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真我開発講座 受講生のブログ

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日常

2020.05.14
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カテゴリ:日常
今の仕事に就いて2ヶ月目になります。
今朝感じたのですが、今の仕事は仕事だと思うと大変に感じてしまい、修行だと思うと自分にとってとても大切な事をしている感じる事に気付きました。

大切な事をしていると捉えられるその感覚は今までに自分が真我開発講座に取り組んできた、そしてこれからも取り組んでゆく、その気力にとても似ているような気がします。








Last updated  2020.05.14 08:30:35


2020.04.10
カテゴリ:日常
今朝ふと自分の中からあらわれたのですがそれは、私が感じている事にそれを私が愛で捉えようが捉えられまいが、全て御先祖様が私を導いてくれているのだ。どんな時も御先祖様は私を見守ってくれているのだ。 というものでした。
生きてゆく中で このあらわれたものを大切にしたいと感じました。







Last updated  2020.04.10 09:49:44
2020.02.24
カテゴリ:日常
今日は自宅で真我開発講座のワークに取り組みました。

私は今まで自宅でのワークは学長の音声を聴く、言霊を読む、真我瞑想をする等はしてきましたが自分で真我開発講座のワークをするのは初めてでした。

真我開発講座以外の休日は、日々の疲れでひたすら寝て過ごす事が多かったです。 振り返ると仙台から上京してきた1年間は特にそうでした。

ワークする前に部屋でゆっくりいると、その内にうつらうつらしてきました。自分の中にふと年配の女性の人のようなものが現れた感じがしました。

その人の姿は苦しみを抑えて生きているようにも嘆き悲しんでいるようにも口籠っているようにも感じました。
この現れたものは初めてではなく、この半年位の間に感じ始めていたものでした。

普段は現れると真我の実践を唱えたりしているのですが、今回はそのものをそのまま自分で受け入れていました。

その事象を飲み込むイメージで受け入れたのですが、そうすると説明しにくい具合の悪さが身体に残りました。

そんな事がありながらワークを始めました。
今回はかなり短い時間ですが先ずはやってみました。

最初のワークでは、自分の中から現れた感情が全て出てきているのを改めて感じました。
ワーク前に現れた飲み込んだイメージが影響したせいか、自分には汚れているものが現れたように感じました。

メインのワークを父で取り組みました。
自分の中で1番印象に残ったのは『私のお父さんでいてくれた』というものでした。
それはとてもシンプルなものですが、とても心に響きました。

僕のお父さんでいてくれた
一生懸命仕事してくれた
身体が弱かったのに一生懸命仕事して家計を支えてくれた

改めて父に感謝できました。
父も自分も改めて光になった気がしました。

自分の成長も感じる事ができてよかったです。
又自宅でも取り組みます。








Last updated  2020.02.24 00:07:20
2020.02.15
カテゴリ:日常
3月末で今まで勤務していた会社を退職する事になりました。

そんな事もあり普段よりもアルコールを飲む量が増えてきています。
とはいえ、口にするのはビールだけで楽しいお酒だと自分では思っています。
酔いが翌日に残ったまま仕事をするのは抵抗があり、前日は口にしなかったアルコールも最近は自分から気にしないようにして飲むようになりました。

最近は翌日に時間の余裕があると飲み出してしまい、自分でもちょっとどうなの?と思いながら飲んでいました。

今朝は休日出勤で早出したのですが途中でふと感じた事がありました。

それは本当の自分に目覚める為に生きているのに、アルコールを入れていたら俺みたいなタイプはどんどんダメになる。
心が良くなって行ったら身体も同じく良くなろう。
本当の自分に目覚める為にも、本当の身体で生きよう。
というものでした。
自分の身体を大事にしようと思いました。
自分の身体は自分にとって1番身近な存在だと言えます。
今までずっと大事にしてこなかった身体を大事にしたいという思いに、自分の変化を感じました。

そして、この事をこのブログに自分の成長記録として残せて本当によかったです。

















Last updated  2020.02.15 22:43:29
2020.01.04

カテゴリ:日常
日常の些細な事がきっかけで年末から急に苦しくなりました。

叔父や父が受け継いできて、自分にも受け継がれた苦しい認識が目の当たりにされている感覚があります。

苦しい認識は言葉にできないものなのですが、確実に自分に内在しているのを改めて感じています。

誰からも苦しめられていないのに苦しい。訳もわからず身体は疲れきる。
心だけでなく身体も苦しい。

日常生活を送りながら、日常では捉えられない認識を抱えているのが浮き彫りになっています。

苦しいのは、よくわからないもの、言葉にならないものが原因だからだと思います。

苦しみは全て必要だった

このように捉えられるようにこれからも生きてゆきます。






Last updated  2020.01.31 19:24:42
2019.12.19
カテゴリ:日常
年末に差し掛かり日々忙しくしています。先週の(火)からずっと仕事の日々です。
私は日課として毎日ダイアリーを付けています。(特に朝に記入する事を心掛けています)
今朝何を書こうかと考えた時、最近の自分を見つめると、朝から晩まで忙しくて昼休憩もなかなか取れなくて、身体も疲れていて首や肩はこるし肘や腰は痛いし、ものもらいはできるし、怠くて眠くて、でも思うように休めないし...

