カテゴリ:カテゴリ未分類
I am the master of my fate: 私は我が運命の支配者
I am the captain of my soul. 我が魂の指揮官なのだ <William Ernest Henley 「 INVICTUS 」> 映画の予告でこの言葉に触れたとき、 「あれ・・・? どこかで聞いた・・・?」と思いました。 有名な詩だから、どこかで耳にしたのか。 そして、印象的なフレーズが記憶の中にインプットされていたのか。 映画を見ていたら、「はっ!」と気が付きました。 「ティモシー・マクベイだ!!」 突然フルネームでよみがえってきた名前に鳥肌がたちました。 こんな名前を覚えていた自分にも、びっくりしました。 ティモシーは、1995年(だったかな?)に起きた米オクラホマシティー連邦ビル爆破事件の犯人です。 確か、150人以上の人が亡くなっていたと記憶しています。 何故はっきり記憶していたかというと、その死刑の様子をテレビで見たから。 足に薬を打たれて数分後に絶命する・・・それを本人了承の元、遺族に公開するという異例の死刑でした。 彼が死刑の前、最期に残した言葉が、この詩だった。 ===================================== 同じ詩を、獄中にいた ネルソン・マンデラも心の支えにしていたとは驚きでした。 「INVICTUS」は、映画では「負けざる者たち」と訳されたサブタイトルがついていますが、「征服されない」という意味を持ちます。 どんな状況においても、魂は征服されない。 状況が厳しければ厳しいほど、魂を手放さない自分を信じることができる。 マンデラはこの詩を支えに、実に27年もの長きにわたる獄中生活に耐えたのだそうです。 映画は、アパルトヘイト(人種隔離政策)廃止後、初の黒人大統領になったマンデラ氏が国を立て直す手立て(のひとつ)として、当時白人のスポーツであったラグビーに力をいれる姿が描かれています。 奇しくも、ラグビーワールドカップが、南アフリカで開催される年。 世界の注目が集まるこのイベントを通して国民の心をひとつにし、それを世界に見せ付けようという壮大な構想でした。 その時、アパルトヘイトをしたことで国際試合に全く出られなくなっていた南アフリカチームは試合の国際感覚を全く失っており、負け続けていました。 白人から、政治犯だとされて不当な牢獄生活を強いられたマンデラ氏。 その彼が、アパルトヘイト政策の象徴とも言えるラグビーの「スプリングボクス」の応援をしようというのです。 チームカラーやチーム名を変えることによって白人への嫌がらせを図ろうする黒人の動きを阻止します。 「わたしたちはアパルトヘイトをやめさせ、皆は黒人であるわたしを大統領に選んだ。わたしたちは勝ったのだ。負けた相手を打ち負かすようなことはやめよう。寛容と赦しをもって相手にあたろう。これこそ、相手がわたしたちに与えなかったものではないか。それを与えることで相手を超えよう」(この通りではないです。こんな意味のこと) 不満でいっぱいの黒人(国家スポーツ評議会の評議員たち)に向かってのスピーチは胸を打たれるものでした。 マンデラ氏にお茶に招かれ、その魂に打たれたラグビーチーム・スプリングボクス主将はマンデラ氏の願いを汲み取ってそれをかなえるべく必死でチームを建て直しはじめます。 自分の背中を見せながら。 ラグビーはよくわからないわたしも(ニュージーランドのオールブラックスくらいは、それでも知ってる)、さいごの30分間の試合の息詰まる攻防には膝の上でこぶしをかたく握っていました。 ネルソン・マンデラ役には、モーガン・フリーマン 南アフリカ代表スプリングボクス主将 フランソワ・ピナール役には、マット・デイモン 監督は、クリント・イーストウッド 今、一番欲しい言葉を この映画の中にも見つけました。 次に求めたくなる言葉も。 多分、同じ言葉はわたしの周りこれまでもあったのだろうと思います。 が、それに気が付いて心から求めたとき。 そして、それがシャワーのようにわたしに降り注いだとき。 生き方を左右する「キーワード」となるのでしょう。 口先だけではない、実行力が求められています。 進むべきところへ 進みなさい わたし I am the master of my fate: 私は我が運命の支配者 I am the captain of my soul. 我が魂の指揮官なのだ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|
|