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僕とポケットの中の遺書は、波間を漂う

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April 20, 2006
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私の初恋の相手は、やっぱりかっちゃんだったと此処に告白する。

初めて異性を意識したのも、かっちゃんだった。

かっちゃんは、私と良く似ていた。

お調子者で、ひょうきんで、いつもみんなを笑わせていたし、

しかし本当は照れ屋で、そして寂しがりだった。






かっちゃんは従兄弟である。

年は私より4つ上で、

面白いお兄ちゃんといった感じであった。私は、親戚もみんな九州に居るので、

幼い頃は毎年、夏休みを利用して九州に里帰りしていた。

幼い頃の夏の思い出は、みんな九州での思い出である。

私は夏の間だけ、かっちゃんに会えるのだ。

そうして、従兄弟とみんなで、海に行ったり、花火をした。

九州の夏はとても暑かった。耳を劈く程煩いクマゼミの鳴き声。

じりじりと肌を焼く日差し。雲ひとつ無い、貫ける様な青い空。

私が感じる夏というものは、やっぱり九州の夏で、他に無い。






かっちゃんとの一番古い記憶は、私がまだ小学校にあがったばかりの頃だった。

かっちゃんの事が気になっていた私は、でもその感情が何であるかもまだわからず、

或る日、従兄弟同士で話している時、当時流行っていた

ビックリマンのシールの話題になり、その頃とても貴重だった

ヘッドと呼ばれるキラキラシールの一つを私が持っている、という話を

兄が皆に話した。

それはそれで終わったのだけれど、後で、畳の上に坐っていた私に、

かっちゃんが初めて話しかけてきて、

『○○のシール、見して。』

という事だった。私は、とても照れてしまって、男の子とどうやって話していいかも

解らずに、只、つっけんどんに『リュックの中に入っているから、勝手に見ていいよ。』

と言ったのを記憶している。

私は話しかけられて、気がすっかり動転していて、どぎまぎしていた。







何分か経って、かっちゃんは私のリュックの中のシールを見てきたらしく、

『ありがとう』と、顔も見ずに言った後、さっさとどこかに行ってしまった。

私は、なんだろう?と思って、はっと気付いて自分のリュックを見に行った。

そして、リュックを開けて、恥ずかしさで顔が熱くなってゆくのが解った。

私は、リュックの一番上に、着替えのパンツを入れていたのだった。

その時の、なんともいえない感情を今も覚えているが、同時に、かっちゃんに対しても

恥ずかしさでドキドキしてしまった。

かっちゃんは、何も言わなかったけれど、さっきの素っ気無い態度は。

きっとこのパンツを見たに違いないのだなぁと考えると、時間を戻したい気持ちでいっぱいに

なった。小学生になったばかりの私でも、ちゃんと女の子の恥じらいみたいなものを

持っていたのだなぁと、今になっても思う。






小学校3年にあがって、久々にかっちゃんに会ったら、

かっちゃんはもう中学生になっていた。2年会っていなかっただけなのに、

いつの間にかとてもお兄さんになってしまったような気がした。

『かっちゃん、いくつになったの?』という、母の答に『もう中学生になりました!』

と人懐っこい笑顔で嬉しそうに言っていた、かっちゃんを思い出す。

私は、かっちゃんの顔が余り見れなかったし、話しかける事なんてとてもじゃないけど無理だった。

かっちゃんは、いつの間にかとても力持ちになっていて、それを誇示する様に、

久々に会った従兄弟の私と妹を、持ち上げて、

左肩に私を、右肩に妹を一辺に担いで、部屋を歩いた。

私はとても恥ずかしくって、どうして良いかわからなくなった。

しかし、私が淡い恋心を抱いていた、2年前、その時より、きっとかっちゃんは

大人になってしまって、もう私の事を幼い妹の様にしか見ていないのだなぁと

少し複雑な気分になった。

かっちゃんは、面白い事を言っていたかと思うと、突然、其処に在るピアノを開けて、

猫踏んじゃった、と真剣に弾きだしたり、其れを私は大人しく、じっと見ていた。

ピアノも弾けるんだなぁ、と思った。私、9つの頃の記憶だが、その

ピアノを弾いているかっちゃんの姿を、今も覚えている。






私は、誰にも言っていなかったのだけれど、夏になって、そうして九州に帰って、

其処でかっちゃんに会えるのを何より楽しみにしていたのだ。

