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小市民の一日

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2005年10月08日
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カテゴリ:雑感
 自由ネコさんの記事(http://blogs.yahoo.co.jp/felis_silvestris_catus/13285242.html)を読んで,妙に納得してしまいました。
 違法行為による思想の擁護・貫徹を是とするか非とするかそれが自由ネコさんと自分の大きな違いなのかもしれません。(もしそれが違いだとすると,共謀罪の議論も平行線をたどることになるかもしれませんが)

 やはり自分は立法者が作った法律には,それが如何に悪法であろうとも従わねばならないと思っています。
 法律家を目指すからにはそのような立場であるべきですし(法律家はあくまで法律を前提に戦う立場ですから),なによりも「悪法であっても民主主義の過程を経たものであるならば,従わねばならない」というのは民主主義の予定している構造ですから。
 民主主義はその構成員に民主主義の過程を経た結果に対して服従することを要求していますからね。「自分の思想にあわないならば従わなくてもいい」というのであれば,「人民の,人民による,人民のための政治」はもろくも崩れます。
 ですから,民主主義を現段階では最も望ましいものとして支持している自分としては,民主主義の否定につながりかねない行為には断乎としてNOと言います。
 昔は理解できませんでしたが,今となっては,「ソクラテスの弁明」において,ソクラテスがなぜ従容として毒をあおったか,よく理解できます。

 ただ,それだからこそ,従わねばならない義務が生じるからこそ,立法府の為す立法を監視すること,そしてその立法府の構成員を決定する選挙には必ず参加し,自分の意思を示すことが非常に重要だと考えています。 
 というよりも,もはやそれは国民の義務であるというべきだと考えています。
 いや,むしろ,民主主義はそもそもそういう義務を果たすことに熱心な国民を想定しているというべきだと思います。
 
 民主主義における武器は,言論・出版を始めとする表現の自由です。これで相手を説き伏せるのが,民主主義における「闘争」です。
 かつて「違法行為をしてでも守るべきものがある」とした過激派の活動で何人の無関係な人々が巻き込まれたでしょう。何人の人が命を失い,何人の人がかけがえのない家族を失ったでしょう。
 
 以上のように考えてくると,やはり自分は違法行為による思想の擁護・貫徹には絶対に賛成できません。
 

 あ,ちなみに自分は別にナチス擁護者ではありません。
 自由ネコさんは鉄十字を鉤十字と誤解されたようですが,これはナチスが党旗に用いた鉤十字とはまったく出自を異にするものです。
 ちなみにこの鉄十字をかたどったマークは現在のドイツ国防軍も継承して使用しています。(また,鉤十字,ナチス式答礼等は現在ドイツでは法律をもって禁止されています)






最終更新日  2005年10月08日 23時45分28秒
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