1968442 ランダム
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灯台

灯台

切符

  最初に



 少女(5~7歳)の頃の絵があるというので、ただちに、私は向かった。彼女が住んでい
た地域は東西にひょうたん形になっており、小規模な工業地帯もあるが、これといった特徴
はない。カーポートには生前乗っていたというライトグリィーンの自転車がとめられてい
た。インターフォンを押すと、白髪の、やさしそうな男が現れる。父親だ。ポーチ、玄関。
リビング・ダイニング。台所。そして洋間へと案内され、アルバムを片手に、思い出話を聞
かされる。二時間、二階の娘の部屋へと案内される。そのなかに、事件の様子を予見するよ
うなイラストがあり、不気味だ。私は何故か、ルイス・ウェインが統合失調症の病状をしめ
す絵画のことを考えてしまう。いや、コーリャ・ニールセンか。いやどちらでもいいし、ま
ず、どちらでもない。幼ない時の超能力のようなものか、母親に向かって、「わたし、きっ
と交通事故で死ぬわ」というようなことを言って、こら、縁起でもないことを言わないの、
と窘めたエピソードがあるという。絵や、写真などをお借りしてもよいかと言い、あっさり
快諾され、但し、できるだけ正確に書いて欲しい、と注文をうける。玄関をしめる。そして
あらためて家を観察してみる。台風の時とあまり区別がつかない荒屋、門は閉まらず、直す
気も起きず、あたりは植物と花だらけといった具合である。屋根は爪先上りにかたむき、軒
廂は雀の糞だらけであり、裏庭に面した縁側、物干竿のまえの頭部には雀の巣がある。庭の
片隅にはこわれた庭園灯がある。ほたる袋みたいな少女の魂のことを考える。


  20XX.3.3   


 付近界隈にはホームレスのテントや、飲み屋などがあり、比較的にぎやかなところであ
る。秋の並木路には定評があり、ウォーキングをする人達の目を楽しませている。


  + 目撃情報あり。そんなところで、夜、女性の悲鳴があがって、痴漢かレ イプか火事
かと駆け寄って保護される。突然鳴り出す携帯電話(メールが1通届いています)という
ポップアップウィンドウ。そこには、死ねばよかったのに、と書かれていたという。FLA
SHBACK


  + 目撃情報あり。そんなところで、夜、女性の悲鳴があがって、けだもののような、声
がきこえたまま、こわくなって自分は逃げたのだが、そのあと、家に帰った後も嫌な夢を見
た。あの声はなんだったのだろう。あの声はなんだったのだろう。


 :これは、こわい話の複合型で、その代表的な二例である。本筋とかかわりがなく、いう
までもなく作り話、ホラだろうと一発でわかるが、中高生にはもっとも適切なもので、おそ
らく中高生のために作られたものなので、中高生のいたずらだろうと分析される。これは
チェーンメールや、不幸の手紙の類だろう。しかし話は地域ごとに分かれ、人の話の中で変
化していることがよくあらわれている。


 * * *


  DATA


 登場人物 薄倖そうな美少女
 身長 150~160センチ
 服装 きいろいワンピース

 舞台装置 菊
 舞台場所 1.75キロメートルの直線のとある場所
        ショッピング&アミューズメントビル前


 :カメラマンに頼んで、数日間写真を撮ってもらい、それら何百枚を現像して、心霊写真
がうつっていないかと目を凝らしてみたが、幸か不幸か発見にはいたらなかった。朝・昼・
夜と時間帯ごとの写真に分けてみたが、シャッフルしてもかわらない、多くはあどけない、
どこにでもあるような写真である。なお、警察署で事件の資料を見せてもらったが、まさし
く陰惨をきわめるものである。蚯蚓が這ったような、ぐだぐだした赤い血痕が、引き摺り事
故の烈しさを物語っている。死体も拝見したが、おそらく意識がなくなったのだろう、顔が
すでに原形をとどめていない。遺留品を持っていなかったらいつ判明したのだろうかと思う
と背筋が凍りつく。


