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空想俳人日記手塚治虫作品限定版

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【緊急告知】短編小説集「十万百秒物語」先行予約販売開始

先行予約発売開始現在、先行予約受付中！５月１３日までにご注文の方に限り送料無料で発売前の５月２３日に発送。ご予約はＷＥＢ・メール・ＦＡＸで。詳しくはこちら。ＷＥＢからの申し込みは十万百秒物語《上巻》十万百秒物語《下巻》ＦＡＸなどでの予約申し込み用紙はchirashi.pdf《十万百秒物語》を出版した理由　拙者文芸サイト《空想戯画読本》が、インフォシークさんの無料ＨＰサービス《iswebライト》のサービス提供終了（2010年10月31日）に伴い、閲覧できなくなりました。この《十万百秒物語》シリーズも、それまで、そのサイトでバックナンバーを読むことができたのですが、それも叶わなくなった記念に、《あとがき》を書いていただいたまるみんさんからの助言も受け、このたび《十万百秒物語》を出版することを決意いたしました。　書き始めたのは、初めてＨＰを開設した頃だから、１９９８年ではなかったでしょうか。そして、サイトを放りっぱなしにしたのは、２００６年。つまり、１９９８年から２００５年までの約７年間ほど掛けて書いた短編シリーズということになります。その間の作品数は８３編。ただ、出版にあたり、最後の《其の八十四》は新たに書き下ろしました。　短い作品ばかりと思っていたので一冊にまとまるかな、そう思っていたのですが、結局は２冊になってしまいました。しかも改ページもせずにぎゅうぎゅうに詰め込んだのですが、それでも一冊あたり３００ページを越えてしまいました。普通なら２００ページまでなのでしょうが。　なにはともあれ、こうして出版に漕ぎつけてしまったわけなのですから、出来る限り多くの方に読んでいただけると嬉しいな、なあんて思っております。　また、十万百秒物語は其の八十四で終わっていますが、読まれた方の筆が、各々の十万百秒物語を書いていただけるようになれば、もっと面白いのじゃないのかな、ブログなどで、《私の十万百秒物語》なんてサイトができても面白いのじゃないかな、そう勝手に思い込んでおります。　では、十万百秒物語が十万百編になることを願って。志?

2011年04月24日

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手塚治虫「どついたれ」

どついたれ　銭の世の中　銭だけの奴は　何が残念って、この作品も未完成なのであります。しかも、彼自身が高塚という名で登場する戦争直後のお話。　実は、このお話、描かれている戦争直後ではありませんが、ある事実が裏に潜んでいるんですね。ベルトのバックルを売る男、バックルに漫画のキャラクターを入れようとする男、葛城健二。実は、彼のモデルは「アップリカ葛西」の創業者、大阪で育児用品の卸を営んでいた一介の中小企業経営者、葛西健蔵氏なんですね。彼の父親が営んでいたチトセ家具のチェアーに「漫画の神様」の鉄腕アトムがキャラクターとして使われたんですね。　そんな彼と手塚氏との経緯もあり、手塚氏が経営していた会社の倒産劇の際に、負債者でもあるのに関わらず、手塚氏のために尽力を尽くしたのが葛西氏なんですね。そして、ここに登場する河内のトモやんも八尾のヒロやんも、葛西氏の友人がモデルなんです。　戦後の復興期を、たくましく生きてきた大阪商人の正義感が、のちに手塚治虫を救う事実。そんな二人の出会いで生まれたのが、この「どついたれ」なんですねえ。素敵な裏話があるわけですよ。だからでしょうか、ここに登場する人々、手塚氏を陰で支えた大阪商人の生きざまと友情が生々しく伝わってくるんでしょう。　もし、この作品を未完にせず書き続けていくことができたなら、今頃は真の商人（あきんど）のバイブルになっていたかもしれません。「世の中、銭や～！！」と叫ぶのはかまいません。実際に、そういう世の中になっていることも事実でしょう。でも、実はそう叫びながらも、その根底にある真実が真の商人（あきんど）としてて意義付けられたかもしれないのです。　今や、そんな根底にある真実もへったくれもなく、文字通り「世の中、銭や～！！」の言葉だけのビジネスライクな裏も奥底もない時代になっている気がすると、改めて残念でなりません。この作品が未完成であることが・・・。

2008年06月08日

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手塚治虫「ユフラテの樹」

呪われし　奢りの進化　霊長の　はたしてユフラテの樹の実はアダムとイブにおけるリンゴなんでしょうか。今回、再読して、そういえば本作品に対して我が「空想緑葉記」サイトにかつて感想を書いていたことを思い出しました。そこに書かれた拙文を以下、そのまま記述します。　　ここに登場するユフラテという樹の実は、興味深い。この実を食したものは超能力を持つ。そういえば、アダムとイブがリンゴの樹の実を食べてエデンの園を追われ、今の人間となる、その件を思い出してしまう。　　ある切っ掛けで、学生三人がこの実のおかげで超能力を手に入れるのだが、結果、世界制服の野望に使用するのだ。その超能力は、心の疚しささえなければ、自然界の仲間のためにも有効なはずなのに、あたかも人間は、人間の宿命のように、そうした下卑た野望に走る。社会人でもない少年少女もそうだ。（霊長類は、やはりあらゆる物を支配したがるのか）　　ここには支配の究極であり、最も身近な野望が描かれている。少年が授業中に先生に向けて「死んじまえ」と超能力を働かせるのだ。目の前の同じ人間に死を宣告する。　　命あるものが死ぬということへの鈍感さ、そして、必要ないものを簡単に抹殺する安直さ、これは、現代の若者の潮流だけではなく、この地球そのものを支配している（と思っている）野望ある者たちすべてに汚染されている感覚だ。話は飛躍するかもしれないが、日本の行き詰まった企業に、海外から采配を振るう経営者が到来する。これは、企業再生からすれば容易いのだ。人の感情を持ち合わせていれば到底できないことも、人を人と思わないですむので、簡単にあっさりとゴミのように扱う采配が揮えるのである。霊長類は、すべての生き物を仲間と思う前に、生き物の中で一番偉いと思う、そういう意識が潜在的にあるのだ。　　ユフラテの樹は、大人向けのマンガではない。手塚治虫が、少年少女向けに描いた漫画である。ここまで描かざるを得ない、そういう地球になっていることは、間違いない。こういう樹があるのなら、もっと生物全体にプラスになることがあるはずなのに、そういう願いをこめながら。　以上、改めてこちらも再読し、この作品に対する感想は今も変わらないことを認識しました。しかし、それとともに、この感想を書いたのは、ＦＴＰでサーバ内のファイルデータを調べると、このhtmlページ、２００２年のものだから、もう５年以上は経っています。その間、人の感情を持ち合わせていれば到底できないこともドンドン可能な社会に進化しているように思えます。「No More」の叫びがその進化を止めるのは、いつの日のことでしょうか。

2008年06月08日

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手塚治虫「大地の顔役バギ」

収穫期　熟し過ぎれば　腐敗かな　この表題作、未完成とは残念です。父と母を人間に殺され、人間に復讐の牙をとぐジャガーのバギ。射撃の腕を買われた麻理夫は懸賞をかけられたバギに対決を挑むお話。この対決関係が次第に不思議や不思議、理解しあうようになるのだけど、途中で終わっちゃってるので、ああ、ほんとうに残念無念です。結末が知りたいですね。　さて、表題作はこれくらいにして、ちょっと気を引いたのが、収録作のひとつ、「熟れた星」。老人が５０年前に助けた女性。それが、なんと神、らしい。彼女がお礼の代わりに内緒である秘密を教えてくれます。それは、なんと地球の生命は彼女らの撒いた種子だそうな。そして生命の進化を待ち「熟れた星」となった地球を刈り取る（生き物を根こそぎ剥がして持っていく）時期が近づいているという事実。いやあ、なあるほど、そうかもしれない、頷いてしまいます。火星や金星も今ではアバタ顔の荒廃した地だけれど、かつては熟れて美味しい部分を根こそぎ刈り取ったそうな。　ということで、老人が息子や孫達は、あえて刈り取られないように荒れた土地に移り住んだわけですが、いよいよ刈り取りの季節となりにしに、急遽のこと中止となります。それは、地球が熟れすぎて腐りかけているため。そうかあ、地球は、もうすでに腐っているのかあ、と感心させられました。最後のコマの絵が怖いですね。地球上の皆様。この警告にいい加減、耳を貸しませんか。　さてさて、それと「緑の果て」という収録作品はＳＦマガジンに「ＳＦファンシーフリー」の一作品として掲載されたものということですが、これ、想い起こすは、映画「惑星ソラリス」ですね。

2008年06月08日

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手塚治虫「夜よさよなら」

仙人の　掌頬張り　生くるかな　高田馬場大学で植物の分類学をやっておられるお茶の水氏曰わく、「サボテン類というのは植物界でもかなり高等な仲間」であり、「サボテンが超能力をもっていることをまじめに研究している人もおる」そうであり、「鎌倉に住む橋本博士はサボテンと電子装置を使って話し合うことさえ実験した」そうな。ほんとかどうか確かめるべく、鎌倉の橋本博士を訪ねるような野暮なことはしていませんが、そんなことで私にとってサボテンは、一層身近な存在となりました。　一層というのも、実は私、学生の頃、一部の人から仙人などと呼ばれておりまして、もともとは植物の名には全く疎いくせして、そんなことでサボテンというのを仙人掌と書くことを知ったわけです。仙人の手のひら。自分の両手を開いて眺めながら、ほくそ笑んでいたものです。ちなみに、私がジャンケンをするとき決まってパーを出すのは仙人の掌を見せびらかしたいのかもしれません。　さて、主人公のタブロが自損事故により瀕死の状況で救いの来ない時を過ごす「夜よさよなら」。そこにテレパシーで彼を励ますサボテンが登場します。こういう時って、性別はたいてい異性ですね。で、彼女、つまりサボテンは、夜にしか話しかけないので、名前をノーチェスと名付けられます。それからは共にする日々、そして父親の転勤でメキシコから日本に移住するタブロを追い求める旅。　タブロは再会も束の間、サボテンが腰を落ち着ける土が再開発でほじくり返され、彼女と余儀なく別れる羽目に。だから、アディオス・ノーチェス。だから、夜よさよなら。　でも、この惜別、心の中からは永久に消えないもの、彼の生きる支えとしてあり続けるんでしょうね。私は、そんな仙人掌のひとかけらであることもできるのだろうか、と改めて自らの手をまじまじと眺める今日この頃です。　併載の「1985への出発」におけるカズオとキミコとテツが四十年後の自分たちと出会った結果、ともにいてはならないと決意し元の時代へ戻って惜別するのも、込められたものは似ています。自分には能わずという点も含め。　また併載「やまかし」は宮沢賢治ワールドを上段に、解説風な物語を下段に組んだ、ユニークな作品に仕上がっています。

2008年06月08日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の17

なつかしさ　読み手を愛する　人の子よ　手塚作品で何度も何度も再読するものと言えば、間違いなく「火の鳥」でしょう。宮崎アニメの「天空の城ラピュタを何度でも鑑賞するように。　本作品集には、その火の鳥が登場する一編が収められています。二百歳になるヒイヒイヒイおじいさんが出てくる「不死鳥」というタイトルの作品です。ブラックジャックは、「迷信」とか「うそ」とか「ばかばかしい」とか「バカ話」とか突き放そうとしますが、一杯食うことになります。結局、二百歳の老人の長生きは、火の鳥の生き血を飲んだせいではなく、血を飲んで死なないようになりたいという気力のためであることが分かります。もとの「火の鳥」熱中派からすれば少々がっかりですね。　ブラックジャックも、「不死鳥か！そんなもんはこの世にいるはずないんだ」と再度突き放しますが、でも「たとえかりにいたとしたって…おれはいらん」として、火の鳥の存在を完全否定せずに、火の鳥を懐かしむ読者に望みを繋いでいます。　巻末で漫画家の里中満智子さんが手塚作品の「なつかしさ」に触れ、作品全体のリズム、歯切れのよいストーリー展開をあげてらっしゃいます。確かにそれもあります。しかし、それ以上に、どんなに多岐多彩な作品を産んでも、一見相反する作品に見えるものでも、究極は読者ファンを裏切ってはいません。むしろ、サービス旺盛なくらいに大切になさっています。それが、あたかも共に生きてきた旧友のごとき「なつかしさ」に繋がっているのではないでしょうか。　別の作品、タイトルは「金！金！金！」をご覧ください。あのアトムの生みの親である天馬博士が関東地区医師連盟の理事長に立候補する天馬先生を演じています。そして、その娘さんのカスミは、なんとウランちゃん。そして、天馬先生のこんな台詞が飛び出します。「そんなわがままな子はパパの子ではない！！　帰りなさいウラン！！　ウランじゃないカスミ！！」　思わず、演じられる役柄名でなく演技している役者名の「ウラン」が口をついて出ました。あわてて「カスミ」と取り繕う天馬先生。いやはや、これもサービス精神ではないでしょうか。さすがにウラン演じるカスミの口から「でも、パパがほしいの　ママがいないから。ねえ天馬博士、アトムにいちゃんもいないし」なあんて脱線はありませんが。　手塚氏は、絶えず読者を楽しませようという気持ちが人一倍強い人だったと思います。単に漫画の神様として君臨しながらも、ふんぞり返らず、むしろ、ファンから嫌われることをもっとも恐れた人ではなかったでしょうか。神様は、人一倍、人間臭い人だったし、人一倍、読者がいつまでも手塚ファンであり続けてくれることを意識し続けた、さびしんぼうさんだった、そう思えて仕方ありません。　ちなみに「金！金！金！」、「不死鳥」、「おとずれた思い出」の３話は、少年チャンピオン・コミックスにも、講談社の手塚治虫漫画全集にも収録されていない作品です。

2008年06月08日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の16

マトモという　当たり前なき　社会かな　またブラックジャックが叫んでいます。「マトモな医者ならなぜあたりまえのことができねエんだ」と。これは「腫瘍狩り」という作品の一場面。相手は大学病院の外科医長。自らのミスに対し、名誉だとか、新聞ネタは恥曝しだとか、吊しあげに、目の前のブラックと違ってマトモな神経だから耐えられない、などというくだりです。　マトモなら当たり前のことができるはず。なのにブラックにとって外科医長も含め世の中は、当たり前なことができない。あさってにおいてしまっている。そんなマトモとは何ものぞ、そう言いたいのでしょう。当たり前のこともできないマトモな世の中。　おそらく巻末で映画監督の堤幸彦さんが自分のことを述べてられることも、こうしたことに繋がるのではないでしょうか。「あいかわらず『人間』をダイレクトに主題にしたものは苦手で照れくさく、避けて通りたかった」という彼。そんな彼にTBSがオーダーしたのは「ブラックジャック」実写版。ちょうど「ケイゾク」の頃ではなかったでしょうか。そして「人間」と向き合い「歴史」と向き合い「自分自身」と向き合うことになった彼。以降、彼は素敵な作品をディレクションしていますね。　ところで、本作品集には当時の連載作品のページ数からすると割と長尺の作品が収められています。「過ぎさりし一瞬」。一回読み切りでなく何回かに渡って連載されたのか、それとも特別企画でどこかに掲載されたのか、初出調べていないので詳しくは分かりませが、ブラックジャックの幼少の頃の孤独とは異なる外科医としての孤独が描かれています。有り得ない患者の異国の地の記憶を紐解くうちに辿り着く同じ志の同朋。内乱の戦況の中、抵抗組織に加わった神父。そして、もとは医大の出、先の患者が赤ん坊の時に行った完璧な手術。そのオペはまさに芸術家の技。　ブラックジャックはそんな朋友の技を求めて彼と出逢うのですが、気づくんですね、朋友の指は既にオペが不可能な状態に。　ピノコが、手術のうまいお友達を探している、というようなことを仄めかしていますが、ブラックジャックは明らかに、またここでもマトモな人間の、当たり前どころか不埒極まりない無神経な行為による犠牲者を見るわけです。そして、当たり前のことをしようとする人間を抹殺していくマトモな社会。このマトモな社会とどう向き合って生きていけばいいのか、に直面しています。そうした孤独は、マトモな人には理解できない。はたして、そんなマトモってなんでしょう。　図らずしも、映画監督の堤さんなら、ブラックジャック作品を経て十分に理解できてるんだろな、思います。その後の素晴らしい映画作品（「明日の記憶」や「包帯クラブ」「自虐の詩」など）を観させていただいている私には、しみしみと伝わってきています。そして、私自身も、そんな孤独の悲しみに共感するとともに、悲しみから生まれる優しさを共有せざるを得ません。

2008年03月08日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の15

至高の業　その背後には　ミューズあり　突然ですが、私の好きな手塚治虫作品に「ばるぼら」というミューズなる存在を描いたお話があります。その作品の感想は以前このブログにも書きました（手塚治虫「ばるぼら」）ので、よろしければ、そのページ、ご参照くださいませ。　何故そのような書き出しをしたかと言いますれば、その芸術家に付きまとうミューズ、バルボラあるいは時にはドルメンが、このブラック・ジャックに登場していたとは、と、今回の再読で気がついた次第なのです。「コレラさわぎ」というタイトルの作品の中です。脈なし病とかいう原因不明の病気の患者として登場します。　登場といっても名無しです。キャラも際立ったものではありません。他の作品での過去の手塚キャラクターによるスターシステムからすれば、バルボラとかドルメンのキャラが登場と言い切るには、少々弱いでしょうか。　でも、先生不在という状況で、彼女に対しピノコが孤軍奮闘します。お薬まで調合しちゃいます。で、結局、駆けつけた先生ことブラックジャックがめでたくオペをするのですが。さて、ピノコ処方の薬は・・・。その患者には至らず、な、なんと喉が渇いていたのでしょうか、ブラックジャックがジュースと間違えて飲み干してしまいます。　さあさあ、お立会い。コレラならぬ下痢のブラックジャックの面白きかな、げっそり顔がコミカルに見られます。なかなか、こんなお顔、見させていただくことはありません。　それはともかく、このバルボラ似の患者。彼女のおかげで、私はピノコがミューズであることを確信してしまったのでありました。ピノコが名わき役であることは登場回数も含め周知の事実ではあります。が、手術を芸術的局地まで高めて成し遂げるブラックジャックの、まさにミューズなんですよ。間違いありませんよ、アッチョンブリケ。

2008年03月07日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の14

病など　人であれば　生まれつき　ブラック・ジャックは外科医です。精神科医ではありません。そのことは「鯨にのまれた男」の中でも、記憶喪失を治せないのかの問いに彼は「私は外科医でね」「精神科は専門外なんだ」と断言しています。　と言いながら、「小さな悪魔」で、胞状奇胎の母親を手術するブラックに息子が敵意を抱き、手術前に睡眠薬を飲ませ敵を討とうとします。その息子がやらかした行為をピノコに「小さいときには男の子なら母親を女の子なら父親を愛するもんだ」とエディプス・コンプレックスを紐解きます。まあ、これくらいは、何も精神科医でなくとも一般人でも知っていることかもしれませんが。　ちなみに、この作品で手術中に眠りこけてしまうブラックを救うのはピノコ。彼女はカラシをひとびん全部食べさせますね。その直後のブラックの効き目が凄いですね。いつもの真剣そのものの手術行為からは信じられない壮絶な術式。気になる方は本屋さんで立ち読みしてください。いえ、買って読んでください。　そんなわけで、外科医としてビジネスライクに割り切ろうとしながらも、お節介に主人公たちの心や人生観に立ち入ってしまうのですね。それは、当然のことながら、ブラックの心の中に手塚氏の魂そのものが吹き込まれているからにほかなりません。　もう一つ、ユニークな作品をご紹介しましょう。「Ｂ・Ｊそっくり」という作品。同業者でブラックの影法師のような黒松という名の、金の亡者で吸血鬼医者。演ずるは、あのドン・ドラキュラ。あはは。　ブラックの台詞に「おれは初めておれの姿を他人の目で眺めることができた」という件があります。他人に自分がどう映っているか。これなんぞは心理学的暴露と言えましょう。そう暴露ドラマを演じさせながら、さらに影法師であるドン・ドラキュラとは違うぞ、そんな否応なしではない、意識的な側面も見せます。これこそ、心理学的境地に追い込まれたブラックの本音暴露ですね。ここまでもブラックに苦悩の葛藤を演じさせた手塚氏は、類い希な監督さんでもあると思います。　ところで、そういう話で影法師としての役に引きずり出されたドラキュラ伯爵はぼやいているかもしれませんね。「ワシだって作者から魂を吹き込まれてるんだ。たまたまブラックとの対比がために出演を承諾したけど、彼と同様に、いやいや彼なんか以上に、わしは人情味溢れとるんよ」と。分かってますってば。全然大丈夫。

