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眠れない夜のおつまみ

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2006/07/31
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カテゴリ:小説
「倫子。」

肩を揺すられてハッとした。目の前には正志が座っている。
日曜日のいつも通りのカフェでのデート。

「何だか最近ぼーっとしてることが多いよね。」
「ごめん。ごめん。」
「なにかあったの?昨日だって、生返事しか返って来なくて大丈夫かな、って思ってたんだけど。」
どうやら本気で心配してくれているらしい。
「ちょっと仕事が忙しくって。ただそれだけ。」
「ならいいけど。仕事もほどほどにしないとね。体も大事だから。」
と倫子に笑顔を向けるとカフェ・ラテをすすった。
そして思い出すようにもう一言付け加えた。
「何でも僕に話してよね。何でも聞くからさ。」
何でも溶かしそうな笑顔だった。

エレベーターの男に出会ってから1ヶ月。倫子の予感は外れた。
あれから一度もあの男は現れなかった。
同じビルに勤めているのに会えないなんて。
もしかして、あの日だけ用事があっただけだったとか、やっぱりタイミングが合わないのか、何故だろうと気づくといろいろ考えてしまっている。
あの男の事が気になって仕方ない。
会ってどうしたいのだろう。正志がいるのに?
そんな事正志には口が裂けても言えない。
正志に嫌悪感を抱くことがあっても、決定的に駄目という事ではない。それは私の我侭なのだ。現に正志はいつも私に優しい。その優しさに慣れすぎてしまったのだろうか。
私は刺激を求めているのだろうか。
そんな事、裏切りだわ。
けれど、やはりあの男の事が頭から離れなかった。
何となく今日はこれ以上正志とは一緒にいられなくて片付けないといけない仕事があると嘘を付いて別れた。
正志は寂しそうだったが、本当なのか嘘なのか自分も同じく片付け仕事が残っているんだ、と笑顔で手を振ってくれた。

日曜日の夕方は穏やかな空気に包まれている。
倫子は地下鉄まで近道をしようと路地裏に入った。
この道の先には数件のラブホテルが並んでいる。夜は女一人では歩けない道だが、まだ明るいうちは地元の人間なら地下鉄までの近道なので通る、そんな道だ。
まだ、夜でもないのに、いやそんな事は関係ないのだろう。人目をはばかる様にラブホテルに入る人や出てくる人が目に付いた。
カップルも様々だ。どう見ても学生のカップル、怪しいカップル・・・。
仲良さげに出たり入ったりするカップルを尻目に、倫子はふと寂しくなった。

これから食事でも一緒に食べに行くんだろうな。嘘付いて別れるなんて馬鹿だ。
そう言えば正志としたのはいつだっけ・・・・。

そんな事を考えながら通り過ぎて行くと前方からこっちにカップルが向かってきた。
少し派手目だがかわいらしい女性。服装からして倫子よりも若そうだった。
その隣で女性に腕を絡まれているのは、あの男だった。
倫子と視線が合ったが気づいた様子も無く手前のホテルに楽しげに入っていったのだった。
倫子は全身の力が抜ける思いだった。こんな所で会うなんて。

そうか。そうだよね。彼女くらいいるよね。
一人で小娘みたいに思い上がってほんと馬鹿だった。

ショックだったがモヤモヤしたものが吹き飛ばされたようで、幾分心も軽くなり小走りで地下鉄に向かった。




                                 <つづく>


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Last updated  2006/08/01 04:01:46 AM
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