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新一の「心の一票」

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2020.01.05
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記事の標題にあるテーマについて度々聞かれますので、この際、内容をきちんと整理して皆さんにお伝えしたいと思います。この内容は報告とも言えますが、広い意味での、一種の「内部告発」とも言えます。

まず強調しなければならないことは、理論に関わっている研究者の、約7年半に及ぶ大変な努力によって、理論の論理構造は細部まで徹底的に分析・議論され、何十回もの単独講演や何件もの大きな研究集会で詳細に解説され、また何名もの研究者により(いわゆる「サーベイ」という形で)解説原稿が出版され、特に理論の正しさは何十回、何百回と確認されており、この検証活動によって多数の軽微な記述上の不備等は発見され直ちに修正されているものの、理論の本質的な正しさに関わる問題点は一件も確認されていないということです。

未だにときどき、ネット等で、「理論の正しさはまだ確認されていない」といったような主旨の主張を目にすることがありますが、多数の研究者による、この7年半に及ぶ膨大な時間や労力による壮大な規模の検証活動の中身や重みを鑑みるに、これは甚だしい事実誤認としか言いようがありません。

理論の検証や更なる発展に関わった研究者の中には、様々な国籍、所属大学、年齢、職位等の方が含まれていますが、特に講師(相当)以上の研究者の場合、それなりの研究実績を有していて、数学雑誌の論文の査読を何十件も担当した経験のある方も何名も含まれています。これらの事実だけから考えても、IUTeichの論文が未だに正式に出版されていないことは大変不思議で不自然・不可解・不条理なことであり、実際、多くの理論の関係者はまさにそのような認識でおり、またそのような趣旨の発言を度々口にしています。

​では、実際の論文の査読状況はどうなっているのでしょうか。まず、2012年8月、IUTeichの連続論文4編を某数学雑誌に投稿し、それ以降、査読報告書は一回(=2016年5月=ちょうど論文の投稿から3年8ヶ月程経過した時点)しか受け取っていません。その査読報告書(英語・約5頁)は(公開するつもりはありませんが)IUTeichの連続論文を絶賛した上で、「論文の出版を非常に強く薦める」内容となっています。20件程の誤植等、それまで私や他の関係者が見逃した軽微なミスも指摘されていましたが、それらの指摘には直ぐに対応しました。また、2017年9月に雑誌から論文の完成版(=つまり、ニュアンスとしては、「本番の出版用の最終版」)の提出を求める連絡があり、その後暫くして論文の完成版を提出しました。一方、2016年5月以降、雑誌からは査読報告書のような正式の文書は一件も送られてきません。​2019.01.02​の記事でも強調した通り、歴史的な観点から言っても、

     明示的な記録を残すことは
     非常に本質的に重要なこと

です。数学雑誌による論文の審査の場合、査読報告書は審査の実態(=論文がただ放置されているだけだという状態とどこが違うか等)を確認する上において、殆ど唯一と言ってよい「明示的な記録」ということになります。

