独白・二
次の日、起きたら、貴女はやっぱりメールの返事をくれていた、私がメールを送った、その19分後の、5時30分に。題名が、おはよ~ってなってたから、やっぱり後で考えると貴女の事を起こしてしまった可能性は限りなく高いとおもった。貴女は、私が送ったメールの内容の、私の恋愛の話にはまだ触れずに、“私、FOMAになったから、長文の送信・受信が出来るようになったんだけど、響ちゃんのケータイ長文送れる?”という返事をくれた、これは、きっと貴女が長文の送信をしようと思っていたことを意味すると思う、思えばいつも、電話が照れくさかった私達は、こうやって、何かあるとお互い、驚愕するほどの長いメールにて、相談をし合った。ドコモが500文字しか受信できない頃は、例えば私が5つに分けて相談のメールをすると、貴女は7つの返事メールをくれたりしたよね貴女はそうやって、いつも熱心に相談に乗ってくれて、私達は本当に様々の話をした。お互い、精神不安定になり易い性質だから、そういう自分の話も沢山したね。私は、あんなに沢山のメールをお互い送り合ったのって貴女が初めてだったし、他に居なかった。貴方の手紙はいつも丁寧で、嘘が無くて、冷静で、でも暖かくて、不器用な優しさが滲み出ていて、届いているとゆっくりと私はまるで本でも読んでいるかの心持で、貴女の沢山のメールを読んだ。今思うと、貴方もそうやって、吐き出したい事がたくさんあったんだと思う。誰かに聞いて欲しい気持ちが、沢山あったんだと思う。私も、同じ様に沢山あったから、貴女に、誰にも言えない様な心の弱さだとか、狡さだとか、汚い部分だとか、曝け出した。貴女に手紙を書いている内に、まるで自分に言い聞かせているようになってきて、そうして貴女に長い手紙を書く事で、私は気付かなかった自分の心に気付いたりもした。貴女はどうだっただろうか。でも兎に角私がひとつ相談をすると、何度も何度も其れについて自分なりの考えを伝えてくれたよね。其れはいつだって、暖かくて優しい言葉だった。一時、そうやって貴女と私は、他の誰にも言えないような話を、延々とした。手紙を通して。あの頃、私は貴女の苦しさがすごく共感できて、また、私の苦しさも、貴女が一番良くわかってくれるような気がして、暗い話ばかりしていたけど、でも何処かで心強かったんだ。私はあの頃、貴女が私にとってどれだけ大切な友人かって意識的に気付くべきだったんだ。だって、こうやって貴女といつしか、連絡を取らなくなって、それは始まりはとても小さな勘違いだったのに、そのまま私も気付かないで擦れ違って、そうしたら途端に、今の貴女が何を考えているか、どうやって日々過ごしているか、わからなくなっていったんだから。貴女は、いつか千葉に越して行った、千葉は本当に何も無くて厭だ、気が狂いそうだよ、貴女はそう言って笑っていた。そうして東京に来ることも少なくなって、いつか遊びに行くから、行くから、と言い乍ら、結局そんな日が実現する事もなくなっていたんだ。近いうちにお茶しよう、と何度、言ったか分からない。でもいつの間にか、其れも現実の話じゃなくって、例えばお決まりの文句の様になっていったんだ。近いうちに、近いうちにだったら、例えば明日だってよかったんだ。そうなんだ。いつだって。私は、自分が使った言葉に、いつの間にか自分で騙されていた。近いうちにお茶しよう。“響ちゃんのケータイ長文送れる?”貴女が、夜中のあんな非常識な時間に私が送ったメールに対して、やっぱり直ぐに返事をくれたのに、私はその頃、すでに眠っていた。自分は、相手を起こしてしまったかも知れないのに。それどころか、次の日、起きて、そのメールを見た私は、すぐに返事を送らなかった。後で、後で、ゆっくり、そう思っていた。思えば、怠けていた。怠慢以外の何者でもない。自分から、あんな時間にメールをしておいて、直ぐに返事をくれた優しい貴女の返事を、放っておいた、貴女は、私に呼びかけをしているのに、私は暫くの間、それを放っておいた。ついに、その日は返事をしなかった、あの日、あの一週間雨の続いた日、あの日は特に雨と風が酷くって、窓の外でびゅうびゅう、ざぁざぁと音がしていた。私は頭が痛くなって、何もしたくなくなって、本ばかり読んでいた。メールを打つことすら、億劫だった。あの日、何度も、ああ、貴女に返事をしていない、貴女の呼び掛けに返事をしていない、そう思い出したのだけれど、私はどうしてもメールを打つのが億劫だった。あんな夜中に、自分からメールをした癖に、その後、実に無責任な放置の仕方をしていた。そうして、丸一日、怠けた私だったけど、次の日はどうやら雨も上がって、一週間振りに気持ちの良いお天気になる、との予報だったので、私はすべてを、明日に任せた。明日、落ち着いたら改めて返事を返そう、そう思った、でも、結局、私がメールの返事を貴女に送る事は、もう二度と出来なくなってしまったし、また、貴女が私に送ろうとしていたであろう、長い手紙、貴女が私に届けようとしていた、沢山の言葉、貴女が私に伝えたかった事、それら全て私が受け取る事は。もう二度と叶わなくなってしまった。送らなかった、私の返事と、届かなかった、貴女が伝えたかった事。言葉。次の日は、本当に気持ちの良い、晴れだった。雨が、全てを洗い流してくれた様だった。全ての汚いものを。少し低くなった太陽、秋の陽が、眩しく全てを照らしていた。貴女が自殺した知らせを聞いたのは、そんな朝だった。余りに美しい朝だったから、まだ夢の続きを見ているようだった。貴女があの時、私に伝えたかった事。それはもう二度と、知る事が出来ない。終わってしまった、すべては。もう二度と、もう二度と、貴女に伝える事は出来ない、たくさんの事。私は一番大切な友人を、失ってしまった。直前で、貴女が差し伸べた手に気付かずに、残酷にも見殺してしまった。貴女が言いさしていた、長い長い話、私に聞いて欲しかった、長い長い話、私に伝えたかったこと私は結局、貴女に何一つ、言わせる事もできなかった。涙は、もう枯れてしまったけれど、私は貴女が居なくなってしまった事が寂しくて仕方ないです貴女は、あんなにも優しい人だった私は貴女に何ひとつも返せずに、見殺してしまった出来る事なら、許されない方がずっといい私がこんな罪を背負って生きていくくらい、貴女があの朝に、ひとりぼっちで震えた暗い暗い闇を思うとあの朝、貴女を襲った、暗い暗い闇を思うとこんなこと、何が辛いっていうんだよ寂しいよ。会いたいです。話したい。もう貴女が居ない事が、酷く悲しいよ。怖いよ。ひとりぽっちにさせた。闇と戦っている貴女を知ってい乍ら、私はひとりぽっちにさせた。もう絶対そうしないから、貴女が居なくなるのがとても辛いですねぇなんで、貴女の様な優しい、美しい人が死ななきゃならないんだろうねぇなんで、図太くて浅ましくて愚鈍な人ばかりが生きて行けるんだろうそんな世界なんか、嘘だ貴女が居なくなった日の、空の色は本当に怖いくらいの青だった、全部が嘘の様な気だってしたんだ、そう全部が嘘だって、夕焼けのグラデーションは、息を呑む綺麗さだったよ、そして月は、恐ろしく照らしていた。