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灯台

四人家族



 「あ、足どけて・・・て、て・・・し、しい・・死ぬ…うっ」

 そんな声が、部屋から聞こえてくる。 
 
 そこへ、手帳の中を覗いている、すらりとした高身長の男性が現れる。

 ネクタイが揺れる。眼鏡を、くいと持ち上げる。

 「ここ――か・・」

 親指で軽く押さえている、左手の手帖。

 そこには、二十四時間のスケジュール。そこにびっしりと書かれた夥しい、細かい文字は

、彼がメモ癖であり、相当に多面からの声を合わせて聞いていることを、うっすらと知るこ

とが出来る。つまり有能、ということだ。

 しかし、常人なら軽く狂気すら感じたかも知れない。

 扉の上のプレートを確認し、コンコンと彼は二回ノックした。

 「おかしい・・・声が返ってこない――」

 しかし、すぐさまガチャリとドアが開き、

 「どうぞー」の代わりに、

 苺とバナナと葡萄の、

 フルーツ・クッションを顔にぶつけられた。

 そして、室内にいた二人の女の子、ちひろ(♀ 五歳)とゆりな(♀ 四歳)の、

 「まいどありいィィィー! うはは」という野獣のような声を聞いた。

 と、可愛らしいイラストがプリントアウトされたTシャツと、スカートを着た女の子が二

人飛び出して来て、ぼこすか、とクッションで殴られた。

 わ、わたしは――途端、目の前が真っ暗になったような、ハッカのひんやりとした感じを

思った。あるいは、この、子供部屋の天井が落ちてきたような眩暈を感じた。

 ふっと、部屋にくまのぬいぐるみが見えた――

 とても、嬉しそうに笑っていた――


  *


 プルルル...プルル......ルルル.........

 電話が鳴った。俺の携帯だ。

 おっと・・これは鷺沼からだな、と俺は思った。

 シルバーカラー。小刻みに揺れる携帯を取る。

 「あいよ・・どうした、子供とご対面は?」

 「お前なあ・・どういう教育の仕方してやがるんだ・・・」

 低い声、相手を威圧するような声。うん、鷺沼はキレている。

 プツ・・・つうつう・・・つう・・・

 切った――そして俺は切ってやった!

