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灯台

猫の話 



      通り抜けた光たちが

      バラック建ての小さな店から、

        あらわれる猫を見た。

        そうですね、・・

        かれこれ、三十年前ですかね、
 
       え?・・その店は何かって、

         屋台ですよ、屋台。

         都会の夕食とでもいうべき、

         世相の窓とでもいうべき、屋台。

      餃子に豚の爪、ニンニク、

      なんておかしい説明ですかねえ。・・

       麻婆豆腐、エビのチリソース

      シュウマイ、春巻きに、
 
      チンジャオロースに、八宝菜・・

     ――まあ、いまじゃ、

    某ハンバーガーショップとか、

    全国チェーンのコーヒーを飲ませる店とかがあって、

    結構変な感じですがね。

      昔はそうじゃなかった、なんて、

      おかしな話ですよね。ウラシマ現象。
  
    いや、よっぽど古いお話なんで御座いますよ。

    どぞどぞ――
 
    饅頭、大福、

    番茶に、緑茶に、烏龍茶、煎茶・・

    それで?・・

      ああ、どぞどぞ――

      それで、

       ジミー・ツトム・ミリキタニ?

       ルイス・ウェインの猫?
    
      いやいや、ふつうの猫ですよ。
 
     茲に漸く待ちに待ったる期限は・・

   と、なんで時代がかった喋り方するのか、
 
   わからないですけど、
     ことはり
     道理を説けば――・・

     夜、あっしの店に声をかけてくる者がいた。

    でも、人の影すら見えなかった。

    幻聴か? 

    いやいや、店は全部閉まっている時間だ――

    景気がよくなって、馬鹿騒ぎする場所、

    負惜しみのような、うぬ惚れのような、悲哀な快楽がムクムクと胸の底を突く、

    横文字とか変なマーク、淡い、ネオンサインの色彩の中に明滅する、ね、

    そういう乾燥無味で、成立しなかったのが成立するようになると、

    それと同時にこれまであった、あっしのような所に

     日増しに無情ない仕打ちが、ガツンとくるんです。

     万力でしめあげるように、きりきり、

     孫悟空のあの輪みたいにね。

    現代でいうところの、機嫌悪く不平不満な人びとも、

    家に帰るようになった、ですかね。

      でも――その日は違った。先程も言いました、

      声がきこえました。
     
      そして数十秒後でしょうか、ぴょんと猫が、
 
      カウンターに座っていた。

      そうなんです、猫がね、

      酒や、中華料理を食べにくるようになったんです。

     いえ、ふつうの猫ですよ。

     ちゃんとお金もっていてね。ご主人、あれ、くれ、
  
     とか、ちゃんと言うの。

       いやだからね、

      食わせてたとか、アンタをからかってるとか、

      じゃなくて、喰いに来てたの。ほんとだよ。

       幻聴や幻覚の類では決してなかったと証言もしますよ!

       虫めがねをのぞけば、黒いものが見えた。

        にゃんだこれは、にゃんだこれは!

        ――蟻ですかい、とんだお笑い!

     ・・・膽を潰した?

     潰さないですよ、客商売だからね。

     そりゃ最初は驚いたけどね、気前がいいよ。

     量も少なくしてくれって言う代わりに、

       ・・・頬のあたりまで持っていったハンカチを、

       口元にまで、持っていかなくちゃいけなくなった。

       いや、笑いがね。

     値段はそのまま。それに、きちんと、

     ペロリたいらげて、また来ると言ってくれる。いなせだよね。

       しかも、一匹じゃないよ、

       何十匹もだよ、
 
       あっしはそれから、金廻りがずいぶん、

       よくなって、ソロバンのけたがはずれるどころか、

       電卓になるって感じで、その近くで、
  
       少し高めのアパートを借りれるくらいね。

     まあ、なんにせよ、

     客商売で常連ほどありがたいものはないね。

     嬉しいね。それで?
 