否、当時の私には、楽しみだという認識は無いのだけれど、夏に帰る、となると、

きまって一年に一度だけ会える、かっちゃんの人懐っこい笑顔を思い出し、

胸をドキドキさせていたのだ。







そして、あの夏の日もそうだった。

私が10さいになった、その夏休み、いつもの様に九州に帰ると、

其処に、かっちゃんはいなかった。

大人が、ひそひそと話していて、其れは大人の事情だから、当時小学校4年の私には

解らなかったのだけれど、かっちゃんの両親、つまり私の叔母は、

その年の初めに、離婚をした。

かっちゃんの妹は、叔母に引き取られたのだけれど、

かっちゃんと、かっちゃんの兄は、叔父さんの所に引き取られた。

叔母は、私の父の妹だったから、その場所に、かっちゃんの妹は居た。けれど、

かっちゃんは、私の知らない叔父さんの所にいってしまった、という事だった。






私は、離婚がどんなものなのか、よく解らなかったけれど、

とても寂しいことだって事だけは解ったんだ。

叔父さんは、自分の息子達を、叔母さんに会わすのをとても嫌がっていて、

だからかっちゃんも、かっちゃんのお兄さんも、その夏はこっちに来れなかったのだ。

かっちゃんが、何処か遠くに行っちゃった事はなんとなくわかったし、

今までのように、夏に九州に帰っても、もうかっちゃんに会うのはなかなか出来ないんだなぁと

少し思って、寂しくなった。かっちゃんは、私の従兄弟じゃなくなっちゃったのだろうか。

かっちゃんは、もう違う人になっちゃったのだろうか。

私の知らない人に。






あんなに人懐っこく、笑って、

一緒に花火やバーベキューをして遊んだ、かっちゃんと、その夏は

会えなくって、とても寂しかった。夏が来たのに。いつもの様に。

そして、私は今年も、九州で夏を過ごすのに。でも、其処にかっちゃんは居ないんだ。

夏なのに。寂しいな。夏が来たのになぁ。






母は、そんなかっちゃん達に、その場で電話をした。

今年は、会えんかったねぇ、と、電話をしていた。

電話で、母が話している姿をじっと見ていた私は、私も、私も、私も

かっちゃんと話したいんだよ、話したいよ、そんな事を思いながら、

でもその気持ちを、自分の中にぎゅっと閉じ込めた。

電話の向こうのかっちゃんの声は、聞こえなかったけれど、

母が話している、その向こうには、かっちゃんが居るんだなぁと思って、

なんだかとても羨ましく、懐かしくなったのだ。

電話の向こうのかっちゃんは、元気がなかった、と母が言っていた。

いつもの明るい、ひょうきん者のかっちゃんじゃなかった、と母が言っていた。
















かっちゃんに会えなかった夏が終わって、

その年の冬のある日、

かっちゃんは死んだ。

電車に轢かれて、死んだ。















当時、かっちゃんは、引取られた叔父さんと、喧嘩ばかりしていたそうだ。

叔父さんは、博打が好きで、お酒も大好きで、

毎日、実家で夜遅くまで、親戚中と博打を打っていて、

ろくに働きもしなかった。

お酒に酔うと、度々、かっちゃんを怒鳴りつけて、殴っていた。

明るくって、ひょうきん者で、人懐っこかったかっちゃんは、

いつの間にか、とても暗く、元気が無くなっていて、






冬の或る日、塾に行く途中の踏み切りで、

死んでしまった。















私の初恋の人は、私の中で、ずっと、中学一年生のままである。

私の中のかっちゃんは、ずっと中学一年生のままで止まっている。

私の夏は、あの夏、かっちゃんに会えなかった夏のままで、止まっている。

私の初恋も、夏も、あの日に、ずっと止まったままなのだ。






今日、仕事から帰る途中、電車が人身事故で止まった。

1時間遅れで、出発した電車の窓から、

つい1時間前に事故が起きたその場所が、ゆっくりと流れていく様を見ていた。

消防車の、赤いランプが、夜の駅前でくるくると回っていた。

ホームには、何人かの作業着姿の大人が、慌しくしていた。

悲しい現場を、私は只朦朧と見ていた。

事故の知らせを聞いて、駆けつける親族は、どんな気持ちなんだろうか。

私は、怖くなって、寂しくなって、涙がにじんだ。

今この時に、悲しい出来事が私の目の前で起きている事実。

悲しい出来事は、ずっと無くならない。











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Last updated  April 21, 2006 04:33:15 AM



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