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金曜…国井咲也

2013.01.11
XML
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第331席

   toshi.jpg

デパ地下に足を運んでみた。

久しぶりにポテトチップスが
食べたいと思ったからだ。

食べたいと思ったのは
あくまで『ポテトチップス』であり、
そこに「このメーカー」「この味」というような
指定はない。
「購入動機」はきわめて低いものだ。

悪くない。
菓子には「食事は確実にとれる」という
前提があるからだ。
そもそも菓子なんてものは
貴族豪族だけが口にできる
「エンターティンメント」だったのは
この為だろう。食事に困らないひとが
食べられるものだったわけだ。
だからなのか、
通常の『食事」と呼ばれる料理よりも
スイーツと呼ばれるジャンルの
もののほうがストレートに
「芸術性」が見える気がする。

もちろん、菓子という分野のもの
すべてに他を寄せ付けない
芸術的な「美」が
持ち合わせられているわけではない。
単に「派手な盛りつけ」に
終わっているものもあるようだけれど、
それもやはり「遊んでも許される」という
余裕があるからだろう。

社会そのものが豊かになれば、
菓子だけでなく、毎日の食事のものにも
このような「遊び」で溢れるようになる。
そして、溢れてくれば「どこか」に捨てる。
捨てれば良い。
これが現代社会の基本思想になっている。
(嫌味ではないぞ)

だから、どの場所、どの店いっても、
商品棚は満杯だ。
こういう社会を目指してきたのだから、
目的(理想)は既に達成しているのだ。
これれを「すばらしい」といわずになんと言う。
(嫌味ではないぞ)

ただ僕は、
毎日のようにポテトチップスを
食べているわけではないから、
事情にくわしくない。
なにが新製品でなにが定番なのかも知らない。
そもそも定番ってなんなのかもよくわからない。
みな、同じものにしかみえない。
違うのは、僕の手に取りやすい
位置にあったかなかったかってだけだ。

悪い意味ではない。
「みんな、おいしそうにみえる」という
意味だ。
これだけ商品があると、
購入動機に「なにかちょっと食べたい」という
レベルのものしか持ち合わせていない僕は
困ってしまう。
だって、
とどのつまりは「どれでもいい」んだからさ。

だからどうしようかと
すぐさま端末から情報を引き出す。
僕はすぐにその商品について知りたいわけだから、
うんちくなんかいらない。
いま、スーパーにいるこの場で
ささっとストレスなく読めるものがいい。
文字で読める物だ。
だって、
もし懇切丁寧に商品の説明をしてくれる
店員がいたとしても、
僕の耳にはイヤホンが差し込まれ、
いつものように気分を高揚させてくれる
音楽が大音量で流れているのだから、
文字でないとわかりゃしない。

文字っていっても文章じゃ困る。
「うまい」か「まずい」かでかまわないんだ。
たとえ自分と味覚の感覚が正反対の人間が
書いたものだとしても、
棚に並んでいること自体、
最低限うまいとものと立証されているような
ものじゃないのか?
だから僕がいちいち、考える必要はない。
最初からポテトチップスっていう、
『そこそこうまい菓子』ってことは
僕にだってわかってるんだから。

使われているポテトがどうのだとか、
どのような手法で
その味を発見したのだろうか、なんて
推測する必要もない。
だって、悲しくなるじゃないか。
それを発見して作り上げたヤツらは
「考えて成果を出した」人なのだから。
僕らとは人種がちがうんだ。
僕たちは成果という
甘い果実だけたらふくたべていればいいのさ。
社会はこういうふうになろうとして
成り立っているんだろう?
だったら、この路線のまま、
『成長と発展』を突っ走ればいいさ。

…などという事を
ポテトチップスのコーナの前で
考えていたかはナイショだ。

ええ、ポテトチップスの話ですよ?
それがなにか?