私は、これまで約30年間にわたり、著者、査読者、編集委員、編集委員長等、様々な立場、また様々な雑誌での論文の査読に関与した経験がありますが、このように「論文の出版を非常に強く薦める」極めて肯定的な内容の査読報告書が著者に送られ、その後、3年8ヶ月もの間、何の説明等もなく、論文が事実上放置される(のと、著者からすれば区別が付かない)状況に置かれる、といったような事例に遭遇したことがありません。むしろ、以前、編集委員長の立場で、「論文の出版を強く薦める」趣旨の査読報告書を受け取った後、論文が約1年間、事実上放置された状況に対して、それなりの業績のある海外の教授の方からの「怒りの抗議」の手紙(=雑誌の運営状況を厳しく批判する主旨の内容)への対応に追われた経験すらあります。(その場合、論文を担当していた編集委員や査読者との交渉により、数週間で問題を円満に解決することができましたが。)
では、どのような理由によって論文が事実上放置される状況が発生しているのでしょうか。もしも実質的な数学的な問題があるのであれば、その問題を詳細に記述した査読報告書を著者に送るのは通常の数学雑誌の手続きになります。もちろん査読報告書を用意するのに多少の時間は必要になりますが、以前から審査に掛かっている論文であるにも関わらず、査読報告書(=多くの場合は、1~2頁程度、長くても通常は5頁を超えない)を用意するのに3年8ヶ月もの年月が必要であるというのは通常の雑誌の運営状況からして如何にも正当化が困難な話になります。実際、2016年5月の5頁の査読報告書は、論文の投稿から(偶々ですが)ちょうど3年8ヶ月後に私の手元に届きました。これまでの私の経験では、論文の投稿後、想定外に長い(例えば、5年超等)時間が経過している場合、「申し訳ない。後、~ヶ月で査読報告書が出来上がる予定なので、もうしばらくお待ち下さい。」といったような主旨の連絡が雑誌側の関係者から届きますが、IUTeichの論文の場合、雑誌の関係者とこのような話題をしても、数学的な問題、あるいは査読報告書等への言及は一切ありません。

そうすると、IUTeichの論文の査読を巡っては一体何が起きているのでしょうか。海外ではIUTeichについては、数学的には全く出鱈目な内容の指摘による様々な深刻な誤解が発生していて、この誤解については後程詳しく説明したいと思いますが、この手の誤解に対しては雑誌は如何にも不思議で、「学問の健全な発展」という、学問の世界において本来最も優先されるべき観点から言えば、極めて非建設的な立場を取っています。具体的には、雑誌の関係者はこれらの誤解の背後にある数学的に出鱈目な内容については、その数学的な出鱈目さを、査読報告書のような公式の文書という形で確認しない姿勢を取りながらも、実際には(その全体的な態度、物言い等から判断するに)十分に理解し、認識していることは間違いありません。しかしその一方で、誤解の数学的に出鱈目な内容に端を発した、海外の数学界のとある勢力による、私の研究に対する「激しい敵意」については、恐れを成してしまっている(=平たくいうと、「ビビってしまっている」)のでしょうか、毅然とした姿勢を取ることを完全に拒み、事実上、論文を放置し「機能不全もしくは機能停止」のような、如何にも残念(=情けない?)状態に陥っているように見受けられます。具体的には、「何も言えない・何も分からない・何もできない」といったような趣旨の発言をただ連発するだけで、論文を巡っては何がどうかなっているのか、誰にもさっぱり分からない

   底なしの「ブラックホール状態」を
  常態化させ、意味不明な「玉虫色天国」
   をただひたすらに永久的に維持・運営

しようとしているようにしか見受けられません。「中立的」な「玉虫色」の状態を維持することこそ、最も究極的に潔い姿勢である、と言わんばかりの方針で動いている雑誌や大学行政の関係者が相当数いるように見受けられますが、数学の場合、むしろ曖昧な状態を排して

​   なるべく効率よく白黒を付けること
   は数学の精神の基本中の基本であり、
社会的な勢力図に配慮した形の玉虫色の「中立論」は数学の研究には本質的に馴染まないものであります。なお、先ほど言及した誤解の場合、本記事の後半で詳しく解説している通り、効率よく白黒を付けることはそれほど技術的に困難なことではありません。

更にもう一つの重要な側面を指摘しますと、上述のような曖昧な状態を(10年に迫る)長期にわたって「運営」していくことは、様々な場面において学問の健全な発展を根本的に阻害するものであり、私だけでなく、他の関係者、特に周辺の若手研究者の人生(=具体的には、就職や論文の出版等)に重大な影を落とす事態であり、学問の本来あるべき姿には程遠いものであると言わざるを得ません。