忙しさに苛々してしまい、それが仕事中に表情に出てしまっているんじゃないか、まずいなと気になっていました。

そして何よりも、今まで自分はそういう苛々を抱えている自分自身を認めたがらず、絶対に回りの人々に気付かれないようにしながら瞬時に自分を責めて自分の感情を押し殺して生きていた事にようやく気付く事ができました。

心の変化・・・忙しい今イライラするのは仕方が無いと思った。
↓イライラするのは仕方の無い事。このイライラをしながらでも何でもいいから、全ての人を愛として捉える事。そして自分が愛そのものとして生きてゆく事が自分の本当の仕事なのだと感じた。
と書きました。

このような気付きは真我開発講座を繰り返し再受講してきたお陰だと感じています。又、拙い文章ですが自分の成長記録としてブログに書き綴ってきた積み重ねが大きいと思います。

ブログとダイアリーを書く事の大切さを改めて感じた1日でした。







Last updated  2019.12.19 21:46:39
2019.11.28
カテゴリ:日常
今日仕事の途中でドラッグストアに立ち寄った時、駐輪場で5~6才位の男の子とお母さんの親子が目に入りました。

その時何故かそれがきっかけで頭の中に亡くなった父が現れた感覚がありました。

そして『あぁ、お父さんは今も私に子育てをしてくれているなぁ』
『お父さんは、私にお父さんが亡くなった事で子育てをしてくれていたのだ』
という感覚を味わいました。

『子育てをしてくれていたのだ』としか感じられなくなった感覚が確かにありました。

何ものにも替えがたい感覚を味わえて本当によかったです。
浄化が進んでいる証拠だと感じる一方で父の無限の愛を感じる為に、無限に父を掘り進めていく必要がある事を感じました。

まだまだ真我は無限だと感じました。






Last updated  2020.05.05 20:28:29
2019.11.11
カテゴリ:日常
昨日ですが不思議な事がありました。
休日出勤のこの日、起床直前の状態で自分の中でおかしな体感がありました。
それは年配の女性がこちらに向かって何かを伝えたがっているようなイメージが現れた事でした。
そのイメージは思い返すと以前にも現れていたのがハッキリしてきました。

それを簡単に説明するのが難しいのですが、その理解し難いイメージは私に向けて私がどれだけ私の知らない所でみんなに心配や不安や負担をかけているのかを現していたものに感じました。
他に、もしかすると私を通じて自分自身の苦しみを現したいような苦しみをわかってもらいたそうにも感じました。

真我の実践を唱えたり、吉報と捉えながら起き上がり朝風呂に入り、上がると携帯電話に仕事のキャンセルが入り急遽休みが決まりました。
思いがけない休日ができた事は嬉しかったのですが、その後身体に寒気が急に走り出し具合が悪くなりました。
休みが決まってから1時間もしない内に寝込んでしまいました。まさかと思いながら体温を測るとどんどん上がり平熱時より3度近く上がりました。お腹の調子もかなりひどくなりました。
不思議と咳やくしゃみ等の風邪のような症状は現れませんでした。
こんな体調不良は初めてで、とにかく不安でいっぱいになりました。もしかしたら明日はもっとひどくなって休む羽目になるのかなと思ったりもしました。

翌朝目が覚めると微熱ではあったものの、仕事に行くのには支障無い体調に戻っていました。

昨日の発熱が凄かったので、珍しく会社の仲間に昨日の発熱を端的に話した直後、急にみぞおちが痛み出し苦しくなりました。その症状は20分後位にも現れましたが消えてゆきました。
それからは時間が経つにすれ、身体と心の状態は良くなってきました。

発熱や痛みは自分に現れたイメージが密接に結び付いて影響している。

今回の発熱は私がこれからの生き様を追求してゆく為、目を曇らせないように現れてくれた出来事だったと捉えています。

これからもどんな事が起きるのかわかりませんが、どのように「愛」として捉えるかを大切にしてゆきたいと思います。





















Last updated  2020.05.05 20:29:13
2019.10.18
カテゴリ:日常
私のブログをお読みいただきありがとうございます。今日は最近感じた事を書き出していきたいと思います。
 このブログは殆どが真我開発講座を再受講する度に書き出していました。
そのまま私の成長記録です。これからもこのブログを通じて成長記録を書き綴ってゆきます。

