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灯台

風船の月


楽しいよ 君とこうしていられるだけで
 楽しいよ、これからも君を幸せにするから・・・・・・
ねぇ覚えてる? 代わり映えもしないシルクロードの長夜
 月光が笛のようにそっと降り敷く 優しい夜の光景を
春にはもこもこと着膨≪きぶく≫れする落葉樹に 引っ掛かった
 可哀想な風船を 落雷が落ちたみたいに
活き活きと醒めてくる感情から 逃がそうって
 口にして かくんとしながらも そっと手を伸ばした
飛び上がっても バネの力が弱くて 風船には届かない
 だから足をかけたのに 樹はひんやりずるりと剥≪む≫けて
やっと持ち上がったと思ったら 禿げ上がっている樹は
 僕の邪魔をするように暴れ回り 鞭のようにしなって

         ―――突然の風に目を奪われて

本当はこんな所に風船なんてないような気がして
 あったって この迷路から脱出できるわけじゃない
  入口があるから出口があって 分岐があって障害がある
   扉があれば鍵があって鍵穴がある 玄関 上がり框もある
    ノッカーがあれば覗き窓もある 留守もあれば居留守もある

         ―――おおおいとやけに声が反響する夜

挙動不審になったのは方角を見失ったせい
 十字路 曲がり角 三叉路 四つ辻 行き止まり
ぐねぐねと白蟻や蛆虫這うように思える ハリボテの壁
   上下左右 縦横無尽 複雑怪奇 紆余曲折 螺旋階段上≪のぼ≫り坂
    獅子の像 蟾蜍≪ひきがえる≫の像 白蛇≪おろち≫の像 足を?がれた飛蝗の像 

         ―――ばさばさという蝙蝠の羽音が聴こえてきたら

どんなに心のメトロノームをちくたく動かしても
 未来≪さき≫の見えない明日は たまらなく不安で漠然として
いつも空回りしてばっか 手を伸ばせば伸ばすだけかくんとして
 掌に爪を食い込ませなければ 肉に血が噴き出さなければ
生きている実感もなくて それでも乾燥≪かわ≫いた心を
 潤さなければいけなくて 悴≪かじか≫んだ手なんかじゃ登りにくくて
ともすればつるりと滑りそうで いっそ真っ逆様に落ちた方が
 身の為なんじゃないか 楽なんじゃないか そんな不甲斐ない自分を
殴り飛ばしたくて それでもここから抜け出せる自信なんてなくて
 すぐに諦めを口にする自分に 口にしないから わかり合えない
そんな言葉を投げかけて のっぺらぼうに追い詰められて
 ぺしゃんこになる そんな毎日に生きているのか死んでいるかの

         ―――その区別がもう僕にはつかなくて

本当はこんな所に風船があろうがなかろうが
 知ったことじゃない 銃弾の心臓を抱えた僕に何が出来る?
  不審者もいれば管理人もいる 伝説の怪物ミノタウロスもいる
   キリストもいればユダもいる 地蔵もいれば股座≪またぐら≫うはうは観音様
    四角や球形もあれば円錐もある 三色団子も棺桶も取り揃えられ

         ―――どんどんと扉が叩かれる

メイドもおらず庭師もおらずコックもおらず主人もいない家
 鋼鉄を鎧ったような印象のある赤錆の目立つ門扉を開きなば
  執事も運転手もいない 近所に人もいない立ち寄る人もいない
   水道もガスも火の元も生き物の気配もない この奇妙な家は 
    刑務所のような高い壁 涸(か)れた噴水 三日月型 手つかずの庭

         ―――ぽたぽたと氷柱≪つらら≫とける音が聴こえてくる瞬間

きっとこんな時には誰もが無力で非力で
 身体中にある不安の種子≪たね≫が一斉に発芽して ひりひりとするような
孤独や絶望で僕等を一杯にする それでもこの生命≪いのち≫を軽はずみには
 手折れなくて、だから君がにゅうと手を伸ばしても・・・・・・
僕は肩透かしを喰わせるように避けてばかりいたんだ!
 すらすらと数式が解けるように いつもこんな間違いを繰り返した
ぽかんとし またほんわかとし すっからぴんになる僕だから
 線香の代わりに爆竹を投げつけて 水の代わりに小便をかけた
黝≪くろ≫い草を引き抜けば陰影≪かげ≫に呑みこまれ びいだまのようなびいどろに
 僕はいつも子供みたいに恐がっていたんだ!
賑やかなものに項垂≪うなだ≫れて 寂しい所では馬鹿騒ぎをやらかした
 本に新聞が飛び散り 人形や布団 衣料品や看板や電柱達を

