2019/08/29(木)16:19
イカの目に 「命をいただく」意味を知る
久々にイカを一杯買った。
イカを処理することは、日常の変わらぬ一コマのはずだった。
食べられるところはできるだけ・・と思い、丁寧に包丁を使う。
最後に、以前は捨てていた目の周りの身も切り取って・・・
その時、突然・・・
イカの目を見てしまった。
突然、私の脳がイカは「生き物」だと認識したのだ。
それからはもう、イカの残骸を手に持つ勇気は無くなり、近くにあった新聞紙で目を隠すようにくるんで、素早くゴミ箱へ。
最近、イカは処理されたものばかり買うようになっていたことに気付く。
確かに、小学生の頃、死んだ鯉を見て悲鳴をあげたことに始まって、中学時代のカエルの解剖も、大学時代のイカの解剖もすべてパスしてきた。
それでも、仕事となれば、ネズミの解剖もした。
結婚してからは、魚も処理できるようになった。
だから、今更なのだ・・・
命をいただく・・の言葉の深さに気付く。
人間としての残酷さを赦されて、私は生かされている。
もはや、この命は私だけのものではない。
多くの命を犠牲にしていただいた命なら、
大切にするほかに道は無いのだ。
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