2008年03月06日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の13

空き部屋に　温もりもたらす　外科医かな　巻末で作家の宮部みゆきさんが面白いことを述べてられてます。「人生の一時期、…人は誰でも、心のなかにひとりの詩人を居候させています」。　なるほど。と、思い当たる節がある方は多いと思います。でも、いつの間にか居候は出て行ってしまい消息をたつんですね。で、そんな大人の心の空き部屋をブラック・ジャックとどう結びつけるかというと、そんな空き部屋があることを気づかせるだけなら多くの優秀な作家がいるけれど、手塚治虫が凄いのは、そればかりか「そういう空き部屋があるからこそ理解することができる、慰められたり温められたりすることのできる部分をも、同時に内包している作品を創りあげたから」という。　うまいこと言いますね。でも、ちょっと揚げ足とれば、空き部屋がないと理解できない部分もある！　でも、これ分かってての宮部さんの発言かも。実際、居候などいなかった、という人もいるのでしょうし。　私なんか居候がいっぱいいて、みんなで無理難題ふっかけてきたものです。でも今思えば素敵な難題。そんな居候がいなくなってからの無理難題はちっとも素敵じゃない。理不尽な問題は社会風吹かした正義。ああ、ブラック・ジャックも同じですね。あっそうか、この理不尽な無理難題に、ワザと彼らの至上価値である市場の金銭でもって逆手に取るのは。　少しテクストに触れましょうか。たまたまでしょうが、スポーツに類い希な力を見せる主人公が登場しますね。詩人ではありませんが、それに夢と希望を託します。水泳の有田が主人公の「水とあくたれ」、体操のイッチンが主人公の「海賊の腕」、野球の堀切が主人公の「後遺症」、同じく野球でまさかのガキデカが主人公の「本間血腫」、競馬騎手を志す菊地くんが主人公の「家出を拾った日」。そして手術のいかんに拘わらず、競馬騎手の夢以外は悉く敗れ去ります。　心に出来た空虚、その空き部屋を忘れられない連中ばかりです。でも、その結末はいろいろあれど、きちんと慰められたり温められたりする展開を創造されてます。特に「海賊の腕」は秀逸ですね。もう一つの夢とともに、その過程でもっと大切なものに気づかせてくれます。　さて、別なる作品、スポーツものではありませんが、シラノ・ド・ベルジュラックを想起させる作品があります。題名も「気が弱いシラノ」。白野さんという青年が登場、彼の顔を整形手する話。ですが、ネタバレですけど、手術などせずに包帯ぐるぐる巻きにするんですね。外科医のはずのブラック・ジャックの本領発揮？です。　ほら、ここでも、ぽっかり空っぽになった心の空き部屋に温かいものが注がれます。

2008年03月05日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の12

病もち　人の世ありなん　食べ放題　ブラック・ジャックを読んでいると、様々な病名に出くわします。ここでは、小頭症、植物人間、白皮症、ウィルス腫、嵌頓ヘルニア、悪液質、子宮外妊娠と無頭児、縦隔腫瘍、心筋梗塞、縦隔気胸・・・。外科医としてのブラック・ジャックは、果敢に立ち向かいます。外科医として。　しかし、「密室の少年」という作品ではどうでしょう。彼は患者である少年をPKと見定めます。ペナルティ・キックじゃないですよ。サイコキネシス (Psychokinesis)のことですね。　とにかく、外科医の対象外の少年に立ち向かう彼が素晴らしい。少年の母親さえ息子のことが分かっちゃねえ、こういう親って、この作品が描かかれた当時よりも今の方が多いんじゃないでしょうかねえ。　ブラック・ジャックは心理学者でもなければ精神科医でもありません。ただ外科手術を少年に促すために心を開かせ、自らの体験を生かして心を共有するんですね。　無免許医という社会の枠組みから外れ、しかも心の病を治す先生としての資格もありません。でも、この作品で明らかに真の「先生」と呼ばれる人物に相応しい人間像であることが分かります。彼が無免許でありながら様々な病と格闘するのは、免許とかレッテルで生きている、ここでのT大の心霊超科学研究室の物野毛先生みたいな人たちとは違う、それが自らの人生を生きること、そのものなんでしょう。だから先を生きているお手本、真の「先生」なんですね。

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の11

集大成　アイデンティティを　総動員　前回の「其の10」でも書いた通り、ブラック・ジャック作品には、手塚氏自身も含め、手塚作品ファンにはやたら懐かしいキャラクターが登場します。　手塚氏自身でいえば、ここでも「けいれん」という作品に。ブラック・ジャックのトラウマによる或る手術に限った「けいれん」。それを真っ先に気を留めるのは、手塚氏キャラの医師。それでも叶わず、用意された次なる医師キャラは、あのビッグＸ登場の花丸博士です。　さらにブラック・ジャックの少年時代に不可欠な本間先生。この人は、「火の鳥」で重要な役の猿田博士ですね。これまでの手塚作品のキャラクターがスターシステムに乗って様々な役を与えられ活躍します。アセチレン・ランプやスカンク草井などは、名脇役であちこちに登場します。　そういえば、「火の山」、別作品で昭和新山を描いた作品がありましたね。ここではその名の通り「昭和新山」。あのお茶の水博士が登場します。でもアトムでの役割ではありません。　また、ヒゲオヤジさんが登場する「とざされた記憶」。ここでは元来の役柄と異なった非常にシニカルなキャスティングです。　これら全てをスターシステムという手法的な面白さ、あるいは性格俳優としての名優的存在感、そういうふうな解釈に落ち着かせるのが無難でしょう。　しかし、それだけなのか、と、ふと疑問符を立てたくなる作品が登場します。それは、「人生という名のＳＬ」。ここでの何気ない会話に少し耳を澄ませながら、ゆるゆるとページを捲ってみませんか。どこかで会ったことがある車掌さん。ヒゲオヤジですね。この乗客であるブラック・ジャックとの会話を噛み締めて読むと「嗚呼そうかあ」って分かってきます。　そして、この片道だけの列車で、次々に懐かしい人と出逢います。如月先生。ドクター・キリコ。猿田彦でもある本間先生。八等身になったピノコ！　ちょっと微睡んだ間の夢。そんなブラック・ジャックの人生という片道列車の旅に私たちもお供しながら、そうした懐かしい案内人たちにエスコートしてもらっている、そうこうしているうちにアイデンティティが築かれる、そういう訳なんでしょうね。

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の10

トランプの　ジャックの裏に　手塚治虫　またぞろ巻末からの引用。映画監督の大森一樹氏が次のように語っておられます。「手塚治虫とブラック・ジャックは、実は一枚のカードの裏と表ではなかっただろうか？」。　おそらく監督自身がブラック・ジャック体験をした時期というのが医学生であられた、ということからすれば、同じ医学の道を歩みながら、手塚氏は漫画家、大森氏は映画監督、お二人とも医者にならなかった、という共通点をブラック・ジャックという媒介でより強固な結びつきを捏造したくなったのではないでしょうか。　となれば、さらに下衆の勘繰りがしたくなるというもの。今回のテクストには黒男と父親との逸話が２作品あります。「選ばれたマスク」と「骨肉」。実母を捨てて別の女に走った父親に対する、母への絶対的な愛おしみ故の憎しみと、それでも血と肉を我が身に受け継いだ父への恩恵。確かに、私は手塚氏自身の母への慕情を何かで知り得た経緯があります。そのあたり、大森監督にとって強固な結びつきにプラス要因となっているんでしょうか。すいません。揚げ足取る気はありませんので。　ところで、文字通り手塚治虫とブラック・ジャックは一枚のカードの裏と表という点では、あの名作「バンパイア」ほどではないにしろ、手塚氏自身のキャラクターが登場します。もちろん、スターシステムの醍醐味もブラック・ジャック作品の魅力。ここでも「お医者さんごっこ」という作品に登場してます。面白いのはフリの話なんですね。ようは嘘。偽ブラック・ジャックはかわいい。でも、そんな嘘が本当になる。して、それらの関係の梯をしている、ブラック・ジャックと仲良く連絡取り合っているのは、なんと医師を演じる手塚氏なんですね。本物登場の横に手塚先生がにこやかにいらっしゃる。　やっぱり大森監督曰わくの「手塚治虫とブラック・ジャックは一枚のカードの裏と表」は正解かも知れないですよ。さて、大森監督、ブラック・ジャック作品のどれかを映画作品にしませんか。この「お医者さんごっこ」なんかは、いかがですか。

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の９

降りしきる　雨の景色の　恋しきる　巻末の小池真理子さんの言い得て妙。「手塚作品には、そこらの小説家がひっくり返ったって書けないような見事な作品が多々あるが」と。例えば「奇子」なんかは小説で発表すれば泉鏡花賞あたりを受賞していたに違いないと言い切ります。私も、そう思います。　それどころか、小説家以上に映画監督であり、その脚本家であり、撮影編集の力量を備えた逸人です。もともとディズニーに感化され、日本のアニメーターの第一人者であることは数々の実験的アニメで周知の通りですが、たとえ彼のアニメ世界に詳しくなくとも、彼の漫画の構成力に気づけば、違いは分かるというもの。　ここでは、そんな彼の映像美学というか、短編マンガの中にも絶妙な映像美を意識したラストの余韻、そんな作品のポイントを取り上げてみたいと思います。　まず初めの「ある教師と生徒」の最後のコマ。同じ病室にベッドを並べる先生と生徒。この二人の今後を、このひとコマだからこそ、私たちに思い切り空想させますね。　親バカちゃんりん、息子への溺愛なる「ご意見無用」では、金の亡者のはずのブラックジャックが札束を投げつけます。そして、それで終えずに、その後の親バカの横顔が。それをじっくり見てください。　そして「二人三脚」。オヤジさんの骨を移植された息子の台詞「とうさんとおれとはこれから一生二人三脚なんだよ」。こののコトバの後の最後のひとコマ。涙をそそります。　そんなラストのひとコマの絵に対し、手塚氏が「いやあ、最後にひとコマ余ったから適当に描いたんだよ」なあんて言い逃れが聞こえてきますが、どうも、そうではないみたいです。例え余ったからだとしても・・・。　そんな中でも秀逸なるかな「白葉さま」。話の筋はここではあえて語りませんが、最後の雨が降りしきる景色のひとコマ、正直言ってなくても筋とすれば問題はないのです。でも、その直前の悲しみを止め処なく引きずらんがために、私たちにどうしようもない切なさの余韻をもたらさんとしているのは明らかです。この雨の景色を描くには、この場面の始まりが雨の日でなければなりません。その風景はあらかじめ用意されています。明らかに、ここでは意識されているということです。　そう、テーマだけでなく、構成の隅々の、特に読後感にも影響する余韻です。私は思います、優れた作品の多くは、私たちに描かれているだけの分量では終わらない、ずっと引きずる余韻が仕込まれているんだ、と。読み終わった後にまでも考えさせられる、あるいは、いろいろ想像させられる、後味が尾を引くとでも言いましょうか、そんな余韻を読者が楽しむべきラストを用意してくれている。それが手塚作品の醍醐味のひとつでもあります。　ひとつひとつ完結のページ数も少ない作品であるブラックジャックの一作品一作品が、私たちの人生と照らし合わせていつまでも雨が降りしきるかのごとく終わりのない感慨に耽ってしまうのは、こうした手塚氏の余韻に託した思い入れがある、これも重要な要素だということに気づかざるを得ません。

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の８

黒い目に　目くじら立てる　白い目よ　今回は、どうしても集中して言及したい気持ちになってしまった１作品があります。すべてのブラックジャック作品はここに通じるとか、ブラックジャック作品出演者オンパレードとか、なんてものならいいのですが、そうではありません。　しかし、この作品におけるブラックジャックの苦渋は何度も読み返して忘れてはならない、そう思ったんです。それは「白い目」という作品。　冒頭から延々とブラックジャックに対する非難の言葉の集中放火。勿論、全編に渡って、そうした傾向はあちこちで見られるはしますが。しかし、ここまで手術の中で、連なるコマごとに逐一発せられるとは！　なにはともあれ、列挙してみたいと思います。ほぼすべてが立派な病院の偉いお医者さん、酒鬼原先生のお言葉。「まことに残念じゃ」「この名だたる日本総合病院が全力をあげてもこの奇病をなおせず無名のしかも医師免許もない男の手にまかせるなんて」「外科医長としてのわしの生涯の名おれだ」「最高権威を誇る大病院もモグリの医者もおんなじ値打ちだというわけか」「なんという時代だ」「オペというものはひとりで何もかもやろうというのは無理だよ」「協調精神が第一だワンマンじゃいかん」「これは指にトゲがささったといった程度の手術ではないんだよ」「酒鬼原先生になんて口のききかただ」と、これだけは先生の助手。「好きなようにしたまえ　きみの患者だよ」「成功すればよし　失敗しても病院の責任ではなかろう」「オペは中止だ」「そんなことをしたら生き返るものもダメになってしまう」　そして、手術室にいる全員がみんなそっぽをむく。「はっきりいうがきみにはもう協力はできん」「患者はもう死んどるんだ」「きみは死体を手術しているんだぞ」「一刻も早くきみがこの無意味なオペをやめてくれるようにのぞむ」「きみはこのへやを出ろ」「出ていくんだ」「きみのしごとはおわった」「常識はずれだ」「もうむだじゃ」「やめよう　喜劇は終わった」「悪あがきはやめなさい」「死体の手術　終わりか」「かってな男め」　以上です。　もちろん、この合間合間にブラックジャックが遣り返す言葉もありますが、あえて割愛しました。とにかく、彼は最後の最後まで諦めなかったわけで、手術は成功したのです。　人工血管と取り替えた血管を持ち帰って原因を調べたブラックジャック。その資料を是非という病院に対し、資料などないと言います。そして最後のセリフ、資料を作らなかった理由。それを、私たち誰もが胸に手を当てて考えられるように、ワザと変えてみました。「モグリの仕事人が資料なんかつくったって役に立ちませんよ。こんなりっぱな企業では」

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の７

生きるって　いうことを　いつから問わない　これまで、ブラックジャックと言えば、体制側で甘い汁吸う人間を弾劾してきた、そう思わせる要素が強く感じられます。例えば、ここでも「ふたりのピノコ」の保健医。ブラックジャックを毛嫌いしながらも、彼自身が公害病を撒き散らす企業の手先だったとは。　そうした命に関わる仕事師を私利私欲でコントロールする権力者は吐いて捨てるほど登場します。しかし、かといって、底辺の働き蟻の全ての味方かと言えば、そうでもありません。　経営者側と反対側である、こき使われる苦肉の策でありながら、常套手段になってしまった徒党を組む中での量的パワーに物言わす、労働者たちのストライキ、そこに有産階級を非難できない無様さを私たちは見せつけられます。その作品は「曇りのち晴れ」。　そう、ヒエラルキの上層に対しての批判ばかりじゃないんですね。そうした社会の構造に対し、与えられた仕事を割り切ってこなすだけの人々の、自らが仕事から人間性を放棄する行動、それにも反発しているのですね。そういう人々は、今の社会では、パート・アルバイト、或いは派遣社員となんら変わらない、そう見られても致し方がない。　要は、立場が違えど同じ狭い価値観の中で無意味に争っているだけ。その線上にブラックジャックはいない、ということ。では、どこにいるのでしょうか。有産無産に、貧富、与える与えられるの社会、その中で対立はすれども違わぬ価値観。　そうではない価値観をブラックジャックのように、しっかりと持って生きること。賛成にしても反論にしても、いつのまにか人の意見に寄らば大樹の陰で見失いがちの現代だからこそ、私たち一人一人が自分自身の価値観を、日頃からちゃんと考えること。そうして生きていくことが大事なんでしょうね。

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の６

ルール違反　逆手に取る王　人道違反　無免許のドライバーというのはよくありますね。そういうのって、あってもいい、そういうことではないのでしょうけど、無免許の医師というのは実際、どうなんでしょう。　本当に、いるのかいないかは別にして、ここに、もしいれば、しかも相当の腕前だったら。もちろんブラックジャックのことなんですが、そんな仮説だからこそ、鋭く現実を突き刺すことのできる逸話がここにはあります。　ひとつは「獅子面病」。そしてもう一つは「報復」。いずれの作品も、ブラックジャックが無免許医師であることを明らかに逆撫でして、ダイレクトに彼のプライドの鼻をへしおらんかな、そういう作品です。そして、そんなブラックジャックの存在を、ルール違反の癖して放置されていることに、さも己がルールの番人であるかのごとく、裁かんとするのですね。　でも、その裁きの前に、条件とか猶予を与えます。もうそこで、その執行役のエゴは露出するんですね。　さて、もちろん、主人公はブラックジャック。それは当たり前。じゃなくて、彼の上に立って、彼を翻弄しようとする人間、それが真の主人公です。「獅子面病」の方は、彼に医師免許か逮捕かを試さんとする警部です。「報復」では、裏でマフィアとも繋がっているボッケリーニにも見えますが、とりあえずは、総理大臣よりも立場の強い医師連盟会長。　現実問題に実際、こんな警部や医師連盟会長がいるのかどうかは分かりません。しかし、仮説は、包み隠された現実に対し、説得力をもって訴えてきます。どちらも、その地位と立場を利用して、私利私欲と個人的自我をホンネに持って駆使せんとします。私たちは、容易に、彼らが実際に、この世に存在するかもしれない、そういう可能性の匂いを嗅ぎ取ります。　しかして、本当のところ、どちらの作品にも、真の主人公は別にいるんですね。私利私欲や自我、そう先に言いました。その具現化として、それは警部にとって彼の息子であり、医師連盟会長の場合も彼の息子なんですね。この父と子の関係は当たり前です。しかし、私たち庶民では、ありえるはずのない融通が、さも特権階級のように行使されようとするのですね。ブラックジャックに免許を与えることを自らの力として。　ここに、何故ブラックジャックというお話の大前提、彼が何故に無免許の医師という設定でなければならないのか、それが見えてきます。免許制度というルールが世の中になければ、世の中は無法地帯、ですね。ですので、否定するわけには行きません。しかし、そのルールを一生懸命守らなければならない多くに人間の前に、ルールを私物化して正義面しながら無情にも叩きつける、「獅子面病」の警部や「報復」の医師連盟会長が存在することは確かなのですね。そして、さらに、私たちは来るべき未来に備えて、せめて我が子だけは、優秀かつエリートな存在に仕立て上げるべく難関の受験を突破させて、明日の警部や医師連盟会長になることを願うんですね。　いつまで、こういう世の中の仕組みを続けていくんでしょう。だから、その警告として、ブラックジャックは無免許でなければならないのです。本質をしっかりと心の中に持ちながらも、本質だけでは生きていけない、この現代社会に、ブラックジャックのような存在が例え仮説であっても、私たちに真実を見極める視野を与え続けてくれなければ、私たちは道を誤る、そんな弱い人間であることをひしひしと感じます。