 * * *


   都市伝説「きいろい少女」


 街灯の下にきいろいワンピースを着た少女が立っている。目を凝らしてみると、愕くほど
ルックスがいい。漆黒の髪に、白磁器の肌、すらりとして高身長のようだ。なにか呼び寄せ
られているような気がして、あるいは、引き寄せられるように、ずるずると、蟻地獄でもい
ざなわれるように、一メートル、二メートル、三メートルと進んでいってしまうのだが、だ
んだん、少女、―――いやこの時には、もう、年齢というのがわからなくなっている。から
だの向こう側が、透けて視えるような気がしているからだ。しかし目の錯覚だろう、という
気もしている。秋に歩くのが好きな街路樹、色とりどりの花壇、交差点。歩道橋。車の前照
燈、または後尾燈が視界をちらつく。胸の奥がちくりといたむ、あるいは意識の奥でちりち
りとするものがある。―――恐怖心。しかし、それでも、焦点が合っていないのだ、ともま
だ思えた。なぜなら、少女は派手で、華美で、おそらくそういった種類のものと一切かかわ
りあいがないように思えるからだ。ここに逆説がある。人はよほど注意の引くものに予想外
の視点をそう簡単に付与しない。しかしそれが透けている、もしかしてこの少女は、と気付
くまでのタイムラグは、その街灯の下の少女が交差点を見ていることに気付き、ううう、う
うう、という低い獣のような唸り声が耳朶を打った時だ。毛穴という毛孔がひらく。そこで
特徴的な黄色のインコのように、交差点にマネキンの腕が、少女と同じ種類の注意を引くも
のが落ちていることを発見する。そのきいろいラッピングをされた肉塊がもぞもぞ、もぞも
ぞ、とうじむしのように蠢動を始めた時、ようやく少女の“あるべきところ”に“あるも
の”がない、ということに気付く。ここでようやく少女の衣服が乱れ、薄汚れ、膝や腕や、
首や、しまいには顔まで擦り傷だらけであることがわかってくる。ひやあっ、とニンゲン心
理として声をあげそうになる


 :が、そこで声をあげてはいけない。少女が少女ならぬもの、人間ならぬものとなって、
あなたを交差点へと引っ張ろうとするからだ。しかし何喰わぬ顔をして歩き去ってはいけな
い。霊が視えるのはあなたと波長が合って、なにかしらのsignを送っているからだ。わたし
ではありません、という毅然とした態度でのぞむべきだ。そして時には轢き逃げしたからに
はあらゆる責任をとろう、自分はそいつとは違う、とおもいながら真夜中のウォーキング・
スタイルで濶歩しよう。少女はべつにあなたを地獄に引き摺りこみたいわけではない。しか
し少女とても淋しく、そこに付け込む自縛霊や、浮游霊たちと仲良くせざるをえないのだ。
少女はただ自分を轢き逃げした犯人をさがして救われたいと思っている。やがて少女は消え
るだろう。交差点のそばの電柱にはひときわさみしそうな菊の花がおかれている。


  * * *


  都市伝説の成り立ち


 菊の花 → なぜここに菊の花があるのか → ここでどういう事件が起こったのか →
轢き逃げがあった → 数百メートルにも引き摺られた事件 → 轢き逃げ犯をみつけたい
と思うひと達の念 → きいろいワンピースを着た少女という偶像 → 交差点 → 尾ひ
れ → 都市伝説 → 人工に膾炙する臓腑にあるべき悪意


 * * *


  聞き込み


 ○20代後半男「興味がありません。だからもう!うるさいな、知らないって言ってるだ
ろ、取材とか、マスコミとか俺には関係ないでしょ。勝手にやればいいでしょ、勝手に!」

 ○30代前半男「なんか話によるとモデル志望だったって言うじゃないですかー、不思
議っすよね、でもまあ、こんなはなやかな道だったら脚線美の見せどころっていうのかな、
あるくたびに、男どもの青色吐息がみえるっていうか。もうCMっていうか、広告塔そのも
のっすよね。まあ、なんつーか、麻薬してそーな感じっすけど」

