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テーマ:仏教について思うこと(1382)
カテゴリ:正法眼蔵
『正法眼蔵』原文〕 六祖は新州の樵夫ショウフなり、有識ユウシキと称しがたし。
いとけなくして父を喪ソウす、老母に養育せられて長ぜり。
樵夫の業を養母の活計とす。
十字の街頭にして一句の聞経よりのち、 たちまちに老母をすてて大法をたづぬ。
これ奇代キダイの大器ダイキなり、抜群の辨道なり。
断臂ダンピたとひ容易なりともこの割愛は大難ダイナンなるべし、 この棄恩はかろかるべからず。
黄梅オウバイの会ゑに投じて、八箇月ねぶらずやすまず、昼夜に米をつく。
夜半に衣鉢エハツを正伝ショウデンす。得法已後 イゴ、 なほ石臼イシウスをおひありきて、米をつくこと八年なり。
出世度人ドニン説法するにも、この石臼をさしおかず、希世キセイの行持なり。 『正法眼蔵』私訳〕 中国禅の六祖大鑑慧能禅師は、新州(広東省)の木こりで、学問があるとは言えなかった。 (六祖は新州の樵夫なり、有識と称しがたし。)
幼くして父を失い、老母に養育されて成長した。 (いとけなくして父を喪す、老母に養育せられて長ぜり。) 木こりの業を老母を養うための生業ナリワイとしていた。 (樵夫の業を養母の活計とす。)
あるとき市井の四つ辻で『金剛経』の一句を聞いてから、 急に老母を捨てて、すぐれた仏の教法を求めた。 (十字の街頭にして一句の聞経よりのち、たちまちに老母をすてて大法をたづぬ。) これは世にもまれな優れた器量であり、抜群の仏道修行である。 (これ奇代の大器なり、抜群の辨道なり。)
〔二祖慧可大師が求道のために〕臂を断ったことが、〔容易なことでないことは決まりきっているけれども、〕仮に容易なことであったとしても、 この母の恩愛を断つことは非常に難しいことであり、 この母の大恩を棄てたことは決して軽いことではない。 (断臂たとひ容易なりともこの割愛は大難なるべし、この棄恩はかろかるべからず。) 黄梅山の五祖大満弘忍禅師の会下に加わって、八か月眠らず休まず、 昼夜にわたって米をついた(無上道を修行しぬいた)。 (黄梅の会に投じて、八箇月ねぶらずやすまず、昼夜に米をつく。)
ある夜中に、〔達磨所伝の〕袈裟と応量器を〔伝法のあかしとして五祖弘忍禅師から〕正伝した。 (夜半に衣鉢を正伝す。)
法を得た後も、なお石臼を背負い歩いて、米をつくこと八年に及んだ。 (得法已後、なほ石臼をおひありきて、米をつくこと八年なり。)
世に出て人を救い法を説くようになっても、この石臼を離さなかった。 これは世にも稀な行持である。 (出世度人説法するにも、この石臼をさしおかず、希世の行持なり。)
〔『抄』私訳〕 第六祖の段、文の通りである。
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最終更新日
2026.02.28 09:25:35
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