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風雲 いざなみ日記

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東洋思想と『和』の心

2011年04月14日
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散り際の桜は 


ことさらに 気高く美しい


桜は誇り高い日本の心 桜は大和魂


ただ 静かに風雪に耐え 誇らしく咲き 


潔く 見事に散る


故に桜は 神々しいほどに美しい


力強く生き 美しく咲く


とこしえに 咲き誇れ桜 


とこしえに 咲き誇れ日本


今春咲いた桜を 


誰も忘れてはならない


今春の咲いた桜を


我等日本人は 深く魂に刻もう・・・




(わだつみ判官 愚詩)




被災地の方々に、この桜の花の写真を捧げたい。 桜は、日本を象徴する花。 桜は、この国の人々の絆を深める花。 そして、桜はこの国の勇気の花。








最終更新日  2011年04月15日 01時49分33秒
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2010年09月07日

安政の大獄に倒れながら、死後もなお尊皇攘夷の原動力となったのが吉田松陰(よしだしょういん)でした。松陰は長州藩士で思想家、兵学者、教育者としても優れ多くの逸材を見出し、のちに明治維新の精神的指導者として名を残します。



高杉晋作は、安政六年(1859)七月、江戸伝馬町の獄中あった松陰のもとへ「男子たる者の死」について教えを乞う手紙を差し向けました。獄中、松陰は高杉晋作に次のように返事をしています。




死は好むべきにも非ず、亦(また)悪むべきにも非ず。

道尽き心安ずるすなわち是死所。

世に身生きて心死する者あり。身亡びて魂存するものあり。
心死すれば生くるも益なし。魂存すれば、亡ぶも損なきなり。

死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。
生きて大業の見込みあらば、いつでも生くべし。




この手紙のやり取りのあと、松陰は幕命によって斬首刑に処され、訃報は下関の高杉にも伝えられました。このとき、高杉は身を震わせて怒りを露にし、長州藩の重職にあった周布政之助への手紙で「松陰先生の仇は必ず取ります」と記しています。



文久二年(1862)、高杉は藩命によって幕府使節随行員として上海へ渡航し、清国が列強によって植民地化されつつある実態を知ります。帰国後、攘夷の決意を固めた高杉は時代を駆け抜けてゆきます。



松陰が最期に伝えた言葉が、その後の高杉にどのような影響を与えたのかについては定かではありません。けれども、獄中で死を覚悟した中で書かれた松陰の手紙は、いかにも学識を感じさせ、簡潔でありながら明快な内容です。




松陰が高杉晋作に伝えた最期の教えには、人としてのプライドと信念に満ちていると感じます。現代の日本に欠如しているものを、突きつけられたような気もしました。








最終更新日  2010年09月07日 12時30分17秒
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2010年01月04日
(海鵜 わだつみ判官撮影)

わだつみ判官は、明日から初仕事です。うっしっし 仕事では、これまで2年近く積み上げてきたものが大きく昇華する期待の年。 プライベートでは、昨年に続いて肉体的(ダイエット)にも経済的にも、大転換期を迎える年です。ぐー



ちなみに、正月三賀日の間を通じて、不覚にも2キロ肥ってしまいました。(笑)



天王星(+)魚座のわだつみ判官にとっては、とくに今年は自分自身に磨きをかけるラストチャンス。オーケー アクセル全開、ノー・ブレーキで自分の道を切り拓く仕上げの年となります。
旗



さてさて、アクセスカウントも333,333のキリ番にリーチですよ~♪ (私書メールよろしく!)


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最終更新日  2010年01月04日 22時40分26秒
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2010年01月02日
(2010.01.02 わだつみ判官撮影)

御節料理とは、その名の通り節句に作られる料理で、今ではとくに、お正月に備えて用意される祝い料理を指し、ほとんどの地域では元日以降に食べるのが標準となっています。ノート 



ただし、本来は"年迎え"の膳として大晦日に一年間の一家の無事を祝って食べるものでした。 今でも、東北地方の一部や北海道の一部の地方では、かつての名残りで大晦日に食べる風習が残っているといいます。ノート



御節は、保存がきく作り置きの正月の料理となっていますが、これは、神様をお迎えした新年に台所を騒がせてはならないという考えによるものです。 とくに、物を切る包丁などの刃物はタブー。



さてさて、わだつみ判官家では大晦日は蕎麦を食べず、甘い煮小豆をかけた餅を食べて年越しとます。 また、元日の朝はすまし汁の雑煮、2日目は合わせ味噌の雑煮、3日目には善哉(ぜんざい)を食べるのが風習です。
食事



たぶん、この三賀日のお陰で、年内のダイエットの努力はたぶん水の泡となるでしょう。(笑)うっしっし雫



わだつみ判官家の正月の一番の遊びは投扇。 それも、一般に知られる江戸の投扇興とは異なっていて、酒を入れる瓶子(へいし)めがけて投げ、当たって瓶子が倒れると『平氏を討ち果たしておめでとうございます♪』と、倒した人に一礼をして褒めちぎります。スマイルきらきら



