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灯台

こたつくん

  1


 ある夏の日、こたつくんが怒った。

 「てめえ、冬だけやと思っとったら罰あたんぞ、粗末にすんなボケえ!」

 そんな怒号でおのず、舞台はととのったようで、―――どうやらそうらしい、鼻でもかむ

かね、いらん。ぼくはちょうど、新聞とトイレット・ペーパーを交換してもらっていたの

で、めったにないのだ、珍しいのだ、と言ってみたが怒りまくるこたつくんにとっては、

 「おれは老いる・・・おれは老いる・・・・・・」

 この一点張りなのだ。

 こんな次第で話はひそやかに始まるのだが、

 「でも人生なんて悪い夢じゃないか・・・、君は粗末にされたと怒る、わかるよ、きみだって

好きで押入れや、庭のガレージのなかに入りたくない。でも、きみは所有物なのだ。きみが

所有物であることをやめ、尊厳と権利を謳うなら、百歩ゆずって、・・・ぼくは尊重しよう、き

みはこの家で一緒に暮らしている友達だ」

 「そう、パートナーだ!」

 語弊があるようだが、僕にこたつを抱く趣味はない。

 「わかった―――きみ、ベスト・パートナー」

 「おれはカクテルじゃない」

 「もちろん、きみはカクテルじゃない。・・・ともあれ、それならきみは掘り炬燵になるべ

く、ぼくの家のリフォームについて少し考えなくてはいけない。そしてきみは、とりあえず

働かなくてはいけない。お金をいれなくてはいけない」

 こたつくんは急に、凹みはじめ、みの虫ようにくねくねしはじめた。蛇のほふく運動がは

じまり、ヴァイオリンの旋回音までいれ、(準備体操・・・突如、)いっしょに、といっても、

こたつで蜜柑を食いながら見ていたフィギュアスケートさながらに、お、Y字スピン。お、

キャッチフットレイバックスピン。お、フライングシットスピン。

 彼は実際、ふう、と溜息をつき、花瓶の百合の花をもてあそんだ。

 「・・・おれは、ふつうのこたつだ。」

 なんと気紛れなぼやき。誰がどう見ても、ふつうのこたつではなかった。

 「でもまあ、きみの気持ちはわかる。とりあえず、一旦、やすみたまえ」

 うまく、なだめすかしたもので、かれこれ三十分後には、休戦条約のもと、スウィッチを

ぷちっと消すことに成功した。そして、ぼくはどうしてこたつと話さなければいけないのか

を、青春にありがちなラブホテル的シチュエイションを想像しながら考えなければならな

かった。・・・ほら見てみろ、ラムネ玉のように詰まっているあおい空を。

 でもこんな青い空の中でさえ、・・・こたつは突然息をふきかえす。

 「トラックの違法無線でついてしまったりするんだそうですよ」

 ラジオ無線。CB。―――と、いう言葉で、また、プレリュード。おきまりの流行歌。も

しかしたら執拗に調子ッぱずれのヴァイオリン。景色はもうコーヒーを飲み終わるおきまり

の朝から、白いマスクを目のすぐ下まで引き上げた昼を越え、しかもさらに時がうつり黄昏

の「が」だけが揺れる時刻、隣のボーリング・シューズを着た、Mr.カウボーイと話さなけれ

ばいけなかった。こたつはいまも、ルビがやたらに多くて目がチカチカする、という状態で

フラッシュしていた。あわれなものだ、パートナーというのは。

 カレエをどうしてカレイにしたのお母さん、と泣いていたぼくがよぎった。

 物干しざおには、手をかけている体操選手が、トカチェフや、ギンガー宙返りについて考

えている。機械のように退屈な捻転。ストラウマンや、ムーンサルト・・・

 しかしぼくが見逃さないのは、真剣な表情にかくれた悲しそうな瞳である。

 ・・・友達がいないのだろう、痩せた尻の肉も、あなあわれ。

 「と言われますと・・・?」

 「高出力の不法無線の影響は周辺のテレビ、ラジオなどに受信障害を与え・・・、」

 まではよかったのだが、しっちゃかめっちゃかに弾丸をよけなければいけない、西部劇シ

チュエイションの前では、気がつくと話が逸れるのがあたりまえだ。「オーディオなどのス

ピーカーへ、・・・といっても、オーディオといってあなたの家にオーディン・・・北欧神話の最

高神がいてそれを受信してくれてもいいわけです。yeah」

 「oh yeah!」

 会話の音声や雑音を混入させる・・・。

 「人生というのはオーディンかも知れない。水戸黄門」

 「Oh yeah! 家紋」