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の５

医の王道　生き死に知らず　人見えず　　生死を左右させる医の道。ブラックジャックにとって、そうした生命の尊厳に関わる仕事への従事は、おそらく割り切った高額ビジネスとは裏腹の遠いところに、自らの生き様というか、自身の存在価値を胸に秘めているに違いありません。　ところが、ある人から、医の道はけっして王道ではなく脇道、みたいな事を言われます。それは、「作品「湯治場の二人」でのこと。この二人、まさに、その言葉を聞かされるのはブラックジャックと、作品群に何度か登場するハリ師の琵琶丸。そして、その言葉を吐くのは、二人にとって大切な道具、ブラックジャックのメス、そして琵琶丸のハリ、それを打ち直す刀鍛冶。言葉とは、自らの死期を悟って認めた遺書の言葉。「天地神明にさからうことなかれ　おごるべからず　生き死にはものの常也　医ノ道はよそにありと知るべし」。　琵琶丸と同じように、ブラックジャックにとっては同じ医の道でありながら、生かそうとするのでなく安らかに死なそうとする、安楽死請負人のドクター・キリコがいます。ここでは、キリコにとって、大いなる選択の物語が二つ。一つは自らの父親の生死に関わる「弁があった！」。そして、もうひとつは「99.9パーセントの水」、キリコ本人の生死です。　ブラックジャックにしても、彼との見解は違えども同じ医の道を歩む琵琶丸やドクター・キリコにしても、「医ノ道はよそにありと知るべし」と言われれば、釘を刺されたようなもの。しかし、よくよく考えれば、彼らと同じ穴の狢にはしたくはないけれども、いわゆる医学博士とか医者とか、さらには生命に関わることに従事している人々は、ある意味で、一般庶民が生命を預け、縋る思いも含めて頼りにしているからこそ、先生と称される重要な存在として崇められ、さらに国家においても厚生省を筆頭とした医療関係のお役所一大組織も、有象無象の肥大化した構造の産物とは分かっていても、ないがしろにできない、いたし方がなし、そういう諦念の判断があります。　この「生き死にはものの常也　医ノ道はよそにありと知るべし」の言葉の前に、多くのそうした人々は、ブラックジャック以上にうろたえるべきではないでしょうか。うろたえながら、ブラックジャック同様、「一生分からないかもしれない」としながらも、それが自分自身、生死に対して実直かつ真摯に生きているのであれば、絶えず葛藤なのでしょうね。　しかし、たまたま、この作品群の中でユニークな逸話が披露されているんです。珠算に長けた少年のお話。彼は手に障害があるゆえ、舌を使うのですね。明らかに、普通の人とは違う生涯の持ち主ですが、彼はブラックジャックのおかげで、普通の手をまさに手に入れちゃう。そう、けっして生死を彷徨うような、生命あってのモノダネでもありませんが。　でも、彼は医の道のおかげで、大会には普通の人と同じようなソロバンを弾くわけです。マスコミは、そういうことにすぐ反応し「世の中の障害者への励まし」などと言っていますが、ブラックジャック曰く、彼は「もう身体障害児じゃないんだ」とね。　そうなんですね。大会では、舌を使うのでなく手術のおかげで、普通に手を使ってソロバンを弾く。けれども、主人公、挿げ替えられた手では疲れきって最後まで争えません。そして立派な手がありながらも、頼みの綱の舌を使うのですよ。　そこでの同じ障害児への励ましは、ブラックジャックの医の道ではないんですね。「生き死にはものの常也　医ノ道はよそにありと知るべし」。そのものの回答をダイレクトにしているわけではないにしても、障害児への励ましは医の道とは別のところにあることは、このお話で十分理解できます。　手塚氏は、こういうことも伝えるモチーフとして、ブラックジャックを描き続けたんですね。どんな医者にも負けない素晴らしい腕を持ちながらも、こうしたことへの葛藤を絶えず持って生きている彼。ならば、彼以上ではない人間が「医ノ道はよそにありと知るべし」をもっと理解すべきであることは、とても当たり前なことではないかろうか、そう手塚氏は言っているようです。　私たちは、生命をもっとも学ぶことができるこの作品群においても、それ以上に「生き死にはものの常也　医ノ道はよそにありと知るべし」をより理解しなければならない、そういう思いに駆られてもよいのではないのでしょうか。

2008年03月02日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の４

人間は　パンのみじゃ　生きられない　　前回の「其の３」で、高村薫さんが巻末で述べておられることを軸に書きましたので、同じパターンを踏襲して、巻末の立川談志師匠の弁でいきまっしょい。と言うか、彼の手塚治虫崇拝は極めて私に似てます。特に、手塚作品で、多くの超大作や超人気作をうっちゃって、あの類い希なる掌品「雨降り小僧」をトップに挙げなされたのを、どこかの何かで知って、もう、この噺家は、伝統を重んじるばかりの似非モラリストじゃないな、どんな伝統的な芸術も始まりはアバンギャルドなものである、それを十分知っていなさりまする。　しかしながら、談志師匠、手塚氏からもお墨付きをもらっているとは。ここんとこが私と大きく違うところ。いやはや羨ましいし、他の連中から何言われようが、気にしない。いいなあ。私は手塚氏を知ってても、手塚氏は私のことを知らない。そこんところが談志師匠とは歴然と違います。故に、私は時に似非モラリストになるんですな。　人間ってなんでしょ。「人」という字にあるようにぃ～、などと似非モラリストは言います。胡散臭くても。しかし、例えば、と手塚氏は、刑事とスリ師の関係をあっさりと描いてしまいます。「山手線の哲」に、似非モラリストは「それはないだろう」「世の刑事に失礼じゃないか」なあんて言ったりします。しかし、作品はあっさりと共感を呼びます。有無を言わせません。　例えば「デカの心臓」での親子関係。「こんな不埒な親、おらんじゃろ～」とか、「いくら親が親でも、子が親を騙すとは」なあんてお声を上げる方は、もう身の程知らず。似非モラリストさんは理想ばかり掲げて、現実や真実をお知りになられなません。　そう言えば、昔は漫画が悪書とされてた時代がありました。「漫画ばかり読んでいないで勉強しなさい」という親。その槍玉に挙げられていた手塚氏。でも、私は彼の漫画で勉強しました。そう言えば、談志師匠も「生意気な奴」などと言われてましたね。でも、彼が生意気じゃなくなったら談志師匠じゃなくなってしまいます。　反感食らっても何のその。なんだ坂こんな道、そうやってアバンギャルドに生きる人は偉人なんですよ。何でも食って何でも創造しちゃう。ゲテモノも食って魑魅魍魎も創っちゃう、わけです。似非モラリストは、パンだけお食べになられて、他の食べ物を批判していればよろし、でしょうね。

2008年01月05日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の３

生きること　その真摯な矛盾の　奥深さかな　　大学時代に読み、今読み返すことが出来る、そう高村薫さんが巻末で書いておられます。「何か」がある、と。そう。再読するのは懐かしさなどという甘っちょろいものだけではないということです。それを「巷の童話やディズニーの世界にはない」とも書いておられます。　法外な金をふんだくるモグリの医師、確かにこの設定は巷の童話やディズニーの世界にはないかもしれません。童話の中には、恐怖を含んだものもありますが。　確かに金をふんだくるはずのブラックジャックではありますが、その視点で見ると、この文庫版第三巻は悉く儲け損ねているように思えます。「勘当息子」は、最も出来の悪い四男の息子が医者の卵になっておいた母のところへ戻る話。ここでは、還暦の祝いに戻ってくるはずの出来のいい長男・次男・三男が戻らずに、その勘当した四男が戻って母親の持病を治す、その助っ人をするブラックジャック、最後は「長居したって一文にもならん」とさっさと引き上げます。　コマドリの怪我を治した少年が病気であるために、コマドリがブラックジャックの家に拾ったお金を置いていく「コマドリと少年」。「いくら私ががめついといってもな・・・もうこれ以上はもらえない！！」と叫ぶブラックジャック。　手術料がラーメン一杯分に、「これで十分でさ」と言う「ある女の場合」。「私は盗んだ金はいらん」とコインロッカーベイビーを救おうとしたスケバンに金を突っ返す「赤ちゃんのバラード」。　中には、金はふんだくるが、医療ミスの口封じに一億円ふんだくる「キミのミスだ！」や、一億円を盗んだ銀行強盗と追いかける刑事の「奇妙な関係」での治療費一億円は、ブラックジャックの懐に入るものではありません。　こうしたことに、先の高村薫さんも述べてられますが、「三千万円かかるぞ」は、貧しい者にも発せられます（最後には取らないにしても）。発せられた相手は絶望に追いやられますね。実は、彼は自分のそんな罪深さを自覚しながらも、いい続ける彼の矛盾と葛藤、それは、心優しさを備えているだけに、自嘲は次第に真の冷たさを備えていかざるを得ません。自分に相対する自分を受け入れていくという恐怖、いわゆる二律背反と言われる真実を一人の男が抱える、その狭間の深い淵には、「人間存在の矛盾と闇」があります。　こうして高村さんのブラックジャックへの印象は、次のように締めくくられます。「世の腐敗と堕落にメス一本で立ち向かう非凡な英雄として創られたはずの主人公は、腐敗対正義のもっとも分かりやすい図式を背負いつつ、実はもっとも分かりにくい闇、すなわち自分という人間の深淵をじっと覗いている」と。　私も、ひょっとすると手塚氏が意図したことはもっと別なのかもしれないかな、そうは思いますが、まさにこの高村さんの言葉に痛く共感するとともに、私がブラックジャックを再読して改めて感じるものはこれなのだ、そう痛感する一人であるのです。

2008年01月05日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の２

邂逅の　一期一会に　人学び　　其の１で「どんな人間も一人ひとりが主人公である」と、毎回読み切りに登場する主人公たちの話をしましたね。そんなスタンスからと、いきますれば、例えば「おばあちゃん」。もちろん今は亡き甚大先生は甚大なるファクターであります。しかし、タイトルにある通り主人公は、おばあちゃん。おばあちゃんの人生の物語。そして、赤ん坊の時ニーマンピック病だった息子。ゴウツクばあちゃんの真の人生を知った時、おばあちゃんじゃなく、おかあさんって言いますね。　そんな物語の主人公、時に人間ではありません。ブラックジャックの初めての患者であり、心から信頼し気を許した海の動物、「シャチの詩」のトリトンです。　ブラックジャックの幼少時代、本間先生による孤児のクロオくんを救ったのは、皮膚の色の違う混血児のタカシくん。世の中に英雄がいるとすれば、ここでは本間丈太郎ではなく、タカシくん。万民に向けての正義感よりも、こういうことじゃないでしょうか。　もちろんブラックジャックと言えばピノコ、それくらい彼女は重要な存在だし、ここでは「誘拐」や「ハッスルピノコ」で大いに堪能できます。また「座頭医師」で登場するハリ師琵琶丸も、物語としてのブラックジャックの中で重要な任務を担います。　しかし、それ以上に「ストラディバリウス」のバイオリニストのモロゾフ氏みたいな人がいるから、ブラックジャックの物語は熱くて厚いんです。彼のコトバ。「自分が生きるためには大事なものはいつも身からはなさぬことですて・・・たとえば先生にとっては手術器具でしょうな・・・あれは先生・・・飛行機の中においてくるべきではなかった」。　ブラックジャックは様々な主人公から、時にはこのような教えがあり、学んでいきます。まさに人生は絶え間ない学習であるんですね。ある程度の地位と評価を得られると、それ甘んじ停滞します。でも、モロゾフ氏の一言の重さを痛感する彼は、さらに高い人間性を求めていくでしょう。だから、幾つになっても、いい大人になっても、ブラックジャックは考えさせられるのです。幾つになっても、この作品群を読み返し続けることで、どんな大人も奢り高ぶらず、学習し続けることができる人生が送れるのではないでしょうか。

2008年01月05日

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手塚治虫「ブラックジャック」其の１

感動を　現実社会に　移殖せん　　久しぶりの手塚作品再読。選んだ作品は「ブラックジャック」。多くの秀逸なテーマがあちこちに込められた短編が密集する珠玉の宝箱。　秋田文庫をテクストにしますが、第一巻は取り上げたい作品ばかりです（少年チャンピオン掲載順ではありませんので、掲載当初の作品という意味ではありません※）。　ブラックジャック登場の「医者はどこだ！」やピノキオならぬピノコ誕生秘話の「奇形脳種」は見逃せません。でも、それ以上に本間丈太郎、如月恵という存在は大きいんです。もちろん読み手の私にとって。だから、先のタイトル作品と同様、いや、むしろブラックジャックの生き様からすれば、それ以上に私にとって重要な「ときには真珠のように」と「めぐり会い」は、ブラックジャックという人物を全編通して咀嚼するベースになっているんです。　一つは「めぐり会い」でのブラックジャックらしからぬ、愛における「この一瞬が永遠」という台詞。他の作品ではほとんどありえないからこそ、逆に重くなります。ありえないのではなく、奥に潜んでいると言えばいいのでしょう。むしろ、こんなこと口を開くたびに言っている人間の多さと胡散臭さよ。寝ても覚めても、これしか言えない軽率なる自分を顧みて欲しいものです。　さらに、「ときには真珠のように」の本間先生の台詞。これこそ、ブラックジャックの作品全編で絶えず反芻すべき名台詞ですね。それ故に、本間先生のもとで、ブラックジャックがかつてリハビリのために歩いた行程をなぞるように歩く小児麻痺の子の「アリの足」も印象深いですね。　愛という観点でいけば、寿司職人の腕を復活させる「二つの愛」も、特にラストのシーンを忘れられません。　こうした感動が、何故に現実では希薄なんだろう、ふと時折感じます。ずっと思っていたけれど、世の中の指導的立場たる人物が、こうした感動で人の心が動くことを分かっていながら、自らにその感動させられる能力がないからではないでしょうか。かつてあった人も失ってしまっている。あるのは、あり続けるのは、感動を売り物にする経営手腕だけなんではないでしょうか。そして、如何せん、手塚氏はまさに逆のタイプだったようです。　さて、１話完結で連載が必須でもなければ、いつでも終わることの出来るはずだったブラックジャックは、思いも寄らぬかな、一大セールスの重要な担い手となります。しかし、忘れてならないのは、絶えずブラックジャックが登場しながらも、彼ばかりが主人公ではない、そこにはどんな人間も一人ひとりが主人公である、そんな多くの主人公たちに託された手塚氏の想いでしょう。その想いを見失わないように、再読を続けたいものです。　※ちなみに、秋田文庫版の収録順は少年チャンピオン掲載順とは一致しておりません。もちろん「医者はどこだ！」は第１話ですが、「奇形脳種」は１２話、「ときには真珠のように」は２９話、「めぐり会い」は５０話です。「二つの愛」は４９話で「アリの足」は５４話です。雑誌掲載順に収録されているのはチャンピオンコミックス新装版。　手塚先生はコミックスに収録する際、自分で作品を選り分け、修正もし、出来の良いものを最初と最後に配置するなどの編集作業もしていました。しかし、秋田文庫版は手塚先生の死後に出版されているので、ある意味では、その順序に手塚先生の意思が反映されていない、ということも言えるかもしれません。ただ再読にあたり、秋田文庫版が最も手軽に読めることと、かつて手塚治虫公認の作品群と言われるチャンピオンコミックス版を読んだ経験からすれば、ホラー紛いの登場をした当時の掲載順よりも、多少作品どうしの繋がりが切れている場合もありますが、一作品一作品を味わうことにおいては、それ程こだわることはないと思います。

2008年01月05日

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手塚治虫「ばるぼら」

寄り添うて　ミューズが十六夜　月のとも　　とにかく「ばるぼら」はええ。こっつうええ。どえりゃあええ。めちゃんこええ。ＡＢＣのええ。ええとこのＡ。A You Can Gain（エー・ユ・カ・ゲン）のえ～。　初めて読んだ時から好きやねんの「ばるぼら」です。彼女と出会った作家の美倉洋介が羨ましい。彼が彷徨い込んだ美術館の絵も好きやねんの作品です。ばるぼらと母のムネーモシュネーの、普通では壁でしかない秘密の入り口から彼らの棲家に入れば、オドロキの芸術作品がゴミのように散乱しているのも好きやねんのガラクタの集積。　私は、この作品、手塚氏のアダルト向けコミックの中でも類稀かつ唯一無比なる魅力を感じた一人であります。ヴェルレーヌの詩、西洋の哲学者や作家の名言、それに退廃的な芸術論。詩をつかさどる女神ミューズのような存在ばるぼら。　でも、惜しむらくは、その存在を定義付けんと、半ばからブービー教？　ちゃうか、ブードゥー教でしたっけ、呪術の世界へ終結させちゃった。ああ、ちょいと残念ですね。アダルト向けってことは大人向け。大人ってのは、曖昧なまま生きられない、俗物なる存在の多さよ。そんな期待に応えて、曖昧なままでよきかなのばるぼらやその周辺たちを、無愛想な呪術サークルの思想にカテゴライズして定義づけしちゃったんですね。キレイにハンコ押しちゃったんですね。「あ～あ、そう決めちゃィましたかあ」そんな溜息が漏れました。その後の展開そのものは支障なし、そう読み進めましたが、デーモニズムな世界と現実の似たりよったりかな。当初のミューズなる世界や幻想的なる現実の定義づけの困難さを、さっさとマイノリティなカテゴリーに片付けてしまったことに対する大人向けの安堵感に対し、「私はその世界じゃないもんねえ」と、引き込まれそうになりながらもバッサリ切り離して向こうに追いやることで自らを普通人として保たれた読者が多くいるかもしれないと思うと、余りにも主人公の美倉氏が向こうの人に仕舞い困れているようで、ちょっと可哀想にも思ったのでした。だって、彼は、決して、マイノリティな向こうの人ではない、普通の人と同じだって絶対に思っているのですから。　読者を安心させるよりも、この作品ではもっと読者を不安がらせて終わって欲しかったですねね。「あんたらも美倉と五十歩百歩だよ」というふうにね。それから、作中コメントでも出てくるカフカや安部公房作品を、会話の中の話のツマ程度に収め、封じ込めてしまったのも残念です。カフカや安部公房の理解者であるはずの手塚氏のはずでしょうに、ここでも余りにも幅広い読者層を気にして刺身のツマならぬ話のツマに終えたことで、ある意味、この作品が問題作、危うい作品になりきらずにすんだとも言えます。　ああ、おう、そういやあ、なんでか筒井康隆もどきのキャラが登場しますね。途中、美倉氏の呪術サークルの付き添い人として。筒井隆康？　恐らく、彼のことだから単純に「いいよ」なあんて許諾したんだと思うけど、そのとき彼がちょっとでも「そんなご都合主義的なまとめ方するなよ」と助言でもしていれば、作品の出来も変わっていたかもしれませんね。そう思うと、筒井よ、お前も悪い！　とにかく残念です。なんか、残念賞の話ばかりしていますね。でも、それでも、私はばるぼらが好きです。単なる呪術サークルメンバーなんかじゃない、やはり彼女は、政治や経済にうつつを抜かすようなバカどもには、そっぽを向く、いや、むしろ墓に唾を吐くばかりの態度。美と芸術を愛する者にとって救いの女神ですね。現代社会からは何も報酬を得ることのない芸術至上主義者の愛人（ラマン）なんですね。ばるぼら、万歳。

2007年10月09日

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手塚治虫「火の鳥～復活編～」

甦る　命の魂　何処に在り　　確か「鳳凰編」で書いたと思いますが、その「鳳凰編」と、今回の「復活編」が、私にとっては大袈裟にも人生を左右するといってもいい、二大巨編であります。「火の鳥」から受ける人生観が、我が人生の根源を揺るがしなされた、そう言っても過言ではありませんでしょう。　この「復活編」は文字通り、復活の物語です。その文字通りから行けば、主人公であるレオナの死から始まる物語。彼の一度目の再生があります。そして、再度の復活、彼はロボットでありながら心から愛したチヒロと合体することによって、二度目の再生を果たします。その名もロビタ。「未来編」を読まれている方ならば、直ぐに思い出すでしょう。猿田博士とともに荒廃した地球の地上で生き延びるロボットです。その「未来編」に繋がる断章も、この作品の後半には登場しますのでお楽しみ。　さて、レオナの二度の復活とともに、もうひとつの復活劇、レオナの二度目のチヒロとの合体の際に、自らの身体を明け渡す臓器密輸団の首領（ボス、名前がない、かわいそう）。彼女は、惚れたレオナの身体を借りて再生しますが、なんと拒否反応。ほとんど死ぬしかなかったレオナを最初に甦らせたニールセン博士と恐らく互角の医学的実力者でありながら、臓器密輸団に雇われに成り下がったドク・ウィークデー夢見る「１＋１＝１」理論では、拒否反応を克服したと言っています。それなのに、ボスのレオナの身体による拒否反応は、レオナとチヒロの融合の成功からすれば、生体的理由ではなく、愛情故、そう思えて仕方がありません。まさか、愛情と生体的拒絶反応が関係あるなんて、そう思いますが、それは、甦るべく命の中に、魂が何を願っているか、そういう仮説もありえるのではないか、手塚氏がそこまで考えたかは分かりませんが、私はありえると思っています。　物語の始めにちょっと戻ってもいいですか。というのも、なんでレオナは死んだのか。そして、再生と同時に、人間という物が、まさしく物、ごみくずみたいに見えるんですね。チヒロというごつごつしたロボットが美しい女性に見えるんですね。　単に、レオナが生体的にロボットに近づいた、だけではないでしょう。そのことが、後半で、彼が何故死んだのか、何故殺されかけたのか、そのあたりで分かります。そして、そのあたりだけに、この作品が「火の鳥」のシリーズであることを認めさせるように、火の鳥ご本人が登場します。つまり、火の鳥は、この作品では、厳密のいうと、主人公レオナが最初で死ぬ場面からすれば、ある意味、登場する必要はないのです。彼が死に追いやられた理由、そこでの、不老不死の血の火の鳥探し。そのために、日ごろ集まらない家族や親戚縁者の集まり。実は、再生と同時に、彼がロボット感覚の意識に変わっているのは、自らの身体の生体的理由ばかりではないことが分かります。　この物語、時間軸を戻りつ進めつの手塚氏ならでは私たちに再認識をさせる手法。それが一番生々しくも雄大に登場するのが、同じ記憶を増殖させて作られたたくさんのロビタたちの集団自殺のシーン。これは壮絶です。そして、ロビタを普通のロボットとは違うニュアンスで必要とする人間たち。人間たちが喪失しかけているものを、このロボットが持っていることを、時間の彷徨が絶えず思い起こさせてくれます。　レオナの記憶を持つロビタは、完璧なるロボットからすれば旧式でありながら、どこか人間くさく、子どもたちにも慕われます。そう、ある場面では、父親や母親よりも、子どもはロビタを慕って放射能がいっぱいのアイソトープ農園へ。　父親よりも母親よりもロビタを求めて。こんなシーンだけで、私たちは子どもの教育を考えさせられます。　チヒロは所詮ロボット。でも、人をごみくずにしか見えないレオナにとっては最も心が交し合える存在。ロボットでしかないチヒロにも何故に交し合える心が芽生えたのか。そんな関係と、シリーズ「火の鳥」の訴求テーマ。人間にとって、ロボットは道具でしかないはずなのに、その道具の延長に、人間として最も大切な愛が育むべきものまでも放棄してロボットに委ねてしまった、そう思えて仕方がありません。　ロビタがある意味でたとえ失敗も多く完璧ではない道具であっても家族同然の扱いの中で、なくてはならない存在に気づいた人々からすれば、自らの愛情の欠如ゆえに、子どもがロビタを求めて死に至った事件に対し、果たして、子どもの死を嘆くのに値する人間は何処にどれだけいましょう。　事件を事件と取り上げて、その本末転倒な愛の論理を逆なでするだけの人々もいます。そうした中、絶えず、ロビタという存在が愛し合いながらも実らせることのできなかった結果の一つの完璧なる愛の結晶だとすれば、ただ人間であることだけを優位とする人間の劣る姿を目の当たりにしますね。　ここまで来て「復活編」とは、ただ命が復活するだけではないことが分かりますね。人間が復活しなければならないのは、ロビタという愛の結晶が集団死をしなければならない状況を悟って、生きることって何かを顧みることなんですね。　例え命が永らえたとしても、何のために永らえるのか、ただ延命できればいいのか、そんなもの長寿でもない。主人公もちゃんと叫んでいますよね。その叫びをちゃんと受けとめることで、この「復活編」の醍醐味はひしひしと伝わってくると思います。