文字通り、
『菓子451』と申します。

(年明けそうそう駄洒落か… 
 こちらはちっともうまくないなぁ)






最終更新日  2013.01.11 22:44:50
2013.01.04
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第330席

今夜、地上波放送であるらしい。
ビッグネームによる作品となると、
その広告戦略のおかげで、
物語の筋と
キャラ設定のかなり細かい所まで、
作品を未見であってもわかる事が多い。

映像的なみどころも
「予告編以上のものはなかった」という
感想をよく耳にするのも、
このあたりも
原因のひとつではないだろうか。

興味をさほど持っていない人たちに
向けるには
どれだけ情報を出しても
それは「目的地」(遊びに行く場所)を
選ばせるガイドになる
だけのことであって、
問題は大きくはないだろうが、
「作品をみたい」というような
嗜好をもつ人には
この「どこまで情報を出すのか」という
バランスは問題だ。

ただ、この「作品を見たい」という層も、
現代とその昔ではかなりニュアンスが
異なってきているように思える。

「これについて誰かと語り合いたい」

という需要の方が
多くをしめているのではないだろうか。

このあたりの話はまた別の機会にしよう。
もうそろそろ放映が始まってしまう。
今回はちゃんと作品を
隅の隅まで見なければならない。

なんせ、
国井が長年心酔する映像作家さんが
「ハウルは面白いと思いました」と
おっしゃったからだ。
現場で、ナマで聞いたのだ!
これは見逃してはいけない!

ちなみにこの映像作家さんがどなたなのかは
みなさんで調べられるとよろしい。
さらにはこれで興味をもって
ペイパーヴュウ放送局の
視聴契約とかもしてもらえるとなお嬉しい。

国井はこの方と共演
(国井が出演していたほうの番組構成的には
ほとんどサプライズだった)は、
2012年…というより、
人生の一大ニュースであったと
いってしまおう!(断言!)
さすがに仕事であったので
平静を装っていたけれど、頭の中ではつねに
「サインくださいといってしまえ」と、
そうささやいておりましたよ。私のなにかが。

    tokyo-under.jpg

(国井の『東京の地下』熱が再燃中!
 再開発/耐震免震用補強工事でみられる
 このSF感がたまらない! 
 咲也はみていて飽きないが、こういうのは、
 悲しいくらい目的地には選ばれないのだ!
 なぜだぁっっ!)






最終更新日  2013.01.04 20:52:53
2012.12.28
カテゴリ:金曜…国井咲也
bebbop.jpg
なんどみても、
何年経っても、
色あせませんなぁ。

これはなぜなのか、と思ったのだけど、
『カウボーイビバップ』という作品は、
「説明する」ということは
ユーザへのサービスだという
ベクトルになっていないからなのかもしれない。

もちろんこれは、国井の嗜好による。
だから正しい、そうでないものは
良くない、という話ではないので注意されたい。

物語としての主軸となる
主人公(スパイク)の
過去や立ち位置が「言葉」で
説明させることがきわめて少ない。
フラツシュバックの形でのうんと短い映像が
たまにあらわれるだけで、観客は
「どうも、この男には人には言えぬ(癒えぬ、かな?)
 過去があるらしい」と感じる程度だ。
だからだろう。言葉で説明されて
「ああ、そうなんだ」と
相づちをうって終わり、というふうにならない。

先に男の過去を「垣間みている」から、
彼の「夢なら、独りでみな」
「気にくわねぇんだよ。
 …気にくわねぇんだ」(二回いうのだ!)
という台詞のひとつひとつにも、
その場(シーン)での整合性を
確認するだけの意味以上に、
どうしてこの男はこんなことをいうのだろうと
考える。つまりは、
「彼の事を考える」という事になる。

状況に応じた「お約束」を「消化」してゆく
ことで満足感を得る作品デザインではない。

もちろん、『ビバップ』でも
「お約束」の「消化」を否定している訳ではない。
むしろこれにも「お約束」の構造が
はっきりとみてとれる。
ただ、新しかったのは、そのお約束といいうのが
少なくとも「アニメ」では
見られなかったものだからだ。

これだけ作品数が膨大にある現在でも
なかなかないですよ、
ビリヤードをやって、負かした相手に
「一言の言葉もなく、
グラスをかかげるだけの挨拶」なんて。

映像とキャラクタ(俳優)による芝居だけで
「説明」している。
ここがすごい。ここがすばらしい。

これでクリスマスも正月も退屈知らずですよ。

年齢を重ねたからなのか、
国井が最近みかえしてみて、
今まで以上に「ぐっと」きた話数は
24話。ハードラック・ウーマン。
「男でも女でもないギリギリの年齢」的なキャラである
エドの行動が「過去に縛られている」大人組と
対比になっていて、実に深い。
後ろにかかる曲もチョーかっけー!!

みてない人は、
この機会にみてみて。
『COWBOY BEBOP』。
ああ、せっかくだから
いい声でこう宣伝しなければ。

「これをみてないなんて、モグリだぜ」






最終更新日  2012.12.29 00:22:55
2012.12.21
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第328席

今週は
「中学生が考えた漫画の設定みたいだ」なものを
秋葉原ではなく、
永田町でいくつか考えてみた!