 自動ドアが誤作動して着火し、火災に至る。リコール 保管中のラジコン模型が誤動作の

もと発熱・故障。パソコンの誤作動。発赤・ヒリヒリした痛み・灼熱感・疲労感・集中力の

低下・めまい・吐き気・動悸・消化器の障害。

 「―――電磁波障害と呼ばれるものです。」

 とつぜん、うしろから、そんな声が聞こえてくる。こたつくんに電源がついたのだ。それ

はまるで不死身をのぞむ若々しい世界のワンシーンのように思えた。そしてそこには、ふ

ふっと薄ら笑いをもらしたくなるような含羞もふくんでいる。

 いかがでしょうか?

 「・・・ではそろそろ、私もあちらへ行きますか」

 と、Mr.カウボーイは体操選手に声をかける。あなたはわたしを理解してくださる、かたじ

けのうござる。共感しておるのだ、拙者、感動しておるのである。

 「うわー、ヤラセくせー」とぼくも思いはしたが、こたつくんのように言わなかった。し

かしそれはコーヒーはキリマンジェロ鞄はやっぱりアタッシュケースの開閉に限るねスパ

ゲッチィーノでもゆでましょうか、と、抑揚もつけずに、平板な印象のあるトーンなので

あった。花瓶に水がなくなっていた。


  2 


 粗大ゴミの日に、こたつくんは、お外で日光浴をしているのに気付く。

 のちのち、茸、筍、土筆と形容しようが、何らおかしくはない、とこたつくんは樹海のよ

うな心境をこう述懐する。(なにか、幼稚園児からもらった、画用紙とクレヨンをもって)

それはチーズ・ケーキの形をしたような文字だった。いや、それは切り分けられたショー

ト・ケーキの、いや、三日月が雲に隠れたところの。便箋の区切られた隅から隅を目指すよ

うに右肩上がりに、斜めに字を書いてゆく。ぼくはそれを見るなり、こたつくんはきっと坂

道に住んでいるのだ、と名言を吐いた。

 ともあれ、その日ぼくは、お茶をこぼしてしまったので、いいじゃないか、いいじゃね

えーのとこたつくんごと、縁側に出したのである。

 「(たとえるなら、帽子をつまむような気持ちだった・・・)」

 軽トラの荷台に乗っている青ジャージ。世間のお方なら、学校の予算どおりの品物を想像

するかも知れない。でもそれはユニフォームだ。ぷい、と目をそらすこたつくん。それでも

目の端できっちりせっせと目を走らせ、・・・くたびれないか、くたびれるよ、でも、そうしな

いと気が休まらない・・・、通り雨のような涙がこぼれた。

 「こんにちは! こたつくん」

 その呼び声のことをはじめから、いわば、近所中のあたらしいアイドルとなっているこた

つくんにとっては、当然、そういうことがあってもおかしくないことはわかっているはずな

のに、何か手違いがあって気絶した。

 階段上の氷が一歩ずつすすむごとに、一段ずつ急速にとけていく嫌な夢をこたつくんは見

た。ときどき足をとめると、背後からおそろしい突風がふきすさぶ!

 ・・・ちなみにぼくはその頃、スーパーマーケットでレベニラ炒めのにおいのするおじさんと

話しこんでいた。その腹巻きいいっすね、・・・だろ、国産なんだ。

 「ただいまー、」

 あれ、とぼくは首をひねった。呼び鈴を鳴らしたら犬のようにやってくる、こたつくんが

来ない。いや、どたどたどたどた、とものすごい剣幕で玄関へと飛び込んでくる。

 「ど、どうしたんだ・・・? 血相変えて」

 血相はかわらないが、―――それはわかる。

 「不法投棄ハ許セナイネ! モウ許セナイヨー」

 ぼくはなんだか、中国人と話しているような気分にさせられた。

 「リサイクル何テ糞クラエネ、トンカチノポンチコヨ」

 と、年寄りの説教じみたチョウ子で、結局シモネタにはしるのね、本で蓄えられた亀の甲

羅よろしくのヨウ分には、いつもいらぬものが入ってしまうという法則である。

 「ポイ捨テハ有ルマジキアルマジロ!」

 
  3


 それ以来、こたつくんは、じぶんで電源をぷちっと消してしまう特技を身につけた。なお

かつ、やたらとゴミの日にくわしくなり、トランプ占いをしながらでも、ハートのエースの

きょうは可燃ごみA。たとえ街燈がぺちゃくちゃしゃべったって、キリギリス「いまからハ

ワイへ行かないか」アリ「フンコロガシ先生の授業を見に行かないか」といったって、可燃

ごみB。こたつくんは、もうその道ではプロとよばれる人なのであった。

 そして粗大ゴミの日は傑作である。

 「こんにちは、こたつくん」

 きりッとした麒麟ビールのめなさそうな声だ。たぶんアサヒかサッポロという感じだ。Mr.