再受講を重ねる事でお陰様で自分自身の心の可動域のようなものが広がったような気がします。そしてその広がった心で今強く感じているのは、これからの人との関わり、人間関係の事です。
 
今迄は常に自分の事が認められない、好きになれずにいました。自分を責め立て自ら周囲に対して溝を作り、孤独を求めながらその孤独感に苛まれ続ける。そういう自分と同じような人はなかなかいないから、誰もわかってくれないと感じ自分の中に閉じ籠ってしまう。閉じ籠っている感覚さえ無くなってしまう、その繰り返しだったと思います。

可動域が広がって「喜びたく」なりました。その喜びの場面を普段の生活で表したくなりました。私と同じような不安や戸惑い、疑問を持っている人とももっと繋がりたいと思いました。
 
 今の心でワークしてみました。

私は最も愛するお父さんから最も喜んで欲しかった思いを粉々にされました。それは最も大事なお父さんが亡くなった事でした。私はどうしても直視できませんでした。私はお父さんを恨みました。恨んだ自分も恨みました。
 でもそうじゃなかったんですね。お父さんは完璧だった。お父さんは僕の喜びを粉々にしてくれたんですね。僕の事を粉々にしてくれたんですね。粉々にしてくれたのは僕に僕の人生を通じて、「本当の僕の喜び」がある事を教えてくれていたのですね。ああ気付きませんでした。粉々にしてくれてありがとうございました。私は喜びの中にいたのだ。私はこの喜びで生きていきます。
 「本当の僕の喜び」で生きていく事が私の生まれてきた目的だったのですね。お父さん恨んでしまってごめんなさい。私は間違っていました。今やっと気付きました。お父さんは僕に大事なものを残してくれていました。ありがとうございました。

これからも再受講を重ねていきます。






Last updated  2020.05.05 20:29:53
2019.08.01
カテゴリ:日常
法事で3年振りに岩手に帰省しています。

先日叔父が亡くなった知らせがあり、今日に至るのですが色々感じた事がありました。
私は16歳の時父親を亡くし引越しを余儀無くされ、それから30年経ちました。

父が亡くなった当初は父の人生を認められず、全ての人を認められず、自分を認められなくなりました。

周囲から父を亡くしたショックを悟られまいと道を求めるのでは無く、必死に家族の為、自分の為に自分の心を閉ざし誤魔化す道を歩みました。
それから30歳の時真我に出会い、今に至ります。

父が亡くなった時に私の中で衝撃的だった出来事があるのですが、その内の1つの出来事に関わっている人に今日会う事ができました。

当時の私に、
「頑張るんだよ」
「長男なんだから頑張るんだよ」
「何回も頑張れ頑張れ言われても困るかも知れないけど頑張るんだよ」
と何度も何度も頑張れを連呼され私は「はい」と返事はするものの、
「何を一体頑張るんだよ?」
「何で頑張らなきゃならないんだよ?」
「頑張らなきゃ盛り返せない程、お父さんは悪い事をしたのか?俺はそうは思えない」
「頑張りたくないよ」
やがて、その思いが不安や恐怖に変わりました。
「そんなに頑張らなければ家族はおかしくなるものなのか?」
「これから何が待ち構えているんだよ?」
「家の家族はもう普通ではない家族なのだ」
「家の家族は頑張っても何をやっても駄目なのだ」
私が家族に向けて、
「これからは家の家族は悲壮感を持って生きなければならないんだ」
と話した事もありました。

今日その人が葬儀の喪主を務める人との会話の中で、
(その人にも私の時同様に沢山の「頑張れ」を言っている様子です)
「何回も喪主を頑張れ頑張れ言ってるけど、でも上手い言葉がみつからないからそう言っているだけなんだよ。私の言い方も確かに(問題あるけど)だけどね」
と話しているのを聴き、
「あ そうか」
「そうだったんだ」
「あの時この人が私に話してくれていた言葉は、当時もこういう伝え方でしか伝えられなかったのだろう」
「あの時この人が私に伝えてくれていた言葉は、当時の私にはこういう風にしか捉えらなかったのだろう」
「あの時この人が私に話してくれていた言葉の奥に、当時の私では捉えられない位の深い愛があったのだ」
「この人は当時の私にはわからなかったけれど、私を大好きで本当の意味で心配してくれる協力者で愛の人だったのだ」
「それなのに憎んだり恨んだり、不安や恐怖に恐れ戦いたりしてごめんなさい」
という気持ちに変わりました。

30年経ちましたが、ようやく「愛」で満たせた気がしました。

今日は本当にいい1日でした。






Last updated  2020.05.05 20:31:34

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