●まず、かの土地に眠っていた神剣が
 主人公に語りかけます

 「その血により、我と契約を結べ」
 (お父さんにはお世話になったから、
  後援会は、君のことも応援させてもらうよ)

●魔法発動

 「ダーク・ストロング・マギカ!」
  (政治献金!)

●ダークストロングマギカに対抗しうる
  唯一の障壁魔法

 「バリア・オブ・オンブズマン!」
  (透明性!)

●謎の攻撃魔法

 「インビジブル・アターック!」
 (使途不明金!)
 
●キャラ変更によるテコ入れ

 
 「カートリッジ・アップデイト!」
 (世襲当選確実!)

●組閣2週目くらいから
 登場する迷宮の入り口

 「こ、これが『失言回廊』?!」
    (イノセンス・スピーチ)

●その迷宮に潜む7人の刺客

 「我ら、ザ・マネー」
     (経団連)

●まさにお約束。最終回用究極魔法

 「くらえっ! 輪廻継承!」
        (先送り)


時期的に面白がっただけなので、
特定の政治家、政治団体に対しての
他意はありません。
安心していただきたい。

…などとくだらないことでも書いて
クリスマス前の時間を捻出しようと
思っていたら、
防衛庁の大失態のニュース。

ここで「情報漏洩」の機体として
映し出されるヘリコプターのイラストが
どうにも某模型メーカの箱絵にしかみえない。
だからなのか、こまった事に
大不祥事だというのに、
「かっこいいヘリだな」などと思う自分がいる。

これが実機の映像ならば
受ける印象も異なるだろうか。

被写体(モデル)が同じでも
イラストと写真では第一印象が
「かっこいい」「かわいい」「きれい」「こわい」
などと同じようなものだったとしても、
よく考えると、別物のような気がする。

他者の目に触れる事だけを
目的としたもの(イラスト)と、
道具として
『形』が存在する実物の写真とでは、
込められている情報量が
変わってくるからだろう。

もちろん、
「込められている」というのは
情報を増やすというだけの意味ではない。
重要なのはむしろ、その逆。

airwolf.jpg
  写真のヘリは本文と関係ありません






最終更新日  2012.12.21 20:00:03
2012.12.14
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第327席

yozora.jpg


「道具」に未来を夢想していた時代は
たしかにあったように思う。

道具や乗り物に
「スーパー」とつけられただけで、
わくわくしたものだった。
近未来は凄そうだぞ、という期待が
確かにあったのだ。

翻訳機がついに販売されはじめたみたいだし、
もうSF作品のおなじみで、
試験的にも見かけられないのは
空飛ぶ車と空飛ぶバイクぐらいでは
ないだろうか。

アポロ計画での月面着陸船などをみると、
技術的にはとっくに
可能なレベルになっているようにも
思えるけど、
採算や操作性、法的交通規制の整備などの面で
やっぱり難しいのかもしれない。

どうでもよいことだけれど、
『うる星やつら』の弁天さんのバイクは
カッコよかった。(と、しみじみ)

さて、
『ドラえもん』に出てくる道具は
どうだろう?

この作品は、未来からやってきたロボットが
向上心がいまひとつなく、
努力を忌避するきらいがある
小学生の男子を
その状況に応じた利便性のきわめて高い
「未来の道具」で助けるというものだが、
時にそのロボットは
人間の心理でさえ
コントロールできるような薬品を
持っている事があるから、
実はデンジャラスな作品だ。(言い過ぎ)

これらの道具のいくつかは
実用化されているといっていいかもしれない。

うろ覚えだけど、
あまり流行らない和菓子屋さんを助けたいと、
のび太君とドラえもんが
あちこち宣伝にまわるが、
宣伝効果が生まれるはずがなく、
和菓子屋の店主に
「もういいよ。ありがとう」と
いいながら店の商品をいくつか譲り受け、
閉められた店にしょんぼりするというような
話があった。

そして力になれなかった二人は
もらった和菓子を落ち込みながらも
自宅で食べるのだが、
その姿をスイッチを切り忘れた装置が
撮影していたのだ。
そしてその映像はリアルタイムで
近隣住民の各家庭の「鏡」に配信されていた為に、
「こんなにうまいのに、
 なんでうれなかったんだろうね?」
「このきんつばのうまいことうまいこと!」
などと二人のニコニコ食べているナマの姿を
鏡で見かけた人々がその和菓子を買い求めて
店の経営が盛り返した、という話だった。

