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カテゴリ:医、健康、からだ
検査で数値が基準に達していないから、自覚症状はないものの、治療をすすめられる…医療機器が発達した現代においてはよくある話である。
それによって助かった、という人もあれば、クスリなどで管理される不自由を嘆く人もある。賛否両論、是非無きことである。
とはいえ、そういう場面で、多くは、不安感から治療を受け入れることだろう。 たたきだされた数値を突きつけられて、将来、これこれこういう病気になる可能性がある、と唐突に迫られれば、不安感にかられるのも当然かもしれない。
整体という仕事、現代医療とはやや異なる視点・方法を唱えていれば、そういうことにまつわる相談も多い。
先日も、子どもが検査にひっかかり、子ども自身には自覚症状がないことに対して、子どもは表現できないことが多いから、という説明を受けた、という話を聞いた。
こういう話を聞くと、是非無きこととはいえ、医療側の対応に、何だかなぁ、と思わざるをえない。
子どもが身体の状態を表現できない、ということはありえない。むしろ、子どもの方がダイレクトに表現している。ただ、それを言葉として表せないだけである。 逆に言えば、大人は言葉、そしてその意味に重きをおき過ぎていることが多い。身体を観察できれば、多くの場合、大人の発している言葉による表現・訴えと、実際の身体の状態の間には、大きな隔たりがあることを知ることができる。言葉にとらわれて、実際を観察できない、あるいは観察しないのは、医療従事者としてあるまじき、と思うが、先の例からは、そういう人も存在する、ということが明らかである。
医療技術が発達し、画像診断や数値化が簡単になされる現代。 あたかもそれが全て正しいと慢心し、身体の可能性をその小さな杓子定規の枠に当てはめてようとしてやしないだろうか?それにとらわれるあまり、視野が狭くなっているのでは? しかしながら、私の見る限り、身体、それを営む生命の可能性は、そんなちっぽけな枠に当てはめられるほど単純でも矮小でもありはしない。
器量の狭さを自覚しない、傲慢なるおせっかいに対して、私の生命もまた違和感を訴えずにはいられないのである。
それはもちろん医療の域のみにあらず。大人の常識なる狭小な知識を子どもにあてはめ、その可能性を損なわせることに対してもまた同じだ。
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Last updated
2018.01.31 17:47:12
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