         ―――イメージの中で何度も打ち倒して

本当はこんな所に風船があったってどうせいつか
 萎んでしまう 僕が手をかけるかかけないかの違いのみ
  隠し扉があれば小部屋がある 抜け道があれば罠≪トラップ≫もある
   屋根裏部屋があれば地下室もある 地図があれば糸もある
    意図に企図 段差の高い低い階段に ベランダに手摺りが見える

         ―――ぴかぴかと豆電球が光る蛍のように

花々は枯れ果て荒れるのに任せ 樹は一葉に切り株
 アーチ型の通路の蔓は鎖のように 鞦韆≪ブランコ≫や木橋や蔦を腐らす
  夢遊病者のように幽鬼と化してなお蒼白い蛍の手燭を持ち
   幽霊都市へ 怪奇洋館へ 暗黒底辺≪ダークサイド≫へ 秘密の部屋へようこそと
    ここは幾何学的な放射状 子供が設計したような無計画な迷宮≪ラビリンス≫

         ―――ぴたぴたと河童あるく跫音≪あしおと≫

それでもあの風船にまで後少し 後少しで手が届く
 なのに風穴を開けたみたいに、風船は僕の手から空へ逃げて・・・・・・
だから心の鈴が鳴りしきるまで 夢中でただ走るしかなくて
 疾走った、駈けた、追いかけた! ただ探し続けた!
風船は空へと続いていて 鑿≪のみ≫といえば槌≪つち≫
 泣きそうな一瞬 楽しいことばかりではない毎日も
宇宙≪そら≫へきっと繋がっていて それは星群や銀河 宇宙の彼方≪はて≫
 そして宇宙の隅々にまで 少しずつひたむきに伸びていく
どんなにつぶら眼の種子≪たね≫でも大丈夫 いつか花開く種子≪たね≫
 だから心の成長を追いかけたい! ひたむきにそう信じ
毎日を優しく許していけるのなら 例え風船がしおしおと萎んでも
 また樹に絡むようにこんがらがっても 立ち止まって柄にもない

         ―――月が見てるよと気障な台詞呟≪つぶや≫ける

本当はこんな所に風船があるだけで
 救われていたんだ 何が変わらなくたって それはそれで
  魑魅魍魎や妖怪変化だって むりからぬ無限回廊へ這入≪はい≫っても
   悪夢に墜落ても夢魔に襲われても 幽霊がいても死神がいても
    息切れして酸欠になっても 乳酸と鉄分の香り 野生の律動感も

         ―――がさごそと僕を揺すぶってくれたから

廊下一面に冷房がぶちまけられていたって
 階段を無我夢中で駆け上がっていける この二本の足があれば
  踊り場がなくたって 窓がなくたって 燈灯≪あか≫りがなくたって
   足場が一つ一つなくなっても 踏板がもう見当たらなくても
    もしかしたら次の階が永遠に見えなくて引き返すしかなくても

         ―――今度は時計を持って来ようって

それはとうとう僕の口から弩≪いしゆみ≫のように威勢よく飛び出す
 恥ずかしいのに照れ臭いのに 不思議な連帯感が僕等にはあって
掴まえた風船が月光に照り映え 掌の星のようだと僕には思えて
 この掌には誰かを魅了する無限の輝きがある!
それでも無我夢中でそう信じ込もうとして だからいつもより空気が
 澄んでいて 噎≪む≫せることのない吐き出す言葉まで澄み渡って
だから感性が研ぎ澄まされて 幸せな溜息が零れてしまうんだと思う
 でもささくれた魂も君の傍にいられるなら 慰められるような気がして
そしていつかこの魂も君に触れて 風船のように宇宙≪そら≫へ高く舞い上がる
 だから子供みたいに僕は燥≪はしゃ≫いで こころのとびらひらいたように
君も燥いで僕を囃し立てる なのに なのに繊細な芳香が鼻先を掠めて
 手持ち無沙汰になった僕等 静謐たる花にも 夜蜘蛛が忍び寄って

         ―――鳥の卵が故意に割られて

本当はこんな所に風船なんてない方がよかったんだ
 あったって 所詮は恐竜の骨を展示している博物館
  ギリシャ神話に登場する迷宮は名工ダイダロスの作品
   怪物ミノタウロスはミノス王と妻パシファエと牡牛による
    牛頭人身 そして神話には暗示や象徴による真実が秘匿されている

         ―――れくいえむ 贄≪にえ≫を捧げた

荒唐無稽なほど杓子定規であり 自分勝手であるほど温厚篤実
 知らない道を歩けばわざと迷うのも 扉に真偽が隠棲しているせい
  夢の中でがむしゃらに開け続けるのは いつも何かに怯えているせい
   開けて欲しいという逆説が見え隠れし 開けられるはず これで終わり
    そうやって夢の中から抜け出そうとする 深淵に眠る我等が恐竜の骨