2007年09月21日

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手塚治虫「火の鳥～鳳凰編～」

空蝉の　輪廻転生　鈴の声　　確かに「火の鳥」は改めて始められた「黎明編」、そして、それを受け継ぎながら全体構想にも昇華させられた「未来編」が、シリーズを運命づけています。　しかし、そのシリーズの中で、最も「火の鳥」が手塚氏のライフワークとして自他共に決定づけることとなったのは、この「鳳凰編」と次なる「復活編」ではないでしょうか。「黎明」とか「未来」、その大きな過去と未来に対し、次なる「ヤマト」と「宇宙」は、また漠とした背景設定から来るシリーズ内タイトルです。でも、この「鳳凰」にしても「復活」にしても、そこに込められた主題への想いが強く感じられます。　さて、「復活」に関しては別の機会に譲るとしまして、この「鳳凰」は、明らかに火の鳥をモチーフとした中で、私たちに人々の想いの正体への紐解きがタイトルから為されているように思います。　二人の主人公、我王と茜丸。偶然なる出会い、そこでは悪人と善人というごく常識的な対峙がありますね。加害者と被害者、そう言ってもいいですね。そして、鳳凰に固執していく茜丸、鳳凰には無頓着なままの我王。夢を果てしなく追い求め伴侶となったブチにも自らの人生を語っていたはずの茜丸、人を果てしなく殺め伴侶となった速魚とともに生にしがみついていたはずの我王。　そう、各々の一時伴侶となった二人の女性。真の支えであるはずの彼女たちと火の鳥の存在。生きることの意味や輪廻転生とは何かという大きな課題の中で、我王も茜丸も苦悩する人生に、課題への回答ではなく、直面する苦悩への救いの存在として、私たちは「ひょっとすると・・・」と感じざるを得ません。まるで二人の男の真心が反映された役柄ですね。そうした意味でも、手塚氏が「火の鳥」を通して、私たちに最も多くのメッセージを残してくれたのが、この「鳳凰編」であり、次の「復活編」だと、私は信じてやみません。　ところで、ここでの我王、あらゆる時代であらゆる役割を演じている猿田一族。猿田一族の運命を最も感じさせる作品でもあります。人の命を粗末にしながらも我王が唯一救った命、速魚は、手塚氏にとってはゼフィルスなんではないでしょうか。　それにしても、男たちよ。何故に、そうも周りに振り回される。最愛の速魚の想いも無視して盗人集団の手下に惑わされ、さらには宗教と政治の合体を朝廷のために目論んだお師匠さんに翻弄される我王。そして、茜丸は、自らの彫り師の実力を朝廷の権力者に委ねます。自らの生きる生涯を語った伴侶よりも、そうした立ち代る権力者に迎合する人生へと堕ちていきます。　我王と茜丸、再びの出会い。そこには、始めの悪人と善人という関係、加害者と被害者という関係とはまったく異なった、二人の関わりが浮かび上がります。ある見方をすれば逆転の人生。しかし、そう簡単に二人の関係は片付けられませんね。何故なら、そこには、そうした単純な○×方式の定義ではすまないものがあるからです。そこには加害と被害だけでは片付けられない善悪の彼岸があるからです。　かといって、手塚氏は、おそらく自らへの自問自答も含めて、私たちに、我王の人生と茜丸の人生、どちらを選びたい、そう突きつけてきます。生きながらえるのは我王。生まれたときから片腕や片目を失いながら、さらにもう片方の腕を失います。それに対し、我王のせいで、利き腕の神経をやられながらも、それ以外は五体満足で生きてきた茜丸。しかし、権力の象徴の焼失事件の際に、一切の身を焼き焦がしてしまいます。焼かれた彼の身の粉を火の鳥が掬いあげます。そして、物語の最後、ずっと出会うことのなかった出会い、事の顛末が終わったあとに、茜丸の伴侶だったブチが我王と出会います。愛する男の弔いのために、僧侶である我王へ・・・。　さまざまな出会いは繰り返され、ある人間の人生のターニングポイントが過ぎても、また出会いは、そのあとから繰り返されます。そして、出会うたびに、何かに気づき、方向転換や軌道修正をしながらも、大きな生きとし生きるものたちが繰り返す、この宇宙という舞台の中で、物語はいくつもいくつも生まれては消えていきます。人生はそういうものと言えば、それまでですが、この「鳳凰編」で、「一期一会」や「袖摺り合うのも他生の縁」そんなコトバが、どれだけ真に重いものかを実感させられたことに、改めて感謝です。ありがとう、手塚治虫サマ。

2007年09月19日

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手塚治虫「ザ・クレーター」

誰だって　いつか屍　参に位置　　短編集であります。でも、あとから、いくつかの作品を掻き集めた、とってつけた一冊ではありません。表題の「ザ・クレーター」というタイトルをもとに手塚氏が連作していった作品群です。　これは、イントロを読めば窺い知れます。「もし心の中を覗くめがめをかけさせた」ら、それが、この作品群です。　例えば「二つのドラマ」。主人公のジムが、日本人の隆一という存在と入れ替わりながら、進む物語。同一人物でありながらドッペルゲンガー的なる二つのドラマ。それは、一つに集約されます。出会います。そこでの二つの同時進行の破局。それ、実は一人の少女の心の二面性であったことが分かります。　自分と同じでありながら時代が異なる存在、「溶けた男」は、タイムスリップの教室で瓜二つの自分の行為を見ることになります。同じ生き様の前で、自らが顧みられる。　さて「オクチンの奇怪な体験」にしても、自分自身と、たまたま死に行く先で受け入れ態勢ができていないがために自らの身体を貸すことになるお話。その貸した女性との対話。まさしく、自己の中での自問自答に置き換えられます。レンタルボディとしての自らの身体に、自分ともう一人の存在。　スキーヤーが見た幻覚、「雪野郎」でも、ダブルイメージなる鹿とトラック。鹿の生命力が相手には、鹿を殺しかけたトラックに見える。その憎悪ゆえでありましょう、生存力。すごいですね。　自らを一面的に捉え、自己と他者を画一的に判断する日常に私たちに、とにかく釘を打っていますね。著っお待ちなさいよ、一方的じゃないのその考え方。クレーターは、つるつるした表面でなく、痘痕も笑窪的な存在。どんな笑顔も。　後半の作品の中から。「八角形の館」、それは人生がやり直せる館。そこで主人公の、またぞろオクチンは、漫画家とボクサーを対比させています。はは～ん、手塚氏自身がマンガと医学博士。でも、手塚氏の場合、マンガと医学博士が極端に中の悪い間柄ではない。むしろ、相乗効果が実践されています。　敢えていつの時代とは言わないとしながら、オクチンがお国のために崇拝されるお話「墜落機」は面白いですね。明らかに日本の特攻隊を想起させながら、近未来の設定、いつしかヒーローとして祭り上げられる存在の行く末を見ると、そのヒーローであることを望む国家社会にしっぺ返しをするオクチンにいたく納得。こうしたマンガが過去から未来へ、日本がどうなるべきかを示唆します。　誰でも自分の隠し持った汚点に対し警告を促す「鈴が鳴った」。これこそ虫の知らせですね。みどりちゃんという可愛い娘さんがいる喫茶店ブルンネン。「ブルンネンのナゾ」は誰もが、その所在地の峠を人生の峠と見立てていますね。桃太郎のお話仕立ての「紫のベムたち」。本当に怖いのは宇宙からの侵略ではなく、そこにおられる人間の心の中。死に際の瞬間、別の時代で１０年間生きる「いけにえ」。ぶるぶる、この世で生まれてから死んでしまうまでを極めて象徴的に描いています。　さて、そして、シリーズ・タイトルにも相応しい「クレーターの男」。異界の星で生死を彷徨いながら、地球で死を迎えられない男。地球では、すべての人類が死を迎えながらも、生きる屍として真実だけを寂しく見据える男。まさしく、クレーター的存在。　ここでの物語のすべてに対し、私たち自身がクレーターなる場所から見ていることになっていることに気づかざるを得ない。となれば、どんなに客観的に見る目があり、それが永遠に通用するとしても、私たちは、クレーターから見られる景色に対し、そこから抜け出し、その景色にどう加わり、自らが行動すべきか、そう思えてきます。　クレーターから見える景色を見せられた私たちは、その鑑識眼を得られたことに感謝するとともに、最後には、それを単に見据えるだけでなく、いかにクレーターから抜け出し、景色の中の一員に参加できるのか、それが重要ではないか、そう思います。

2007年09月19日

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手塚治虫「火の鳥～宇宙編～」

覆水も　盆に帰る　精霊かな　　さて「ヤマト編」に続いて、雑誌「COM」に発表された第4作目が「宇宙編」です。舞台は地球を離れ宇宙へ。西暦2577年、城之内隊長を頭に猿田、一宮ナナ、奇崎、そして牧村を乗せた宇宙船。ペテルギウス第3惑星ザルツから地球へ向かう途中、宇宙塵に衝突して故障してしまいます。人工冬眠から目ざめた4人の隊員たちは、見張り役の牧村がミイラ化しているのを見つけます。　そして修復不可能な船を捨てて隊員たちは一人乗り救命ボートで脱出、無線で牧村の死の謎について語り合っていいます。その場面がとても斬新なコマ割りで同時進行の展開していきます。　ふと気がつくと、もう一艘のボート。死んだはずの牧村のボートがあとを追ってきます。やがて、奇崎と隊長のボートが脱落、猿田、ナナのふたりと、牧村のボートだけが謎の星に不時着します。そして、牧村という人物の正体、過去がある鳥人を介しながら解き明かされていきます。鳥類フレミル星人たちや妻となる女性ラダとの関係などなど。ふと「鳥人大系」を思い出しますね。　時間が行きつ戻りつするこの星、宇宙の囚人たちが、ただ生と死をくりかえしながら永遠に生き続ける星、その星は囚人たちが島流しにされる流刑星。覆された石ころたちも元の鞘に帰っていく。牧村も永遠に時間を繰り返す。そんな牧村と可能な限りともにするためナナは身を変えます。猿田は実はナナを愛していたのですが、牧村の存在さえなければと・・・。こうして、猿田は、大きな罪を犯すのです。　この猿田ですが、猿田彦に猿田博士、我王、鞍馬の天狗と、他の編でもその舞台に合った名前とキャラで登場します。共通して醜い鼻の持ち主として運命付けられたのは、この「宇宙編」だったのですね。彼が犯した数々の悪行は子孫ばかりなく過去代々（実は過去でなくさらに未来かもしれない。このシリーズの仕組みは「未来編」で分かる）も、愛を得られぬ存在という宿命を背負うことになったんでしょう。　それにしても、その罪の清算が終わりつつある結果として鉄腕アトムのお茶の水博士が設定されたかどうかは知りません。ましてや、アトム作中でも、お茶の水博士がたまに酷い目にあうのはまだ罪が残ってるため、なんてことも定かではありません。　この猿田、作者自身がモデルという説もありますが、私は、業を背負った人間の代表、いわゆるキーマンとして、このシリーズ作品のあちこちに登場しているのではないか、この「宇宙編」での愛憎劇で、その想いを改めて強めたのでありました。

2007年09月08日

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手塚治虫「火の鳥～ヤマト編～」

和の歴史　名を表さぬ　平なる願い　　　古墳時代のお話。今回の再読のテキストには「異形編」が併載されています。文庫版です。最近の単行本も同じみたいです。でも、私が始めて読んだのは、虫プロ商事版コム名作コミックス。それには「宇宙編」が併載です。どっちでもいいのですが「黎明編」「未来編」という流れからの、ライフワーク的な制作で言うなれば、過去と未来が一番遠いところから交互に現代へ、そう思っております。しかも手塚氏の制作年順からしても「ヤマト編」の次は「宇宙編」。ですので、これ書いた後は「宇宙編」の再読かな。　そんなこともあり、一編ずつの感想文にします。併読作品は別の機会に、ここでは「ヤマト編」オンリー。　さて、この「ヤマト編」、ボリューム的には「黎明編」「未来編」の半分。内容も、ヤマト国の王子オグナとクマソ国王の妹カジカとの　ロミオとジュリエットではないけど、許されぬ愛の物語。そんなふうに簡単に言い切ってしまうだけでは不十分なので、奈良の明日香にある石舞台、あれが前方後円墳でもない、何故にあんな無骨な格好なの、あれって誰かの墓なの、などという疑問を空想的推理を働かせて纏め上げた、エピソード的短編。なんですね、これは。　でも、そんな小品として読むだけでは面白くないのは、「黎明編」を読んでられれば納得されましょう。続編的な配役が為されています。「黎明編」のラスト、火の鳥から励まされながら断崖絶壁を登る日本的アダムとイヴの間に生まれた第一子のチャレンジ。思い出すついでに、名前も思い出してね。　さて、この作品では、古事記というデタラメな歴史を記し残そうとするヤマトの国の王。末っ子オグナの親父さん。読んでいるうちに、現代の誰かに置き換えたくなりますよ。それはさておき、クマソ国王の川上タケル。彼は、真実の歴史を記録することを自らの生きがい、ライフワークとしていますね。このライフワークと手塚氏の「火の鳥」制作がかぶりますけど、そればかりか、最近の教科書問題、政府が史実を伏せたがること、もうここでも如実に分かります。さらに、川上タケルの記録は、村の長老からの過去の記憶の伝授。ちょっとＤＮＡを感じます。　で、この長老こそ、８０年前に火の鳥がすむ祠、火の壷、その中に閉じ込められた二人の夫婦が必死に生きながら子作り子育てに励んだ、その第一子なんですね。彼は、断崖絶壁の火の壷の中から火の鳥の励ましも貰いながら登りきって、大きな広い世界、新たな人生を求めていったタケル本人なんです。　クマソでは、このタケルという名、代々自分に誠実だった男があとを継いでいるんですね。だから、長老から、川上タケルも。　ところで、クマソの人間ではない、ヤマトのオグナ。彼は、敵国でありながら、川上タケルを憎めません。それどころか、彼の妹カジカと愛のド壷にはまります。現代でも、国家だけで論じる国の首脳は、こうしたあたりが不能ですね。もちろん、ここでも、同じような取り巻きの態度はありますが、カジカに惚れながらも、カジカからの提案もありながらも、自分自身がヤマトを捨ててクマソになりきれない、ああ、その自らの心の真意よ。　川上タケルを殺したくないオグナが彼をやむを得ず殺す場面が秀逸です。「ぼく自身を裏切ってクマソの人間になってしまっていた」かもしれない。現代にもありうる民族史観ですよね。もちろん、オグナは、自国ヤマトで王のわがまま故の人身御供、王の墓に生きたままの人柱が入る計画、これを断固反対している彼。この反対論者の様子が、かつての学生運動の匂いも。　オグナは火の鳥と音楽でうち解けたことで、火の鳥から譲り受ける血を布に浸し、我がふるさとの圧政に苦しむ国民のために。そんなオグナの誠実さに対し、自らが手を下した張本人のオグナに対し、川上タケルは、クマソで代々自分に誠実だった男として「タケル」の名を継がせます。オグナは、ヤマトタケルなんですね。はいはい、その後、あとは読んでからのお楽しみ、です。　ちょっとしたエピソード的作品でありながら、あちこちで現代に通じる、時代を超えた、人間の生きた証しを残そうなどとしたがる本能的な営みが皮肉たっぷりシニカルに描かれていますよ。ですから、逆に、現代人の悩みが、この作品の中にも見て取れますし、どうして悩みが生まれているのか、その世の中にはびこる原因も実は見やすくなっております。　そんなかんなで、最後には、今の明日香の石舞台の裏にはこんなん、ありましたかも。そう言われれば、今の時代の歴史も、真に生きた人々の思いはかき消され、見た目をうまく肯定的評価する記録にさせられてるのかもしれませんね。醜い真実が削除され、人間ドラマもカットされ、建前だけの歴史が積み重ねられていく、そう思いませんか。

2007年09月08日

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手塚治虫「グリンゴ」

日ノ本に　一番の支え　我がママよ　　日本人という名の日本人が主人公です。姓が日本（ヒモト）、名は人（ヒトシ）。商社マンのエリートなんですね。冒頭では、若輩ながらも生え抜きの出世、海外支店の支店長赴任。そこから物語は始まります。　本来なら、そのままサクセス・ストーリーを築いて欲しい、そう思うのですが、彼の実力もさることながら、彼は専務派の子飼い。社は専務派と常務派の派閥抗争。専務派が大きな流れを作っている中で彼も日向を生きてきました。　実は彼、入社自体はエリートではありませんでした。相撲一辺倒でありながら、背が足らなくて草相撲で終わらざるをを得なかったんですね。それが、相撲好きなのかな、専務に拾われた。そんな彼にとって、専務は社長以上の存在。おそらく、彼がフランス人の妻と結婚し、可愛い娘さんをでかしたのも、彼にとっては専務サマ様なんでしょうね。　しかし、そういった派閥争いのもとでの存在価値を認められている人間、いつまでもうまく行くわけではありませんね。専務の飼い犬であれば、専務が失脚すれば飼い犬もそれなりの境遇。それが、この「グリンゴ」という作品における、日本人（ヒモト・ヒトシ）の苦しみなんですね。彼自身、名は体をあらわすではないですが、日本人として生きることのアイデンティティを相当命綱にしています。でも、それが、たかだか専務と言う存在のおかげでガタガタと狂うんです。だいたい狂うのは当たり前で、彼のアイデンティティの命綱は、日本人として生きることそのものよりも、そう生きる彼に目をかけていた専務の傘の下、その影響が大きかったわけです。　こういう話って、日本の封建社会、いや済みません、現代は封建社会ではないですね。でも、日本人らしい生き方って、何故か封建的なことを好んで自ら受けていると思えるのですが、間違いでしょうか。　そうそう、こんな件があります。専務辞任とともに常務派の動きが始まった社の中で、彼はどんどん辺境の地へ。そんな中、日本（ヒモト）が妻に喋ります。「俺は今まで、地の果てまで飛んで、なんとかその土地の人間と心を通じあってきたのに。ここはまるっきり・・・。エレン、お前、割と平気なんだな。孤独感は感じないのか」　すると、彼の妻であるエレンは言います。「イイエ、アタシ、今マデ一度ダケ、モット変ワッタ国行キマシタ。アタシ、孤独デシタ。パパノ国、日本へ初メテ行ッタトキデス。日本、世界ノドコノ国ヨリモ変ワッテイマス」。　日本人は「井の中の蛙大海を知らず」という言葉を知っているはずです。それを歴史的には鎖国時代にとどめ、明治以降はそうではない、そういうふうに思いたいはずですね。しかし、いまだに、日本は他の国から見れば変わっているかもしれないわけです。　さらに、面白い件があります。日本（ヒモト）一家が転々とする中、南米のとある村に着きます。東京村というところ。そこでは日本は一度は太平洋戦争には負けたけど今では勝利を得ている、みんなそう思い込んでいる日本人の村なんですね。そこには、日本人の典型がいっぱいいらっしゃる。そして、な、なんと、日本（ヒモト）くんは、うろたえます。これが日本か、と。もっとも日本人らしいはずの日本（ヒモト）くんが、その世界に対し拒否反応を起こすのですね。さて、日本人とはなんぞや。そして、日本という国を形成している社会って、はたして何だろう。　信頼していた専務も寝返り、放り出される日本（ヒモト）くん。裏切られる日本ですよね。そして、会社とは、社会とは。そんな中、はじめは日本に驚き桃の木の孤独感に苛まれていた妻エレンが一番の心の支え。ありがたきかな少数単位での家族。　さて、そんなことも気がつかない日本人よ、日本国はどこへ行く。日本人よ、どこを彷徨える人よ。そんなこんなを書こうとして挑んだ手塚氏は、その答えを書かずにこの世を去ってしまわれました。あたかも、一人ひとりが考えなさい、そう言っているかのようです。もちろん、それは日本人としてではなく、その前に一人の人間として。