ただし、ここで一つ注意しなければならない点ですが、この(本来優先されるべき「学問の健全な発展」という観点からして)余りにも奇妙で非建設的な「ブラックホール状態」の糸を引いている「黒幕」の正体については私は全く情報を持っておりません。つまり、「ブラックホール状態」の発生が、雑誌の関係者の独自の判断によるものなのか、海外の有力者の(何等かの人脈を介した)直接的な圧力によるものなのか、海外の「激しい敵意」に対して文科省官僚や大学の行政関係者が「忖度」をして雑誌に掛けた圧力によるものなのか、無数の可能性が頭が浮かびますが、現時点ではその発生の仕組みの解明には至っておりません。別の言い方をすれば、本記事の冒頭で「一種の内部告発」という表現を用いましたが、その広い意味での告発の対象は「海外の数学界のとある勢力による無意味な数学的な誤解」ということになりますが、より直接的・具体的な意味での告発の対象である「非建設的なブラックホールを発生させている黒幕」の正体は不詳のままであるということになります。

ここまでの話を要約すると、IUTeichの論文を巡っては、本来の数学雑誌による査読・審査のあるべき姿、つまり、学問の健全な発展を最優先に、細かい数学的な内容について査読報告書とそれに対する著者からの返答のやりとりを通して論文の数学的内容の検証を進めるという状態から著しく乖離した奇妙で非建設的な「ブラックホール状態」が長年にわたって続いているということです。

では、この異常な状態を解消し、論文の査読・審査を、

   技術的な数学的な内容のやりとりを
        主体とする

本来の姿に戻すにはどうしたらよいのでしょうか。まず、どの数学論文にも言えることですが、その論文の内容を本格的に技術的に理解し、査読・審査に関わる技術的な資格のある研究者は世界的に見てもかなり限られていて、論文のテーマによっては世界的に見ても数人程しか存在しないといったような場合もそれほど珍しくありません。幸か不幸かは別として、これが現代数学の実態です。論文の内容をきちんと理解する技術的な資格のない研究者に査読を依頼しても、意味のある内容の査読が行なわれないことになるだけです。

IUTeichの場合、「年頭所感 2020」でも言及した通り、関係者の大変な努力によって何名(=その人数は10名に迫る勢いである)もの理論の「習熟者」をこれまで育成することができました。そのような、査読に適任な「習熟者」に査読を依頼すれば、論文の査読は正常な形で実施することが可能であり、かつそれほど時間を要しないはずです。実際、2016年5月に受け取った査読報告書の場合、その書き方(=詳細な技術的な指摘等)からは明らかですが、立派に適任な研究者によって執筆されたものです。

では、何で(論文の学問的内容に対する習熟度からして)適任な研究者による、通常の「正常な形での査読」(=例えば論文の投稿から2016年~2017年頃までの状態)ではだめなのでしょうか。上でも指摘した通り、非建設的な「ブラックホール状態」発生の仕組みや、発生させた「黒幕」の正体については私は何も分かりませんが、何等かの(=場合によっては複雑で「忖度」等を介した間接的な)仕組みによって海外の数学界のとある勢力を「震源地」とする妨害活動によって発生している事態と思われます。その海外の数学界のとある勢力は、(長年にわたるネット上の書き込み・誹謗中傷等からは明らかですが)私や私の研究に対して極めて激しい敵意を持っている人たちです。その激しい敵意の原因については、謎の部分が多く、純然たる感情論や様々な社会的・文化的・政治的背景、といったような非数学的な要因も少なからずあるという印象を強く受けておりますが、一方で、(これまで何度も言及していてかつ以下で詳しく解説する予定の)とある数学的な誤解も大きな要因ではないかと考えています。

