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憂国愚痴φ(..)メモ by 昔仕事中毒今閑おやぢ in DALIAN

日本国の研究-不安との訣別/再生のカルテ-


2005年08月04日発行 第0354号 論説


「誰のための財政再建か」
             経済産業研究所研究員 小林慶一郎

 先日、朝日ニュースターの番組『猪瀬直樹の月刊ニュースの深層』に出演し、財政問題を論じる機会を得た。番組では他の討論者の方々(自民党衆議院議員の小林興起氏、河野太郎氏、民主党衆議院議員の河村たかし氏)と主に政治的な側面から財政問題を議論した。

 永田町は郵政民営化を巡る議論一色だが、郵政改革の根本的な意義は、郵貯簡保350兆円の公的金融のムダを削ぎ落とすことであり、広い意味で財政再建の一環である。年金制度を多くの国民が心配するのも、将来の財源の手当に不安があるからであり、これも財政問題といえる。したがって、日本の財政再建は、今後の最重要な政策課題であることは間違いない。

 ここでは、番組で論じきれなかった経済的な論点を中心に、財政再建への考え方を整理する。

1.財政の現状をどう見るか

 財政の現状を示す数字としては、ストックとして積み上がった政府債務と、その政府債務が毎年増えていくスピードを示す財政赤字とがある。

 財政赤字の国内総生産(GDP)に対する比率を見ると、約8%程度で推移しており、このままでは、債務比率は無限大になってしまう。これは、現在の財政運営が長期的に持続可能ではないことを意味している。

 一方、財政赤字が積み上がってできた政府債務の対GDP比率を見ると、債務総額はGDPの170%にも達している。これは先進国では最悪の水準であり、日本の歴史では敗戦直後の財政状況よりも悪いくらいである。しかも、その債務は先進国の中では、もっとも急速に増え続けている。

 ただ、政府は、約430兆円の金融資産を持っており、そのうち230兆円は流動性のある現預金や証券である。これら金融資産を差し引いた純債務は、GDPの約70%程度となる。純債務で見れば欧米と比較して非常に悪いとはいえない。通常、債務負担の大きさは純債務で計られるから、純債務だけ見れば、財政破綻が差し迫っているとまでは言えないことになる。

 まとめると、財政赤字の急拡大は、日本の財政が長期的に維持不可能であることを示し、純債務の数字は、財政は今すぐには破綻しない、ということを示しているといえる。

 日本の公的債務の特徴は、貸し手のほとんどが国内の企業や投資家であることだ。簡単に言えば、日本人が日本人から借金をしている、ということになる。

 かつて、積極的な景気対策論者は、この点を強調し、「公的債務が膨らんでも、右手が左手から借金をしているのと同じだから問題ない」と、財政拡大を主張した。また、前述のとおり、純債務の量がさほど過大ではないことも、財政拡大論の論拠となった。

 現在は財政が悪化していても、将来、景気が回復すれば税収も増え、財政再建は自然に達成できる、という議論もよく聞かれる。公共事業などの財政政策が景気を良くするならば、今、財政が悪化していることをあまり問題視する必要はない、という見方である。しかし、こうした議論は二つの面で問題がある。

 ひとつは、2002年2月以降、日本経済はかなりの景気回復を記録していることである。年間の経済成長率は、02年度0.8%、03年度2.0%、04年度1.9%である。これから先、いくら景気がよくなっても、2%以上の経済成長率は期待できない。日本経済は過去2年、いわばフルスピードで成長していたのである。そんな中で、税収は最近、多少増える傾向があるが、財政悪化のスピードに比べるとまさに焼け石に水である。つまり、景気が回復すれば財政再建も達成できる、という考え方は、現実には成り立っていない。租税と歳出の構造を変化させずに、景気回復だけで財政再建を達成することはできないわけである。