2007年08月20日

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手塚治虫「火の鳥～未来編～」

教室の　窓から垣間見た　永久の鳥　　人工生命を作り続ける猿田博士。とっても魅力的です。再読にあたっても、ずっと忘れられず、その場面が登場すると、またワクワクしました。彼が創造した息子、ブラドベリイ。ゲーテの「若きウエルテルの悩み」を読んでいます。人工生命なのに、他の本物の人間たちよりも魅力的。人間同士でみんなが人間性を失った社会は、現実の過去から現在を見れば、さらに未来がそうなるであろうことは、ここに予知されています。そんな中で、人工生命のブラドベリイが、創造した猿田博士にとって可愛い息子であることはひしひしと感じます。　人工生命、他には、サルやシカ、ヒョウやウマ、ゾウ。ブラドベリイのような、個に対する名前がつけられています。オリバーとかレムとか。猿田博士の愛情ですね。私たちは、その名の出所に、手塚先生の人柄をも切々と感じます。オリバーは、文豪チャールズ・ディケンズの「オリバー・ツイスト」かな。レムは、「ソラリス」のスタニスワフ・レム。そして、ブラドベリイは、「華氏４５１度」や「火星年代記」「たんぽぽのお酒」など、私が学生時代にこよなく親しんだレイ・ブラッドベリ。　作品中、彼が「若きウエルテルの悩み」から、自分が生きている狭い人工羊水に満ちたチューブから出たがりますね。広い世界へ。その広い世界は、世の終焉を迎えようとしている世界。なのに、彼は大いなる夢を描きます。泣けてきます。私自身、ゲーテはそれほど慣れ親しんだ作家ではありませんが、この作品のおかげで、図書館での蜜月を持つことはできたんですけどね。　さて、息子ブラドベリイが懇願するあまり、猿田博士は、彼をチューブの外へ。広い世界への一歩に打ち震えるブラドベリイ。しかし、彼は膝を落とし、苦しみ、体のすべてが泡と化します。泡になった息子にゲーテの本を伏す博士。しばらく、ページを捲ることができない場面。　この「未来編」は、そんな一場面だけでも、私にとって重要な存在。いうなれば、私のバイブル、それが「火の鳥～未来編～」。この作品と出会っていなければ、今の自分はいない、そう思います。「火の鳥」の連作そのものが手塚先生のライフワークとなる予感は、まさに、この作品を読んでのことでもありました。　詰め込み主義の学校教育に飽き飽きしていたころ、教室の窓から空の向こう遥か彼方に火の鳥を見つけました。それが、この「未来編」です。学校教育はやがて、「詰め込み」から「ゆとり」になり、学力低下でまた「詰め込み」に戻りそう。でも、そんな体制よりも、学ぶ側が何に影響されたいとしているのか、そういう受けて側を誰もわかっていないのですね。私は、いわゆる国語・数学・英語に理科・社会、そんなジャンル分けがされた学校教育と、それに特化した先生たちによる授業がなんとも詰まらないものであることに、それを自分のお粗末さと思っていた矢先、この作品と出会い、そうじゃないことが分かりました。私は、この手塚先生の作品のおかげで、大学では、単位とはまったく関係なしに、物理学や地学、数学、哲学、心理学などの講義にも出席させてもらいました。肝心の仏文はおたらくではありましたが。いやはや、面白いですね。　そう、何故学ぶことが面白いことであったのか、それに気がつかさせてくれた、この作品がなければ、私はおそらく、もっとも神をも恐れぬ哲学を学ぶことはなかったでしょう。そう、言うなれば、この作品は、私にとって、哲学書でもあるんです。生きるということが何なのか、さまざまな分野に対して、この作品が哲学のように、私の背骨を作り始めたのです。そして、あらゆる分野が無関係ではなくなってきたのです。　こういうテキストが義務教育のころにあったなら、もっと学生時代に学ぶことの重要性を早く知っていたことでしょう。　ちょっと「未来編」の世界の中に入ってみましょうか。その世界、ライフワーク「火の鳥」作品群の中でももっとも未来。それに対し「黎明編」がもっとも過去。しかししかし、ここですでに明かされてますね。未来編で地球の歴史をやり直す、その後に登場する人間たち、そしてそれがなんと「黎明編」。「未来編」の未来はけっして未来ではなく、うんと過去かもしれない。手塚先生の作品には、そういったパラドクス的な作品は多いですね。いや、歴史観？　輪廻転生？　あまり限定はしたくないんですけど、壮大な宇宙観を感じざるを得ません。さらに、時間的な繰り返しだけではなく、ミクロとマクロの概念。これも凄いです。地球は生き物です。そして、さらに、その地球は宇宙という生き物の一細胞だったりする。そして、その宇宙は、実はある生き物の細胞かもしれない。　もちろん、真実ではなく仮説ですね。でも、この仮説を設定された手塚先生の想像力に私は眩暈を覚えざるを得ません。いくら仮説であろうと、現実の経済社会で銭儲けに走っているリアリストさんなんかよりも、レベルが違いますね。しかも、リアリストがさらに人を洗脳する手法としてカリスマなる教条主義に走りますが、手塚先生は、まったく、そんな洗脳派とは遠い存在で、仏の悟りようなものを感じますよね。　それは、ＳＦ作家といわれる人たちに共通するものかもしれません。彼らと一番遠いところにいるのは、政治家や経済人ですね。でも、ＳＦ作家は知っていますね。政治家や経済人が明日の世界を作ろうとするからこそ、ＳＦというバイタリティー溢れる空想社会で風刺し、告発できることを。政治家や経済人は実は、文明とか文化という観点で自らが担い手になれないことを十分知っていますね。だから、革命とか改革とか批判とか批評とか、オリジナリティからみんな程遠いんですね。　なんか話が作品から遠ざかっていますね。さて、いくつかの、この作品でのお楽しみも見てみましょう。たくさんのアトラクションがてんこもり。まるで生きることの楽しさ。　主人公山之辺マサトは神に近い存在になりますが、彼のもっとも身近だったタマミという名のムーピーという存在は、私たちが生きる糧において伴侶に求める存在を検証できますね。それは単にペットかもしれませんが、ひょっとすると配偶者でもありますね。手塚作品のあちこちに登場するロックは、ここでもニヒルな役柄。同期の山之辺よりも社会的にはのし上がった存在。どこの企業にも、こういう存在はいるでしょうね。山之辺と違ってロックは愛すべき彼女とも別れます。上司であるコンピュータなる神ハレルヤの指示のもとに。アホかいな、そう思うでしょうが、企業戦士はそういう犠牲は当たり前。同じ人間でも、ハレルヤみたいな上司は多いですね。でも、さらに、ヤマトという国の絶対なるハレルヤとレングートという国の絶対なるダニューバとの戦い。あっという間に、二つの国ばかりか、他の国も死の灰。かつてのアメリカとソ連の冷戦。でも、今では、アメリカとイスラム？　誰がＹＥＳかＮＯしかない判断を作ったのでしょうか。日本も曖昧な国と言われながら、一生懸命に選択してはいます。でも、たとえば唯一被爆国としてのオリジナリティな発言を、戦争はしない加担もしない、そんな発言をできない国家は、自国として恥ずかしい。そう思っている国民も多いでしょうに、それに背を向けるのは誰でしょうか。そして、猿田博士を愛するロビタ。ロビタはロボットです。でも、博士に対して、ずばりと言いますね。そんなロビタがどんな存在かは、この「火の鳥」の「復活編」を待たれよ、となるのですが、いやはや手塚先生、この「未来編」ですでに「復活編」の構想があったのでしょうか。　この未来編で私が思うのは、たとえ未来であろうが、過去を語っても未来はなかろうが、私ら人間は生まれたときからみんな死に向かって生きているわけです。そんなある意味、宿命ともいえる人生の中でどう生きるのか、それを本当は誰もが見出したいはずです。私は何故今生きているのか、その根源が実は、自分が生まれたときにあるのかもしれない。そう思うのも事実です。　もっと言うなれば地球規模で考えることをグローバルと思うなかれ。そんなものも小さな社会。それを今さら何を言う。たとえば、地球の温暖化を憂うならば、温暖化を促進している大企業は、営みをやめればいい。でも、それをすると、経済的に成り立たなくなる。ですよね。でも、その経済って、よくよく考えれば小さな話。たとえば、車社会における製品がもっとも癌なのであれば、すぐにその癌を焼き殺せばいいはず。でも、それができないのは、すでに人間の存在とその営み自体が地球にとっては癌細胞でしかないということかもしれませんよ。それを、一人ひとりの行いに対して抑制を促したって、供給側が細胞を肥大化させ続ける限り、あかんのじゃないでしょうか。気がついてて知らぬ振りをする人間はどうしようもないわけですね。　この「未来編」は、すでに後の祭りの人間社会に対し、一度ナメクジでもいいから別なる霊長類に地球を任せてもいいんじゃないか、そういう警告も発しています。　とにかく、参りました、の「未来編」。私は、この作品のおかげで、脱落者にならない限り、経済的営み推進派にはなりたくないものよ、そう思う人間になりました。ごめんなさいませ、私の力、ビジネス最前線に使えると思わないでちょんまげ。私は蜻蛉、尻切れトンボよ。

2007年08月19日

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手塚治虫「山棟蛇（やまかがし）」

階層の　二極の線路　遠ざかるばかり　　直前再読の「火の山」文庫版収録作品で、この単行本（大都社刊）にも収められている「もの憂げな夜」「山棟蛇」「レボリューション」。これらを、「火の山」での感想にも書いたとおり、ここで語ろうと思います。　でもね、「山棟蛇」は、本当は、やっぱり「火の山」のコメントの際に、合わせて評するべきだったかもしれませんね。というのも、そこに描かれている、俗にいうニュースリリース、お金を使わずに観光協会がしてやったりの、みんなから注目を浴びる、そんなからくりは、ある意味、「火の山」の裏返しですもんね。　私は「集客」やら「地域活性化」などの企画に肩入れする仕事もしておりまして、この「山棟蛇」に描かれる地域やそこでの活性化を担う地方行政のトップの企みは、分からんでもないです。でも、ここに登場する行政の人々が、国全体でいうなればお大臣様の雛形であることが、私には遺憾であり、狂おしゅうございます。　もし村長が日本の首相なら、そう思うと、アメリカに媚び諂う姿と、この漫画とはダブります。確かにみっともないお話ではありますが、そのみっともない姿は、今の日本も同じなんでしょうな。ああ、この漫画に今の日本を見るなんて、日本は、やはり後戻りしているとしか思えませんね。　さらに、「もの憂げな夜」と「レボリューション」。「もの憂げな夜」は、そんな日本の政治家が同じアジア民族に対して蔑み背中を見せ続ける行動を想起させます。そして、さらには、「レボリューション」では、この未来、今の日本の内閣が歩む道、明日の日本の姿が垣間見られます。それにしても、生まれてくる子ども（男の子）が将来愛し合う相手の彼女自身を経験するなんて、なかなかの大胆な発想ございます。　こうした作品から想像できることは、もしや今も手塚氏が生きておられるならば、見事に現在の首相にちょび髭を生やして、その活動力が「ハイル・ヒトラー」と瓜二つであることを見事シニカルに描いてくれていることでしょう。改革がしたくて仕方がない首相。その改革を国民や国民の代表者たちと話し合う機会も持たずに採決してしまう首相。せめて、日本国民がかつてのドイツ国民の「ハイル・ヒトラー」ではないことを願います。　さて、最後に、このコミックに掲載の「刑事もどき」。これって、ひょっとすると、連載ものにしたかったのではないでしょうか。

2007年08月19日

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手塚治虫「火の山」

火の山に　火の車走る　昭和なり　　私が再読した「火の山」なるタイトルの文庫には、同名以外に「もの憂げな夜」「サロメの唇」「雨のコンダクター」「山棟蛇」「レボリューション」が収録されています。そう言えば「「山棟蛇」（やまかがし）なる作品は、この表題の別なるコミックを持っています。どうしましょう、同じ作品の文庫化ではありません。まあ、後で考えます。　とりあえず「火の山」。この作品は、「火の鳥」でもなければ「火の海」「火の車」でもありません。でも、あの北海道の有珠山のそばに地殻変動でできた昭和新山ができた経緯を学ぶことがえきるとともに、地形学という非日常的な関心を誰も得ないはずの事柄を、いたく重要なことであることを教えてくれます。　そして、それ以上に、あの昭和新山が実は「しょうわしんざん」ではなく、「あきかずしんざん」であることも分かります。ウソウソ、それは虚構です。「あきかず」という名の男が媒介として登場し、とてもおとなしげな実際の昭和新山に貢献した一介の郵便局長の日々の営みを、波乱万丈に仕立ててくれます。そう、他の人々からは、あたかも狂人の如き存在に思われるのに対し、素晴らしい人、尊敬し敬うべき人として彼は動き回ります。そして、そんな彼の存在、それが実は私たちの視点なんです。　三松さんという昭和新山誕生物語に、私財を投げ打つをほど苦慮された人物の功績が、実は当時ほとんど見向きもされず、彼の行いを変人扱いした人々ばかりの中、そんな架空の存在である「あきかず」氏なる触媒は、私たちに訴えかけてますね。　実は私も昭和新山は知りながらも、そこに、こんな普通の人がいたことは知りません。では、その人物はどんな人。後に、ミマツグラムと名称がつくほど、その観察眼というか重要な活動をしていた一介の郵便局長に対し、誰もその人の銘柄・肩書きなき存在に見向きもしなかった間で、ずぼらでグ～タラな男、「あきかず」なる男が、アルバイトながらの働きで、ミマツグラム創始者を初めから尊敬に値する人として心打ち解けて付き合うんですね。彼は、昭和新山が有名になるとともに、もとの雇い主であるミマツさんとは疎遠になりますが、ずっと師匠の如く大事にするんですね。　彼の存在で凄く分かります。頭が賢くて、こんなことくらい分かりそうな人たちも、社会人になり、それなりの立場に落ち着くと・・・、何もできない。みなで協力するどころか、八方塞り。　そう言えば、某法律の学び舎で有名な中央に君臨しなさる大学も、労働に関する法律に対してはみっちり学生に教授なされているはずですが、現実の学校経営の中では、労働条件に対していい加減で曖昧な営みをされているようで。ニュースで知りました。そんな教えるべき側が教えるべき内容に対して無頓着極まりなく、大切なことを怠っている。そんな儲け主義の企業と同じ教育施設やシステムの成れの果てを見ると、情けない。日本って、何のために学び何のために社会に出るのか、ひょっとすると、誰も分かっていないのではないでしょうか。　もし分かって下さる人がいるなれば、物語としては本当に小さな小品ですが、音楽を政治の刺身の妻にするのではなく平和の祈りとして愛するお話、「雨のコンダクター」に感動してください。　そして、建前を大事にしながら長崎で生きたオランダ人医師の、真に愛する伴侶のためを描いた「サロメの唇」を、笑い種に済まさないでください。　何のために生まれ何のために学び何のために社会で生きるのか。私たちは、そこにある社会とか世の中に適合し迎合するためだけに生きているのではない、それだけは確信しています。これは、私だけの確信だとは思わないのですが。　はい、「山棟蛇」（やまかがし）なる作品は、やっぱり、もうひとつのこの作品が表題の単行本を読んでから語りますね。そこに収録されている「もの憂げな夜」「レボリューション」も含めて。では・・・。

2007年07月09日

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手塚治虫「Ｗ３」少年マガジン版

ワンダーな　世界の陰を　だれぞ知る　　この作品そのものを論じるなら、以前書きました少年サンデー連載の「Ｗ３」だけで充分であります。作品のテーマやらモチーフ、キャラクター設定など、そちらでしっかりとできています。　でも、あえて再読もし、この少年マガジンでスタートした作品を再読したことで思ったことをいくつか書き並べてみたくなりました。そのひとつが出版会社の編集側と作り手側である作者手塚氏とのスタンスの違いです。その左岸と右岸の間に大きな川が流れていることは、倉本惣もエッセイで書いているとおりだとは思います。それは同じ会社の中にもあります。なんせプロデュースする立場が指示したものを企画する側は何日もかけて企画の中身を作ります。でも、それをプロデュース側は、一秒で「だめ、こうして」と言うわけです。作り手は、その一秒で自分の何日何週もの時間を費やしたことを没にされるわけですから。　しかし、それはあたり前の世の中。そんな関係をうま～くやってらっしゃるのがジブリだそうです。宮崎駿、高畑勲ふたりのクリエイターに対し、鈴木さんは素晴らしいプロデューサー。そんなお話をテレビでも見ました。でも、これは、うまくいっている例。たいていは、お互いの立場を理解して分担するよりも、同じ輩ならすべて分かれ、そうやっちゃうようですね。　この「Ｗ３」の不幸は、出版社の編集側に対し、手塚作品をプロデュースする人間が手塚治虫本人以外にいなかった、ということじゃないでしょうか。今ではどうやら事実関係は蚊帳の外。が、聞いて話によると手塚氏の「ナンバー７」のテレビアニメ化に対し、そっくりさんが他に登場、故に、新たな設定の「ナンバー７」、星光一というキャラが主人公でサブが動物だったそうなり。全てのキャラ設定を変えた作品が「ナンバー７」から、この「Ｗ３」になったそうな。そして、少年マガジンで連載も。ところが、真似たんじゃないか、そんなそっくりさんも、少年マガジンに連載。で、作者としては、拒否したようです。もともと、少年サンデーとの専属契約があったらしいですが、このこともあって、初年マガジンとの仲直りというか、連載が実現するのは「三つ目がとおる」になるそうです。　いやあ、いろいろあったんですね。でも、今を思えば、もどきというか擬似作品、「宇宙少年ソラン」なんですけどね。今読む「Ｗ３」とは全然違いますよね。例えキャラ設定が「宇宙少年ソラン」そっくりだったとしても、後から思えば、どちらがどうなのか、一目瞭然ですね。　でも、先ほどもいいましたが、ジブリの鈴木敏夫さんみたいな素晴らしいプロデューサーは、実は類稀なんですね。みんな、単なる営業での経営者ですから、一商品をどう売るか、そんなスタンスでしか、もともと人を見ていない。そういう人は、クリエイターに対してリスクを背負う仕事は無理ですよね。　私は、手塚氏が一人で悩み泣き苦しんだのは、そんなよきプロデューサーがいなかったのではないか。言い方悪いですけど、自らが会社創ったりした人ですから、自分で営業しプロデュース家業もしていた、そんな孤独な人だったと思います。　ここでは、少年サンデー版との比較が主旨ではありませんが、一貫した作品に仕上がった少年サンデー版には、星真一少年の兄である光一がある意味曖昧です。でも、この少年マガジン版を見ると、いつのまにかフェニックスの団員になっているのではなく、そこまで至った経緯がしっかり描かれています。逆に１年後に何故地球が滅ぼされるのか、マガジン版は曖昧（読み進めて分かるような感じ）ですが、書き直しのサンデー版では、しっかりその理由が描かれています。　おそらく、手塚氏の頭の中には、マガジンの読者とサンデーの読者の棲み分けができていたのかもしれません。そうしたところが、ある意味マーケッター手塚なのでしょうが、それを突き詰めると売れるものを書くにはどうするか、そうなります。彼は、自分で全てを悩み、全てを把握し、全てを弁えた表現をしていると言えるのではないでしょうか。でも、それは、一人がマルチ人間であろうとする限界も見えてしまいます。　少年マガジン版を放棄し、二度と書かない、とはせず、どうしても書きたいと思った「Ｗ３」。それが少年サンデーに連載された。それが「Ｗ３」をより面白くしたのかもしれません。しかし、彼のクリエイティブ魂に対し、絶えず、その反対側いる岸辺の人々だけじゃなく、もっと同じ側の岸辺の人々がいれば、彼自身の描きかったことがもっと自由によりたくさん、世の中に出ていたかもしれない。そう思うと、天才手塚治虫に対して、対岸ではなく、同じ岸の人々をもっと彼のためにプロデュースできなかったのか、悔やまれてなりません。　どんなに素晴らしいクリエイターがいても、了見の狭いプロデューサーのもとではともに生きられない、そんなことを教えてくれる打ち切り作品です。