 朝から不機嫌な奴の声聞いて、仕事したくない。

 「秘書どの、今日のスケジュールは?」

 はい、これから・・と、ぺらぺらA4用紙を音を立てて捲りながら、今日のスケジュールを

説明する、秘書の丸山。有能で、男性との噂がなく、サバサバしているのが気に入ってる。
 
 秘書の丸山は簡単に、昼までのスケジュールを読み上げた。

 「じゃあ、車を回してくれ――すぐにな、後、今日はかつ丼を食べたい。」

 俺は、丸山が、どもったことを聞いたことがない。

 「わかりました、店を検討し、席を用意しておきます。また車は既に手配済みです」

 万事、この調子だから、辞めさせられない。

 「よし。行こうか」


  *


 わたしは、依頼主である、奥山吉雄からの電話を切られて、正直げんなりした。しながら

、それでも、この現状をなるべく理解しよう、と努めた。
 、、、、、、、、
 目の前にいるのは、その奥山の娘二人である。

 わたしはいま、彼女たちにクッキーを御馳走していた。

 ――アールグレイティー、揺れる紅茶の水の面。

 もちろん、先程のことは、最初ということで、水に流し、こういうことを初対面の人にし

てはいけない、と簡単に注意した。

 「あい、」と警察官の敬礼を二人はした。

 誰から習ったのかわからなかったが、実際、決まっていたので、拍手して褒めた。

 だが、どうやら、わたしが来ることを、奥山の口から聞いていたようで、少し手荒いが、

歓迎式のようだったらしい。

 ドアの前で、クッションを投げつけて迎え入れる、というのは、何処の教科書にも、ルー

ルにも、マナーにもないと思うが、子供の世界というのは、それが許される。

 それにしても・・と、わたしは、額を押さえた。

 (手首に食い込むような感触を想い、初めて縛られた、と気付くような・・

 食べ方というのが、もはや人間というより野性味に溢れ、わたしもいっそ、四本足で歩く

べきではないか、いますぐに服を脱ぐべきではないか、と冷静に考えるような、食べ方なの

だ。しかし、やはり、頭がどうかしているのだろう。

 少しずつ、きちんと女の子らしく食べるやり方、それも、それが多くの人に褒められるの

だ、そしてそれは多く、品性を作り、自分のよりよい自尊心を作るのだ、と教えていこうと

思った。だが、もちろん、これぐらいは想定済みではない方がおかしい、とわたしは、むし

ろ自分のデータの不足を恥じた。

 ちなみに、わたし達は、子供部屋から、キッチンへと移っていた。

 おそらく三十畳ほどの広さがあるキッチンで、まるでメーカーブランドの見本写真でも見

ているみたいに、各種フライパンが飾られ、水回りも、食器棚も、このまま撮影に使えるよ

うな具合だった。マネージャー業務の経験から、これはすぐにCMに使えるだろうとも思っ

た。何処までも、生活感がなかった。少し前まで、お手伝いがいたというが、それも何処ま

で本当かわたしには疑わしかった。

 しかし最低、今日の、先程までは確かに人がいたのだ。

 「お、おっ・・美味しいかい?・・・」

 子供は、ぎこちない笑みをすぐに見抜いて、相手が自分のことを嫌いだと見抜くと言うが

、あれも本当なんだろうか。自分で言うのもなんだが、声がうわずっているし、足もとがふ

わふわしている。子供の面倒なんか、見たことがないからだ。でも、ちひろさんは、

 「うまし。この、クキイ、うまし」と、ハイテンションで言った。

 「この、お兄ちゃんは、今日からクッキーの人。」

 と、ゆりなさんにいたっては、もう、なになにの人、という風にわたしのことを何処かの

カテゴリーに押し込んでいた。もちろん、わたしは、ハムでも、クッキーの人でもない。

 それにしても、とふと思った。テーブルは高級な物で、おそらく十万円は下らないと思う