2.財政悪化は景気回復を阻害するか

 もうひとつの論点は、財政の悪化が景気の悪化を引き起こす可能性があることである。80年代、ヨーロッパ諸国の財政再建の経験では、緊縮財政を実現した国では経済活動が活発になり、景気が良くなった、と言われている。アメリカが90年代に長期間の好況を実現したのも、財政再建に成功したことが金利の低下をもたらし、景気を刺激したためである、と言う説もある。

 現在の日本の財政が経済にもたらす弊害を三つ指摘することができる。

 第一は、「流動性の問題」だ。

 純債務は大きくなくても、債務総額はGDPの170%であり、これだけ巨額の債務について、貸し手がいっせいに返済を求めれば、政府の支払能力をすぐに超えてしまう。いわば、公的債務の「取り付け」である。こうしたことは現実にはまず起こらない。しかし、「取り付けが起きるかも知れない」という不安心理が広がれば、国債市場が神経質になり、国債の価格と金利が不安定に変動する可能性がある。国債の金利は、家計や企業の借り入れ金利に連動するので、もし、金利が不安定化すれば、家計や企業の経済活動を大きく阻害することになる。

 第二は、「信頼性の問題」である。

 国債への投資家が、国債を持ち続けるのは、「政府がいずれ歳出カットか増税を行って、財政の持続可能性を維持するはずだ」という信頼を持っているからと言える。しかし、公的債務の量が増えれば増えるほど、財政再建に必要な歳出カットや増税の幅は大きくなる。また、どのタイミングで財政再建を実現するのかによって、政策の幅や手順も様々である。その結果、財政の先行きについて、人々の予想もばらばらになる。

 投資家の財政に対する信頼は、政府が将来行う政策行動とそれに対する予想に大きく依存している。そして、将来の政策についての予想は将来の政治状況の変化で大きく変わってしまう。公的債務が大きくなるほど、将来の政治や政府の気まぐれ(についての予想)によって、現在の投資家の信頼が動揺するリスクが大きくなるわけである。

 このリスクが高まると、投資家が神経質になり、前述の「流動性の問題」が引き起こされる。結果的に金利が不安定化し、経済活動が阻害される。

 第三は、「所得再配分の問題」である。

 たしかに公的債務は日本人が日本人に借金をしている構図だが、一般に国債保有者は富裕層であり、低所得者層は国債などを保有していない。政府が国債償還のために増税するなら、税で国民から集められた資金が富裕層の国債保有者に支払われることになる。

 つまり、公的債務残高が大きくなると、低所得層から富裕層への逆所得配分が強化されるかもしれないのだ。所得格差が広がりすぎれば、様々な社会問題や政治的な緊張を生みだし、日本の社会が不安定になるおそれがある。財政問題が経済を超えて、大きな政治的危機をもたらした例は歴史上、たくさんある。

 このように、財政の悪化は様々な悪影響を経済に与える可能性がある。実際、1970年代以降のラテンアメリカ諸国の経済低迷(不安定なインフレと社会の混乱)は、公的債務の問題が出発点だった。政府の債務をインフレで張消しにしようとした結果、インフレが止まらなくなった。その上、金利も上昇して政府の債務も膨れ上がった。結局、慢性的なインフレと経済の混乱だけが長期化したのである。(公的債務問題は、ラテンアメリカの経済混乱の原罪」と呼ばれている。)

3.財政再建の方法論

 財政を悪化させる公共事業などが、景気を良くする効果も、今後、あまり期待できないだろう。したがって、財政の悪化を放置すれば、インフレや経済の混乱という形で、国民は大きなコストを支払うことになる。それを避けるのは、歳出の削減か増税によって財政の収支を改善するしかない。

 つまり、インフレ、増税、または歳出削減のいずれかしか財政の出口はない、と言って良いだろう。増税は国民に直接の痛みをもたらし、インフレも経済を混乱させて国民生活を悪化させる。歳出削減も、行政サービスの低下という形で国民生活に負担を強いる。結局、財政を放置しても、改革しても、国民が痛みを避けることはできず、できることは、どのような形で「痛み」を受けるのか、という選択だけである。

