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テーマ:仏教について思うこと(1350)
カテゴリ:正法眼蔵
『正法眼蔵』原文〕 唐憲宗皇帝者トイフハ、穆宗ボクソウ、宣宗、両皇帝の帝父なり。
敬宗ケイソウ、文宗、武宗、三皇帝の祖父なり。 仏舍利を拝請ハイショウして、入内ニュウダイ供養のちなみに、 夜放光明あり。 皇帝大悦し、早朝の群臣、みな賀表をたてまつるにいはく、 「陛下の聖徳聖感なり」。 ときに一臣あり、韓愈文公カンユブンコウなり。 字アザナは退之タイシといふ。 かつて仏祖の席末セキバツに参学しきたれり。 文公ひとり賀表せず。 憲宗皇帝宣問す、 「群臣みな賀表をたてまつる、卿ケイなんぞ賀表せざる」。 文公奏対ソウツイす、「微臣かつて仏書をみるにいはく、 仏光は青黄赤白にあらず。いまのはこれ龍神衛護の光明なり」。 皇帝宣問す、「いかにあらんかこれ仏光なる」。 文公無対ムツイなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 唐の憲宗皇帝は、穆宗・宣宗の両皇帝の父であり、敬宗・文宗・武宗の三皇帝の祖父である。 (唐憲宗皇帝者、穆宗、宣宗、両皇帝の帝父なり。敬宗、文宗、武宗、三皇帝の祖父なり。) 仏舎利をお招きして、内裏ダイリに迎え入れ供養した時、その夜、仏舎利が光明を放った。 (仏舍利を拝請して、入内供養のちなみに、夜放光明あり。) 皇帝は大層喜び、早朝の政マツリゴトに参内した群臣たちは、みな祝意を皇帝に奉上して言った、「陛下の聖徳に仏舎利が感応したためであります」。 (皇帝大悦し、早朝の群臣、みな賀表をたてまつるにいはく、「陛下の聖徳聖感なり」。) その時一人の臣下がおり、韓愈文公である。字は退之と言う。 (ときに一臣あり、韓愈文公なり。字は退之といふ。) かつて、祖師の末席で参学したことがある人である。 (かつて仏祖の席末に参学しきたれり。) 文公は、ただ一人祝意を奉上しなかった。 (文公ひとり賀表せず。) 憲宗皇帝は問うた、「群臣たちはみな祝意を奉上したのに、貴公はなぜ奉上しないのか」。 (憲宗皇帝宣問す、群臣みな賀表をたてまつる、卿なんぞ賀表せざる。) 文公はお答えした、「微臣(とるにたりない臣)がかつて仏典を読んだ時、『仏光は青黄赤白ではない』とありました。 今の光明は龍神が加護する光明です」。 (文公奏対す、微臣かつて仏書をみるにいはく、仏光は青黄赤白にあらず。 いまのはこれ龍神衛護の光明なり。) 皇帝は問うた、「仏光とはどのようなものか」。 (皇帝宣問す、いかにあらんかこれ仏光なる。) 文公は答えなかった。 (文公無対なり。) 合掌 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.01.12 09:41:35
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