が、いや、この部屋のどれも高価なものばかりだが、何か、子供たちの心と乖離しているよ

うな感じが、わたしには見逃せなかった。

 たとえば、とわたしは得意の連想力で思った。

 たとえば、あのパサパサした野菜のような冷蔵庫に、この子たちの写真を貼るのはどうだ

ろう。ホウレン草みたいな笑顔を・・。

 「ところで、二人とも、ちょっとだけ、食べるのをやめてくれる?」

 皿に取り分けたクッキーだが、ちょっと少なかったらしく、あるいは子供ということで気

を遣ったわたしが馬鹿だったのだが、すぐに足りなくなって、そのまま、クッキーの入って

いる缶容器を出した。

 わたしは、お菓子はなるべく好きなだけ、食べさせたいと思った。

 食事の方で調整すればいい。食事は、それでいいはずだ。これからだって、そういう機会

はある。でもお菓子は、大抵の所、子供時代にしか食べないのだから。

 「はい。」

 と、何故か聞きわけよく、二人は声を合わせ、ピタッと、止めた。

 わたしは、眼を瞑り考えた。『クッキーの法則』――


  *


 (これは、昨日の話である。

 8:17 マネージャー室

 携帯電話の画面を、すぐさま、オンにして、明るくする。

 「どうして、俺がお前の娘の面倒を見なくちゃいけないんだ? わかるか、俺はマネージ

ャー業をしている。忙しい。わかるか? 同級生だろうが、親友だろうが、なめたことを言

っていたら、・・・」

 書類をパラパラ捲り、携帯電話で、いざ、挨拶の電話をかけようとした時、奥山が言った

。「今日付けで、というか、いまこの瞬間から、お前は自由の身だよ」

 「は?・・何言ってんだ、お前――」

 思わず、携帯電話を落としてしまうと、それを、すかさず、奥山が拾い、ふふっ、と携帯

電話を左手で握り、電源ボタンを分かり易く右手人差し指で切った。長押しした。

 「いやだから、全部、話をつけてきた。お前の社長に、まあ、圧力をかけて、お前の代わ

りを、昨日中に見つけさせた」

 「お前・・いや、別にお前の無茶苦茶さは知ってるが、引き継ぎとか――」

 「そうだな、お前みたいな超優秀な、仕事の虫で、睡眠時間削っても平気なマゾ野郎の代

わりはいないだろうし、引き継ぎとなれば、一か月はゆうに下らないだろう。でも、そんな

の俺は知らんよ。お前が欲しかったら、引き抜く。昔からそうだ。知ってるだろ? 金や力

でどうにか出来るなら、昔からそうするのさ」

 「うん、実にお前らしい――」

 「で、言いたいことは?・・」

 ほうら、言いたまえ、鷺沼くん、と奥山はふざけた猫なで声を出した。

 「てめえ、いますぐキンタマもぎとったろか、おらコラ!


  *


 わたしは、人生の急な変動を、店の中にショーケースがいくつも置かれ、さまざまなカー

ドゲームのカードがぎっしりと隙間なく並べられている様、として思い浮かべた。

 想い浮かべながらも、きちんと、少女たちが理解できるように心掛けて説明した。

 だが、子供というのは、馬鹿にされるのや、見下ろされるのが苦手のはずだという、少年

時代の経験と、読書などの参考資料から、大人の言語と子供の言語を簡単に混ぜた。聞き返

されれば、すぐに、分かり易く噛み砕いて説明した。

 それでも、わからなければ、身の回りにある、あれからこれのようなもの、として説明し

た。テーブルで料理を食べたら、たらいの中に入れるようなもの。

 「・・・と、いうわけで、今日から二人の・・ちひろさんと、ゆりなさんのご面倒を見ることに

なりました。鷺沼と申します」

 「うむ、よきにはからえ」とちひろさん、お殿様キャラ。

 絶対、この子大人になったら痛い目見ると思うウウウウ!

 そして、絶対この子、帯取りごっこやるから、うん、とわたしは思った。

 断言しよう、この子の将来の彼氏よ、君は顔をビジュアル系メイクされるだろう!

