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カテゴリ:真我
今日は会社に休暇届を出して再受講しました。
最初のワークは、今の「自分自身」で掘り下げました。 「マイナスの存在」 「悔しい 悔しい 悔しい 悔しい」 「お父さん 俺をおかしくしやがって」 「お母さんも俺をおかしくしやがって」 「親まで俺をおかしくしやがって」 「誰もわかってくれなくてもいい」 「自殺 地獄 自殺 地獄 自殺 地獄」 「死の準備 死の覚悟」 「お父さん ごめんなさい」 「死ぬ 死ぬ 死ぬ 死ぬ」 「消えたい 無くなりたい」 このワークは、普段は自分以外の人(父、母、もしくは自分に顕れる業カルマ)にしているのですが、今回は自分に向き合いたいました。 今更ながら、こんな感情や訳のわからない認識を抱えているのかと思いました。 慣れていても、このような振り返りは複雑に感じました。 でも、そのようなものを出せている自分を認められました。 それは麻痺した感覚を取り戻せている気がしたからです。 感情を押し殺すと決めた時から始まった気がする「緘黙」から抜け出したいと思いました。 次のワークでは、自分自身が「死」という言葉に対して、これ程迄に敏感に反応するのかと驚きました。 乱暴な気持ちになったり、逆に怯えたりしました。 それは「死ね」「死ぬ」の感情に似ていると思いました。 メインのワークは父で掘り進めました。 感情、魂からの思いを紙に書き付けられたと思います。 亡くなった事、 身体が弱かった事、 どんなに苦しくても頑張っていた事、 母を愛してくれた事、 私、兄弟を愛してくれた事、 仕事のできる人だった事、 お父さんは命の大切さを教えてくれていた。 お父さんは完璧だった。 お父さんは強く生きろと私にメッセージを与えてくれていた。 お父さんは私に、元気で生きて行って欲しいと思っている。 お父さんは生きていく事の尊さを教えてくれていた。 お父さんは私が喜びに溢れた人生にいた事を教えてくれていたのだ。 お父さんは本当に完璧だった。 私は死ぬまで生きていきます。 お父さんのおかげで、 私はどんな事があっても喜びで死ぬまで生きていくという目的がはっきりわかりました。 何て素晴らしい事に気付いたのだろう。 お父さんありがとうございました。 意識が変化していく中で、普段から死ぬ事を意識していたのが浮き彫りになりました。 納得できる迄書ききった時は、真我は「今」しかないのだと発汗や目眩を通じてながら体感もできました。 全体的にワーク中は、以前のように訳のわからないものに囚われなくなっているのがわかりました。 死ぬまで生きていく事の尊さを感じました。 真我、魂、命の大切さを感じました。 再受講して本当によかったです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.06.27 00:23:21
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