この鏡の映写システムと各世帯の鏡を
受像機としてつなげるシステム
(名前まで覚えていない。なんだっけ?)などは
完全に実用化されたといっていいだろう。

鏡そのもの、ということではないが、
各サイズの受像機の普及と
超小型の撮影機材。
ネットワーク接続による映像や音声の配信は
もう、誰がやっていても珍しくない。

現実のほうが進んで、
一周まわってしまっているかもしれない。
「お金をだしてまで欲しいと強く思っているひとは
 そんなに多くはない」
ということにも多くの人が気づいている。

つまり、
現代の社会は『ドラえもん』が描いた
未来よりも成熟した期間に
入っているのではないか。
かつて「未来の道具」だった機能の多くは
すでに整備され、インフラになっているのだ。

こうなるともう、
道具にドキドキワクワク、
というふうにはなりにくい。
すべからく高機能で
合理的になっているからだ。

すると今度はその
「高機能についていけない人類」と
いうことになるのだろうか、
SF作品にかなりの確立で
キィワード的に横たわっているように
感じられるようになるものがある。

それが、「管理」の考え方だ。


ちなみに、国井はまだ
『きんつば』を食べた事がない。
見た事もない。
この和菓子の話を読んでから、
ずーーーーっと気になっている。
国井の「漫画に出てきてたべたくなった食品」の
元祖だ。『美味しんぼ』にでてくるような
超高級料理よりも
食べてみたいと言うのは、まゆつばか。






最終更新日  2012.12.14 22:49:02
2012.12.07
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第326席

   sabi.jpg


「さくやさんさくやさん」

「なぁに、モモ助」

「いきなりできょうしゅくですけど、
 『SF』って、なんなんですぅ?」

「それでは質問の意味がわかりませんぞ、
 愛しのくまちゃん」

「ややっ?」

「分野のことだろうか、それとも…」

「なんのりゃくかきいてみたかったんです」

「…よく知らないんだよね。
 調べてもないし」

「あやややややっ?!」

(笑って)「おどろきすぎ」

「でもでも、『ぶれーどなんとかー』とか
 すきでよくみてるっていってましたよぅ」

「なんとかー、
 じゃなくて『ランナー』ね。
 R・スコット1982年。
 でも僕としては92年のが
 『ブレードランナー』だね」

「おっしゃってるいみがわかりません」

「ラストシーンやもろもろの
 映像描写の方向性について、
 会社の意向で変更したものに
 監督が反意を持っていたらしくてね、
 監督の意向に沿った形で出したものが
 92年に公開されたんだよ。
 今、よく見る
 『ディレクターズカット版』のハシリだね。
 でも悲しいかな、この成功で
 今のディレクターズカット版というのは
 作品のテイストを
 大きくかえるようなものではなく、
 「単にいらないから切ったシーン」をつけて
 付加価値感を『おまけ』としたものも
 そう呼ぶように
 なってしまっているようだけれどね」

「そんなことが
 えいがのせかいではあるんですか?」

「あはは。これはどの分野にも起こること。
 『商品デザイン』の話だからね。
 ま、ファンアイテムだから、
 良い悪いの話をしているわけじゃないよ」

「ふむふむ」

「モモ助は?」

「あい?」

「この映画はみたかな?」

「みましたよぅ。
 いまのおはなしの
 『でぃれくたーずがっとばん』ですね。
 さくやさんのいうとおり、
 いんでぃじょーんずのひとの
 なれーしょん、なかったです」

「おお!」

「というか、さくやさんがいってた
 『82年公開版』『ビデオ版』とか、
 あちきのいえのちかくのおみせには
 なかったですよぅ!」

「あー。そうかぁ。そうかもねー。 
 そうだよなぁー…」

「ぎゃくに、
 ちゅうがくせいのさくやさんが
 げきどしたっていう、
 『きゅーぶりっくのえいがの
 かっとしーんのつけたし』が
 みてみたかったです」

「激怒はしてないよ。(笑って)
 君はナレーションはなくても大丈夫だった?
 公開版だとね、
 ハンターとして人造人間を後ろから
 射殺するシーンに
 『女を撃つのは、趣味じゃない」みたいな
 ナレーションが入るのよ。
 それがなんか…」