 ――しかし、そんなことを思いながら、殺伐としたマネージャー業の垢を落とすような、

ほとんど非現実的な日常空間を少し楽しんでいるのかも知れなかった。

 それにしても、彼女らは、本当に自分のことを何才の少女として認識しているのだろう。

どれくらいの自覚があるのだろう、とわたしは考えた。

 「あたし、ゆりな、でいいよ。」

 何をませてるのだ、この女の子は、と一瞬思ったが、何を考えたのかわからないが、お花

畑へ行こう、とわたしを誘おうとする。それとも、赤毛のアンの親友とのあれですかい、と

妙な読書経験の知識でそんなことを思う。

 と、袖を引っ張られる。面接にでも来るつもりで、スーツ姿でいたわたしは、そうだ、も

うこんなものはいらないんだ、と改めて思った。

 「ところで、・・お兄ちゃんはいつまでいるの?」

 と、急に声を下げて、ちひろさん。

 「ん?・・・」

 「いや、なんていうか・・・・・・その・・・そのね!・・」

 ああ、そういうことか、とわたしは思った。全身の力が、脱力するような感じで、テーブ

ルに前かがみになるような姿勢でいたわたしも、椅子に座った。

 「お父さんが言うには・・二年ほどかな――幼稚園とか、保育園へ行くまでだと思います。

でも、やるからには、一生だと思っています」

 
  *


 (これは、昨日の話である。

 8:32 ロッカールーム

 わたしはいま、荷物の整理をしている。整理をしながら、話を聞いている。Mサイズのズ

ボン、仕事の初めのころにストレスで体重が減って、ベルトの穴を空けたベルト・・

 なんだか、改めて見ていると、試着でもしたくなってくる。

 「でも、どうして俺に?・・」

 もうこんな物、意味はないな、とネクタイを取りながら、スーツを脱いで、わたしは言っ

た。奥山はそれを見ると、さすがに潔い、武士道、あるいは騎士道を見た、と褒めた。

 「――真面目な話、色々人に頼んでみたんだが、どうも、長続きしない。多分、相当に我

がままだからだろうな。それに、女性に頼んだのもいけなかった。全員、泣きながら辞めた

い、と言ってきた。結構手当できちんとしたのに、こんな馬鹿どものために俺の貴重な時間

が費やされてもよいのだろうか!」

 「うん、御説ごもっとも。大会社の社長、苦しい胸中を語る。」

 「だろだろ!・・」

 もちろん、彼の前では、わたしの時間などゼロに等しいのだろう。

 ふざけやがって、と思う反面、そういう豪放磊落な一面に学生時代から惹かれていたのも

確かだ。ガリ勉タイプで、塾通い、テストの成績はいつも一番か二番、でも線の細い軟弱な

わたし、体育はどうも苦手というわたしが、海で泳いだり、野宿したり、無人島でキャンプ

したりするようになり、いまのこのハードスケジュールのマネージャー業を楽々こなせるの

には、えてしてこのような理由がある。

 大手の企業というだけで、デスクワークするのは嫌だな、むしろ、もっと、しんどい仕事

、できるなら、遣り甲斐がある仕事をしたいな、と思って、進んだ。

 昔だったら、就職と同時に、鬱とかになっていたかも知れない。わたしは、そんな奴だっ

た。人生はやっぱり、人によって変わるものなのかも知れない。

 もしこれが奥山でなかったら、わたしは、彼とは絶交し、違う仕事を見つけようとしたか

も知れない。マイナスドライバーで、てこの原理、とわたしは思った。

 まず、缶詰をざくっと突き刺して開け、てこの原理、という風に使う。

 もちろん、使い方は間違っている。だが、世の中そんなものだ。

 「給料はいまの二倍出す。また、手当も相当つける。」

 でも、いままでの彼との付き合いから、彼がそうすることはよくわかっていた。いままで

、どんなに滅茶苦茶なことを言っても、わたしが、納得できなかったことは一度もない。

 「・・・わかった、面倒をきちんと見させてもらうよ。」

 「いろいろ、勉強とか教えてやってくれ。それで、休日には何処かへと連れていってやっ

てくれ。大体お前に任せる。何しろ、忙しくてな、娘とも中々会えない・・」

 そう言った時の、奥山は、学生時代とは違って、もう大人の顔、父親の顔をしていた。

 そんな、切ない顔が出来るようになったんだな、と思わず苦笑してしまう。

 「な、何だよ、急に笑いやがって・・・」

 「いや、どんな子供かと思ってな――楽しみだ・・」


  *


 ガレージから、鉄製の踏み台を持ってきて、わたしは、まず、子供たちの写真を貼ること

にした。でも、とわたしは思い、一つだけ、まず、可及的速やかにせねばいけないことを思

いついた。わたしは子供部屋へと行く。

 ドタバタドタバタ・・・・・・