誤解そのものの解説に入る前に、一つ注意しておきたい点ですが、理論の正しさを検証する活動と、(他者による)理論に対する誤解を発見し処理する活動は根本的に「業務内容」が違うということです。前者の方は、上でも説明した通り、7年半前から多くの関係者によって精力的に行なわれていて、理論の正しさは既に何十回、何百回と確認されていて、これ以上行なおうとしても、理論の検証すべき箇所が見当たらず空転するのみである、つまり、別の言い方をすれば、既に(というよりだいぶ前から)「飽和状態」にあるということです。一方、「誤解学」と呼んでいる後者の方の活動ですが、

  相手の誤解という肝心な「入力データ」
     =「誤解学の研究対象」
がないと始まらない活動になります。

簡単な喩えになりますが、例えば、黒板に「2+2=4」という式を書いた人物「ヨンさん」がいたとします。その式を遠くから一瞬だけ覗いてみて、式を「2+2=9」という式と誤認した人物「キューさん」がいたとします。キューさんは、ヨンさんが「2+2=9」という式を主張しているという認識から、ヨンさんを、とんでもない間違った式を書いた人物として激しく誹謗中傷するかもしれません。しかし、誹謗中傷だけですと、ヨンさんは対応のしようがありません。つまり、「2+2=4」という式の数学的正しさを何度確認しても、キューさんの誹謗中傷に対しては意味のある対応には全くなりません。ヨンさんが意味のある対応を取るには、キューさんが「2+2=4」という式を

   「2+2=9」という式と誤認している
    のであるという、肝心な入力データ

がないと意味のある対応は取れません。そのような肝心な入力データをヨンさんが入手して初めて意味のある形で「誤解学的な研究」に着手し、誤解の内容の適切な分析によって意味のある形での、キューさんの誤解の「決定的な処理」に当たることができます。ただし、数学的な内容からして適切な誤解学的分析が完成しても、ヨンさんとキューさんを巡る社会的な状況が、回復が困難になる程こじれてしまうと、学問的内容=誤解学的研究の分析結果だけ提示してもどうにもならない場合があります。

IUTeichの場合、2017年末辺りまでは、私や私の研究に対する、海外の数学界のとある勢力によるネット上の激しい誹謗中傷の存在は認識していましたが、その背後にある数学的な内容(=「2+2=9」に対応する肝心な入力データ!)は全くの謎でした。今でも、その「肝心な入力データ」については完璧に把握できているかどうか分かり兼ねるところがありますが、少なくとも2018年の様々な動きによって、初めて「肝心な入力データ」を入手することができました。その「肝心な入力データ」を元に、個別の誤解について分析し、その誤解を決定的に処理するための解説(=誤解の主張のどこがどういうふうに間違っているかという詳細な説明)を2018年に行ないました。

一方で、2019年の夏頃までは個別の誤解への対応が済んでいても、それらの誤解の発生の仕組みはまだ謎のままでした。2019年の夏頃になって誤解学上の大きな決定的な進展として、

​   数々の個別の誤解=「症状」を発生
   する大元の「ウィルス・病原菌」の
        ような誤解
を特定することができました。この「大元誤解の特定」は私のこれまでの誤解学の研究の中でも非常に決定的な、大きな進歩になりました。

さて、以下では、この大元誤解の内容について詳しく解説してみたいと思います。より詳細な技術的な説明は私が書いたIUTeichの解説原稿​​[Alien]​ §3.11 (iv) に書いてあります。特に、​​[Alien]​​のExample 3.11.4は事実上、高校数学程度の知識でも理解可能な形で書かれていますので、関心のある読者の方には一読をお勧めしたいと思います。以下の説明は、まさにこの​[Alien]​のExample 3.11.4の内容の、ブログ読者向け解説ということになります。

一言で言ってしまいますと、「大元誤解」の本質は、よく知られている論理演算子

   「∧」(=「AND」=「かつ」)と 
   「∨」(=「OR」=「または」)