「『…しものくなど、だそく』ですね?」

「見てるねぇ、『へうげもの』も」

「あい。
 でもでも、
 なんか『くらいみらい』のえいがでしたから、
 あちきだったら、そのなれーしょんがあっても
 いいかもって、おもいます」

「暗い未来?」

「あい。なんか、みんなくらいです。
 おはなが、どこにもさいてませんでしたし」

「あはは。そこ?」

「あい。あちきにはたいせつです。
 なんせこぐまですから」

「いや、その感性は素敵ですよ」

「ですから、『えすえふ』って、
 みんなくらいやつかとおもっちゃいます」

「SFって、
 確か『サイエンス・フィクション』の事だと
 思ってたんだけど、
 『STAR WARS』流行で
 『スペース・ファンタジィ』って
 表現も当てはまるから、こっちじゃねーのか、
 みたいな空気にもなったんだよね」

「いまは?」

「今はSF自体が「死んだ」くらいの
 マイナなジャンルになったと
 言われて久しいからね。どうなんだろう」

「やややっ?! しんじゃったんですか?!」

「社会自体が科学技術を根底として機能する
 『ゆめのみらい』になったからだろうね」

「そうなんですか?」

「モモ助の世代なら、生まれたときには
 携帯…スマホもうそうだけど、
 『極小のPDA」が当たり前に存在して、
 自身に語学力さえあれば、
 自宅の机の前にいるだけで、
 世界中にいる「一般の人々」の
 つぶやきも聞く事ができる。
 これは、30年前は文字通り絵空事でしたよ」

「じゃぁじゃぁ、なんでそのころにつくらた
 えすえふえいがが
 あんなに『くらい』かんじなんでしょう?」

「これは僕の私見だけれどね、
 SFっていうのは、
 それこそ『便利な道具がある世界(物語)』と
 見られがちなんだけれど、
 優れたSF作品というのは、むしろ、
 道具よりも
 「その道具が生み出されている社会」が
 描かれているからと思うんだ」

「しゃかい、ですか?」

「うん。物の道理だよね。
 だから『ブレードランナー』には
 ビルの合間に広告が乱舞しているような
 リアリズムがあって、
 そこに驚いたんだよね。
 しかもそれが日本企業のもので。
 つまり、
 あの映画はアメリカのものだったけれど、
 「巨大広告をうつのは他国の企業」という
 未来を予見していたんだ」

「わかもとだけに『強力』だったんですね?」

「うまいね」

「ややっ?! ほめられちゃいました!
 …ああー。でもでも、そうですねぇ。
 たしかにあめりかのえいがなのに
 『はばをきかせてるのはにほんのかいしゃ』って
 かんじがします」

「だよね。SFの凄さって、そこなんだよね。
 だから、モモ助と一緒にみたでしょ? 
 押井監督の
 『GHOST IN THE SHELL』と『イノセンス』」

「あい。いまでもおはなしは
 よくわかんないところがありますけど、
 『いのせんす』はなんとなくわかるきがして、
 あちきもすきです」

「この2作を見て、どの国を連想しました?」

「…(考えて、気づき)……ややっ?!」

「そう。『GHOST〜』は95年だからね。
 やっぱり予見されてるんだね。
 そのリアリズムだね、
 僕にとってのSFの魅力は。

 だから『PSYCHO-PASS』のシリアルキラー、
 犯罪心理分析、未来の武器、というのは
 魅力なんだけれど、むしろこれらは
 「社会」のディテールであって、
 その社会の根幹を成している
 『管理』の未来像が興味深いんだ」

「でもでも、 
 かんりされるのはいやですよぅ」

「管理が必要な人間もいる」

「そうでしょうか?」

「現実に『自由』と『無秩序』を
 はき違えている人間がいる」

「すとーかーにもこまったですよぅ」

「まったくだねぇ。まったくだよ!」

「でもでも、
 おしいかんとくさんのこのふたつのえすえふも
 なんか、しずかで、くらいかんじがしました」

「だから、
 リアリズムで『人間が作る未来(社会)』を
 考えると、SFというのは、
 Sad Future、になるのかもしれない」

「さっどっ?!
 えーっと…いみをいみを…」

「ふふふ。
 『準備、できてる?』」

「……(やや黙考したあと)
 『…まてば……じしょでよければ』」

「お見事!」

「…でんしじしょのしゅうろくすうは
 こうだいですよぅ」

「あはは」

  runner.jpg






最終更新日  2012.12.08 00:21:43
2012.11.30
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席 第325席