 何か、変な音が。わたしは、恐る恐る、目を開け、部屋を覗きこむ。

 子供部屋の壁には、ポスターと地図が飾られていた。

 やっぱり、くまのぬいぐるみは微笑んでいる。

 そしてもちろん、彼女たち女だてらには喧嘩!・・

 「だよな、やっぱり――」

 しかし、女だてらにというのも変だが、うらあ、と胸倉をつかみあって、インク壷をぶち

まけるようなカオスなことをやらかしている。

 子供はみんなモンスターであり、天使にして悪魔、とわたしは思った。

 うん、とわたしは状況をすぐさま判断し、二匹の怪獣の首根っこを持ち上げ、こら、と叱

った――と、同時に想像した。多分、お手伝いさん、あるいは養育係の彼女たちは、おそら

く、こんな風に叱れなかったのだろう、と。

 奥山は大会社の社長であり、何分、イメージ的にやりづらい所はある。

 「ぴえーん・・頭を殴られたアア!」と、ちひろさん。

 おそらく、この手で、大多数のお手伝いさんを泣かせてきたのだろう。

 「うん、泣きたまえ――人生には泣きたいことが沢山ある。言っとくが、わたしに、泣き

真似は通じない。次、それをやっても、わたしは平気で無視することをここに宣言する。ゆ

りなさんは、何か言いたいことがあるかい?」
 
 「ありません。」

 むちゃくちゃ、ふてくされ、口の端を曲げていたが、勝てないと見ると、とりあえず従っ

ておくか、という賢明さは、四歳の彼女の方が上のようだ。

 あるいは、そもそも、この喧嘩は、ちひろさんから仕掛けてきたものなのかも知れない。

ちなみに、ちひろさんも、状況が悪いのを悟ったらしくもう泣きやんでいる。

 「一応、聞くけど、どうして喧嘩になったの?」

 「ちひろが!」とゆりなさん、声を荒げる。

 「何よ、アンタ、あたしのせいだって言うの!」とちひろさん。

 わたしは、もちろん、喧嘩両成敗のもと、やっぱり首根っこを持ち上げ、抱きあげると、

庭へと連れ出し、雑草を毟らせた。

 と言いつつも、怪我はないか、服は破れていないか、などを見る。子供を増長させてはい

けないが、子供を馬鹿にして付き合いたくない。

 また、毟らせながら、簡単に事情聴取をした。ようは、ちひろさんがふざけて上にのっか

ってきて、パッカパッカ、とやってきて、何を小癪なと払いのけたら、何よ、ゆりなのくせ

に、ということのようだった。
 、、、、、、、、
 姉と妹というのは、何処でも年齢が物を言うらしい。

 こほん、と咳払いしながらわたしは言った。

 (再生ボタンを押し、動きをスローにする。その顔がよく見えるように・・・

 「我々に、喧嘩などしている時間など一秒たりともありません。我々がするべきことは、

労働であり、また、勉強です。喧嘩などというもののは、低次元の行いです。」

 二人の小さな学習者たちは、不精無精と、それでも草を毟っていた。

 よろしい、と僕はオペレータールームへ――

 「後で、ご飯を作るんだけど、手伝ってくれるかい?」

 「するう!・・するう!」とゆりなさん。

 たぶん、彼女はよく出来た女性になるのかも知れない。外面のいい女性、とわたしは思っ

た。でも、内面も立派にしよう、と更に思った。

 「ちひろさんは?」

 「あたし・・しない。」

 なんだか、途端、雑草なんか毟れるか、あたしはそんなこと、もうしないんだぞ、といじ

けてしまうのかと思いきや、そうではなかった。

 でも、本当に、そんな風に見えたのだ。
 
 「・・・どうして?」

 「前に、お手伝いさん、包丁を使おうとしたら、危ない、とか言ったもん。」

 それはそうだ、危ないに決まってる。

 でも、使えないハサミを持たすつもりか、とは言える。

 よしよし、とわたしは、ちひろさんの頭を撫でた。

 「うん、そうだね、今度は――わたしが見ているから、包丁を使ってみようか。いや、確

かにまだ、ちょっと危ないから、ナイフを使って、胡瓜でも、切ってもらおうかな。それで

、ある程度、いけそうだな、と思えたら、包丁でやろう」

 そう言うと、感情の起伏が激しいのだろう、途端ニコニコして、雑草をぷっつん、ぷっつ

ん、抜き出した。多分、感情の行き違いだろうな、それも本当に些細な、とわたしは思った

。多分に、粗暴な性格から、包丁などもってのほか、と思われたのだろう。

 でも、それは、子供の成長を阻害している、とわたしは思った。

 何だろう・・・こんな感じ、確かにこんな感じが――前にも、あった・・・・・・

 子供時代・・こういうことはよくあったな、と眉を押さえて、思わず二人のことを眩しく見

てしまう。大人たちに大声を出され、足が竦んで、声が出ない感じ。目を細めながら、自分

