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テーマ:仏教について思うこと(1382)
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『正法眼蔵』原文〕 鏡清キンシン和尚住院のとき、土地神ドヂジンかつて師顔シガンをみることえず、 たよりをえざるによりてなり。 三平山サンペイザン義忠ギチュウ禅師、そのかみ天厨テンチュウ送食ソウジキす。
大顚ダイテンをみてのちに、天神テンジンまた師をもとむるに、みることあたはず。
〔『正法眼蔵』私訳〕 鏡清和尚が禅院の住持であったとき、土地神(寺院を守護する神)は一度も和尚の顔を見ることが出来なかった。 和尚に近づく手がかりを得ることができなかったからである。 (鏡清和尚住院のとき、土地神かつて師顔をみることえず。たよりをえざるによりてなり。)
三平山の義忠禅師は、その昔天人から食物を送られていた。 しかし、師の大顚宝通和尚に参じて道を得てからは、天人が再び禅師を探しても、見ることは出来なかった。 (三平山義忠禅師、そのかみ天厨送食す。 大顚をみてのちに、天神また師をもとむるに、みることあたはず。) 合掌 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.03.10 09:10:44
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