今月はじめに鳥取県米子市で開催された
第二次米子映画事変での国井咲也的『いっとうしょう』。

yonagopikachu.jpg


東京は原宿にある某店の名物スイーツを模したところに
作者の「遊び心」のセンスがキラリと光る。
署名欄をみるに、作者は中学生の女性だろうか?
「観光」以上に豊かな『才能』の片鱗を
見られた気がして、わくわく。

「かわいい」と「スイーツ(甘み)」は表裏一体。
千利休もたどり着けなかった
「あいきょう道」(国井造語)の本質はここにあるのだ。

hanedapikacyu.jpg

で、すべての日程を終えて羽田に着いた国井を
出迎えてくれたのが写真左側に垂直尾翼が映り込んでる機体。
イベント二週目でのGeroさんのライブイベントでの
MC仕事の時にも少し話したのだけれど、
北欧の作家によるサスペンスにも
『ポケモン』『ピカチュウ』という単語が
日常会話の中にでてきていて、驚いていたから、
ピカチューの可愛さは、
もはや世界標準なのだなぁ、としみじみ。
(だから機体には作品名が『日本語で』一切
 書かれていない。ここが注目だ)

それにつけても、
『空港』も、国井咲也には「萌え燃え」プレイス。
みていて飽きない。

       airport.jpg

        ここは、物理学とノスタルジィの結節点。






最終更新日  2012.11.30 22:04:52
2012.11.23
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第324席

今月11日のお話。

鳥取県は米子市の米子駅前地下にある
貸し自転車の事務所のおじーさんいわく、

「お兄ちゃんの言うような
『鉄が出る』ってのは
このあたりでは知らないなぁ。
鉄っていうと、安来になっちゃうよねー」

という情報に落胆しながらも、
明日のイベント仕事前の時間に
米子にある神社に向かう決心をした咲也。

行ったら行ったで、それはそれは

「うひょー! 祭神は少彦名かっ! 
 裏にまわると、
 マジ古代っぽい雰囲気が
 のこってますけどっ?!
 観光局はなぜこの位置からの
 ロケーションを推さない?!」

と大興奮。
超訳ならぬ、
中二訳解釈(表層ではない史実を知る)だ。
実に面白い。

中海の潮風を堪能しながら
市内のいくつかの神社/寺も見て廻ったけれど、
皆、やや新しくて、意気消沈。

やっぱり松江の熊野大社もいかねばならぬ、
安来も、もっと詳しく勉強してからいこう、
と決意を新たにする。
(というか、2013年には
 仕事抜きで必ず島根にはいかねばならない!
 そのときにまた行くのだ!)

そんなことを考えながら
昼からのガイナックスさんのメインの
打ち合わせ場所になっている
ヨナゴフィルムに到着。
そこの壁を良く観察すると、

「ひょっとこの面」

が壁に飾ってあった。
いわずもがなである。
これだけで歴史が見えてくる。

おそらく『中二病でも恋がしたい!』の
作者さんもこのあたりの『歴史』を
「自分だけで楽しんでいる理由付け」として
もうひとりのヒロインの名前をつけたのでは
ないだろうか。
六花ちゃんの「邪気眼の眼帯」のスタイルを
見立てているのだろうと推測する。
すると、もう一人のヒロインの名前を
意味が通じるのだ。

名前が「悲劇でしかない」
「隠蔽された史実」を包含しているから、
もしかしたら「ラノベ展開から
ドシリアス『超展開』があるのでは?」と
これまた国井は大興奮。

「悲劇を予定された」名を持つ、
丹生谷さんの動向ひとつで
物語ががらりと変わる可能性が!!
うおう!
名前が!
もう名前だけでキャラクタが背負う
ハードなドラマが読み込めるぅぅっっ!

丹生谷森夏。

文字通りキルミィ・ベイベーではないかっ!
(なんのこっちゃ?)


