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テーマ:仏教について思うこと(1383)
カテゴリ:正法眼蔵
『正法眼蔵』原文〕 この行持の功徳クドク、われを保任ホニンし、他を保任す。
その宗旨シュウシは、わが行持すなはち十方の帀地漫天ソウチマンテン、 みなその功徳をかうむる。 他もしらず、われもしらずといへども、しかあるなり。
われらが行持見成ケンジョウし、われらが大道通達ダイドウ ツウダツするなり。
諸仏の大道通達するなり。
仏住し、仏非ブッヒし、仏心し、仏成じて断絶せざるなり。
行持によりて大地虚空ダイチ コクウあり、 行持によりて依正身心エショウ シンジンあり、 行持によりて四大五蘊シダイ ゴウンあり。
過去・現在・未来の諸仏の行持によりて、 過去・現在・未来の諸仏は現成するなり。 〔『正法眼蔵』私訳〕 この行持の功徳が、真の自己を保持し、 十方の全地全天を保持するのである。 (この行持の功徳、われを保任し、他を保任す。)
その主旨は、我の行持は、即座に十方の全地全天に及び、みなその功徳をこうむる(遍法界みな仏印となり、尽虚空ことごとくさとりとなる)のである。 十方の全地全天も知らず、我も知らなくても、そのようにあるのである。 (その宗旨は、わが行持すなはち十方の帀地漫天、みなその功徳をかうむる。 他もしらず、われもしらずといへども、しかあるなり。)
そのために、諸仏や諸祖の行持によって、我々の行持が現成し、 我々の大道が通達するのである。我々の行持によって、 諸仏の行持が現成し、諸仏の大道が通達するのである。 (このゆゑに、諸仏諸祖の行持によりて、われらが行持見成し、われらが大道通達するなり。われらが行持によりて、諸仏の行持見成し諸仏の大道通達するなり。)
我々の行持によって、この行持が途切れることなく連続して行われる功徳がある。これによって、仏々祖々が、この世に住し、仏を脱落し、行持し、仏が成じて、断絶することがないのである。 (われらが行持によりて、この道環の功徳あり。 これによりて、仏々祖々、仏住し、仏非し、仏心し、仏成して、断絶せざるなり。)
この行持によって太陽や月や星があり、この行持によって大地や大空がある。この行持によって環境と身心があり、この行持によって環境と身心を構成する四大五蘊があるのである。 (この行持によりて日月星辰あり、行持によりて大地虚空あり。 行持によりて依正身心あり、行持によりて四大五蘊あり。)
行持は世間の人の好むところではないが、 全ての人が帰着するところである。 (行持これ世人の愛処にあらざれども、諸人の実帰なるべし。)
過去・現在・未来の諸仏の行持によって、 過去・現在・未来の諸仏は現成するのである。 (過去・現在・未来の諸仏の行持によりて、 過去・現在・未来の諸仏は現成するなり。) 合掌 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.02.06 08:47:09
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