酒器の"瓶子"を語呂で"平氏"に見立てるというところが、源氏一党が、虐げられていた頃の名残り? そう考えると、かなり"卑屈"な遊びでございます・・・(笑)スマイル



お正月らしく壁紙を変更したら、いざなみ日記が仏壇のようになってしまいました。(爆) 引き続き、皆さんもお正月をお楽しみください。 そろそろ、キリ番が近づいて参りました。 333,333は誰でしょうね。


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最終更新日  2010年01月02日 21時12分52秒
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2009年12月31日
(明石海峡大橋 わだつみ判官撮影)





思えば、一昨年秋のリーマンショック以来、日本国中が気持ちの沈んだ2009年でしたが、私たちは耐え抜きました。 新しい年は、日本経済が世界に反撃ののろしをあげるとき。 新しい年 2010年は、私たち一人一人が政治に目を光らせ、維新のつもりで日本再生の年にしましょう。ひらめき 日本には、優れた英知と技術があります。 私たちは誇りを失ってはいけません。 日本経済は必ずよくなります♪旗きらきらきらきら



さてさて、いよいよ2010年の幕開けです。 そして、このわだつみ判官の『いざなみ日記』は、遂にこの春には5周年を迎え、6年目に突入することになります。



あじゅ子さん、k-0228さん、ぎょ金さん、沙羅樹さん、しっぽさん、諸行無常さん、十五屋お照さん、♪鈴音♪さん、たもももさん、teapottoさん、二輪熊さん、happy3231さん、ハレバレさん、八丁堀さん、ブルーローズさん、マササン、マッチャンさん、miki285さん、ララオさん、るり♪さん、ROVAさん、*雪花*さん・・・仲間の皆さん♪



そして、たくさんのブログ仲間の皆さんにとって、素晴らしい年となりますように。ひらめき



アクセスカウントは、332,335と、かなり近づいて参りました。 キリ番を踏んだリンクしてくださっている馴染みの方には、記念品を用意してご連絡をお待ちしています。♪


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最終更新日  2010年01月01日 02時15分26秒
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2009年12月27日
(09.12.19 桂浜 わだつみ判官撮影)

古来から、日本では人が音として発した言葉は現実に影響を与えると考えられ、良い言葉を発するれば良い事が起き、不吉な言葉を発すれば凶事が起こると考えられていました。 これが、言霊(ことだま)と呼ばれ、日本の精神文化に息づいている感性の一つでもあります。ひらめき



万葉集に収録された柿本人麻呂の歌には、志貴島の日本(やまと)の国は事霊の佑(さき)はふ國ぞ福(さき)くありとぞとあり、古代にも"言""事"が同一の概念だったことを物語っています。ノート



美しい日本語が崩壊しつつあるといわれる現代、それでも、この国には言霊はわずかに息づいています。 結婚式や披露宴でタブーとされる"忌み言葉"などが、言霊の思想の名残りだったりします。 日本は、言霊の力によって幸せがもたらされる国。 "言霊の幸ふ国"なのです。



言葉といえばもう一つ、自分の意志をハッキリ声に出すことを"言挙げ"といい、もしも言挙げが自分の"慢心""邪心"によるものであった場合は、悪い結果がもたらされるとも信じられていました。 



例えば、古事記では倭建命が伊吹山に登ったとき山の神の化身と出会いますが、倭建命は『これは神の使いだから帰りに退治しよう』と言挙げをしますが、それが倭建命の慢心によるものだったために、建命は神の祟りに遭い命を落としたといいます。ノート 



言霊とは万物に神が宿るとするアニミズム的一面ではなく、人々の畏怖の念や万象への敬いなど、心の有り様をも示すものであったことは確かなようです。



最近、テレビを点けると円高だの、デフレだの、自殺増加だの、マニフェスト違反だのと必要以上に人々をことさら不安へと駆り立てるようなニュースが溢れています。 日本のマスコミは、問題を指摘して政策の揚げ足をとるだけで、相変わらず成熟しているとはいえず、社会への貢献のためにペンを振るうような報道はできていません。わからん



マスコミも、たまには国家国民のための政治の在り方や、景気回復のための提案や、人々を勇気づけるような、実利のある報道をできないものでしょうか・・・ 龍馬が今の日本の姿を観れば、何というのでしょうね。
旗



さてさて、正月まであと数日と迫り、何かと慌しい年の瀬ですが、元日には御節と美酒が待っています。(笑) 皆さんも何卒ご健勝で、よい年をお迎えください♪ 来るべき2010年が、新しい国政のはじまりとなり、経済再生の希望の年となるよう願っています。


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最終更新日  2009年12月27日 21時45分34秒
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2009年06月17日
(蓮の花)


祇園精舎の鐘の声


諸行無常の響きあり


沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす


驕れる者も久しからず ただ春の世の夢の如し


猛き者も遂には滅びぬ


偏に風の前の塵に同じ




人間というものは、少しばかり運があると調子に乗ってしまうものです。 わだつみ判官も例外ではありません。雫 株の売却益を素直に回収して、少しは消費という形で世間様に還元すればよいものを、ついつい欲を出して、次から次へと新しい投資先に回しては運用益を出していたのですがが、週末から続落。(汗)