         ―――えすけえぷ 贄になるのを恐れて

つつと涙が流れるのは いつか風船が萎≪しぼ≫んでしまったから
 それでも萎れたり咲いたりする花の性質≪さが≫が 僕にもわかる 年齢≪とし≫になって
ごろごろしながら春を待つ一匹の熊にも 暗雲低迷を振り払う唸り声
 だから雲は海までたなびいて もどかしい口惜≪くちお≫しい飴玉をぽろり
艶出≪つやだ≫しのように輝かせて! だから砂浜には人魚姫が横たわり手を振っていて
 鏤(ちりば)められた珊瑚礁 色とりどりの熱帯魚 竜宮城という名の海底都市が
宝石箱のようにじりじり開かれていく! そうして僕は涙を拭≪ぬぐ≫った
 もう泣き事を言わないようにするよ どんな言葉も掌で包みたいから
涙のように一思いに溢れる煌めいた言葉が 掻き消されていく毎日にも
 さらさらと時の砂は流れていくものだから 未来永劫これが繰り返される
ニーチェ哲学はともかく 歳月は今僕というアルバムの中にしかない
 ぱたぱたと擽≪くすぐ≫ったそうに風に捲≪めく≫れるアルバムが いつか君の年齢を

         ―――遥かに追い越したことを教えて

本当はこんな所に風船があるのは人智を超えたもののせい
 あったって 僕等はすぐ一つ覚えに偶然と割り切ってしまう
  必然と偶然と蓋然 文学と音楽と芸術 魂と肉体と精神
   風船の中にあるヘリウムや水素 不純物 空気の成分表には   
    きっと未来も過去もない あるのは現在≪いま≫というこの瞬間だけ

         ―――強烈な減速に突き上げられ

三半規管は狂い、時間感覚まで見事に狂≪ふ≫れてしまった・・・・・・
 ひたすらに求めているようで ひたすらに拒み続けているよう
  何処かを目指しているようで 何処かを彷徨い続けているよう
   何かを追いかけているようで また肩透かしを喰らったよう
    そして人の心の闇が産み出した 陰影≪かげ≫の図面による暗黒の迷宮が

         ―――音もなく僕等の前に立ちはだかる

心の鍵を探して看板≪ふだ≫をぶら下げて歩いた やわらかい心の砂地
 いつか本当の泥濘≪ぬかるみ≫に触れるまで 僕はそこで幼い夢の続きを探した
一日があんまりにも長くて 楽しいよと強がりを口にして
 それでもその嘘に墓穴を掘って億劫になった僕は 心を逃がそうって
でもそんな嘘つきの僕にも 死はいつも掴み所がないものだった
 でもそれがようやく戸惑い果てるのみと わかる ようになって
それでもやっぱり、ふわふわした風船みたいな君は
 すうっと何処か遠くに遊びに行っちゃっただけなんだと思う
意識の淵を照らすように射す、あの笛の音≪ね≫はない夜のこと・・・・・・
 それでもぼくにはまだしなければいけないことがあって
優しい在りし日の記憶として ぺたんと君の墓前に座りこんでも
 記憶の片隅にだけ ちょこんと野の花の冠を捧げたとしても

         ―――もう一緒に生きていくことは出来ない

どこからともなくあの頃の匂いが充ち満ちて
 風船が今日も 昨日 一昨日のように空へ昇っていくのを見る
こんな不思議なことが続く夜 僕は小さな風船を気球に変えて
 そっと手放してみる 懐かしい風船の糸の感触を弄≪もてあそ≫びながら
ありのままの詩≪うた≫ごと伝書鳩を放すみたいに あなたの空へ還す
 生きている僕には不思議なことも いつかちゃんと一巡り
ちゃんと わかるようになる そしてそれを教えてくれるかのように
 今日も風船は姿形≪すがたかたち≫を千に万に億兆億 余韻に浸らせておいて
僕等の化けの皮を剥ぐんだろう だからせめてあの頃のように
 たどたどしいデス頻用語を餞代わりに捧げて あなたを偲ぶ
きょうもそらがきれいです ふしぎなまんげつです
 そらへかえっていくようなうつくしさですと 僕は風船を飛ばす

         ―――突然の風が吹いて子供に帰れたら

月明かりが分厚い雲に閉ざされても
 もう恐くないよ、君が僕の傍にいてくれるから・・・・・・
そんなの嘘 あなたにはいつも見抜かれて 見透かされて
 とうとう僕は風船を割る もう手で握らなくてもよくなった僕に

         ―――あなた、どう思うかしら?






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