2007年07月09日

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手塚治虫「火の鳥～黎明編～」

親として　子へ想い託す　永遠よ　　私の「火の鳥」との出会いはこの黎明編です。確か「ＣＯＭ」という雑誌で出会ったのですが、「ＣＯＭ」を定期的に講読していたわけではないので、断片でしか記憶になく（グズリとヒナクが火の山の爆発で逃げ惑い、赤ん坊落として失うあたりの場面）、物語としてまともに読み通したのは虫プロ商事から発刊されたＣＯＭ名作コミックスという赤い表紙の本によります。ほか「未来編」「ヤマト編」「宇宙編」「鳳凰編」「復活編」は、このＣＯＭ名作コミックス版で読みました。　今回の再読は文庫版。この作品では、日本の歴史で需要かつユニークな邪馬台国と女王の卑弥呼が登場します。彼女の他者とは違う存在としての不老不死へ願望と火の鳥。そして、それを取りまく弟のスサノオ、彼女を絶対と崇める猿田彦、そして村を彼によって壊滅状態にされたナギ（イザナギ？）。猿田彦は因果応報もあって、この「黎明編」以降の作品にも姿を変え輪廻転生で登場しますね。　しかし、私にとって個人的ではありますが、ナギの姉ヒナクと邪馬台国の元スパイだったグズリの二人の間にできた子どもタケルが誰をおいても重要なんです。最後に火の鳥に励まされて小さな世界を囲む断崖絶壁を登りつめ開けた世界へ飛び出します（ところで関連性がなさそうかもしれませんが「宇宙編」は私個人には、このあたり大いに関係ありなんですけどね）。　話は少し脱線しますが、この「黎明編」、映画にもなりましたね。劇場へ観に行きました。監督は市川崑、脚本を「鉄腕アトム」主題歌を作詞した谷川俊太郎が担当されてます。そうそう、卑弥呼に高峰三枝子、猿田彦に若山富三郎。えっ、ナギは尾美としのりだったんですね。ヒナクは大原麗子、グズリに林隆三。余り記憶に乗っていないのは、結構この映画原作に忠実だったからにちがいないと思います。それと、原作において私が重要視した配役が、田中健だったんですね。マジ。すんません記憶にないです。　話を戻しましょう。この「黎明編」よりも好きな「火の鳥」があります。「鳳凰編」「未来編」「復活編」です。それは、私自身の人生観にも繋がっているからです。でも、この「黎明編」が見逃せないのは、そうした人生観の中でもとりわけ親が子に託すもの、その託す子への愛情が切々と感じられるのです。　ヒナクとグズリの夫婦がタケルに託すもの、それは、実は、真の親子ではありませんが、猿田彦とナギの関係という伏線もあるんです。ほら、蜂の洞窟での刑によって猿田彦の鼻が手塚氏のように膨らんだ（失礼）痛みをナギが口に含んで癒すシーン、もう涙がとまりません。　実際の親子でなくても、親子の愛情はありえます。それは、先に生まれた者と後から生まれた者、その中でお互いに心の琴線が共感し響きあえば、親子の情も生まれます、だから先生という存在は親代わりになることもあるのです。親子のはずなのに、本当の親子じゃなくても心触れ合う関係が築ける人たち以下になってしまう、そんな現代社会って何なんでしょうか。　この作品のおかげで、今の時代に問題となっている子への虐待とか捨て子とか子育て放棄に子殺し、そうした親になれるわけないという心が自分にできたのは、この作品のおかげじゃないかな、そう思うのは言いすぎでしょうか。

2007年07月09日

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手塚治虫「虹のプレリュード」

芸の術　技の術より　心育む　　私が再読した「虹のプレリュード」なる文庫版には同名タイトルの作品以外に「ベニスの商人」「赤い雪」「ナスビ女王」が収録されています。　初出年度からすれば掲載順の逆からいきましょう。　夢見がちな少女、ナスビちゃん。心に描く夢の世界では、彼女はどこかの国の王女様に・・・。ところが、その夢が実現してしまうんですね。困ってしまうナスビちゃん。何故ナスビかは分かりません。でも、おそらく女王を夢見る彼女がナスビであることから脱しきれない、否むしろその方がナスビとしての彼女らしい生き方ができる、ということではないでしょうか。　ところで、「赤い雪」は設定はロシアくさいですが、それはイワンの馬鹿のせいでしょう。ただイワンがどんなにいい家柄であったとしても人を好きになることってどういうこと、教えてくれていますね。　そして、「ベニスの商人」はあのウイリアム・シェイクスピアの喜劇の漫画化です。展開もほぼ忠実で、とっても分かりやすいお話になっていますね。　さて「虹のプレリュード」。時は19世紀、ロシアが侵略を狙うポーランドが舞台。激動の時代を背景に、恋に、芸術にそして祖国への愛に命を燃やす若き芸術家たち。あの有名な作曲家、フレデリック・ショパンも登場しますね。彼の練習曲（エチュード）の第12番・ハ短調『革命』が創られた由来へのアプローチもされています。この曲は、彼が演奏旅行でポーランドを離れていた際、革命が失敗し、故郷のワルシャワが陥落したとの報をきいて作曲したものと実際にも言われているそうですが、この「革命」というタイトルはリストが付けたタイトルなんだそうです。　ところで、私たちは日頃芸術と言うと大学の学部なんかにもあるのを見れば、俗世間から乖離しているように想われます。でも、ここにあるように、時代の情勢、我が身が置かれた境地から一つの創作意欲が湧き上がる、それが芸術であれば、なにも素人を受け入れない閉じた環境であってはならないはずです。芸術こそ、世の中で最も頂点にあるべき人間性の裏返し、そう言われているはずです。しかし、実際は、芸術に走る者はその世界だけに閉じこもろうとし、そうでない者たちは、芸術を単に道楽的や趣味の範疇に押し留めてしまっています。そうして、世の中が感性や人生観などは入らぬ哲学であり余分なもの単なる余暇のもの、そのように小さな世界に押し込めてしまっていると想います。この「虹のプレリュ―ド」こそ、人間は本来どう生きるべきなのか、それを音楽という芸術の側面から垣間見させてくれている、そう言えるのではないでしょうか。「新技術というおもてなし」などという技術過信ですべてを括ろうとする今の時代に、こうした芸術こそ人がどう生きるべきかを教えてくれる哲学である、それをこの作品は語ってくれていることを、私たちは心から理解したいものですね。

2007年07月09日

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手塚治虫「エンゼルの丘」

太陽と　月よ丘に　いつまでも　　手塚治虫の代表的な少女漫画っていうと、どうしても「リボンの騎士」を挙げざるを得ないのは分かりますが、それゆえに陰に隠れて欲しくない作品があります。それが、この「エンゼルの丘」、私は優るとも劣らない作品だと思うのです。さらには、当時の数多き少年向けの作品と比べても、この作品はかなり出来栄えの宜しい作品、今でもアニメ化すれば観客は大喜び間違いなしの素晴らしい作品、そう断言しちゃいます。　次から次へと読者をあきさせない展開。その幾つもの場面が小さな波のように重なり絡み合いながら大団円に向けて大きな波となる、その構成力。他の作品よりも抜きん出ていると言っても過言ではないでしょう。　まずは始まり、もうワクワクドキドキです。ルーナ姫の死刑から始まり始まり。アコヤ貝ならぬシャコ貝に閉じ込められて流されるという場面。あのボッテチェルリの絵画「ヴィーナスの誕生」が思い浮かべば、ルーナ姫の類稀な美しさに私たちは惹き込まれます。　そして舞台はエンゼルの丘から転々として日本へ。そこにルーナ姫そっくりの少女あけみが登場します。ルーナ姫とあけみの入れ替わり、もうこれだけで楽しいストーリー。　さて、あけみを取りまく家族。兄と父と母と。この家族の肖像が一つのセンテンスを作っています。そして、随分後でわかることですが、この家族に対して、ルーナ姫や姉のソレイユ姫を迫害せんとするピョーマという女性、めちゃ可愛がっている息子がいるんですよね。ピレーネ王子。で、ちょうど私が再読した文庫版の巻末に作家の中平まみさんが解説している、これが彼女の私的環境もあるのでしょうか、とっても的を得たコメントが中にあるんですね。そのまま抜粋。「極悪非道のピョ―マにしても、じつの子ピレーネ王子に対しては、かなしいほどに情愛のある母親でとほうもなくやさしい。わが子を心配してこころを砕いている。だが、それがじぶんたちの『利』おびやかす（と、彼女は信じ込んでいる）ルーナ姉妹には、慈悲のかけらもなく、残酷残虐のかぎりを尽くそうとする。わたしの身辺にも『ミニピョーマ』たちが居る。子を産み、母になり、視野が開けるなぞとんでもなく、“わが子かわいや”で目が曇り、“うちの子さえしあわせならいい”といった自分本位、自己中心が往々にして見受けられ、つくづく『ひとは度し難いものである』という感想をもつ」　いかがでしょう。ピョーマだけじゃなく、あけみの母親の改心も見ると、これって確かに、この作品の重要なテーマでしょうね。２１世紀の子育てをする親たちに読んで欲しい、そう思いませんか。　でも、そんなテーマだけじゃない、この作品はもっと面白いのです。これらのお話を切り盛りする中心にいる原動力ともいえる存在、あけみの兄、英二のスタンスで見てみましょう。彼がルーナ姫の姉ソレイユ姫への想いから、私たちは、エンゼルの丘の人々がもともと人魚族ということも含め、アンデルセンの人魚姫の世界を思い出しますよね。人魚姫とは、上半身が人間の女の子で下半身はお魚。それは夢が膨らむ話だけど、じゃあ男の子は、というくだりで、上半身は魚で下半身は人間という絵が出てきて、ついつい笑ってしまいます。あはは。　それから、日本の民話も思い出しませんか。エンゼルの丘を龍宮に見立てれば、英二という存在は、あの浦島太郎。そして、途中で亀が登場します。しかも、ここでは、亀の大群。その見開きの大群の絵の中に、ヒゲオヤジ亀を筆頭におかしな亀が混ざっていますよ。面白楽しの手塚ならではの群集シーンであります。鯛やヒラメの舞い踊りならぬ人魚族たちの踊りのシーンはミュージカルさながら。　それから、チーチーとココという動物のお供。サルとオウムですか、これ、サルとキジ、あ、犬がいませんね。犬は、ひょっとすると、はじめはピョーマの手先だったベターとチャーかもしれません。桃太郎のお話が思い出されます。　そんなこんなで、この「エンゼルの丘」、むっちゃてんこもりのエンターテイメントでもあると思うんです。「有名なリボンの騎士」、続編とも言える「双子の騎士」、それから「虹のプレリュード」。そうした少女漫画の中でも、この「エンゼルの丘」はまことに秀逸なる作品ではないでしょか。

2007年07月09日

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手塚治虫「百物語」

魂を　奪われるほど　愛してる　　私が今回再読した「百物語」は、「ファウスト」に併載されたものです。このことは「ファウスト」の感想を書きました。私は、この時代劇版「不破臼人（ふぁうすと）」は何度読んでも飽きない、とても好きな作品です。晩年の「ネオ・ファウスト」の身につまされる感覚はなく、むしろ恋愛物語とも言えるように思います。悪魔に心を売る、好きな人に心を奪われる、似てますよね。　もともと百物語というと、日本の伝統的な座談会ならぬ怪談会。怪談話を100話語り終えると、本物の妖怪が現れるとされています。ここでは、日本の時代劇ものという点でタイトルをその「百物語」から取っただけで、大意はないと思います。　ところで、この作品に登場する悪魔のスダマ、とっても可愛らしくて、しかも意地らしい、しおらしい。不破臼人が初め手に入れたいとした絶世の美女、玉藻前なんかよりも、はじめっからカワイイ。これを読んで、好きな女の子のためならがんばっちゃう、なあんて思われた読者もおられるんではないでしょうか。はい、それでいいのではないでしょうか。　悪魔に魂を売る、でもその悪魔が魂を売ろうとしている男に心を奪われる。おお、これぞ相思相愛。いいですね、やはり明らかに、これは恋愛物語です。　ちなみに「魑魅魍魎（ちみもうりょう）」という言葉がありますが、「さまざまなばけもの」というような意味でありますね。さて「魑魅」を「ちみ」と読むのは音読みなのですが、これを訓読みでは、なんと「すだま」というらしい。「広辞苑」には、「すだま」（魑魅）について「山林・木石の精気から生ずるという人面鬼身の怪物」と書かれているようです。ああ、こんなこと書かなければよかったですね。幽霊の正体見たり枯れ尾花、なあんてね。なんでも紐解けばいいってものではありませんね。そう、浮世というもの釈然としないままに楽しむことも肝心。失礼しました。

2007年07月09日

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手塚治虫「ファウスト」

我が魂　売るほどの価値　あるものか　　私が今回再読した「ファウスト」は、「百物語」が併載されていますが、ここでは「ファウスト」そのものについてだけ書きます。「百物語」は別立てで書きます。　さて「ブルンガ１世」の感想にも書きましたように、この「ファウスト」に「百物語」そして絶筆となった「ネオ・ファウスト」が上げられます。少し「ブルンガ１世」で書いたコメントを記載させてください。　・・・この作品、冒頭からすればゲーテ著「ファウスト」の引用があるように、何を言いたいかはすぐ分かりますね。彼が、そのゲーテをモチーフとした作品は、これ以前の「ファウスト」や以降の「百物語」そして「ネオ・ファウスト」などは如実ですね。また、あの彼の最高峰の一つにも数え上げられる作品「どろろ」においても、あの醍醐景光を中心としたお話は、まさにファウストの変型です。　手塚氏が何故にそれほどにもゲーテの「ファウスト」に拘ったかと言うと、彼自身が、何故に漫画を書きつづけているのか、そういう自問自答の中で、ゲーテの作品の言葉が心の支えにもなっているからにほかなりません。彼にとって悪魔とは、自らの生涯における夢や希望に対し、いかに現実に対処する時に悪魔の言葉を聞き、それに従わなければ社会の中で上手く生きていけないか、そういう葛藤の際に、ファウストが彼の心の支えになっていたことは間違いありません。・・・　以上が「ブルンガ１世」で冒頭にコメントした内容です。手塚氏がゲーテの「ファウスト」に拘ったと言え、おそらく、この二十歳そこそこで書かれた初めての「ファウスト」においては、ただ自分の好きな文芸書を子どもたちにも広く分かりやすく伝えてやりたい、そんな単純な気持ちからだと思います。作品も苦悩や葛藤というよりもファンタジックで、そして最後はハッピー・エンドです。　確かにそうした点からすれば、「ファウスト」ならではの重みがない。そう思われても仕方がないでしょう。事実、その後も同じ題材を用いて新たな作品が書かれているということは、手塚氏自身も成長するにつれ、自分の過去の作品に対する物足りなさを感じたことは窺い知れます。ただ、この最初の「ファウスト」があるからこそ、彼は、絶えずここに戻って、もう一度、もう一度と次なる作品へチャレンジしたのではないでしょうか。それは「ファウスト」をモチーフにした作品だけじゃなく、彼の全ての作品に対し、まだまだ、もっともっと、そう悪魔の叱咤激励とでも言いましょうか、それが努力の裏返しだと言えるのでしょう。そのはじまりが、この子どもたちのための「ファウスト」なのではないでしょうか。

2007年07月09日

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手塚治虫「ガラスの城の記録」

生命を　もてあそぶ　霊長類よ　　冷凍睡眠によって人工的な延命を行う札貫一族。しかし、冷凍睡眠の弊害により、良心を失った主人公の札貫一郎は、姪の真理との近親相姦や殺人（弟や父親などなど）を繰り返します。　面白い、といっても笑えるという意味ではありませんが、この冷凍睡眠によって札貫一族の中には、娘が二十歳でその母親が十八歳、というように年齢の錯綜が起きています。そして、その年齢の錯綜、甚だしい存在として、な、な、なんと２０００年も眠っていた女性ヒルンが半ばで登場します。　この謎の女性ヒルンを一郎が面倒を見るのですが、殺人罪による逃走生活がヒルンと一郎の関係を縁り密接にしていきますね。片や姪の真理はいけないと知りながらも伯父の一郎を愛するがために、一郎を追いかけますが、そこに加わるのが刑事役の本日休業です。あ、これ、名前なんです。おそらく、本日が姓で名が休業なんでしょう。　この刑事の登場で、おそらくヒルンという２０００年前の女性の謎が解けていくのでしょう。しかし、しかしです、この作品、未完なのです。昭和45年1月22日号より「現代コミック」という雑誌で連載が開始され、のちに掲載誌が『COMコミックス』に変更され連載が続けられましたが、同誌の休刊により、未完の作品となっちゃったんですね。　この作品がどのような結末を迎えるのか、未完の最後のページが私にむくむくと想像させます。で、ここで、その後の展開はこうではないか、というのを私の独断と偏見で以下、綴ってみましょう。　未完のまま、その余韻に浸っていたいという方は、これ以降は読まないで下さい。せっかくの手塚氏の作品を台無しにしているかもしれませんので。　では、私なりの続き・・・実は、最後のページの子宮を想起させるイメージから。おそらく、２０００年前の女性ヒルンは一郎の子を宿すことになるのでしょう。仮に、その子の名前をヒルイチコとしましょう。女の子です。さて、それとともに、姪と伯父の関係である真理と一郎の間にも。真理のおなかの中には、一郎の子が育ちつつあったのです。仮に、その子の名前をマリローとしましょう。男の子です。　さて、ヒルイチコとマリローは、結局、本日休業と真理によって育てられることになるのです。というのも、一郎とヒルンは逃走の途中、飛行機事故で死んでしまうのです。あな、あっけなや。悲しみに暮れる真理。慰める本日休業。そして二人は結婚。本日休業はいきなり自分の子ではない二人の息子と娘の父親になってしまうのです。あな、人情家。　さて、ヒルイチコとマリロー、思春期を迎えるとともに、想像のとおり、二人は愛し合うようになります。しかも、ヒルイチコの方は、ほんとの母親ではない真理に殺意を抱きます。マリローは、ヒルイチコを好きですが、自分の母親である真理への殺意に対して、ヒルイチコに憎悪も感じます。ヒルイチコは真理を殺害する計画をたてますが、明らかにその殺意をマリローが感じ取っていることを性交の最中に敏感に察知し、真理の殺害計画を変更するのです。不安になったマリローが真理を冷凍睡眠にしてしまうことも輪を掛けて。それは、マリローの子を宿し、生まれてくる子に真理を殺させるという計画に。そしてヒルイチコはマリローの子をめでたく出産します。仮にヒルマロとしましょう。男の子です。ところが、ヒルマロは思春期になると、冷凍睡眠中の真理を起こし、殺害に乗り出しますが、真理を見るや否や欲情にかられ、真理を犯してしまいます。祖母である真理を。真理はヒルマロの子を産みます。以下、同様に続く。その間、まるで毎日が休業のようにずっと傍観を続ける本日休業でした。彼は、ヒルンこそ最も進化発展し滅んだ古代人類生き残りであろうことを理解するとともに、現代人の未来を悲観しながら。　ところで、札貫一族の中で生き残っている人たちはどうなったの？　全ての人類がヒルン化していく中で、人里はなれた山にこもり、それはそれは平和に暮らしましたとさ。どっとはらい。　手塚先生、ごめんなさい。先生の作品をもてあそんで汚してしまったようです。陳謝とともに、合掌。