       ああ、・・それで、

       ある日、上品な真っ白なジェントルマンな猫が来てね、

     実は全然知らなかったんだけど、猫の世界では有名な猫でね、

     社交的訓練が行届いた教養ある猫ってのは、ひと目でわかりました。

     しかも、そいつがきたら、軽い口笛と靴音と、ステップをそろえて、

     猫という猫は、歓迎してました。自衛隊の式典みたいなね。

        ――まるで、いきなり、
   
        ビバリーヒルズに来ちゃった田舎者という構図。

        食欲をそそる見本品のあるお店を見てたら、

        店主がガラッとあけて、ぱくって食べちゃった、
      
        ドッキリ!・・みたいなね――

      「人間世界に未練はあるか?」
 
      って、中国のお酒のみながら言うのね。

      でも実はこの猫、モルト・ウィスキーが好きらしくて、

      その後、二三回来たんだけど、

        グレンゴインの15年デキャンターを、

        くれてやりました・・

        まあ、チップも相当はずんでくれましたがね。

      と、話すりかえちゃいそうだけど、・・いやあ、

      こいつ、面白い猫なんですよ。すらっとしてて、二枚目だしね。

      色んな武勇伝もある。もうそこらへんにいる、

      ネコとは格も器も、ゲスを承知でいえば、

      チンポコも、珍矛なんですよ、間違いなく!

        と、戻しますね。で、どういうことですかいと言うと、
      
      「お前はなかなか見込みがある。

      猫たちに礼儀正しく平等であることは、

      余も知っておる。」とね。

        馬鹿言っちゃいけない、と笑いましたよ。

        お金くれりゃ飯つくるのが、

        おいらの仕事だよ、と返しましたよ。

       「まあそれはいい・・それで、猫の国に来ないか。

       お前を雇いたい。給料はうんと弾む。」

        ハリウッド第一流の監督が、

        エキストラにこだわるみたいなもの。

        ・・・それでどうなったかって?

        うなずきましたよ、いい話だしね。

          それに、この猫、褒めるのがうまいんです。

          美辞麗句なんて奇抜なだけだろ、
   
         ――と、あっしは思ってたんですが、

         あるがままの本質と、真の姿をあらゆる角度からのぞむ、

         酔う楽しさですね・・スクリーンの訳文みたいなね。

          確か、こいつから、猫の保険の話ききました。

          いや、あるんです。面白いですよ、

          自転車保険、車保険、

         さらには、人さらい保険とかね、

         聞いている内に何度笑ったか知れません。

      と――それにね、猫の客ばっかり相手してますとでしょ、

      いろいろ、面白い視点の話があってね、

      コンクリ塀の上を歩きながら、あれは、
   
      体操選手の猫で、訓練してるんだそうで、

      そうかと思えば、彫刻の美、

      猫が草むらなんかで眠っているのも、あれは実は、

        ――魔力を高めるためだそうで・・はあ・・

        たとえば公園なんかは、

        日常と非日常の境で、
        
        すこぶるつきによいらしいです――

      そうだったのか、と目も鱗・・

      ま、そんなわけで、あっしは、

      すっかり猫って奴が好きになっちまいましてね。

        それで、どうなったかって?