どうでも良いことだけれど、
でも全体のネーミングのニュアンスで邪推すると、
森作品ファンなのかもしれないよねー。
これも作劇家流の『パロディ』だと思います。

最近の『パロディ』というのは
作品中のキャラクタを
そのまま引用してくるものを
指すようになってしまっているけれど、
こういう「遊び」は国井も大好き。

もちろん、
まったくの偶然かもしれないので注意だ。

jiten.jpg

この写真の
すぐそばにボート(レガッタ?)部の
練習場/桟橋があって、
学生が練習していた。

教員のものだろうか。
風で波ができきていたので、
桟橋でボートを浮かべた生徒達に盛んに
「だからあぶねーから
 出るなっつーとるだろうが!」
とマイクからの怒声が聞こえて、
なんだか微笑ましい。

ボートを浮かべた2人組(女の子だった!)は、
ぶすくれるように頬を膨らませて、
唇をとがらせていた。
この程度の風では
若者のエネルギィは冷却できないということが
遠目にもよくわかる。

目を凝らして、耳をすませば
「萌え」というのは、
現実世界に存在するものだ。

物語というもののそのほとんどは
「人間」を描いているものだからだ。
問われるべきは
観測者(観客)の視点の有無かもしれない。







最終更新日  2012.11.25 17:26:42
2012.11.16
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第323席

その昔。

「三十過ぎているおとな」

なんていうのはまったく「違う生き物」だった。

言語は同じはずなのに、
話が通じない。
これでは異世界の住人だと
中学生が思ったとしても仕方ない。

さて、では自身が
その年代(国井はあくまで17歳。中学二年生)に
なってみると、どうだろう。

「わかいヤツは〜」という枕詞に
延々と愚痴らしきタワごとが続く、というのが
多くの大人達の決まり事みたいだ。

こちら側にも
「言語は同じなのに話が通じない」と
いうようなニュアンスが含まれている。

良く観察すると、
どの世代も「通じない」と
いっているのは「話」ではなく
「話題」ということのようだ。

ちょっと昔、
知り合いにこう尋ねられたことがある。

「このあいだの合コンのサラリーマンたち、
 なんか、こっちほったらかしで
 自分たちが使ってたとかいう
 家電の話で盛り上がってんですよ。
 なにいってるかわかんねーし。
 気ぃつかえよって感じしません?」

怒っては嫁にいけない。
その場の男性たちは電気製品が「憧れ」の
世代だったのかもしれないぞ、

とはさすがに言わなかったが、
複数の人間が盛り上がる話題というのは、
「理解度」でもある。
理解ができないから盛り上がらない。
そもそも理解できないものは
話題にならない。

多人数が集まるような飲み会(?)などで
観察できる『さらに小さい集団の形成』というのは
ここに起因すると思われる。

仕事の話になりがち、という群は
やはり、『共通言語』として
話題が仕事の事柄がいちばん
「通じ易い」からなのだろうし、
どこそれ何々が好きで、というものがあると、
そこを起点に群ができやすいのと同じだ。

けれど、あまり個人的な嗜好になると
これが「ぴったり同じ」というような人は少ない。
すると意識的であれ、無意識であれ、

「テレビ(番組/CM)」
「漫画(アニメ)」
「政治」

この3要素ばかりになる。

だから『お笑い』のネタにしても
ウケ(観客)を観察すると、
この3つだけなのだ。いや、ホントに。

この後にくるのが「プロレス」と
「皇室」くらいになる。

その他の分野の話題は基本的に
どんなベーシックなことを
言ったとしても
「まったく何をいっているのかわかりません」と
いうリアクションになる。
観客層の年齢にもよるが、
もうずいぶん前から「政治」というファクタも
そうは受け入れられない。
『笑い』への変換としての
『アイロニィ(皮肉/冷笑)』というものが
好まれないのだ。
というよりも、変換している事自体がもう
「わからない」「わかりにくい」という状況になっている。

これはなにも若い世代だけではない。
国井とほぼ同世代の人間でも

「いやぁ、政治の話はよくわかんないから」
「経済の話もわかんないから。
 不況って怖いのはわかりますけど」

という言葉も良く耳にする。

つまり、
「テレビ」「漫画」「政治」
「プロレス」「皇室」以外は
『共通認識』として成立しないから、
共通言語として利用できないわけだ。
アニメと同様、
現在だと『アイドル』も入るかもしれない。
これもアニメと同じく、特異性(急加熱)も
そろそろ終わる頃合いのように見える。

面白いことに、「すきですー!」と
大きい声で言う人ほど、
構造の普遍性でなく、
具体のみに終止する傾向が強いために
すこし「時期がそれる」とあっと言う間に
口を閉じてしまうようだ。
抽象的に捉えられていない、というよりも、
もっと単純に語るべき言葉(視点)を
持っていないということだろう。

