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カテゴリ:萩周辺
![]() 吉田松陰先生を祭神とする神社で、明治23年(1890)に松陰先生の実家杉家の邸宅内に土蔵造りの小祠を建て、その中に祭神生前愛用の赤間硯を御霊代として祀ったのを始まりとする。明治40年に萩城内にあった毛利家守護神宮崎八幡の拝殿を移築して本殿とし、同時に県社に列した。北隣にある摂社松門神社は、松陰神社創建当時の土蔵造りの本殿であり、松下村塾出身の松陰門下生を祀っている。境内には国指定史跡の松下村塾、吉田松陰幽囚の旧宅、また処刑直前に書かれた遺書留魂録などが展示してある吉田松陰遺墨展示館などがある。 吉田松陰(よしだしょういん、1830~1859) 天保元年8月4日(1830年9月20日)、長門国萩松本村(現・山口県萩市椿東椎原)に家禄26石の萩藩士杉百合之助、瀧の次男として生まれる。山鹿流兵学師範であった吉田家の養子となる。藩校明倫館を経て、諸国を遊学。佐久間象山のもとで砲術と蘭学を学ぶ。安政元年(1854)海外密航を企て、下田港のアメリカ軍艦ポーハタン号に乗り込もうとしたが、拒絶され投獄。のち萩の野山獄に移されるが、翌年免獄となり実家杉家に幽閉の身となる。その間松下村塾を開き、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋ら約80人の門人を集め、幕末から明治にかけて活躍した人材育成の場となった。安政6年(1859)、安政の大獄により江戸で刑死した。 白木屋グランドホテルから車で45分の松陰神社を御覧に是非お越し下さいませ。
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最終更新日
2010.05.12 00:44:29
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