        お兄さん、我等の良心、詩人のお兄さん、

       ――やっぱり、うまい話ばっかりじゃないね。

       見てくれ、と彼が出した腕には、

       ぼうぼう、と毛が生えていた。

       猫みたいですね、と僕は言った。

        ――言いながら、顔を覗き込むと、

        そこには、巨大な三毛猫がいた。

        耳はやっぱり頭の上にあって、

        なんか、ずいぶん厚ぼったく、にゅっと、

        していた・・

       「もう戻れないんだよおぉぉぉぉ!」

       なんだ、急にホラーかと思うような声だったが、

       へへへ、と急に笑い出し、

        「なんてのは嘘でね・・猫に薬もらって、

        これ、人間変身の薬のんで、もどります。

        猫っていいね、――」

         と言ってから、いまのホラー調はなんだ、

         ぶん殴るぞと思ったが、したたかに彼は、

         猫の国の話をし始めた。

       「ガリバーになった気がしましたよ、

       でも、愕いたね、薄い味噌汁を味わうような、
       
       到る所で幅を利かしている日本の建築の凡庸さ。

       因循姑息でね、みみっちい。積極的建設の勇気がない。

       展覧会場や、図書館なんてのもそうだけど、猫の国はぶっ飛びます、

       非常に素晴らしい文化施設がそこにはあります。

        ・・日本の景観のみっともなさ。

        つくづく思いました。

      毎日毎日、一日も欠かさない、努力というけど、
 
      あれはただの因習だね。悪い習慣だよ。

      限度の無い綺麗さ、清潔さ、そういうのが、ネコの国にはあるね、

      いや、あると思うから、あっしは好きだね。

         ・・・猫って本当に、センスがいいんですよ。

        中世の町並みでね、ハリーポッターみたいに、

        魔法使えんじゃないかって思えるくらいね。」

         ――凛々しく美はしく流れる黒猫の旗・・!
        
         暮れゆく夏の夜の黒い樹木の上には、

         澄みきった星空がキラキラと光ってますしね。

         音楽は、クラシックのロシヤンバレエ!

       「猫ってのはね、人間とおんなじでね、

       白いのと黒いのがやっぱり偉いんです。強いっていうか。

       あっしがやとわれたのは黒い方だったけど、

       だからって――白いのが一匹もいないってわけじゃなくて、

       そこは、人間の都市とおんなじ。

       また雑種でも秀吉みたいに出世する奴もいます。
       
         ・・でも、黒は魔術師の色、白は聖浄の色として、

         昔から猫の国で尊ばれてるんですね。」

        そういうのは、よくわかる気がする、と僕が言うと、

        ――彼は、そうでしょと肯いて、

        別の話をし始めた。

         「猫の国に行って、中華料理つくってると、

         スナックとか、キャバクラとかがね、
       
         芸能本陣の最高峰みたいに、顔真っ赤にしながら、

         ・・あかくなるんですよ、わかりにくいけど。

         で、すごかったって、猫達が目をカッと見開いて言うんです。

       ・・・まあ、ネコだから、相手もネコだろ、

       どいつもこいつも同じだろ、と思われそうだけど、
     
       そこは、人間とおんなじ。

         酒はいると、どいつもこいつも馬鹿でふしだらで、

         ニョホホ、って笑うんです。

         可愛いですよ、猫の笑い顔を見たら、

         人間の俗な笑いをいけすかないとしか思えない。

           愛嬌の無意味、というかね。

         なんというか、本能丸出しの笑顔でね、

          ・・でも、おもしろいのは、

          ――その後、やつら、交尾しちゃうんです。

         人間だったらお縄くらっちゃうけど、猫の世界では、

         愛を得るまでの義勇の功幾年を積んで、という感じ。

         恐竜の足跡に、水溜まりができて、

         やがてそこが大きなダムに呑まれる、という感じですね。

         猫ってのは、そういうルールがゆるいと同時に、

         本能を邪悪とか、ストイックにおさめようとするところがなくて、

         ただ、筒井康隆、あるいは、ただ、

         スラップスティック的展開あるのみ、みたいなね。

         がおーとか、グルルとか、にゃおー、とかなんだけど、

         枯れてゆくまでは素直で生きようとしてる。
        
           ・・いや、あっしは人間で、猫じゃないから、

           キリストとか、ブッダみたいなもんですよ、

           そういうのを見ても何とも思わないんで、

             とある猫なんか、

             あっし、あっしにですよ、

             拝むくらい――・・

          でも、ある時、そういうのを見ながら、

          すっごく感動したんですよ。

          もしかして、アニメとか、ゲームとかって、

          本質的にそういう種類のものじゃないかって、

          思ったんですよ」

            いい話だ、と僕は思った。

            実にうなりたくなる、滋味のある、話だ。

    



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