguely that "the Central Committee took action in time and restored calm." The most recent edition of the same textbook is vaguer still, speaking only of thoughts fanned by a small number of people whose aim was to overthrow the Communist Party, with no mention of the lethal aftermath.

Some Chinese history specialists were less inclined to make excuses for the evasions, however.

"Quite frankly, in China there are some areas, very sensitive subjects, where it is impossible to tell people the truth," said Ge Jianxiong, director of the Institute of Chinese Historical Geography at Fudan University in Shanghai and a veteran of official history textbook advisory committees. "Going very deeply into the history of Mao Zedong, Deng Xiaoping and some features of the Liberation" - as the Communist victory is called - "is forbidden. In China, history is still used as a political tool, and at the high school level, we still must follow the doctrine."

Taking the long view, though, Mr. Ge, 59, who taught high school during the 1966-76 Cultural Revolution, when teachers were beaten and education became hyper-politicized, said things were gradually getting better.

Su Zheliang, a historian at Shanghai Normal University, who is himself the author of a new textbook, agreed.

"Sometimes I want to write the truth, but I must take a practical approach," he said. "I want my students to learn, and I've put out the best book that I can. In 10 years, perhaps, China will be a much more open country."




★...う~ん、無理でしょw

同じ記事を韓国の中央日報はこんな具合に伝えてるそうな。




中国教科書「韓国戦争は韓国の侵攻によるもの」

「韓国戦争(1950~53年)は、韓国が北朝鮮を侵攻し開始された」。中国の歴史教科書に記された内容だ。

「世界第2次大戦で日本が敗北した最も大きな理由は中国の抵抗運動。日本の中国侵略についての米国の態度は虚しい道徳的批判にとどまった」。

米紙ニューヨークタイムズが6日報じたところによると、大半の中国人は第2次大戦が米国の勝利で終わった、との事実を知らずにいる

え? あぁ、中共が勝ったんだてか、大日本帝国陸軍100万を打ち破ったと思ってるってかw

同紙は「わい曲と省略の中国教科書」という見出しの記事で「中国の学生は、中国が一度も侵略的な戦争を起こしたことがなく、自己防御のための戦争だけに臨んだと深く信じている」と伝えた。

政治的に敏感な部分には触れずにいる。▽中国人民解放軍が1950年にチベットを侵攻したこと▽1979年にベトナム戦に介入したこと--などがそれだ。1950年代に毛沢東が主導した「大躍進運動」によって、約3000万人が飢餓で死んだとの事実も習わない。ある教師は「現代史になるほど、さらに政治的になる」と打ち明けた。

韓敬煥(ハン・キョンファン)記者 < helmut@joongang.co.kr >

2004.12.07 19:37




ちなみに、中華人民共和国は?



中国共産党         

主 席 1935~76 毛沢東

       (1949/10/01 中華人民共和国成立)

              国家主席      首 相
              1949~59 毛沢東  1949~76 周恩来
              1959~68 劉少奇
              1968~75 董必武
              1975~76 朱 徳

        (1976/1/8周恩来死去、1976/9/9毛沢東死去

    1976~81 華国峰  1976~78 宋慶齢  1976~80 華国峰
(「あんたに任しゃ安心よ」てな(ホンマもんかな?w)お墨付きで党と、国の実務を握って、権威(味w)付けに孫文の後妻を持って来てみましたてのが見え見えの「華トウの乱w」だったが、ほんの2年でトウ勝ち実権握ったと)

1978~97:トウ小平、事実上の「最高実力者」即ち「党と国家の中央軍事委員会主席」だったわけ。で、鉄砲握って後ろから操ってたダケってなことかな)

    1981~82 胡燿峰  1978~83 葉剣英  1980~87 趙紫陽
総書記 1982~87 胡燿峰  1983~88 李先念
    1987~89 趙紫陽  1988~93 楊尚昆  1988~98 李 鵬

(1997/2/19 身長150cm、鉄砲離さなかったトウ小平が死去。結局世代代わりは先代の「赤い皇帝」が死なないとダメぽだったのだが...)

   1989~2002 江沢民 1993~2003 江沢民 1998~2003 朱鎔基

   2002~   胡錦涛 2003~   胡錦涛 2003~   温家宝




※2004/9 共産党中央軍事委員会主席就任
 2005春 国家軍事委員会主席就任予定(えざわがまだ居座る)

※共産党一党独裁だから、党のトップがいっちょん偉い(ホントは「党軍事委員会主席」w つまり鉄砲もってるヤツがトップってわけ)。

※党の下の「国家」は、実務仕切る「首相」がいっちょん偉い。
んじゃ、「国家主席」は? 儀式用の地位(「権威」てなものない「国家」だからw 飾りかな?)

※で、けざわと周が、「最初っから死ぬまで居座って」すっかり掻き回したってのがわかるネw







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