の混乱によるものです。これらの論理演算子の意味を簡単に復習しますと、二つの命題「P」と「Q」がありますと、

        「P ∧ Q」

は命題「P」と「Q」の両方が同時に成立していることを意味するのに対し、

        「P ∨ Q」

は命題「P」と「Q」の、少なくともどちらか一方が成立しているけど、両方同時に成立しているかどうかについては言及しない(=特に、両方同時に成立していることは言えない可能性もある)ことを意味します。一般に、「P ∧ Q」より「P ∨ Q」は直ちに従いますが、逆、つまり、「P ∨ Q」より「P ∧ Q」が従うとは限りません。別の言い方をしますと、「P ∧ Q」は(相対的には)かなり強い主張をしていることになるのに対し、「P ∨ Q」の方は(相対的には)やや弱い主張をしていることになります。具体的な例は無数にありますが、例えば、ある人物「X」について

   「Xの誕生日は1月1日」∧
        「Xの誕生日は2月2日」

という主張は、かなり強い、矛盾めいた(=「びっくり!」な)内容の主張になりますが、一方で、

   「Xの誕生日は1月1日」∨
        「Xの誕生日は2月2日」

は全く驚きや不思議さのない、淡々とした調子の内容の主張になります。またもう一つの注目すべき点として、もし「Y」という、「X」とは別の人物がいたとすると、

   「Xの誕生日は1月1日」∧
        「Yの誕生日は2月2日」

という主張は、「∧」が出てくるような形をしていても、矛盾めいた驚きのある内容が一切含まれていない主張になります。

さて、IUTeichに対する「大元誤解」の話に戻りましょう。まず、議論の中心的な対象となる4つの整数

        A, B, ε, N

の記号を用意しておきます。これらの整数について、次のような不等式が成立していると仮定します:

      A>0, B>0, 3>ε≧0 .

IUTeichでは、以前のブログ記事(=​2017.01.06​, ​2017.05.06​, ​2017.11.14​付けの記事を参照)でも解説した通り、「Θ(テータ)リンク」という数学的対象は中心的な役割を果たします。実際のΘリンクの定義は非常に高度な数学の知識を必要とするものですが、ここでは上述の「大元誤解」の本質的な論理構造を解説するため、先ほどの4つの整数しか出てこない、高校数学レベルの議論で説明することにしたいと思います。そのようにしますと、Θリンクの定義に対応するものは

       
 (N=-2B) ∧ (N=-A)

という式になります。理論では、Θリンクから出発して様々な操作を行ない、(Θパイロットと呼ばれる数学的対象の)「マルチラディアル表示」というものを構成します。その「マルチラディアル表示」に対応する内容をこちらの議論の整数で表現しますと、

       (N=-2A+ε) ∧ (N=-A)

という式になります。つまり、「ε」という、比較的小さい「誤差」を認めてあげますと、本来一致するかどうか分からない整数 A と B を、まるで一致するものかのように扱うことができるということです。この「マルチラディアル表示」の内容を書き下してみると、まさに同一の整数 A に対して、論理演算子「∧」が成立していることによって、

    -2A+ε=-A, つまり、A=ε< 3

という式変形が可能になり、この議論の最終的な結論となる「A<3」という不等式が簡単に、形式的に従ってしまいます。

​先ほどの議論で注目したいことは、

       論理演算子「∧」が
      果たした本質的な役割

です。元々のΘリンクの定義における「∧」は、一致するとは限らない整数 A と B を用いたからこそ、整合性(=「無矛盾性」)をもって定義することができました。これは先ほどの「Xの誕生日...」∧「Yの誕生日...」と全く同じ現象です。元々のΘリンクの定義が「∧」によるものであるこそ、その肝心な「∧」性を壊さないような操作によって行なわれる「マルチラディアル表示」の構成は「∧」性を引き継ぐことになります。また「マルチラディアル表示」において「∧」性が成立しているからこそ、議論の最終的な結論となる「A<3」という不等式が簡単に、形式的に従ってしまうのです。

​一方で、(ここから先が、先ほどの喩えの「2+2=9」に対応する「大元誤解」の内容になりますが)例えば、元々のΘリンクが、何かの理由によって

      (N=-2B) ∨ (N=-A)

