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ANTIGONE⑤

クレオン

穴があればな。



ハイモン

何と言われましても、父上のためにこそ、心配せずにはいられないのです。



クレオン

何と言われましても私のベッドを心配せずにはいられないのです、か。



ハイモン

ばか者とどなりたい所だ、あなたが父上でなかったら。



クレオン

それこそ厚かましいといいたい所だ、お前があの女の下僕でなかったら。



ハイモン

あなたの下僕でいるくらいなら、あの女の下僕でいた方がいい。



クレオン

とうとう本音をはきおったな、もう取返しはつかんぞ。



ハイモン

取り消す気などない。あなたこそ勝手なことを言って、何もきこうとしないのだ。



クレオン

もういい、とっとと消えうせろ。疑心暗鬼の中で、臆病者は我と我が命の心配でもしろ。この小僧っ子をつれていけ、今すぐだ。



ハイモン

私の方で出ていきます。あなたが真直ぐに立っている者を見ないですむように。ぶるぶる震えないですむように。



ハイモン退場



長老たち

王様、怒って出ていかれたが、あれはあなたの末の息子なのですよ。



クレオン

たとえ息子でも、あの女たちを死から救うことはできないのだ。



長老たち

ではあなたは、二人とも殺してしまうおつもりか。



クレオン

いや、手をださなかった女は殺すまい。お前らのいう通り。



長老たち

では、もう一人の女はどうなさる?どうやって殺そうと考えておられるのか。



クレオン

あの女を街の外へひきずりだそう。バッカスの舞いがわが国民の足をはずませる時。だが、あの罪人は、人里はなれた岩穴に生きながらとじこめておけ。ただし、死人に供えるきびと酒だけは与えてやろう。埋葬されたようにみせかけるのだ。これがわしの命令だ。こうすれば、わしの国にさほど、けがれの及ぶこともあるまい。



クレオン、町の方に去る



長老たち

暗雲が襲うがごとく、ついに我らにその時来たり。オイディプスの娘が、囚われて、遠くにバッカスの祭を間きながら、最期の道をいく時が。



ああ、今バッカスが、仲間どもをよび集める。常に快楽を渇望する我が国民は、悲嘆にやつれながらも嬉しげにバッカスの神に応じる。勝利とは偉大なものだ。バッカスが悩めるテーバイに近ずいて忘却の酒ふるまえぱ、逆らうことなどできはせぬ。縫いしつらえた息子たちの喪服をも投げ棄てて、テーバイはただただ、バッカスの快楽の狂宴にひた走る。決楽のあとの心地よい皮れを求めて



艮老たちバッカスの杖をとりだす。



肉体に宿る快楽のその神髄のバッカスよ、戦争のさなかでさえも、己れを貰くバッカスよ、快楽を求めてやまぬその神は、血筋のことさえ忘れさす、滅ぶを知らぬバッカスよ、肉欲に溺れる者は、正気を知らず、バッカスに、とらえられれば、たけりたつ、くびきの下でもうごめきつづけ、その快楽によいしれる、塩とる穴の悪い空気も、暗い海での粗末な船も、何ひとつとて恐いものなし、いろんな肌をごったまぜ、すべてを一緒にこねくりまわす、だが、バッカスは大地をば、暴カの手でけがしはしない、おだやかに人と人とをむすぶのだ、美しい神バッカスは、闘わず、そのカをば示すのだ



アンティゴネ、番兵に伴われて登場、後に侍女たちが、つき従っている



長老たち

だが、今は私自身の調子も乱れてしまう。あれ出る涙もおさえかねる。ついにアンティゴネ、供物を受ける時来たる。死者に捧げる、きびとぶどう酒の供物をば。



アンティゴネ

祖国の市民たちよ、みておくれ、冥路へ向かうこの姿を。この陽の光もこれが見納め、二度とふたたび相まみえることもないだろう。すべての者にいつかは眠りを与える死の神が、生身の私を地獄の河アケロンの岸辺へと連れていく。婚礼の時もなく、花嫁の祝いの歌をきくこともなく私は冥路へととついでいく。



長老たち

ただお前は、人に知られ、たたえられて、その死者の部屋へと向うのだ。病いにうたれたわけでもなく、鉄の剣のほうびをもらったわけでもない。ただ自らのぞんで生きながら黄泉の国へとおりていくのだ。



アンティゴネ

ああ、私をからかおうとなさるのか。まだ死んではいない、陽の光をあびているこの私を。祖国よ、ああ、私の祖国のあなた方豊かな人たちよ!だが、だが、いつか証人にならねばならぬはず、いとおしんで泣いてくれる者もなく、どんな掟に従って、岩穴へ、とほうもない墓場へと、向わなくてはならなかったか。死すべき人とも、すでに姿をなくした人たちとも、生とも死とも仲間になれない私なのです。



長老たち

権力は、幅をきかせている所では、決して譲ることをしないものだ。はげしい性がこの女を破滅させたのだ。



アンティゴネ

ああ、父よ、ああ、不幸な母よ、あわれな私はあなた方から生まれそして今、呪われて、結婚もせずあなた方の所へ向うのです。ああ、兄よ、幸せに生きようとして殺された!そのあなた方が、辛うじて生きのびていた私をも、冥路へとひきずりおろすのです。


長老の一人きびの入った皿をアンティゴネの前にさし出して)