成功は永遠ではなく、人生で勝ち続ける事など有り得ないことです。(笑)




はまったくありませんが、強欲になった分、かなり利益は圧縮されました。 これも天の戒めでしょうか・・・ 人間、欲の出しすぎはダメって事なのですね。うっしっし 布施の心って大切です。(笑)







最終更新日  2009年06月17日 15時08分39秒
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2009年05月31日


♪幼馴染の想い出は 青いレモンの味がする・・・♪



登録者350万人ともいわれている同窓会支援サイト『この指とまれ!(通称:ゆびとま)』が、5月初旬にサイト運営者側から甚大なトラブルが発生したと掲示されたあと、突然停止となって問題になっているそうです。



ゆびとまは、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の一つで1996年にサービスを開始。 出身校、卒業年ごとに、お互いの実名や居住地などが分かり、サイト経由でメールが出せたりするため、同窓生を探したり、母校の同窓会情報を入手する手段として人気を呼んでいたようです。



登録には、住所、氏名、生年月日、出身校名、メールアドレスなどを入力することになっているために個人情報の流出といった不安も出ています。



90年代のITバブルの頃からでしょうか・・・ 世の中はすっかり電脳社会。 近年、人との出会い方、付き合い方までもがパソコンを通じてしか成り立たないということに、パソコン音痴のわだつみ判官は疑問を感じます。
わからん



手軽だけで、なんでもかんでもパソコンに頼る社会が続くと、実社会で人同士の絆づくりに影響が出るのでは? KYなどといいますが、あなたの周りで、人の気持ちを汲めない人が増えていませんか?



人脈も、人との絆も、信頼も、顔と顔を合わせて心でつくるもの。・・・ 判官はそう思います。



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最終更新日  2009年05月31日 13時31分13秒
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2009年04月09日


宵桜 朧月夜に呑む酒の 月に桜に 杯の映え (わだつみ判官愚歌)




地元にある、貴船神社の分社の桜は見頃を少し過ぎた頃でした。 普段でも静かな境内ですが、夜ともなれば人の気配はなく、喧騒を離れて、一人で静かに酒を呑むにはよい場所です。 頭上には月、時折吹く温かい潮風にチラチラと舞う花びらが杯に降り注ぐなど、快いサプライズ。さくら 夜更けまで、心地よい花見の酒を味わいました。日本酒



大河ドラマの「天地人」が人気だそうです。 勇将として乱世に名を馳せ、天正5年(1577)には手取川で織田軍を打ち破るなど、戦(いくさ)上手の謙信公でしたが、合戦の逸話よりも、なぜか私がいつも思い出すのは次の歌。




四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一杯の酒 (不識院 兼信)



そして、越後でもう一つ思い出すのは上善如水。スマイル 歴史を愛しみ、酒を楽しみ、政虎や影虎を偲ぶのもイイですが、花見で"大虎"になるのだけはよしましょう。(笑)



  









最終更新日  2009年04月09日 11時59分35秒
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2009年03月09日


自尊心をまったく持たない人はいないと思います。 どんな境遇にあっても、どんな環境に暮らしても、善悪や何かの物差しで自分なりの価値観を持ち、その価値観に基づいてそれなりに自尊心を持ちます。 また、自尊心があるから、他人に自尊心があることも理解でき、ある程度尊重することもできるとも考えられます。



けれども、自分の価値観は他人とは異なり、あくまで自分だけのもので、それ故、ときに自分の価値観を押し付けてしまうことが、無意識に他人の自尊心を傷つけることになり、結果的に隅に追いやってしまったりもします。 大半の人間関係の不具合はそんなところが原因ではないでしょうか。 国同士の紛争も、つきつめれば互いの価値観への不理解がもたらす結果です。



自分の価値観で他人を判断し、責めることは簡単です。 でも、それは単に自分の物差しで主観的にしたことで、普遍的真理ではありません。 そんな過ちを、幾度となく繰り返しているのが人間であり、そんな人間の存在は、他の野生動物から見れば酷く愚かで迷惑ですね。 それでも、もし自分に自尊心がまったくなかったら、やはり他人を理解する物差しがなく、人間関係を築くことすらできないかも知れません。ひらめき 難しいのはそこですね。しょんぼり



私自身、自分の価値観で過ちを犯していると結構感じることがあり、また同時に被害者でもあります。 つまらない自尊心は捨てようとも思います。 でもそれが、つまらないという確証もなく、人間は自尊心を持ち続けてしまいます。 だからこそ、せめて自分の価値観は、客観的に正しいかどうかを世の中と比較したり天秤にかけたりして、偏ったり、錆びついたりしないように磨いておく必要があります。




人に接するのは本当に難しいものですね。 最近、自尊心が傷ついて気持ちが荒んでしまうことがよくあります。 本当に疲れきって眠れなくなります。 でも、そんなときは、相手の自尊心も傷つけてしまっているのでしょうね。 その点は大いに反省です・・・しょんぼり









最終更新日  2009年03月09日 12時25分12秒
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