カウボーイはコロナしかのめない声だという。

 「ごみ収集のお兄さ~ん」

 小学生のように澄んだボーイ・ソプラノ、つづく言葉は、

 「連れてかないで~~~」

 けっこう本気らしいよ、とぼくが青ジャージ野郎に耳打ちすると、くすくす、とリスのよ

うに笑う。好青年というのはいつだって、リスを想起させるものだ。

 「わかったよ~~~あとでダンスをおどってね~~~」

 「お兄さんのためにおどるからね~~~」

 ぼくは、得意の歌をうたいはじめる。

 「ドナドナ~~~♪」

 こたつくんはイジめたら面白いタイプだと思う。

 「なにつまらんことをいっとんねン!」

 「―――電磁波障害と呼ばれるものです。」

 ぼくはボイスレコーダーで録っておいた、トラックの音を流す! 

 「おい、・・・きこえてるか」

 もうすでに意識がない・・・・・・・・・・・・。

 「宴会芸につかえるぞ、日本古来のアミニズム! ・・・擬人観の奇跡! こたつの付喪神、

だれがよんだかこたつくん。おでんじゃないよこたつくんだよ隠し芸。おいこれイケルぞ、

いまからサーカスの面接いこ、猿回しだ、これは鵜飼だ・・・」

 痛覚遮断かしら・・・・・・・・・・・・?