ではなにもないのかというとそうでもない。
根底にあるのはなんだろうか。

そう、
「女。それも見目麗しいものが良い」

ということがある。
「女」の部分を「男」に置き換えても同じだ。
なので女性の読者(いないと思うが)は
怒らないように。

「女の尻を追いかける男」というのは、
普遍的なものなのだ。

だからだろう、
いわゆる「お笑い」を
生業とする人たちのトークというのは
自身の経験や嗜好をギリギリの線で
脚色して提供する「女の話」の
構造になっているものが多い。

観客のニーズに準じているだけともいえるが、
やはりしかし。

『恋ばな』(恋の話、の略語らしい)が
観客にとっていちばん
「わかりやすい」ものだとも言えるのだ。

だからなのか、
現代では女性タレントや
アイドル(さすがに現役ではないようだが)から
競って「自分のオトコ」の話をするように
なっている構成のものも見かけられる。

これは「プライベートな関係のもので構築した
話題(作り話、としても問題はない)でないと、
トラブルが起きやすい」からでもある。
「何を買って失敗しました」だの、
「あの政治家のやり方はありえない」というような
話は、そのあとそれらを支持する人々からの
クレームの発生が予想されるからだ。

大変な仕事だと思う。(えっ?! 他人事?)

話がそれた、というふうにも思えるが、
国井の中ではそうではない。

「良くできた」色恋ざたというのは、
時間を飛び越えて別世代にも
理解されてしまうのである。

普遍性があるからに違いないが、
これは逆に言えば、
それだけ

「人間が、なんら変わっていない」

ことの証拠だとも思える。



hyatohime.jpg

いや、だから観光旅行じゃないですって。
仕事してましたって。
2週目の『米子映画事変』では
スケジュール的にどうしても、
「一時間に一本」という
電車やバスの交通事情では
「まず見に行きたい場所」には
たどりつけない案配だったので、
宿泊先のホテルのおねーさんに
近場のレンタルサイクルを教えてもらって、
そのレンタル事務所のおじーさんに
「空港からのタクシーでみかけた神社」の
詳しい情報と、
近隣の神社のあるなしを聞き出して、
早起きして自転車でえっちらおっちら片道30分。

大雨だったけれど、この時間を逃すと、
もうどこも廻れない!
ならば行けよ!行こうとほいさっさ。

写真は文字通り
「時間を超えてしまった少女」という
伝説が残るお社。
うおう! 超萌えだ。
永遠の17歳の中学二年である
国井咲也が
見逃すはずがないではないか。わはは!
しかも天候は雨っ! 
観光には最悪の天気だけれど、
萌えには最高の空である! うひょー!






最終更新日  2012.11.16 17:08:31
2012.11.09
カテゴリ:金曜…国井咲也
国井咲也の満巻全席  第322席

「新世界より」の空気感を得るべく、作者取材中!
やったぜ!
念願叶って、
去年「いちばたでんてつにのりたい」意識で
廻れなかった神社に行きました!
それでもやっぱりさらに奥地にある
熊野大社は行けませんでした。残念。
次の機会のお楽しみかな。

素直にレンタルサイクルを利用すれば
良かったかとも思ったけれど、
やっぱ徒歩でしょう!
入ってくる情報量がちがうよ!
感じる風がちがうよ!

だからこれは
か、観光じゃないんだからねっ!
ぜったい取材なんだからっ!
matsue.jpg


時間という連続によって「社会」は地続きだ。
だが、個人という尺度では
必ずしもつながっていない。

ソーシャルネットワークの進化により、
社会や地域といったものから、
「個人の都合の良い形」での
接続が容易になっている。

逆に言えば、昨今観察できる
「いっしょに見る」「なにかをやる」
「感動を共有したい」というようなニーズの
高まりはこの「接続感」の枯渇からくる
ものだとも考えられる。

「自分は必要とされる人間か?」という
意識の現れだとも見える。

ストーカなど、
社会問題になるようなものは、
ここに「自分に責任はないのが条件」という
身勝手さが潜んでくるからだろう。

これは、若い世代の話だけではない。
「リーダーの不在」などという言葉が
多く聞かれるようになっているのは、
60〜40代の人間たちにも、
この意識が大きく
横たわっていることを示唆している。



と、それと明日と明後日も『米子映画事変』。
先週の「アニメ会ライブ」というようなものは
ありませんが、お近くの人はぜひ。







最終更新日  2012.11.23 20:21:57

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