だが、あのダナエの肉体も、太腸の光の代りに青銅の牢屋でがまんせねばならなかった。暗闇に身を横たえて。あの女は高貴な家の生まれであったのに。そして時の神ゼウスのために時の刻みを数えていたのだ、黄金の時を。



アンティゴネ

そして又、プリュギアのタンタロスの娘ニオベは、シュピロスの山の頂きで、悲嘆のうちに死んだという。ひからびて、きずたのつるが絡むように、だんだんと石に化していったという。彼女のそばには、いつも冬がつきそって、まつげの下の雪の涙で彼女のうなじを洗ったと。ちょうどその女のように、私は岩穴の臥床へとはこばれていく。



別の長老(ぶどう酒の人ったつぼをさしだしながら

だが、聖者とあがめられるその女は聖なる一族の方、わたしらは地上で生まれた人間なのだ。なるほど、お前はあの世へいく。しかし立派に死んでいく。神のいけにえにもたとえられよう。



アンティゴネ

あなたたちはため息をついて、もう私を見棄てている。はてしない青空に眼をそらし、私を見ようともなさらない。私は聖なるものを聖なる形で求めただけなのに。



長老たち

ドリュアスの息子も又、ディオニソスの不正をはげしくののしり、とらえられて、岩の牢獄にとじこめられた。ののしりの報いに気を狂わされ、神の力を思い知ったのだ。



アンティゴネ

あなた方も不正をののしることばを集めて、私の涙なんかふきとばし、不正なものにぶっつけてくれたら、どんなにいいか。あなた方は目先のことしかみていない。



長老たち

二つの潮の合するあたり、白い石灰岩の丘のほとり、町はずれのボスポロスの岸辺で、戦さの神は見届けたのだ。ピーネウスの二人の息子が、余りによく眼がみえすぎたために、その気高い眼を槍でつきさされ、勇気ある瞳がくらやみでとざされていくのを。ああ、運命の力のおそろしき、富も戦さの神もどんな砦も、運命の力を免れることはできぬのだ。



アンティゴネ

お願いです。運命などといわないで。運命のことなら明らかです。無実の私を処刑するあの男のことをお話しなさい。運命ということばは、あの男にこそ、むすびつけなさい!不幸な方たちよ。自分たちは無事だなどと考えぬがいい、もっと多くのなきがらが、切りきざまれ、葬いもされず、山となってほおり出されることでしょう。クレオンのために、いくつもの国々を侵略するお前たち、いくつかの闘いに、どれほど勝利をおさめようと、最後の戦さがお前たちをのみこむのです。獲物をほしがるあなた方でも帰ってくるのは、獲物で一杯の車ではなく空っぽの車だけでしょう。私の眼は土にうめられてしまうけれど、生きのびてそれを見るであろうあなた方のために、私は泣いてあげましょう!愛する祖国、テーバイよ、テーバイをとりまくディルケーの泉よ。ああ、車がいきかうテーバイの丘よ!お前のゆく末を思うと、のどもしめつけられてしまいそう。でもテーバイ、お前が人間らしくなくなるくらいなら泥にまみれて威びるがいい。誰かがアンティゴネのことをたずねたら墓場に逃げるのをみたと伝えて下さい。



アンティゴネ、番兵や侍女たちと共に退場



長老たち

あの娘は背を向けて大股に歩いていった。まるで自分が、番兵たちをひきつれるように。勝利をたたえる鉄の柱のそそりたつあの広場をこえて。そこでますます足をはやめ姿を消した。



だがあの娘もかっては奴隷たちが焼いたパンを食べていたはず、不幸を隠す砦のかげでぬくぬくゆったり座っていたはず、ラプダコス家の一族から、人を殺しにでかけた戦争が人を殺しに帰ってくるまでは、血まみれの手が、戦争を身内のものにもさしだした、しかし身内は受けとらず、それを相手の手からうぱいとる、怒りに燃えてあの娘、誠の世界に身をなげる、つまりはやっとあの娘、外の世界に身をおいた、冷たさが、あの娘の眼をば聞かせた、最後の忍耐が費され、最後の悪業を数え切ったそのあとで、めくらであったオイディプスのその娘、ついに己れの眼からも、ぼろぼろの眼かくしをばとりはずし、深淵の底をのぞきみた、だが、テーバイの民は相変らず眼かくしをはめたまま、かかとをあげて、よろめきながら、勝利の酒に酔いしれる、暗闇の中で何やらいろいろ混ぜられた、そんな酒をば飲みほして、歓び叫ぶ



盲目の予見者、テイレシアスがやってくる、つのりゆくいさかいと、下々の間でわきかえる謀叛の噂に、かりたてられてやってきたのだろう。



テイレシアスが男の子に手をひかれて登場、その後からクレオンがついてくる



テイレシアス

坊や、騒ぎなんぞに気をとられずに、ゆっくり、しっかり歩くんだ、お前はわしの案内役だからな。案内役というものは、パッカスについていってはいけないぞ、地面から足を高くもちあげすざたら、ひっくり返ってしまうんだ、勝利の柱もぶつかって倒してしまわぬようにな。国中の者が、勝利勝利とさけびたて、国はおろか者でいっぱいじや。めくらは目あきの後についていくが、そのめくらの後に、だがもっと眼のみえん奴がついてくる。



クレオン(彼をからかいながら後からついてきている)

どうしたのだ、不平屋め、戦争のことで何をぶつぶつほざいておる?







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