牛車がもし行かなければ、車を打つのが良いか、牛を打つのが良いか?『第十二坐禅箴』12-4-1
『正法眼蔵』原文〕南嶽いはく、「如人駕車ニョニンガシャ、車若不行シャニャクフギョウ、打車即是、打牛即是《人の車を駕するが如き、車若し行かずば、 車を打つが即ち是か、牛を打つが即ち是か》」。しばらく、「車若不行」といふは、いかならんかこれ車行、いかならんかこれ車不行。〔『正法眼蔵』私訳〕 南嶽が言った、「人が牛車に乗っている時、牛車がもし行かなければ、車を打つのが良いか、牛を打つのが良いか」。(南嶽いはく、「如人駕車、車若不行、打車即是、打牛即是《人の車を駕するが如き、車若し行かずば、車を打つが即ち是か、牛を打つが即ち是か》。)しばらく、「牛車がもし行かなければ」とは、どういうことを牛車が行くと言うのか、どういうことを牛車が行かないと言うのか、と参ずるべきである。(しばらく、車若不行といふは、いかならんかこれ車行、いかならんかこれ車不行。)牛車がもし行かなければ、車を打つのが良いか、牛を打つのが良いか?『第十二坐禅箴』12-4-1b 合掌