2018/01/15(月)23:26
文句なしに面白い(1/8)
沢木耕太郎の小説「波の音が消えるまで」 沢木耕太郎は1979年の「テロルの決算」、1982年の「一瞬の夏」、1985年の「バーボン・ストリート」などで数々の賞を受賞している。「深夜特急:全3便」が完結した1992年には、ノンフィクションライター・エッセイストとしての名声はすでに確立していた。
ノンフィクションの若き旗手、沢木耕太郎。自分は1986年に発行された「深夜特急~第1便」で初めて沢木作品に出逢った。そして、この「深夜特急」シリーズ以降、彼のほとんどの作品を読んだ。でも、「一番印象に残った本は?」と聞かれたら、「深夜特急」シリーズを挙げる。それは自分自身が放浪の旅にあこがれているということもある。「深夜特急:全3便」
(この本が出てから、若者の間でバックパッカーの旅がブームになった) 沢木がアジアからユーラシアの果て(ポルトガルのロカ岬)まで路線バスで旅をしたのは、26~27歳の頃とされる。その旅の記録が「深夜特急」のモチーフであり、本作はひとつの紀行文学である。その旅における沢木の、人々や彼らの暮らしに対する冷静な観察眼や細やかな感性は、その後の多くのノンフィクションやエッセイ、小説でも発揮されている。 「波の音が消えるまで」は2014年に新潮社から発行され、2017年には文庫化された。(新潮文庫:全3巻)。本作品は、2000年発行の「血の味」以来の長編小説となる。 この小説の主人公は「伊豆航平」、中学2年のころ覚えたサーフィンが忘れられず、日本を飛び出し、ハワイのノースショアで、アリューシャン列島から吹く風で発生するという大きな波をひたすら待つ。しかし、やっと来た巨大な波に乗り損ねて、サーフボードのフィンで太ももを切る事故に遭う。その後、航平は日本に戻りカメラマンの助手となり、そのうちに写真家としての一定の評価を受けるようになる。 しかし、サーフィンが忘れられず、カメラも持たずに今度はバリ島に渡る。そして、バリ島に約一年間滞在したが、理想的な波に出逢うことなく帰国することになる。ところがその途中で立ち寄ったマカオに、彼を没頭させるモノが待っていた。 それは、「バカラ」という丁半博打に近い単純なゲームであった。28歳になった航平は、バカラにのめりこんで食べるのにも困窮している不思議な老人劉や、娼婦の李蘭、ホテルのフロント係の村田明美などと出会い、来る日も来る日もバカラ漬けの日々を過ごす。「波の音が消えるまで」
(波は、サーフィンの波と、バカラの出目の波の二つを意味している) このマカオでの出来事は、香港の中国返還の年(1997年~マカオの中国返還は2年後の1999年)と設定されている。実は、「深夜特急~第1便」でも、香港を経由してマカオに立ち寄った主人公(私)が、「大小」というさいころ博打に夢中になるシーンがある。 伊豆航平が、命を狙われるスリリングな場面や、一文無しになってパスポートを闇の世界に売って金をつくるところなど、ギャンブルの魔力と怖さがリアルに描かれている。 著者も言っているようにこれは自身初のエンタテイメント小説である。読む者を一喜一憂させる物語の展開で、一気に読み終えてしまった。主人公の伊豆航平という名にもテーマにかかわる伏線があるなど、エンタテイメント路線を志向していることがわかる。 この「波の音が消えるまで」は、映画化してもきっとヒットするだろう。誰かがそれを思い立たないかと思う。
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