として認識(=誤認!)されたとします。すると、まず、整数 A と B が、一致するとは限らないものであることを仮定することには全く意味がない、つまり、最初から「A=B」ということにしても、整合性(=「無矛盾性」)の問題は全く発生しないのではないかと考えてしまいます。これは先ほどの「Xの誕生日...」∨「Xの誕生日...」と全く同じ現象です。しかし、最初から「A=B」ということにして、Θリンクの定義も

         
(N=-2A) ∨ (N=-A)

ということにすると、「マルチラディアル表示」に移行する際、(「∧」ではなく!!)「∨」を引き継ぐことになり、つまり、

      (N=-2A+ε) ∨ (N=-A)

という恰好の「∨版マルチラディアル表示」しか従わないことになってしまいます。このように考えると、実際の「マルチラディアル表示」に登場する、肝心な「∧」性を壊さないための数々の丁寧な細かい操作は全く無意味なもののように見えてしまいます。その上、最初から「A=B」ということにしてもよい状況の下で議論しているからこそ、そもそも「∨版マルチラディアル表示」(=「ε」という誤差を認めることによって本来一致するかどうか分からない整数 A と B をまるで一致するものかのように扱うことを可能にする表示)は全く無意味なものであるようにしか見えません。一方で、このように、「∨」、「∨」、「∨」で議論していると、議論の最終的な結論となる「A<3」という不等式を発生する式

        -2A+ε=-A

は、まるでΘリンクや「マルチラディアル表示」の「∨版」に登場する

   「∨」が、とんでもない「詐欺的な
   論法」によって「∧」に勝手にすり
   替えられたことによって導かれた

ようにしか見えません。ここでは、高級な数学的対象を用いる代わりに高校数学レベルの整数を扱う式を使って解説しましたが、上述の議論のように、本来のIUTeichの

​​    論理構造の根幹を成している
     「∧」、「∧」、「∧」が、
     「∨」、「∨」、「∨」と
​    誤認されてしまった​ことが、
​​
(=上述の「大元誤解」)この7年半程続いたIUTeichを巡る(海外の数学界を震源地とする)大きな混乱(=つまり、理論がとんでもない「詐欺的な論法」の上に成り立っているとの誤解等)の真相であると考えています。

当たり前ですが、もちろん、海外の(理論を理解していない)数学者が理論を批判する際、

   『自分たちは「∧」を「∨」と誤認
    しているため、数々の数学的に
    出鱈目な主張をしていますよ!』

ということを、ご丁寧に伝達してくれるのではなく、ただ凄い勢いで数学的に出鱈目な主張を並べていくだけなので、個々の個別の誤解(=正しくない数学的な主張)を発生している「大元誤解」を特定するという、誤解学的な分析には1年半程の時間を要しました。

では、そもそも何で「∧」は「∨」と誤認されてしまったのでしょうか。IUTeichの連続論文では、「P ∧ Q」のような形の内容の「∧」性に対応する部分は、

  「PとQを同時的に」、「Qを固定
   した上でPを」、あるいは「Pと
   Qを、その共通部分に沿って貼り
   合わせる」

といったような表現で記述していますが、これらの表現はどう考えても、通常の数学的な(「デフォルト」の)解釈ですと、「∧」という捉え方しかあり得ないと思います。実際、これまで交流してきた「理論の習熟者」の多く(=特に、日本語で口頭で議論した研究者たち)はこれらの表現を問題なく最初から「∧」の意味で捉えています。また、この「大元誤解」(=つまり、「∧」は「∨」と誤認されてしまっている)の話を聞かされたとき、多数の関係者によるIUTeichの解説において様々な形で「∧」性が昔(=10年程前)から表現され強調されているにも関わらず、このような根本的な誤解がここまでおおごとになることに呆れ不思議がる習熟者も少なくありません。

