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「みなさんに中野さんの証言を聞いてもらいましたが、中野さんの目撃証言の中には、みなさんが北野さんの特徴として挙げられた、顔のホクロについてはひと言もふれてないんです。あれほど大きなホクロですし、気がつかないはずはありません。中野さんは北野さんの姿を、一五〇一号室に向かうときと戻るときも見ています。ホクロは北野さんのくちびるの下、右アゴの近くについています。一五〇一号室へ向かう場合、中野さん側からは、ボクらの左半身が見えることになります。もちろん行きは北野さんのホクロは見えませんが、戻るときは右半身が中野さん側から見えるので、もしホクロがあったならば必ず中野さんに見えていなければならないのです。ボディガードも身体チェックや荷物検査はしますが、まさかホクロがニセモノだとは思わないでしょう。しかも、いつも見ている秘書の顔についているホクロがニセモノだとは誰も考えないでしょうね。そんなわけで見事ボディガードのチェックをクリアした北野さんは、一五〇一号室で金剛寺さんとあしたの打ち合わせを行い、金剛寺さんがホテルの窓から外をのぞいている隙をみて、コーヒーカップの中に毒薬であるホクロを混入させたのです。そして何気ない顔を装いこの部屋に戻ってきましたが、そのとき北野さん、あなたは顔を両手でおおって、咳をしながら戻ってきましたよね? 多分、口の中に代わりのホクロを用意しておいて、咳をするふりをしながら、代わりのホクロを右アゴにつけたのでしょう。両手をどけたあなたの顔には、すでにホクロがありましたからね」
「ふーーーん。それであなたの名推理は終わり? 真剣に推理してたみたいだけど、おかしくておかしくて…くくく」 ボクの言葉を聞いた北野洋子は、肩をゆすりながら笑っていた。この余裕はいったい何なんだろう? ボクの推理が間違っていたとでもいうのだろうか。ボクはドキリとなって北野洋子を問いただした。北野洋子は気づいていないだろうが、真相に気がついたときボクは内緒で、彼女の写真をデジカメで撮っているのだ。刑事さんに協力してもらって、事件前の北野洋子の写真とホクロの位置を比較してある。微妙だが、ホクロの位置がずれているのが、彼女を犯人だと指摘する何よりの証拠だった。 「いったい何がおかしいんですか? 何なら、今ここでそのホクロを取っていただいてもいいんですよ?」 「フフフハハ! いいですよ。でもこれでわたしのホクロが本物だったら、相当な恥をさらすことになりますね…くくく」 この自信はどこからでてくるのだろう。いささか自分の推理が不安になった。いや、絶対にあのホクロはニセモノのはずだ。 「いいでしょう。じゃあ、ボクが確認させていただきますよ」 ボクは北野洋子に向かって、一歩足を踏み出した。それを見た北野洋子は笑い声をあげるのをやめ、震わせていた肩をピタリと止めた。右手をボクに突きだし、手のひらをボクに向け、僕の歩みをけん制すると真剣な表情でしゃべりだした。 「うそです。ちょっとびっくりしましたか? あまりにも子烏さんのいってることが当たってたので少しくやしくなって、おどろかそうとしたんです」 「じゃあ…?」 「わたしがやりました…。方法は今、子烏さんがおっしゃったとおりです」 北野洋子はこの日はじめて、悲しげな表情を見せた。今まで強い気性を見せることで、かくまっていた本来の自分を見せることで気分が楽になったのか、悲しげな表情の中には、安堵感も混ざっているようだった。 それから北野洋子は犯行にいたる経緯と犯行の動機をこと細かにボクらに説明してくれた。理路整然としていて、最後まで有能な秘書ぶりを思わせるはなしだった。 すべてのはなしが終わったとき、北野洋子は今までの重圧を解き放った解放感からか、大粒の涙をながし嗚咽した。部屋に響きわたる喉を締め付ける声が胸にずしんと響く。 ボクの探偵役もこれでひと区切りだ。いつも思うのだが、推理というのは本当に体力を消耗する。無意味な犯罪と、それを解く探偵。現実感がない世界で生きるのはとても難しい…。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
September 27, 2003 03:58:56 AM
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