は絶対にそんなことをしない、と思った。少女の鮮やかで移り変わりの激しい一時期を、

演出することが出来る、とわたしは考えてみた。

 そしてそれは、思う以上に、素晴らしい仕事のように思えた。

 (卒業証書にかぶった埃を、急に払いのけたくなるような胸の高鳴り・・

 知らぬ間に、わたしは、子供時代の顔が半分以上隠れてしまっていたのかも知れない。

 「あとで、買い物に行きます・・それと、もう少ししたら、お父さんが帰ってきます。そう

いうわけで、簡単にお風呂に入って下さい。」

 「お兄ちゃんも一緒に入るの?」

 わたしは、急激にロリコン疑惑をかけられたように、思わずゾッとした。もちろん、わた

しは、ロリコンではないが、周囲の過剰なイメージから、一緒に風呂に入るのは躊躇われた

。しかし、これぐらいの年齢の子の場合、お風呂にはひとりで入れるのだろうか?・・

 もし、両親だったのならば、あるいは、わたしが女性であったならば、そこに躊躇いはな

かっただろう。一体、ロリコンとは何なのだろうか、とわたしは改めて思った。

 フッと、先程までわたし達がいた家-邸宅-あるいは大豪邸と呼べそうな代物を見た。

 価値にして、数十億は下らないという噂の、巨大な遊園地のような家だ。

 (「・・・どうして、奥山はこんな虚栄心の塊のようなものを作ったんだろう」)

 考えてみると、わたしは、奥山と再会するまで、殆ど雑誌や、新聞の記事でしか彼を知ら

なかった。と言っても、子供がいることも、彼の女性関係-妻などのことを、わたしは全然知

らなかった。それは様々なヴェールに包まれているに等しかった。

 ふっと、ぼんやりしていたなと、足下を見ると、子供たちが宇宙人でも見るように、わた

しのことを見上げていた。これからどうするの、と瞳は口ほどに物を言っていた。

 子供たちは、自分から関心が薄れるのに敏感だ・・気をつけねば、と思う――

 「じゃあ、一緒にお風呂に入ろう。」

 また、この件については、お父さんと話そう、と。


  *


 大豪邸の前に、車がキキッと泊まる。自動で門が開くと、アーチ形の道があり、その中ほ

どの所には、ちひろと、ゆりなと、そして学生時代からもっとも信用できる、鷺沼の涼しげ

な顔があった。

 「おい、何だよ・・」

 と言いながら、ちひろと、ゆりなが、随分と綺麗な格好をしているのに気付いた。

 「お父様、どうぞこちらへ・・」

 いつからお前は執事になったんだ、というような、ご丁寧な喋り方をしながら、エスコー

トする鷺沼。東大卒で、マネージャー業へと行った鷺沼。

 高校だけの友達だったが、人生の中で彼より信用できる者がいない、というのは皮肉なも

のだ。沢山の薄汚い表情。金の話。・・でも、それが、現実だ。

 しかし、いま、娘のドレス姿を見ていると、また、シフォンの肌触りを指先に感じている

と、何だか、こっちの方がずっと、非現実に思えた。

 「おい、本当になんだよ・・」

 と、そこには、カメラを持った一人の男がいた。

 「家族の写真ですよ。玄関に飾ろうと思います・・」と鷺沼。

 「おい、そんなの――」

 「はい、確かにどうでもいいと思います。けれど、これから、わたしは、ここで仕事をし

ていきます。でも、何しろ人を育てる、という仕事です。否が応でも、感情移入してしまう

でしょう。そうなった時、多少嫌なことも、あります。そんな時に、ふと思い出すものが、

わたしは欲しいのです。わたしはこの家族と一緒に暮らしている、という誇りが欲しいので

す。そして、これから、何年もそのようにしていって欲しいのです。あなたの子供は、いま

、とても美しい一時期を過ごしています。」

 ――鷺沼に言われるがまま、娘の顔を見ていると、改めて、そうだな、と思った。ぎくり

として、目を逸らしそうになるが、本当にそうだ。仕事、仕事と言っている内に、娘たちは

大きくなるだろう。

 自分は、ただ、金を与え、生活を保障し、将来の設計をする。

 その内、本当にいらない存在になるだろう、とも思えた。

 「では、皆さん笑ってください・・」

 とカメラマンは、指示を出す。

 「おい、鷺沼――お前、やっぱりすげえ奴だよな」

 「それは、これからのことを見てからお決めになって下さい。一か月に一度は、時間を作

ってもらいますよ。」

 そうして・・パチリ、とシャッター音が鳴る。

 それは、時が止まった場所――

 これから、続いていく記憶を積み重ねていく場所――

 そしてそれは最初の、四人の家族の写真だ――



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