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テーマ:☆仙台☆(2145)
カテゴリ:今日のできごと
1月6日(火)
大坂帰省から戻ったのが2日の夜。 それからまだ数日ですが、仙台は昨年末からはガラッと変わって低温の日が続いています。 気象庁の記録を見ると、12月下旬には「朝低くても日中上がる」「日中低くても朝晩それほど冷え込まない」という日が多かったのが、年が明けると”朝から晩まで”低温」傾向です。 家を出て、バス停まで歩いて行く途中、空き地の草などに霜が降りていました。 米ヶ袋の広瀬川沿い、「米ヶ袋遊歩道」へ行けば、霜が降りた冬らしい景色が見られそうだな・・・とも思いましたが、一旦はそちら方面へ足を向けたものの、今日は東北大学片平キャンパス、学都記念公園の芝生あたりがいい感じかもと思い直して、そちらへ向かうことに。 途中、田町の大日堂にお参り。 ![]() by SHARP AQUOS Sense9 正確には「田町文殊院大日堂」。 猿曳(さるひき)丁通りに面しています。この猿曳丁通りは、南の土樋(つちとい)通りと北の田町通りに挟まれた短い通り。 田町、という町は今ではもうありません(大日堂の住所は五橋2丁目)。それでも、田町大日堂、田町通りなど「田町」の名残はあります。 ![]() お堂は平成20年に建てられた、かなり新しい建物ですが、由来を書いた立て札を読むと・・・ 大同(806)年間、弘法大師が羽州湯殿山を開山するために下向したとき、というところから始まるのがすごい! 弘法大師が今の山形県湯殿山を目指して都からやってきた際に、途中通った会津若松の霊地に倣って山を開き、自ら彫った一寸八分の小さな大日如来像を本尊として真隆寺を創建開基したそうです。 しかし、その後そのお寺は荒廃してしまいました。江戸時代になり、本田内蔵という僧がご本尊を持って諸国を遍歴中、慶安二(1649)年にこの地へやってきて、真護山隆興院宗海寺を建立して、弘法大師が開いた真隆寺の別当とした・・・! さらに、寛延(1716-1750)の頃に天台宗誓安寺の末寺、安永(1772-1780)頃には天台宗光園寺の末寺にもなって、真護山隆興院宗海寺に加えて真雞山龍興院または龍興寺と、いくつもの名前を持っていたそうです。 さらにさらに、後には京都醍醐の真言宗三宝院の末寺となり、そのときに「文殊院」とあらためられた・・・と。かなりすごい来歴があったのですね。 しかし、明治初年になって、里美明光住職を最後に廃寺されそうになったところ、明治36年頃になって信徒町内有志の協力によって再興されました。しかししかし、昭和20年の空襲で焼失してしまい、それでも仮堂が再建されて祭礼等は続いてきたそうです。 そしてついに、平成20年12月に現在のお堂が落慶して現在に至る・・・と。 ![]() お堂の正面、左右には未(ひつじ)と申(さる)の大きな絵馬が置かれています。 柳町の教楽院大日堂では狛犬のように未と申の石像が置かれていますが、こちらの絵馬のほうが品があるように思います。(柳町の大日如来には申し訳ないですが) お堂の前、左脇にある手水石、たまった水はすっかり凍り付いていました。 ![]() 鏡のように完全に凍ったその上に、白い氷の粒のようなものがちりばめられています。これはおそらく氷の粒のような雪が降っていたことを示しています。 見ているだけで気温以上の寒さ冷たさを感じます。 さて、学都記念公園に行ってみると、予想外に日が当たっています。 あっという間に溶けてしまいそうな氷も、「霜」というよりは「氷の粒」という感じ。 中央の大ザクラの木をバックに。 ![]() by OLYMPUS STYLUS XZ-2 これはたぶん、大日堂で見たのと同じように、郡の粒のような雪が降って少しだけ地面に残ったものだと思われます。 毎年冬にこの場所で、雪が積もったり霜が降りたりしている光景を見てきましたが、このような冬景色を見るのははじめてです。 最終的に、興の最低気温はマイナス2.3℃、最高は3.9℃でした。数字を見るとやっぱり寒いと感じます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2026.02.03 20:42:37
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