2007年07月09日

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手塚治虫「ブルンガ１世」

神様は　時に悪魔の　担い手　　この作品、冒頭からすればゲーテ著「ファウスト」の引用があるように、何を言いたいかはすぐ分かりますね。彼が、そのゲーテをモチーフとした作品は、これ以前の「ファウスト」や以降の「百物語」そして「ネオ・ファウスト」などは如実ですね。また、あの彼の最高峰の一つにも数え上げられる作品「どろろ」においても、あの醍醐景光を中心としたお話は、まさにファウストの変型です。　手塚氏が何故にそれほどにもゲーテの「ファウスト」に拘ったかと言うと、彼自身が、何故に漫画を書きつづけているのか、そういう自問自答の中で、ゲーテの作品の言葉が心の支えにもなっているからにほかなりません。彼にとって悪魔とは、自らの生涯における夢や希望に対し、いかに現実に対処する時に悪魔の言葉を聞き、それに従わなければ社会の中で上手く生きていけないか、そういう葛藤の際に、ファウストが彼の心の支えになっていたことは間違いありません。この「ブルンガ１世」も、始めは単にファウストの引用とともに、悪魔から授かった生き物を人間が育てる、そんな話から始まりますが、ブルンガに対する番のブルンゴ、さらには、二人（二匹）の子どもであるブルンガ２世までが登場し、始めのコンセプトからすると、面白おかしきお話が優先されて展開されてるな、とも思えます。　でも、おそらく当時の連載とは違う書き直しがあったとは思うのですが、慌てて、ラスト近くで、手塚氏は言い切ってしまっています。ブルンガという怪獣が一番大切な家族の筆頭であるブルンゴに対し、二人の子どもも憎しみだけでいっぱい生まれていることにも対し、「人間ハ　イロンナモノヲ発明スル動物ダ　デモソレガミンナタタカウ道具ナラ　ドンナニ口デナカヨクシヨウトイッテモケッキョクダメダ」と言ってしまっています。確かに、それで見えてきます。でもね、そこでは既に、風風の間柄でも戦うし、親子の間柄でも戦う、そんな間柄だけ際立って、「ファウスト」や「百物語」「ネオ・ファウスト」そして「どろろ」などでの別の意味での人間としての葛藤よりも、単純に悪魔の手先に終わっているかもしれないな、そうも思えます。　でもね、はじめは小さなペットのような生き物だったブルンガとブルンゴ。それに対し、人間が自分の力以上に悪事的なことも含めて偉大になろうとすることで、そのペットあっていい存在を利用するあたりは、明らかに単にペットではない、人を人としながらも、人ではない道具としての活用をする人間たちの愚かさをまざまざと描いている、そういう作品ですよね。　ほら、最も人として自分にとって大切な人間を自分のなりあがりのための道具に使うに日常茶飯事がここにはグロテスクにもまざまざと描かれています。ブルンガが悪魔の手先だとすれば、その悪魔は誰の心にも宿るちょっとした悪意の化身である事を、この作品で知ることでしょう。

2007年07月09日

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手塚治虫「空気の底」

箱の中　空気の底で　汗たらし　　このショートストーリー連作集は、けっしてシリーズとしての一貫性のある作品群ではないけれども、そのひとつひとつが何故か最後の作品「ふたりは空気の底に」に終焉されるような感覚で、「空気の底」で生きている私たち人間のドラマの数々であることを改めて認識しました。　かつて、このオムニバス的作品群の中で印象に残っていたのは、「ふたりは空気の底に」は勿論、「ロバンナ」「処刑は３時に終わった」「ジョーを訪ねた男」「野郎と断崖」「うろこが崎」「わが谷は未知なりき」「猫の血」。これらは再読においても改めての認識がありました。　妻とロバ、本当に心が入れ替わったのか、愛情における狂気の沙汰なのか、の「ロバンナ」。心の癒しの麻薬に対して、行動とは心と密なものなのか乖離しているものか、の「処刑は３時に終わった」。自らの存在とは肉体に依存するのか精神に依存するのか、の「ジョーを訪ねた男」。自己保存の先に自我をも越える生命を尊さを心の奥底から叫ぶことができるのか、の「野郎と断崖」。伝説の悪魔的な姿に現実の悪魔の隠れた形相をどれだけ現代人は察知できるのか、の「うろこが崎」。我々が生きている世界は本当に見たとおりの自由な世界なのか与えられた宿命的世界なのか、の「わが谷は未知なりき」。自らの未来に日常に埋没されることなく予感を抱いて生きていけるか、の「猫の血」。　そんな認識は全て疑問の投げかけ。しかし、かつて印象に残っていなかった、今回の再読によって始めてクローズアップされてきた作品、それは「カタストロフ・イン・ザ・ダーク」。この作品が浮上してきたのに我ながら驚いています。　おそらく、かつては疑問にも程遠いカタストロフが今回の再読で、最も人生を顧みさせてくれることになったのですね。そう、自分が生きてきた中で、あのとき目を瞑って今日まで生きてきたとする自分、実は目を瞑った瞬間、自分の人生は既に終えていたのではないのか。今は全て夢。ぶるぶるって震えます。　あっ、そうそう、もうひとつ挙げておきたい作品、「グランド・メサの決闘」。筋とは外れますが、台詞に「おれは鉄道でもうける奴は大きらいだ」というのがあります。そして主人公は有能な法律家になり鉄道会社のような独占企業をセーブさせる連邦法が作られる経緯が描かれています。私は「おお、我が地域で独占に胡座をかいている名鉄に読ませたい」と思いました。　ちょっといきなり細かな話ですが、本日異常気象のせいか、この地域は５月にもかかわらず気温３０度。朝から既にその気配。なのに、朝の名古屋鉄道の通勤電車内、人の熱気も手伝って暑いなんの。汗だらだら。車掌さん何してるの、車両のファン回しなさいナ。が、駄目なんですな。車掌さんの技量判断だけと言うのも情けない。名鉄のＣＳ（顧客満足）度の低さよ。ああ、同じ路線に競合他社がいればこんなことはない、生活者にとって独占企業の利用者不在感。　実は、その後、駅を降りて身体がいきなり冷却されたのだと思うのですが、一日鼻水たらたら状態、考える仕事は全く捗らず。供給側は「それでも利用するのは便利だからじゃろう」と左団扇でいると思うと、いやいや利用しなければならない自分が情けなくなりまする。　日本の民鉄の中で、競合他社がいない名古屋鉄道は一番利用者に嫌われている鉄道会社ですね。今度、名鉄に捨て台詞を言いましょう、「おれは鉄道でもうける奴は大きらいだ」と。　ああ、本当に、私たち人間は金魚蜂の水の中で生きる金魚のように、地球の空気の底、名鉄電車の薄くて暑苦しい空気の底に蹲って生きなければならない存在なんだ、そう思います。

2007年05月10日

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手塚治虫「魔人ガロン」

魔の人と　誰が冠　被せたか　　私がガロンくんと出会ったのは、ゴジラでいう「ゴジラ」ではなく「モスラ対ゴジラ」のように、「アトム対ガロン」でありました。ゆえにアトムはイイモン、ガロンはワルモン、そんに印象でした。　でも、アトムのお話に登場する前に、ちゃんと「魔人ガロン」というお話があるのを知って、そして読んで、いろいろ考えたら、アトムを前にしてやむなくワルモンという立場だけど、アトム自身、彼をけっしてワルモンにできない、そうしちゃったのは人間様なんだ、そういうことが分かってきました。　ところで、ガロンって本当はメチャかわいいんですよね。人間よりも３～４倍は図体がでかいようですが、旅館では浴衣を纏うし、人の話そっちのけでぽ～っと野の花を愛でていたり。子どもが無邪気に遊ぶ純真な心の持ち主。　心といえば、ガロンの心臓にはピックという少年。彼はガロンの心、いわゆる良心なんですね。ガロンにとってピックは、あたかもも兄貴分の同級生とか先輩とか兄とかいう存在じゃないかなあ。ピックのいうとおりに行動するし。　じゃあ、ピックはずっと良心の塊なのか。そんなことはないんですね。いろいろな人間と出会う中で、あるときは人から愛されながらも、あるときは人から騙され利用されて。　ピックも子ども。双子としていっしょに育てられながら、兄としての存在のケンイチくんよりも育ちが遅い、まだまだ分別があいまいな子ども。ケンイチくんをお兄ちゃんと呼びます。ピックはガロンにとって良心でありながら、その両親を育てるべく親や周囲の取り巻き連中、社会環境の影響が大きいのです。良心であるピックをいかに育てられるか、なんですね。　そうしたガロンとピックの関係は、単に「敵に渡すな、大事なリモコン」である鉄人２８号に代表されるような、コントロールする者の操縦どおりにしか動かないロボットとは、明らかに一線を画しています。ピックとガロンは二人だけのコミュニケーションをとります。ガロンは大きな身体で力も凄いけど、彼が信頼できる相手はピックだけ。そして、ピックが唯一人間で信頼できる相手はケンイチくん、という図式。　ところで、もともと宇宙規模の発想でのガロンとピックの位置づけがあります。地球がイイモンの星なのか、ワルモンの星なのか、それを判断するために、ガロントピックを地球に送り込まれました。「Ｗ３（ワンダースリー）」に似てますね。はたして地球人はいいことに使うのか悪いことに使うのかを見定めるためです。そんなガロンとピックに対し、地球の大の大人たちは、騒ぎを起こす輩をあたかも排除するように分解しようとしますね。そうすれば騒ぎが治まると判断するんですね。　なんか、だんだん見えてきましたよ。そう、臭いものには蓋をする論理じゃないでしょうか。本当に根絶しなければならないものは他にあるのに、とりあえず騒ぎを巻き起こす存在だから抹消しようとする、いいんでしょうか。ちょっとノウミソが足りないけど身体がでかくて力持ちの子と、彼の良心となろうとしてあたかも無二の親友のように行動を共にする心優しい子、でも、二人の周りにいつも騒動や事件が起きるために、問題児として世間から追いやろうとする大人たち。　あらら、今の教育問題に少年犯罪問題、こんな随分以前の手塚治虫作品が問題提起し応えているではありませんか。魔人ガロンは私たち人間を試すために送られた使者。この作品をみんなで読んで、表面的なピックやガロンに該当する少年たちを問題視するよりも、もっと根本にある、大人たちの社会に対する捉え方を顧みることが大切でしょうね。そうしないと、試される人間の方が、ピックやガロンよりも試験不合格で地球から脱落すべき存在になっちゃいますよ。

2007年05月10日

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手塚治虫「よろめき動物記」

よろめいて　既成概念の　苔落とす　　さて、私が手塚治虫作品で奇想天外文庫から出版されて持っている最後の作品集（以前この文庫から出ている「フースケ」「すっぽん物語」については書いたので）のコメントです。　この「よろめき動物記」には、例の下村フースケなる人物は登場いたしません。所収されている作品は「ヌーディアン列島」「よろめき動物記」「アポロはなぜ酔っ拂ったか」「異法人」「角」「反射」でして、この作品集は奇想天外文庫以外からは、どうやら出ていないようですね。　で、この本、よろめいてしまうのは表題の「よろめき動物記」の連作さんもさることながら、ドショッパツに収められている裸社会の日本になったお話、「ヌーディアン列島」です。この作品、相当ムリがあるよ～、と言う方がおられれば、私もなるほど仰られるとおり、そう思いもします。でも、さすが、シチュエーションマンガ、大前提なる世の中の環境を変えますれば、人間って、なんだかんだ言いながら順応していくんですね。新しい環境に適合しちゃうんですね。　私たちは「ありえないじゃろ～、そんなことないじゃろ～」そう思うのでありますが、例えば昭和という時代、特に前半である戦前に人間形成されてしまった方々は、今の世の中を「ありえないじゃろ～、そんなことないじゃろ～」と思いつつ、そうなってしまっていると思ってられるのではないでしょうか。　そして、今は当り前、そう思っている人々の様々な事柄も、なんのことはない、その後の新たな環境の推移や変化によって、同じように思わさせられる二の舞を演じざるを得ないかもしれない、のですよね。この作品集「よろめき動物記」の連作の中にもありますが、途中でミミズが切られた半身を生やすが如く、自らの作品も、あとは他の作品から生えてくるから大丈夫、なあんて捨て鉢なる言訳に押し留めるのも、ひょっとかしてもしかして、けっして捨て鉢ではない、本当に生えてくるかもしれませんよね。　えっ、えっ、実は、かつての自動書記とは異なる、実際に、自己増殖し、もともとの書き手なんか要らない物語の自動創造が世の中に今いっぱい出回っているらしいじゃないですか。おおおっ、私たちは「ありえないじゃろ～、そんなことないじゃろ～」という既成概念は明日、すぐ破られる時代に突入しているってことなんですなあ。　ああ、ゆうらりとよろめいている場合じゃない、なんて。これって、素晴らしいこと、アホ臭いこと。

2007年04月24日

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手塚治虫「すっぽん物語」

すっぽんや　鼻から鼻へ　たらい回し　　ほら、この作品集にも、以前「フースケ」で書いた下村フースケがスターシステムっぽく登場します。ちなみに私が再読した「すっぽん物語」、これも奇想天外文庫のもの。収録作品は「すっぽん物語」「怪談雪隠館」「巨人と玩具」「フースケ風雲録」「負け女郎」「無能商事株式会社」。手塚治虫漫画全集とは少々異なると思います。　フースケが登場しない作品もありますが、私から言わさせていただきますれば、フースケ的なもの。フースケは、スターシステム以上の存在でもあります。というのも、他のスターシステムによるスターたちは、基本的にはある程度のキャラクターはありますが、ちゃんと作品にあわせて、その役柄を演じなさっております。しかし、ここでのフースケ、万が一他のスターのような扱いで他の作品に共演してしまうと、作品までがフースケ的なものになってしまう。彼の鶴の一声で、大浪漫街道的感動場面も、あっというまに大道具のセットが崩れ去り、お笑いのオチで終わりかねないわけです。　フースケは一見、普通の人間ですが、そういう意味では爆弾人間であります。それは、私たち普通の人間も、日常普通の面をして過ごしておりますが、その心の中には大きな爆弾を抱えているといって過言ではないのでしょうね。　ちなみに、この「すっぽん物語」の中には、フースケではなく手塚氏自身が登場する「怪談雪隠館」という作品があります。なるほど、フースケは手塚治虫の分身なのかもしれませんね。

2007年04月24日

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手塚治虫「フースケ」

普通でも　周りが異常なら　お笑い沙汰　　　　　フースケとは、下村フースケなる人物。みなさまのすぐ隣にいらっしゃる人物。「フースケ」という漫画本はいろいろありますが、私が再読しているのは奇想天外文庫のものです。他に、手塚治虫漫画全集（講談社）や「フースケ」文春文庫ビジュアル版もあるようで、収録作品は異なるみたいです。ちなみに、私が再読した奇想天外文庫に所収なのは、「ペックスばんざい」「月に吠える女たち」「げてもの」「くるします・いぶ」「どんけつ紳士」「占性術入門」です。　フースケなる人物は、本来なら手塚スターシステムの一人に加えたいのですが、他の連中との接点は非常に少ないですね。しかし、総理大臣にしたい手塚キャラNo.1は誰ですか？なんて設問に対し、下村フースケ、なんて回答もあるくらいで、日本の未来はまだまだ明るいですねえ。　彼は、どこにでもいそうな平凡なサラリーマン。でも、彼をめぐっって起きる騒動は抱腹絶倒、奇想天外です。月夜の晩に突然すべての女性が発情し始めるかと思えば(「月に吠える女たち」)、外国のヘンな元首が、突然下宿に亡命してくるかと思えば(「どんけつ紳士」)、生きた女性の人格を持つ家に惚れられる(「敷金ナシ!」)、などなど。　このあと、おそらくフースケ的な作品が収められている奇想天外文庫を再読する予定なので、ちょっと、その通しでの感想もしちゃいますね。というのも、手塚氏自身もおっしゃってられますが、これらには、他のドラマチックな物語と比べると、そうではない不条理漫画と言われるジャンルがありそうでなさそうで、実はあるみたいですね。　その不条理漫画の一つの手法として、普通の人間を中心に据えながら、環境とか社会背景とか時代背景などを摩り替えてみる、というものです。シチュエーション漫画と言われているらしいものが、この類で、社会経験で擦れてきた大人たちには、これがペーソスとかシニカルも含めて、受けがいいそうで。　ま、受け狙いはともかく、そこで私たちが見るものは、ドラマチックな自分の分身的ヒーローがいるのではなく、私やあなたと同じ、ドン臭くって日常を卒なく過ごそうとする普通の人々が、奇怪で突飛なシチュエーションに陥ると、どう振舞うかが面白く、偉大なる感動よりも、「ありゃりゃん」「ぬえっ」「何じゃこれ」「ちょい待ちんさい」が私たち普通に暮らしながら、何故に普通に生きられないかを、素直に、しかも多分くだらなくも意外や真実かも、と思わせぶりに味わわせてくれる、そんな楽しき作品どもなんですね。　ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ、私なんかフースケじゃないわよ、そう思う人もいるでしょ。でも、さまざまなドラマや映画、人生のひとコマを描いている作品があるとすれば、私はあのヒーローやヒロインよ、なんて思いながら、あくまでも理想だと思わざるを得ない自分も知っているでしょう。てなると、フースケは好きじゃなくとも、一番身近な人間、そして一番身近な自分になるわけですね。　私なんぞは、手塚氏の数多くの作品を鑑賞しながら、作品の中に登場する人物で最も手塚氏に身近なキャラクターと言えば、もう下村フースケではなかろうか、そう思うのですね。もっと言えば、スターシステムでいろいろなキャラが様々な作品で登場しますが、たまに、ご本人である手塚氏が登場している場面があるとすれば、その役を下村フースケにピンチヒッターやらせてごらんなさい。妙なる演技で持って、手塚氏が登場してしまう役柄を難なくこなしてくれるはずですよ。そう思いませんか。

