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カテゴリ:小説
僕は彼女をぐっと力を込めて抱きしめると、今まで抑えていた感情を一気に吐き出し泣き崩れた。
こんなことになるだなんて少しも思っていなかった。 ゆっくり抱きしめた腕を緩めて引き離していくと、すっぽりと腕の中におさまってしまう彼女の小さな体全体が視界に入ってくる。 血の気を失った真っ青な顔色。ぐったりと閉じられた瞳。小さな胸は真っ赤に染まっている。 そう。真っ赤に。 僕の体は彼女の体からしみ出た真っ赤な液体に染められていた。 悲しみ、怒り、絶望、憎悪。 僕はつぶやいた。 「絶対に娘を殺った奴を見つけ出して同じめにあわせてやる。」 僕の眼はギラギラと光っていた。 霧の立ち込める森を僕はまだ幼い娘を大事そうに抱えて歩いて消えて行った。 森の匂いが残っているようだった。 正志は一瞬何のことか分からなかった。目の覚めた今でも、あの感情や情景が生々しく残っているからだ。愛する娘を何者かによって殺されてしまった父親の心情がまるで正志の心に移植されてしまったような悪い心地だった。 優しい性格の正志にとって、あれほどの強い感情は今まで持った事が無い。 夢であるにもかかわらず、小さな女の子の胸から吹き出た血の跡はあまりにもリアルでなかなか頭から出て行ってくれない。残酷な殺され方だった。何度も刺されたのだろう。まるでコマ送りのようにその映像が何度もフラッシュバックしている。 そんな夢を見る自分の心理状態が恐ろしく感じた。 なぜこんな夢を突然見たのだろう。 昨日の出来事を辿ってみた。 倫子はあれから機嫌もよくなり落ち着いて普通の楽しいデートをした。 ショッピングに付き合い、適当なカフェでお茶。正志が本屋に寄りたいといい、買いそびれていた小説の下巻を買った。ブラブラ街を歩いてイタリアンレストランで食事をとって倫子の体調を気遣って昨日は早めの帰宅をした。 アパートに着くとシャワーを浴び、冷蔵庫から缶ビールを取り出してTVを見た。 ニュースでは、最近起こった幼女誘拐殺人事件の事が伝えられていた。 そこまで思い出すと正志はほっとした。 きっとニュースのことが頭に残っていたんだろう。 強引にそう結びつけることで、あの生々しい夢の記憶を早く忘れれると思ったのだった。 ほっとしていると携帯が鳴った。 時計を見るとまだ午前3時である。 こんな時間に誰なのだろう。倫子か? 着信は公衆電話からだった。 いたずらか?でも、何か急用なのかもしれない。こんな時間だし。 と、正志は思い電話に出た。 「もしもし。どなたですか?」 「もしもし正志か?俺だよ。俺。原田。」 「原田?!」 正志は懐かしさがこみ上げてきて大きな声で言った。 「こんな時間に悪いんだけど。今晩泊めてもらえないかな。」 原田とは正志の大学時代の友人である。だが、卒業以来連絡もなく実に8年ぶりなのだ。 携帯の番号を今まで一度も変えたことの無い正志だから、こんな懐かしい再会も可能だったのだ。 「別に、いいけど。でも、一体どうしたんだよ。」 「すまん。後で詳しく話すよ。」 正志は原田に住んでいるアパートの近くの目印のコンビニを教え待ち合わせることにした。 突然の再会に少し胸が躍ったが、どこか不安でもあった。 <つづく> ランキングにあなたの1票をよろしくお願いします。 励みになります! ↓ 人気blogランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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