 その選択を行う際のひとつの基準は、経済思想上の価値判断である。

 前述の財政悪化の弊害が示しているのは、公的債務が膨張すると、将来の政
府の恣意的な政策変更が、市場経済に(想定外の)悪影響を与えるリスクが高
まる、ということだ。

 近代の自由主義経済の出発点は、民間の経済活動から、政府権力の恣意的な

介入を排除することだった。財政への不安が高まり、物価や金利が不安定化す
る、という問題は、政府の恣意的、裁量的な意思決定が、金利という市場経済
の基本条件を恒常的にゆがめてしまう、ということに等しい。

 公的債務の膨張は、市場を財政に従属させ、結果的に、自立的で健全な市場
秩序を壊してしまう。それは長期的に市場経済への信認も損なうと思われる。
政府の恣意的、裁量的な介入から市場経済の安定性を守る、という立場からイ
ンフレ、増税、歳出削減の三つを評価するとどうなるだろうか。

 財政悪化を放置してインフレや経済混乱を引き起こすことは、国民生活に対
する(恣意的な政策による)攪乱であり、もっとも避けるべき事態であると言
える。増税も民間の自由な経済行動をゆがめる効果は大きい。

 歳出カットも政府による所得再配分が減るという意味で国民生活に影響はあ
るが、国民の自由な経済活動を制限しない、という意味ではもっとも正当性が
あり、政治的にも支持されやすいだろう。また、外国の財政再建の例でも、成
功事例は増税よりも歳出カットを中心にして財政再建に取り組んだものが多い。

 また、日本の財政再建に向けた試みからも教訓はある。

 まず、タイミングを誤って景気の腰折れを招かないようにすることだ。それ
には、経済指標の変化を見て増税や歳出削減のタイミングを延期できる「弾力
条項」を事前に法律で用意しておくべきだろう。

 財政再建のターゲットとして、「財政赤字幅」に数値目標を置くことも適切
とはいえない。財政赤字は、政府の努力だけでなく、政府にコントロールでき
ない様々な経済環境の変化によって変わってしまう。いわば「動く標的」のよ
うなものであり、達成がたいへん難しい。そのため財政赤字幅を目標に据えて
も、各官庁や関係議員は、「自分には責任はない」と財政再建の努力すらしな
くなってしまうのだ。

 むしろ、「予算の増額を要求する官庁や政治家は、自分の責任で財源を新し
く持ってくる義務を負う」、というような具体的なルールを設定することが有
効だ。これは、多くの国の財政改革で導入され、赤字の削減に効果を発揮して
いる。政治家や官庁の要求と責任の範囲を一致させることで、最大限の緊縮努
力を引き出すことに成功しているのである。

 いずれにしても、経済の高度成長が再来して財政危機が回避できる、という
ような「痛み」のない解決は、ほとんど実現する可能性はない。国(政府)の
借金は、文字通り国民の借金であるという現実を見据えて財政再建を図る必要
がある。歳出削減も増税も国民に「痛み」をもたらす。それを恐れて財政悪化
を放置すれば、結果はインフレや金利の不安定化による経済の混乱であり、そ
れはより大きな「痛み」を意味する。財政再建は国民自身のために必要だとい
う覚悟が求められている。




■著者略歴■
小林慶一郎(こばやしけいいちろう) 2001年より現職。朝日新聞客員論説委
員。1991年通商産業省(現経済産業省)入省後、シカゴ大学大学院留学。博士
(経済学)。『日本経済の罠』(共著、日本経済新聞社)で、第44回日経経
済図書文化賞、第一回大佛次郎論壇賞奨励賞受賞。主な著書は他に『逃避の代
償』(日本経済新聞社)、『経済ニュースの読み方』(近刊、朝日新聞社)。






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