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式部的中庭

式部的中庭

心響く言葉たち

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「自分の感受性くらい」

  ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

茨木のり子さんの詩集より
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「光はただひとつ」
 
ランプはそれぞれ違っても、放つ光は同じひとつ。
光、それははるか彼方から届けられる。
あなたがランプに眼を奪われ続けるのであれば、
あなたはあなた自身を奪われてしまう。
ランプの種類は数限りなく、各人の嗜好もまた然り。
あなたの視線を光に転じ、光そのものを見つめよ。
そうすれば、あなたは地上における事象に特有の、
二元性の限界から解き放たれるだろう。
そのようにして新たな視線を獲得すれば、
イスラム教徒、ゾロアスター教徒、ユダヤ教徒の違いは、
依って立つ位置の違いに過ぎないことが理解できよう。

ヒンドゥー教徒たちが、見せ物にしようと象を連れてきた。
見物客たちは、象のつながれた暗い小屋へと入ったが、
暗闇の中では、眼で見ることは不可能だったので、
それぞれの手のひらで象に触れる以外には方法がなかった。
ある者は象の鼻に触れ、「この獣は水道管のようだ」と言った。
またある者は耳に触れ、「この獣は扇のようだ」と言った。
またある者は脚に触れ、「まるで柱のようだ」と言い、
またある者はその背に触れた。「本当に、」その者は言った、
「これは玉座のような生き物だ」と。

一人ひとりが光を放つろうそくをその手にしていたら、
それぞれの言葉に違いはなかっただろうに。

ルーミー詩撰より抜粋
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「観音の心」


「観音の心」とは良い悪いという判断のない心です。 
イラつく原因のほとんどは「自分が正しい」と思うからです。
「自分が正しい」=「相手が悪い」と言うことになります。
確かにあなたが生きてきた経験の中では正しいことかもしれません。
でも相手には相手の経験があり
あなたが判断する正しいことは当てはまらないかも知れないのです。
相手のすべてをあなたの判断で見てはいけません。
観音の心は良い悪いを越えた心。
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「マザーテレサの言葉」


人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、し続けなさい 。
あなたの正直さと誠実さが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい。
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
気にすることなく、作り続けなさい。
助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
けり返されるかも知れません。
でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい 。
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『招待』

あなたが生活のために何をしているかは、
どうでもいいことです。
私はあなたが何に憧れ、
どんな夢に挑戦するのかを知りたいと思います。
あなたが何歳かということも関係のないことです。
あなたが愛や夢や冒険のために
どれだけ自分を賭けることができるか知りたいのです。
あなたがどの星座の生まれかということもどうでもいいことです。
あなたが本当に深い悲しみを知っているか、
人生の裏切りにさらされたことがあるか、
それによって傷つくのが怖いばかりに
心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。
あなたが、自分のものであれ人のものであれ、
痛みを無視したり、 簡単に片づけたりせずに、
それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。
また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、
心から喜び、
夢中になって踊り、
恍惚感に全身をゆだねることができるかどうかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、
たいしたことはないさなどと言わずに。
私はあなたの話すことが本当かどうかには関心はありません。
私はあなたが自分自身に正直であるためには、
他人を失望させることでさえあえてすることができるかどうかを 知りたいのです。
たとえ裏切りだと責められても、
自分自身の魂を裏切るよりはその非難に耐える方を
選ぶことができるかどうかを。
たとえ不実だと言われても、
そんな時にあなたがどうするかによって、
あなたと言う人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。
私はあなたが本当の美がわかるかを知りたいのです。
それが見た目に美しく見えない時でも、
毎日そこから
本当に美しいものを人生に汲み上げることができるかどうかを。
私は、あなたがたとえ失敗しても、
それを受け止めてともに生きることができるかどうか、
それでも湖の縁に立ち、
銀色に輝く満月に向かってイエスと
叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。
あなたがどこに住んでいるか、
どれだけお金があるかはどうでもいいことです。
それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、
どんなに疲れ果てていても、また朝が来れば起き上がり、
子どもたちを食べさせるために
しなければならないことをするかどうかを知りたいのです。
あなたが誰を知っているか、
あなたがどうしてここに来たかは関係ありません。
私とともに決してひるまずに
炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。
あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。
私が知りたいのは、皆が見捨ててたった一人になった時、
あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。
私はあなたが自分自身としっかり向き合い、
その何もない時間の中にいる自分を
心から愛しているのかどうかを知りたいと思っているのです。
   オライア・マウンテン・ドリーマー(ネイティブ・アメリカンの長老)
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式部

卓上式部


下の文章は 去年、私の光の波動を見て リーディングして頂いたものです。 シンボルが何なのかは分かりませんが 過去を振り返ると ここで言われている事が ”ああ、ナルホドな”と 感じることが出来ます。 以前は 「あれ~それは私が言っていたのに」とか 「私がやったことなのになぁ」とか 思っていたりもしましたが 今思えば私は自分の中の”が”を取る 勉強をさせて頂いていたのかも知れませんね。 だから ”あなたのシンボルから影響を受けたということは 誰一人気付くことはありません。 考えることもないでしょう。 しかしそれで十分なのです。” と言われたのかも知れません。   こうして見ると自分は 今までのように在るがままに淡々と 日常生活を営んで居ればいいのかな と思うのであります。
Template-ろすとあ~てぃくる




式部さんの光を見た時、
あなたの光は大きなシンボルを身に付けており、
このシンボルは多くの人々に何らかの影響を与えていきます。
この大きなシンボルは大きな働きを演じており、
いろんな人に何らかの意識的な変化を与えていきます。
あなたの近くにいるだけで何らかの思いが沸き起こってきたり、
何らかの感覚を受けることになります。
それがどのように反応しているのか、
ある人はあなたのシンボルのパワーによって
自分が今成すべきこと、今やるべきことに反応し、
それまでやったことの無いことを突然やり始めたり、
新しいことに挑戦する意識が出来上がっていきます。
またある人はあなたのシンボルにより
長年抱えていた問題がなぜか直感によって解決でき、
その場ですぐに納得できる人も出てきます。
またある人は自分のつくり上げてきた人生観が
シンボルによって変化し、
本当に人のために世のために生きようという思いが
出来上がったりしてきます。
このシンボルによっていろんな人が影響を受けていきます。
しかしそのどの人をとってもそれが
あなたのシンボルから影響を受けたということは
誰一人気付くことはありません。
考えることもないでしょう。
しかしそれで十分なのです。
あなたはそれをいちいち理解する必要もなく、
分かる必要もありません。
したがって、あなたはただ存在していること、
そうすると必要な時に必要な人がやってきてシンボルを感じ、
何かを得ていく、それで十分なのです。
基本的にあなたのところに集まってくる人、
やってくる人はそれを求めてやってきます。
何か意味があってあなたにやってくるのです。
したがって、あなたと会いたいという人、
偶然に会う機会が出てきた人、
そういった人々は
皆そういう意味があって出会いをつくったということ、
したがって、自分としてはなるべく機会があれば
いろんな人と会うようにしていってください。
いろんな場所へ行けるようにしていってください。
それがあなたの役割と言えるでしょう。

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