 ○70代前半男「・・・は? 何か御用ですか。はあはあ、お母ちゃんがそんなことを言って
たな。・・・いやでも、轢き逃げした人が悪いんだけどね・・。そりゃア、轢き逃げするってこと
は許されないことだけどね、家族いたのかなあ・・。人の命を奪うのは悪魔だけどねえ、儂ぐ
らいの齢になると、そういうことも考えるね。飲酒運転は罪だっていう人もいるけどね、そ
れなら、タクシー会社にお金を払って、酔っ払いサービスとかつくって、・・・どうせバラ撒き
してンじゃねえか、そういうことに金使えよな、糞国家。まあ、・・・ね、儂には冤罪とか、
ね・・。また結局、ふつうの人だったら、・・・逃げたって一生十字架を背負うんだからと思うけ
どね。死んだあとで罪は裁かれるんだと信じてやるしかないね・・。なんか、さびしい話だけ
どね。外国なんかじゃあ、悪いことをしても優秀な弁護士をつかって無罪にしちゃうことも
アるらしいね。まあ、孫みたいな齢の子だからね。これから、楽しい人生があったろうと思
うね・・。」

 ○50代後半女「うちの娘みたいな年齢だったって言うじゃない、あのさ、ねえ、知って
る? 話によるとね、そこにある服飾関係の専門学校にかよってたんだって。なんかねえ、
とっても真面目な子だったそうよ。でもスタイルが抜群によかったんだってー、話による
と、小学校からもう垂涎おちそうな美少女だったって。で、当然のようにモデルにスカウト
されちゃって、ものすごく困ってたんだってさ。まあ、妬まれてたのかな。え、知りあい
かって? いや、知りあいじゃないんだけどさ、友だちの兄貴の奥さんのそのまた妹からの
情報だから確かよ。え、他人じゃないかって。他人じゃないわよ、年に二三度はあうんだか
ら。でもまあ、モデルなんかガイコツみたいだものね。鶏ガラスープはうまいけど、鶏ガラ
の素はいまだけよね。ほら、食のタブーっていっぱいあるじゃない。ダイエット薬だってお
なじよね外国のものはこわいわよねー。それに話によると、コーラとかだって、最後の最後
でいれる人工甘味料が味の決め手になるっていうじゃない。それに健康につけこむあくどい
商売だってあるわけじゃない。煙草や、排気ガスまみれの都市でさー、いったいどんな健康
がほしいのかわからないわよねー」

 ○10代前半男「まじで、見ちゃったんすよー、うえっうえっ、気持ッち悪ィーのなん
のって、そうッす。そうッす。眼ン玉おちちゃうしさ、ぼろぼろ、肉片が鱗みたいに落ちて
くんッすよ。で、あたりにはもうバームクーヘンとか、食パンとかの、粉みたいなやつがど
んどん積もってくんすよ。ナウシカの腐海の森ジョータイっていうかー」

 ○40代前半男「悪魔の巣だと思います。まちがいないです。害虫の巣だと思います。麻
薬の巣だと思います。いまではもう悪魔もあがったりさがったりなので、今回のようなケー
スはぜいたくだと思います。うまくいえないけれど、ぜいたくだとおもいます」

 ○20代前半女「じつはその子、××って言うんです。ねえ、あの、カメラで撮るのやめ
てくれませんか。わたし達、もう、××のことを触れて欲しくないと思ってるんです。みん
なね、とっても腹立たしく思ってるんです。なにが悲しくて、じぶんの友達のことを悪く言
われなきゃいけないんですか。××は悪霊じゃありません。都市伝説なんか、かってな人の
したことです。××のお母さんなんか取材のせいでノイローゼみたいになっちゃって、夜に
なると娘に会いたい一心でここへといち時期やってきてたんですよ。なんで会えない、なん
で会えないって、どんなに可哀想だったか。それで××のおとうさん、ここにいたらきっと
後追い自殺をしてしまうって心配して、田舎へ引っ越しちゃったんですよ。いま、田舎でペ
ンションやってるみたいです。え、詳しく教えてくれって。あんた、ふざけんなよ! あん
たみたいな奴がさ、面白おかしく人物を歪曲すんだよ!」

 ○10代前半女「ただ・・・優しいとしか言えません。小さい時に遊んでもらったことがあり
ます。轢き逃げ犯人? ・・・もちろん、犯人には憎しみがあります。でも、お姉さんは優しい
人だったから、そういうこと、もう気にしていないと思います。たまに、ひどい噂話を聞く
けれど、・・・知っている人は、・・・わたしもそんなに知っているというわけじゃないけど、と
きどき、嫌になります」