2007年04月24日

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手塚治虫「ハトよ天まで」

タカくくり　地を這うハトよ　天へ舞え　　実はね、この作品に始めて出逢ったとき、手塚治虫の人となりと言うか、これを好きか否かで手塚治虫という人の漫画に込めた想いが理解でいるかどうか、そう思わざるをえない作品だなあ、そう思いました。なんか、思うことばっか。でも、思いは重いのよ。　だって、この作品自身が、手塚氏のオリジナルではあるけれども、これを描かせたインスピレーションは、ご本人も暴露されていますよね、あの松谷みよ子さんの童話作品「龍の子太郎」なんですよね。うひゃあ、私も、民話に親しんだきっかけが、そうでした。　ほりゃあ昔から民話は数あれど、そして、それの焼き直しで有名になった、「坊やあ、よい子だ　金だしなあ」の日本昔話もあるけれど、そうした民話を自らの創作物語に仕立てたのは、やっぱり松谷さんであり、それに追従して画いたこの手塚氏の「ハトよ天まで」だと思うんですよ。　でもね、この作品ってね、そんな民話を大切にしましょう、だけでは分かってもらえないかもしれない、そんないつもの危惧が働いた手塚氏による、彼ならではのメチャ、ユニークな作品に仕上がりましたよ。　民話といえば、過去の話。それを掘り起こす作業。でも、この「ハトよ天まで」は、そんな作業を自らに課しながら、それだけでは理解者が増えないかもしれない、だろうことから、単に過去の伝承だけでなく、それをモチーフにしながら、現代社会にも相変わらない庶民の苦悩や苦痛（ほら、読んでいて分かるでしょ。現代社会における政治や経済において頻繁に出てくる庶民の苦しみや悩みが、ちょいとしたシーンごとに、まるでシニカルな宝石の如く散りばめられた会話のエスプリ、エッセンス）に、いっしょやないの、そう思わせる場面が随所に。　私らは、子どもたちに楽しい民話の世界を伝えるだけでなく、民話って古いよね、つまんないよね、ありえないよね、と言われかねない読み手の子供たちに対し、そうじゃないよ、現代社会にも同じことがあるよ、そう語ってくれてますね。しかも、その視点が、図らずしも、この作品の設定時代からすれば現代は未来なんですよね。　はい、もう分かりますよね。この作品がユニークなのは、民話の世界を描きながら、そこには単に過去だけではない、過去から現在、そして未来へ、連綿と続く私たちの日常の時間軸を、まざまざと描いてもくれているんですよね。手塚氏ご本人も、それを相当意識されている故に、この作品がご本人にとってもベストテンに入る作品なんでしょうね。　ちょっと各論的な話ではありますが、物語の中で、幾つもの山を越えた道ができること便利になる件がありますが、その先には、流通的な経済の発展、政治的な統治のし易さ、そして住民相互の人の交流など、メリットが将来的に見えてきます。でも、ここでは、それによって失うものも描かれています。民話の世界で言えば、単純な話、登場人物が消えていく存在ですね。久風呂岳の火口深く血の池の主、アビル。アビルとは縄張りを争う仇敵同士で、龍ヶ淵の主の竜田姫に惚れている、黒姫山の主の天狗、黒主。アビルと黒主の縄張り争いに巻き込まれ、住処を追われてしまい、人里に降りて、ハト丸とタカ丸を育てることになる、蛇の竜田姫。　そうした妖怪、物の怪、魑魅魍魎、そんな存在と人間との戦い。しかし、戦いというなれど、未来からの使者からすれば、信じなければ存在しない存在（どんな存在、どんなもんだい！）。妖怪もお化けも、人間がいなければ存在できない。ようは、想像上の生き物。人間が想像し、想像された存在が独り立ちし、人間と対等に戦いあう。　ほら、便利になると、世の中、合理的になるし、みんな楽ができて自由になる、そう思われているではないですか。でも、そこには、合理性のおかげで、想像性、空想世界というものを生み出す想像力の自由性が毟り取られているんですね。　技術の発達であるとか、社会の発展であるとか、そういう私たちの向上心は、努力は惜しまないにしても、いつのまにか一方向の貧困な創造に偏り、もっともっとかつてあった妖怪、物の怪、魑魅魍魎を生み出した私たちの諸先輩の想像力をなんにも受け継ぐごとができていない、つまんない、くだらない、何が霊長類だ、と非難轟々の人間がたくさん生まれていきます。　さて、もっと喋りたいのですが、時間と原稿用紙の余裕がなくなって来ました（おいおい、ほんとかよ）。そこで、問題です。　主人公が二人いますね。どんな名前でしょうか、なんて言っても仕方がありませんね。タカ丸とハト丸に決まってますが、これ、政治でよく使われる、タカ派、ハト派。ね、きわめて現代的ですね。それと、主人公が二人。一人でも充分ですけど、一人の二面性もありますね。そう、どう生きるべきかでいつも悩む一人の心の中の二律背反。そして、生みの親と育ての親。育ての親は、竜田姫という蛇の化身。想像上の生き物に育てられる、イコール、想像力逞しい子になるべくしてなった、ということでは。　主人公もさることながら、別の世界から来た佐々木大次郎。税金の取立て役だとか、その裏で職責利用した賄賂なんぞは、現代社会の愚の骨頂。さらにその先の未来からの訪問者という設定からすれば、彼が過去の民話の世界で一生を終えたかったというのは、なかなかな感想。　表現手法の観点から、もうひとつのユニークさを語りましょう。それは、漫画的手法と民話的手法の混在。通常漫画ならば語り部はいません。吹き出しだけ。でも、ここでは「昔むかし、あるところに・・・」を手塚氏は導入しました。そのために地の文が必要になったのです。だから、絵とは別に、説明的なテキストが施されています。　もちろん、これは、吹き出しだけの漫画ばかり読んでて、小説などの物語、テキストだけを読むのは苦手な子どもには辛いかも。でも、この表現手法がベストなのは、漫画を否定ばかりした当時の親と漫画ばかりに走る子どもたち、そんな時代背景もあったのではないでしょうか。手法もさることながら、ここまでの作品を、「漫画ばかり読んで」と言ってマンガばかり読む子供に対して全面否定を繰り返していた中に、「これならよかろう」と分け入った、そう思えなくもありません。　さて、最後に、どうでもいいことですが、もひとつ教育的指導の話。「いらなくなったものは捨てなさい」「いつまでも取っておかないの」「無駄なものは全部ゴミでしょ」なる言葉に代表される、かつての教育ママゴンと言われる人種の言葉に打ちのめされて、やむなく小さい頃の玩具などを捨てざるを得なくなった子どもたち。そんな子どもたちは若者と呼ばれる世代に成長しながら、いらなくなったものを平気で過去のものにすることを余儀なくされます。　でもね、そんな親の言葉を間に受けるよりも、当時の子どもから若者に成長した過程の人々よ、その玩具が永劫不滅生き抜いていく魂を宿していたかもしれないことを今になって思いませんか。思う節があれば、是非それを反面教師として次の世代に活かして欲しいですね。そんな子どもたちには、その想像力という魂で生き続けることができる玩具たちを、次へ伝えて欲しいわけです。まさしく、その発想が民話なのですから。　民衆といわれる人たちが大切に語り継ぎたい生きる糧の「内緒の話は、あのねのね」。例えば、私が何回も読み返し、ページの隅々まで見つめつづけた絵本があります。安野光雅という人の「旅の絵本」。彼の展覧会を最近見た契機に、ふと何年もして我が本棚から引っ張り出し、再度、各ページを眺め回してみました。すると、馬に乗った旅を続ける男の背中にひょいともう一人乗っている者が見えるんです。それ、よく見ると、私の子どもの頃の姿ではありませんか。そこに自分がいる。　おそらく、慌てて改めて新しい本を書店で見つけても、そんな私を書店の本の中に見ることはできないでしょう。そう思うと、捨てなくてよかった、ってね。そして、この後けっして、この本は余計に捨てられない。そんな想像力の化身が世の中にはうじゃうじゃあるはずですね。　そうした想像することの力、それが民話に出てくる妖怪、物の怪、魑魅魍魎であり、この作品がシンボリックに表現した育ての親、竜田姫の源なのでしょう。そんな想像力なくして、真の創造をすべき力が社会人になって発揮できましょうか。ひとえに、そうした人間を育成するための格好のテキスト、それが、この「ハトよ天まで」ではないか、そう思えてなりません。

2007年04月13日

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手塚治虫「やけっぱちのマリア」

行き過ぎに　やけのやんぱち　弾みつく　　かつて「受験生ブルース」という歌がありました。中川五郎がボブ・ディランの曲に替え歌として詞をのせた「受験生ブルース」に、高石友也が新たに曲を付けて発表し、大ヒットしました。その歌詞の中に「昼は悲しや公園へ　行けばアベックばっかりで　恋しちゃならない受験生　やけのやんぱち石投げた」という件があります。　この「やけのやんぱち」そのものが主人公の名前、焼野矢八こと通称ヤケッパチは、父子家庭に育った暴れん坊。ある日彼は妊娠すします。いえ妊娠と言っても本当の子どもではありません。彼から産まれたのはエクトプラズム。そして、ヤケッパチの親父のダッチワイフの身体に宿り、マリアと呼ばれて人間生活を送るようになります。ヤケッパチは対立する不良グループや、そのボスである影のスケ番との争いの中で、マリアは自分にとってかけがえのない存在になっていきます。　そんな学園恋愛ドタバタナンセンスコメディを書いた手塚氏自身、この漫画を書いた理由として、おそらく先に述べた受験生ブルースの「やけのやんぱち石投げた」気持ちがあったのでしょう。その時期の漫画界には、「ハレンチ学園」のような、エログロナンセンス漫画がブームにもなり、過剰な性表現や、学園青春漫画における暴力表現などに、諷刺を込めたかったのでしょう。おかげさまで、この作品そのものまでが1970年には福岡県で有害図書に指定されているようです。よけいに手塚氏は、やけっぱちになったかもしれませんね。　でも、そうした風刺も込めながら、青少年に向けてのしっかりとした性教育や心の問題にきちんと取り組んでいない教育現場に対しても思いが合ったのではないかと思います。この作品に出てくる学園の先生方も、まさにそうした気配が色濃く見られます。唯一、理解者である秋田先生は、この作品を少年チャンピオンに掲載させてくれた秋田書店への敬意でもありましょう。　私が思うに、この作品が他の漫画への風刺やら正しい性教育という観点もさることながら、母親を小さい頃に失った主人公の恋愛感情の推移、心の育ち方が最も重要なポイントではないかと思います。マリアは所詮、自分自身でしかありません。それは、失った母親への思いであるとか自分そのものを愛することであるとか、エディプス・コンプレックスやナルシズムなど成長期に辿る心理学上の代償愛なのですね。マリアからすれば生身の女性であるはずの雪杉みどりの愛の告白にも見向きもしません。しかし、雪杉（行き過ぎ）さんとは、このネーミングもなんか、やけっぱちですね。　マリアという虚像が失われんとする時期に、いきなり登場する羽澄マリさんに、今度は生身の相手に恋愛対象として思いを寄せるようになるヤケッパチ。この羽澄（弾み）さんも、弾みで登場するからでしょうが、なかなかやけっぱちで作品を締めくくろうとした感もあって、いいですね（何がいいのやら）。　何はともあれ、手塚氏のやけのやんぱちで投げた石は、狙い通りの相手に当たらなかったかもしれませんが、結果としては一石を投じた作品であることは確かではなかろうか、そう思う次第であります。

2007年04月08日

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手塚治虫「ふしぎなメルモ」

キャンディの　味覚に潜む　大人の香り　　知っているのはテレビアニメの「ふしぎなメルモ」。それもそのはずです。テレビアニメ化する前の原作の原題は「ママァちゃん」。小学一年生（小学館）に連載されたと言いますが、それを、まったく知りません。　ただ、これと同じ系列の作品として著名な「やけっぱちのマリア」に「アポロの歌」。これらは、漫画そのものをよく知っています。これらは、またどこかでお話したいと思いますが。　ところでメルモという名前ですが、メタモルフォゼから来ていることは有名ですね。青いキャンディ、赤いキャンディで、１０歳分大人になったり子どもになったりは憧れの的でした。もちろん、男の子（たいして成長過程で変身しないし）から見た異性のエロティシズムとして人気を博したことも多かったでしょう。いわゆる未熟なものからすれば、成熟することへの変身願望は、ある意味、ただの力の増量なんではなく、分別というものを頭でっかちな理屈でなく身体が装備していく、そうした憧れなんでしょうね。　私は、近所の大人の女性たち（と言っても、十代後半の女学生たちでしたが）と仲良く過ごさせていただいた日々の経験があり、そうした彼女たちの大人特有の世界、子どもである自分の分別では認めずらい秘密の花園的な世界に対し、ああ、早く大人になりたいよう、早くお姉さんたちと対等になって知らない世界を理解し、子どもとして扱われるのではない存在になりたいよう、そう思ったものです。　メルモちゃんは、まさしく、私にとって、大きくなったりして大人の世界の分別で行動もしていたわけですから、そんな対象としてあったとも言えます。　この作品は、先に述べた「やけっぱちのマリア」に「アポロの歌」とともに、子どもたちに、いわゆる性教育的な立場で紐解いた作品とも言われていますが、そんなことよりも、身近な親や学校の先生なんかよりも、私に大人の世界へのひとつの架け橋を作っていただいた最も身近な先生のテキスト、そう今では思えてなりません。

2007年04月08日

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手塚治虫「アドルフに告ぐ」

忠誠への　囚人たちを　救いたまえ　　確かに「アドルフに告ぐ」は、手塚作品の代表作とは言えないと言われてしまえば、まあ、そうかもしれません。他の彼の作品がたくさん思い浮かびます。　でも、このたび再読して思ったんだけれど、これを代表作とも思いたい自分がいることに気がつきました。この作品は、手塚先生の戦争及び戦後体験から生まれた数々の作品の集大成にも思えるからです。しかも、そこには戦争の原因たるものの最も深淵が描かれているとも思えるからです。　さて、三人のアドルフ、この名前でもっとも歴史的な人物と言えば、もちろんアドルフ・ヒットラーです。そしてもっとも著名な歴史的出来事もアーリア人純潔国家を築こうとしたナチスドイツを中心とする第二次大戦であり、ナチスドイツとも同盟国の立場をとった日本の太平洋戦争にも繋がります。　しかし、この物語のラストは、そうした戦争に終止符が打たれたところであるとか、終戦直後であるとかで終わりを告げていませんね。パレスチナにおけるイスラム建国、そしてアラブ人とユダヤ人との争いまで引きずります。　確かに日本の歴史からすれば、「おいおい、このラストは余分だろう」という声があがるのも分かります。しかし、先に述べた、この作品が手塚先生の戦争及び戦後体験から生まれた数々の作品の集大成として位置付けたくなる理由が、この余分に思われるラストに色濃く出ているのです。　日本人であれば、どうしても終戦と戦後という節目と新たな時代でまとめたがります。そして、終戦以前を忌わしい過去、悩める歴史としてただ単に振り返る道具にしつつあります。しかし、そうして、おしまいにしたがる日本人に対し、手塚先生は「ちょいとお待ちなさいよ」とも言ってくれてるんですね。　余分と思われる後日談に、実は手塚先生の主張が一人のアドルフの生の声にも出ていますね。ごめんなさい。書いちゃいますね。「世界中の子どもが正義だといって殺しを教えられたら　いつか世界中の人間は全滅するだろうな」「おれはおろかな人間なんだ　だがおろかな人間がゴマンといるから国は正義をふりかざせるんだろうな」　この言葉を吐く、ドイツ人と日本人のハーフであるアドルフ・カウフマンは、子どもの頃、ともに神戸に住むユダヤ人のアドルフ・カミルと大の仲良しでした。しかし、父親の強行策によりドイツの学校で教育を受けることになるのです。彼が言うように正義の名のもとにいつのまにかアーリア人がＮｏ１であり、ユダヤ人を平和の敵として教えられます。挙句のはてに、アドルフ・カミルの父親を自らの手で射殺する運命に。数奇な運命によって得られたこの言葉を、私たちは噛み締めなければなりません。　さらに物語は、歴史上のアドルフに対し、この二人のアドルフが、ある意味、争いの根源を私たちに身近なものとして披露してくれます。さらに、三人のアドルフが絡むこの物語にひょんなことで足を突っ込んでしまいながら、いわゆる狂言廻し役も演じ、この物語を自らの手記として書くことにもなる男、峠草平。ドイツに留学した彼の弟がナチスにとって致命的な情報を入手したことでゲシュタポから暗殺されます。その情報の証である書面を弟の遺言状のように握り締める彼に、それを狙って次々と様々な人間が絡んできますね。　このドラマは、峠草平が図らずしも、ナチスドイツだけではない、知らず知らずのうちにグローバルな視野で国家という枠組みの中で翻弄される人間達の悲劇をカレイドスコープを覗くように、様々な人生模様を垣間見ることになります。その視点の大きな柱、三つのポイントこそ、三人のアドルフであるとも言えます。　国家イコール己を叫んだヒットラー、そして、それに対し一個人の人生と生き様にスポットを当てられた二人のアドルフ、カウフマンとカミル。それらに峠草平という、第三者でありながら、しかも、それでもひょんなきっかけで、ドツボに嵌るかのごとく人間関係を持ってしまった彼の複眼は、私たちに、単に国家だ、あるいは一個人だ、という選択では得られない、きわめて構造的な近代から現代への国際社会での問題点を否応なしに見せつけられるのです。だから、日本の軍国主義もナチズムもイスラエルにおけるパレスチナをはじめとしたアラブ諸国への迫害行為も、まったく別なるモノではない、国家の指導者の心の中に巣食う偏った正義への論理と、それに煽動される国民たちの悲劇や人間の心の闇が正当化され暴走していく姿を、見せつけられるのです。　それに、峠草平を軸にして関わる、このドラマの多種多様な環境と境遇の中に生きる人々。例えば由季江や仁川三重子や、小城典子といった女性陣たちさえ、私たちは、峠草平を介して生々しい個人の生き様を見せつけられるのですね。そう、見せつけられる。この作品で、誰が正しい、誰が悪い、そんなことではない、大きな国家の流れの中で多くに人々が翻弄されながら、いかに自分を生きようとするか、その生き様を見せつけられるのです。そう、生き様を見せつけられる物語、それが「アドルフに告ぐ」なんだと思います。　もう一度カウフマンの言葉を記しましょう。「世界中の子どもが正義だといって殺しを教えられたら　いつか世界中の人間は全滅するだろうな」と。ほら、見えてきませんか。　でも、これを受けながらも、私は、ちょっとつまんない愚痴を言いますね。それは、私が再読したのは文庫版なのですけど。その最終巻（第5巻）の巻末に掲載されている関川夏央氏の解説、この作品を締めくくるのに相応しくあって欲しいんだけど、作品論でなく、手塚治虫という人、作家論に陥って満足してしまった締めくくりに終わっちゃっています。残念でならないことが、私は言いたいのです。私なら、以上のような作品論としてのコメントとともに、この作品、今こそ映画化し、世界の人々に観てもらうべきではないか、と思います。何故なら、カウフマンの言葉こそ、今でもなお続く地球上での争いに終止符を打ちたいからです。もし、その映画、私が監督をするなれば、冒頭あるいはエンドロールでも構いません、「世界中のアドルフという名前の子供たちに捧ぐ」、というクレジットを入れたいと思います。　どうして地球上から争いが消えないのか、争いが消えるためにはどうすれば良いのか、おろかな人間がゴマンといる中で、おろかな人間の誰かが指導者になり、同じおろかな人間を正義という名で洗脳する、そういう歴史に終止符を打つことですね。アトムだって正義の名のもとに洗脳しようとする人間たち。それを救えるのは、正義だとか愛国心だとか言っている指導者たちの論理に侵されない、国家を食み出した健全なる心の持ち主たちでしょう。そうした子供たちを、私たちは育成しなければならないのではないでしょうか。

2007年04月08日

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手塚治虫「地球を呑む」

呑むほどに　情けは人の　ためならず　　雑誌ビッグコミック（小学館）の創刊にあたってタイトルを予告に出さねばならなかったそうで、初めは「地球を蚕む」だったそうです。「蚕む」？　なんて読むの？　「かいこむ」？　まさか。「むしばむ」だそうです。「蝕む」って書けば、ちゃんと「むしばむ」って読んでくれそうなのに。　で、手塚先生、「地球を蝕む」にせずに「地球を呑む」にしちゃった！　あは！！　意味よりも、その文字の形に拘ったのでしょうね。どうせ、まだ内容は出来上がっていなかったそうで、いいですね、こんなあたりが好きです、手塚先生。神様じゃない人間臭さ。　でも「呑む」にしたことで、いい作品に仕上がったのとちゃいますか。主人公の五本松の大酒呑みに象徴される生き方。いや、主人公はゼフィルス、あるいは彼女の娘たち七人によるゼフィルス戦隊でしょうが、そう言われる方もいらっしゃいましょう。でも七人の娘たちの中でミルダだけが脱落しながら固有名詞を与えられた（そういや、もう一人いましたね。あれ、固有名詞与えられず脱落して消えちゃった）のは、五本松を愛したおかげじゃないですか。　この五本松という名、実はとても馴染み深いのです。私が通っていた中学校が五本松町という町にありました。昔、五本の松があったか否かは知りません。そして、中学校の同級生に、その同じ五本松町に住んでいた（ということは通うのに極めて近い。朝寝が他の子よりたくさんできる、羨ましい）女の子がおりまして、まさにこの「地球を呑む」に登場するゼフィルスみたいな子だったんですね。　ゼフィルスってえと、手塚先生のほかの作品で、「ユニコ」にも西風の精「ゼフィルス」が登場してましたが、それよりも、その名がまさにそのままタイトルになった短編がありましたね。　ゼフィルスってのは、ギリシア神話ではアストライオスとエーオースとの間に東西南北の風の神が産まれていまして（エーオースはローマ神話ではアウローラ、暁の女神であり、英語のオーロラの語源）、東西南北の風の神はそれぞれ、東風の神がエウロス、西風の神がゼピュロス、南風の神がノトス、北風の神がボレアースで、ゼピュロスをローマ字では「Zephyros」と書きまして、これが「ゼフィルス」なんですね。そうそう、ボッティチェリの有名な絵「ヴィーナスの誕生」の中に、ヴィーナスに息を吹きかけているの、あれがゼフィルスです。手塚先生のほかの作品「ゼフィルス」は、その名を愛称とした（昔は学名だったらしい）ミドリシジミを中心とする大型シジミ蝶のお話です。絶世の美女のような美しいちょうちょなんですねえ。　それで、そんな五本松町に住んでて五本松町にある中学校に通っていたゼフィルスみたいな子、周囲の男どもも、当然そのことは認めておりまして、さぞかし彼女は男友達に不自由してなかろうと思ってたら・・・。思いきや、だったんです。　あるとき、ちょっとした情報を耳に入れてくれた彼女のおともだちがおりまして、実は彼女、ぞっこん惚れこんだ男の子がいながら告白もできず悩んでいるって言うじゃないですか。へええ、いっぱい男の子から言い寄られてる中に、彼はいないの、なんて問いただしてみれば、意外や意外、誰ひとりとして男ども、近づいてこないそうなり。　誰も彼女を口説こうとはしなかった、ようなんです。自分には手が届かない相手、もっと自分よりもかっこいい男どもがよってたかって、でも、みんな彼女にけっちょんくらってるに違いない、なあんて、みんな思い込んでたんでしょね。誰もが彼女を認めながら高嶺の花と決め込んで誰も近づかなかったってわけなんですねえ。　ところで、さきほどの惚れちゃった男の子は、どうなったかと言えば、私が彼に橋渡しではないんだけど「どないやの、彼女」と聞いたら、彼はなんと「いやあ、特定の相手としては考えられん」ですと。いやはや、五本松なり、ですよ。　なんで、こんな昔話、たらたら書いているのでしょう。そんなわけでありまして（どんなわけだ）、この「地球を呑む」は、ゼフィルスたちの金・政治・男への反逆による社会の崩壊に対し、まったく無頓着な地球を呑むほどの五本松の人情物語でございます。

2007年03月23日

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