2018/03/18(日)16:36
バイクソロツーリング~archives series 10(3/11)
中国・四国ツーリング(その5)~5日目 大学のクラス機関紙「黎明101号」より1972月10月16日(月)~5日目(下津井~丸亀~高松~屋島~琴平~高知) 下津井港から関西汽船のフェリーに乗船した。知らないうちに船は動き出していた。敬老会の団体で船室はほぼ満員である。誰もいない甲板に出てへさきに砕ける波を見ているとセンチメンタルな気分になる。約50分で香川県の丸亀港に着岸した。時計を見るとジャスト9時。今日は、四国山地を斜めに横断して高知までの ハードスケジュールである。「鷲羽山ユースホステル、鷲羽山からの眺め」
(早起きして、瀬戸内海の日の出を見て、いよいよ四国へ渡る) 丸亀に上陸して国道11号線を東に走り、高松に向かう。源平の古戦場、屋島を見るためである。高松から屋島まではすぐだった。屋島の特徴的な台形の山容が見えてきた。全山松でおおわれている。屋島に登る有料道路は短いのに160円もとられた。民間の経営する有料道路だった。頂上は、最近の観光名所がどこでもそうであるようにけばけばしい看板のレストハウスや売店がいっぱい建っている。観光資本の大規模な進出は、いきすぎると山地を削り谷を埋めアスファルトとコンクリートで地面を覆い、折角の旧跡を台無しにしてしまう。これを残念に思うのは僕だけであろうか。「屋島有料道路通行券と関西汽船の乗船券」
(本四架橋、児島~坂出ルートは着工前で、下津井港からフェリーで四国へ渡る) 展望所から下を見ると、那須与一の扇落としの伝説を秘める源平の古戦場が見える。昨年で中止されたという塩田跡も見える。名物の讃岐うどんを食べる。すじが太くてとても美味しかった。駐車場で宮崎から来たという、90ccのバイクの若者と会う。互いに「一人旅は気楽でいいですね」と言って別れる。彼は大阪に行くと言っていた。 屋島を午後1時に出発。11号線に出て、右に行こうか左に行こうか一瞬迷った。一応高知に行くつもりだけど、徳島を経由して室戸岬へのルートもかなり魅力がある。結局、お金も少なくなったし、昨日痛めたノドもよくならないので、近道の32号線を通って今日中に高知まで行くことにする。高松まで11号線を逆戻りして、高松から32号線に入る。 航海の神様として有名な金比羅宮のある琴平町に着いたのが午後2時40分頃。参道への道を走っていると、中年の男の人が「バイクはあっち」と指さすのでその方向に行くと、そこは有料駐車場。おばさんがさっと出てきて、「バイクはここに置いて、ヘルメットは預かります」と言ってさっさと持っていった。その手際のよさに唖然とする。料金の100円は惜しいけど仕方がない。あきらめてここから本殿までどのくらいかかりますかと尋ねると、登り降り、早くて1時間はかかるとのこと。迷ったあげく折角来たんだからと参拝することにした。九州に渡るにはあと一回船に乗らねばならないから、ここで航海の守り神のご機嫌をうかがっておくのもあながち無益ではなかろう。 「金刀比羅宮にて」
(航海の安全を祈って、船の模型が沢山奉納されていた) 750段ほどの石段を登り終わると琴平の人口1万2千の小さな町が一望のもとに見渡せる。讃岐平野特有のため池が方々に散らばっている。100円の絵馬を買い、また石段を降りる。3時40分に金刀比羅宮を出発。途中回り道をして満濃池を見たので、高知までたどり着けるか心配になってきた。あと約100km、2時間で走れるかどうか。
32号線は立派に舗装されているが、陽が落ちて寒くなるし人家は少ないし、まことに心細い。途中で,大歩危・小歩危の名所を通ったが暗くてよくわからない。大型トラックが多くて、その間にはさまれて走るので実に恐ろしい。やがて、次第に道が下り坂になり、顔にあたる風がなんとなく暖かくなったと思ったら、ようやく街の灯りが見えてきた。高知県南国市の灯りである。この時には本当に涙が出るほど嬉しかった。 高知市に入ったのが6時40 分、人に道を尋ねながら筆山公園の下にあるユースに着いたのが7時5分だった。ペアレントのおじさんのお疲れさんという一言に旅の疲れもふっとぶような気分だった。もう時間が過ぎているので食事はとれないので早速風呂に入る。 夜はペアレントの話をまじえてミーティング。東京方面からのホステラーが多い。高知はこれで2回目、高知大学に友だちはいるし、まったく見知らぬ土地ではない。友人に電話すると、予告なしで来たのでびっくりしていた。明日会うことにして電話を切る。本日の走行距離は248km。さすがに疲れた。
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