 :悪趣味だとは思ったが、面識があることも伏せて、さまざまな人間と話してみた。正確
な情報を引き出すのなら、警察署へ行き、家族にあたり、友達や友人にあたり、最後に、と
いうわけだが、あえて、まったくさまざまな人間の声を取り上げてみた。むしろここから、
都市伝説がうまれているのではないか、と証明するためのものである。なお、20代前半
女、仮名Mさん、整形セレブのウィルデンシュタイン夫人、失礼! にはあとで事情を説明
して、謝罪しておいた。また引っ越ししたというのは誤りで、静養です、現在ようやく立ち
直ってはいるが、夫婦でいると娘のことを思い出すからと別居していることも説明しておい
た。しかし電話をまめに取り合っているので、あと数年もすれば元の生活に戻れるのではな
いか、と付け加えておいた。楽観視ではあるが、今現在も轢き逃げ犯は捕まっていない状況
を考えると、そういう救済が私にも必要だったのだ。


 * * * 


  都市伝説の実態をかたる××大教授


 「多くはそうですね、民俗学的なもの、土着的なもの、いわば土地の性質からきていると
思います。というのも、都市伝説と妖怪と神話においても、ある種の飛躍が見られるのは同
じだからです。定義してもよいのなら、われわれはたしかに土地の人間であるということで
す。これは日本のいかなる場所においても県民性があるように、土地にもキャラクターがあ
るわけです。いわばその成分として、アンダーグラウンド、ということで解釈してよいと思
います。違法・非合法、という意味も含めます。人びとにとって、なにも当事者でなくても
よい、不安や恐怖を煽る者、また明確な悪意、陰謀論・疑似科学・特定の存在へのなんらか
の感情・ニュース性というもののどれかでも該当していればよいわけです。そう、都市伝説
というバリエーションは玩具の百花繚乱。ゲームそのものといえますな。いまや口承伝達だ
けではありません。ネット掲示板・ブログでもありえます。あるいは携帯電話のメール。具
体例として学校の生徒。もうありとあらゆるところで萌芽する契機があるといっても過言で
はないのです。その理由として、われわれの感覚が麻痺した状態にあるといえるでしょう。
犬並の嗅覚と揶揄すべきでしょうかね。そこで提供されるのは、個人性にねざしたエゴイズ
ムです。ニュースの衝撃の時代から、ニュースというものがいかに全方位性、情報開示をも
とめうるほどの発展をしたかにつきます。ニュースによる謝罪など枚挙にいとまありませ
ん。いわばそれまで赤子同然だったものが、成人してしまったわけですよ、壮大なオペラを
つけてね。いや、洒落ですよ、尾鰭のね。まあそれはよいとして、そこには差別が正当化さ
れる、というカラクリがある。また企業戦争の向きもある。まあなんにせよ、当初は合理的
な解釈がなく、そのあとで付け足されていく“アクセサリー”をもっていることです。いわ
ば料理のめずらしい組み合わせのように、です。あわせ商法的、というべきでしょうか。
よって、起源をさぐることにまったく意味はありません。かならず何処かから引っ張ってき
たものだからです。“それ”と“これ”はまったくの別物だからです。まあ確かに、なかに
は実際のニュース、それも衝撃的な事件ゆえの過熱報道によってもたらされた、幻想という
のもあるかもしれませんが、まあ、信じるに値しない。媒体がある、ということです。媒介
する者も後をたたない、ということです。わたしたちの噂が、情報の海へと入って一気に加
速するのは、真実という、うつろいゆく月の変化にひとしい。きいろい少女でいう幽霊なん
かあらわれてくれなくてもよいわけです。交差点に腕なんかなくてもよろしい。時には雑誌
や、テレビや、ネットによる紹介の偽りの面、たとえば欺瞞によって、花開いてしまう場合
もあるのはこうした代償ゆえでしょう。情報はあるいち面をぜったいに持たなくてはいけな
い、ということです。いわば受け取る側の“切符”というところでしょうか?」


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