 つんつん、こたつくんをおしていると、波止場でオモチャをなくしたことを思い出す。工

場のトタン屋根のかさなった、雨の時には学校への近道、ふたつの窓、ぷんとむせるような

鉄のにおいの道に、釘をひろって、学校の屋上に投げ入れたことを思い出す。

 みんな思い出してしまう、子供のころのささいな、でも大切な思い出を―――。


  4


 ある日の真夜中、二時半・・・・・・・・・・・。

 こたつくんが、ごそごそしていた。普段は寝付きがよく、いちど眠ったら起きないという

このぼくがガバッと布団をめくって起き上がった。

 「(虫の知らせ、枕頭に立つといった予知、シンクロニシティ・・・、)」

 直観が冴えわたる時というのは、おおきな箱の中に車の部分をいれてシェイクするだけで

見本品になる。ちいさな蟹をフジツボのなかにいれられる。ホタルブクロにはいらない蛍も

いれられる。そういう夜だー 夜だー。

 こたつくんは半身になって二階の私室を出ていき、こたつの手か足かわからないところ

で、かちゃり、と閉める。こたつくんは階段のライトもつけずに一階へ向かう。忍者がすい

とんの術でも使うような慎重な歩き方で、

 ぎ・・・ぎい・・・ぎし・・・・・・。 ぎ・・・ぎい・・・ぎし・・・・・・。

 そしてこたつくんは、玄関で振り返り、僕がゴルフバックから取り出したドライバーを、

大上段に構えているのに気付く。般若の面かよ、だせーなー、とこたつくんは言う。

 「なにが不服なんだ、部屋だってあるじゃないか。・・・こたつくん、きみのために、Mr.カ

ウボーイだって、体操選手だってあがりこむ。近所の人たちみんな・・・、」

 やめてくれよ、―――心臓が凍り付きそうなつめたい声だった。丑三つ時の冷気のような

ものがいっぺんに足下からのぼってくる。にへらにへら、とこたつくんは笑った。

 「・・・出ていこうと思うんだ、そろそろ潮時だろ。」

 うん・・・・・・・・・・・・。

 「・・・嫌いになったとかそういうわけじゃないんだ、わかるだろ。」

 うん・・・・・・・・・・・・。

 「・・・みんな大人になる。ロボットだってこわれる時が、オトナさ。もうじき、おれは死

ぬ。わかるんだ、もう、もたないだろうって。」

 身体に気をつけろよ、とこたつくんは言うなり、フウテンの寅さんのようにアバヨといっ

た。ものすごく滑稽なのに何故か笑えない。餞別に小遣いをくれてやりたくなり、ちょっと

待てよ、とコートのポケットから財布をとりだし、三五〇〇〇円ほど入っていたのでそれを

取り出して、もってけよ、といったが、こたつくんは丁寧にことわり、それ、めぐまれない

人のために募金してやってくれよ、と実に泣かせる台詞を言った。いたく感銘をうけた僕

は、一ばん気に入っているマフラーをぐるぐる首らしきところに巻きつけてやった。

 「あばよ、パートナー」

 むちゃくちゃ、こたつくんはカッコよかった。ちょっと、ぼくも、泣いた。でも、かえす

がえすも残念なのは、仮面ライダーのように街のあかりに颯爽と消えていけたらサイクロン

号なのに、ぎ・・・ぎい・・・ぎし・・・・・・と、やはりあの階段の歩き方で、ぬりかべのように、

ゆっくりゆっくり歩き去らねばならないということだった。

 ぼくはいつまでもその背中を見送るつもりで、二時間ほど立ちすくんで、次の日、風邪を

引いた。夢の中で、こたつくんの家の戸口が見える。もう一度だけ、どうしても会いたかっ

たのだ、とぼくはインターフォンを押す。でもその時、ぼくの背中でこたつくんが猛ダッ

シュしてしまう。やはり背を向けて・・・、黙ったまま。曲がり角で、ぼくらの関係は閉じられ

た。見失った。もしかしたらさっきの曲がり角で・・・・・・。

 目覚めた時、ぼくは泣いていた。―――悲しかった。


  5


 しかしぼくらの再会は意外にも早く訪れ、二十一日後の昼間の大通り・・・・・・。

 あの日から、ぼくはこたつくんに頭の中で喋りかける癖を身につけていた。なあ知ってる

か、こたつくん、トラック運転手はみんな最初からむきむきマンじゃないんだぜ、ひょろ

ひょろのヒョーロク玉の男の子だっているんだ。でも荷物の大きさや種類で、スポーツジム

の肉体改造。あの日までの車両の点検や、比較的にカルい作業の積み下ろし。ただ長時間の

運転をする体力と集中力。

 ドライビング・テクニックのペーパー・ドライバー!

 ぶるるるるる・・・・・・・・・・・・。

 トラックの運転手をみつめながら、みょうな直観もあったもので、ぼくはそのリサイク

ル・ショップへと入っていく。AV機器。家具。ブランド。ファッション。ギフト・雑貨。

生活家電。スポーツ用品。楽器。ゲーム。

 ふらふら、とりあえず一時間ほど眺めるつもりで物見遊山していると、

 「おい、そこのキミ、なにを探しているのだね」

 聞き覚えのある声、・・・で、僕等は、おっ、よっ、と掛け声をかわすことになる。だが途端

ながれてはいけない電波のように、次の瞬間、こたつくんが死んだ。

 「―――電磁波障害と呼ばれるものです。」

 その言葉は、もう、ぼくが言うしかないのだ。・・・袖ふり合うも多生の縁、合縁奇縁一蓮托

生。あれほど毛嫌いしていたリサイクル・ショップで叩き売りされている運命も、そしてそ

れを目ざとく見つけてしまう選択肢の在り方も、まじで、う、うぜ~。

 だせーなー、とこたつくんのかわりにぼくが言う。

 僕はそれを二束三文の値段で、購入して、ジェイソンばりのチェーンソーで切りきざみ、

ぶすぶす庭の落葉あつめて燃やして消防車がやって来た。

 「ボヤはどこですか?」

 「たぶん、あちらであると思います、上官どの!」

 というわけにもいかず、・・・しかしちゃっかり焼き芋をやいておいたので、マッチで火をつ

けておきながらポンプで消火活動する本当のファイヤーマンのように、おすそ分けして、ね

むった。夢の中で、こたつくんがあらわれた。

 つぎは芸術家のテーブルとして、生まれ変わるのだ、とおしえてくれた。こたつはこたつ

に生まれ変わるなんて古い時代の話だ。というか、そんなの聞いたこともないと言うと、

 「う、うぜ~。」と言ってくれたので、よし、としよう。

 ―――それから瞬く間に月日が流れ、いまもぼくはこたつくんと喋っている。テーブルに

新聞をおくな、・・・彼はいちいち口うるさい。もう小舅みたいなものだ。コーヒーなど置くな

、けがれる。花を飾れ、そしてむしれ。無知をむしれ。絵の具をぶちまけろ。濡れ。しかし

やっぱりシモネタだ、そして注文がこまかい。

 おお、多岐にわたるベスト・パートナー。

 「おれはカクテルじゃない」

 ぎ・・・ぎい・・・ぎし・・・・・・。


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