では、上のような「∧」性の記述に用いた表現は何で多くの(特に海外の)研究者によって誤解されたのでしょうか。これまで接してきた、誤解した人たちの数々の発言から推測するしかないですが、そのような人たちがよく強調しがちなことは、

  「理論が複雑過ぎるから、思い切って
   簡略化したい」

あるいは

  「理論を以前からよく知っている枠組
   ・考え方で捉えられるはずだから、
   そのように捉えることにしたい」

といったような考えです。そのような考えに則った思考回路の持ち主ですと、

  「とりあえず、馴染み深い枠組・考え
   方に沿った理論として捉えられるよう
   に、A=Bということにしてしまっても
   特に問題はないだろう」

(記号は先ほどの高校数学レベルの議論の記号)という、数学的な根拠が全くない主張=一種の「希望的観測」が先行して、その希望的観測を正当化するためのものとして

  『理論の細かいことは面倒くさいし、
   余り読んでいないけど、どうせ要は、
   「∨」、「∨」、「∨」と来て、最後
   の不等式を導くところで「詐欺的な
   論法」で「∨」を勝手に「∧」にすり
   替えているだけだろう』

といったような感覚が、ほぼ無意識・無自覚のうちに後から付随してくるのです。

ただし、この文脈においてもう一つ強調したいことは、数学の研究者の議論において上で解説したような「∧・∨」の誤解は(幸か不幸かは別として)まさに日常茶飯事といって差し支えありません。通常の状況ですと、正常な、建設的な空気の下で議論が行なわれ、このような誤解は効率よく分析・整理され、多くの場合、(年単位の時間どころか!)数分のうちに処理できてしまうのです。実際、IUTeichにおけるこの「∧・∨」の誤解も、これまで(国内外の)研究者との議論において、まさしく数分~長くて数週間のうちに、非常に効率よく処理することに私は何度も成功しております。

最後に、本記事の内容を簡単に総括したいと思いますが、総括するに当たって

​   「恐れるべきものは恐れ自体のみ」
という有名な格言が頭に浮かびます。例えば、五百年や千年後の知識人から見て、IUTeichを巡る大きな世界的な混乱は歴史の一幕としてどのように総括されるのだろう、ときどき考えることがあります(このような考え方は​2019.01.02​付けの記事にも登場します)。そのような歴史的な視点に立って状況を俯瞰すると、まず、純粋に数学的な内容の面では、先ほど詳しく解説した

       「∧・∨」の誤解

こそが混乱の本質的な原因であることが言えるかと思います。しかし、先ほど指摘した通り、数学の研究者の議論においてこのような誤解はまさに日常茶飯事であることも紛れもない事実であり、正常な、建設的な議論が行なえるような空気さえ確保されていれば、このような誤解は数分~長くて数週間のうちに非常に効率よく処理できてしまうのです。つまり、本記事の標題の「ブラックホール」の話に戻りますと、本来なら

  淡々とした技術的な数学的な議論を主体

としているはずの、論文の審査や数学の研究者の議論の場ですが、

  ・正常な、建設的な数学的な議論を
   行なっている研究者をトンデモ系
   の「狂った異端者」として描き、

その上、

  ・威圧的な政治的な空気や恐怖を撒き
   散らし、また場合によってはネット
   上の誹謗中傷で威圧的な空気や恐怖
   を拡散させ、

更に、

  ・その恐怖の文化という虚構に対して
   「忖度」や萎縮の塊と化して跪き、
   機能不全・機能停止に陥ってしまう
   関係者を究極的に潔い人格者として
   持ち上げる

といった要素・「症状」からなる文化的風潮こそが、論文の審査や数学の研究者の議論を機能不全・機能停止に追い込んでいる「真犯人」=IUTeichを巡る世界的な混乱の本質・真相と言い切ってよいのではないでしょうか。






Last updated  2020.01.09 23:23:00
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