週刊 読書案内 黒田三郎「あなたは行くがいいのだ」・「賭け」(黒田三郎詩集・思潮社)
黒田三郎「あなたは行くがいいのだ」・「賭け」 (黒田三郎詩集・思潮社) 今日の案内は「荒地」派の詩人黒田三郎(1919年・大正8年~1980年・昭和55年)の始まりの詩集「一人の女に」に収められている2篇です。 戦後詩というジャンルが、かつてあったということはもう忘れられているのでしょうか。文学史的な定義がどうなっているのか知りませんが、「荒地」、「列島」という同人誌が1940年代の後半から50年代にかけて発刊されていて、そこで書いた詩人たちの詩を70年代に20代になった戦後生まれの、ボクのような世代は「戦後詩」として読んだわけです。 まあ、好みの問題にすぎませんが、ボクの場合は「荒地」の詩人たちの詩を読んだわけで、そこに書かれている「詩」が、あの頃、教科書で出会った立原道造とか中原中也の詩とは違うことに惹かれていたのですね。大きな違いは戦争体験だと思いました。だから「戦後詩」なのですが、戦後生まれの世代であったボクなんかは、中原や立原の天才的な抒情には、もちろん強く惹かれてはいたのですが、戦後詩人たちの戦場体験を背景にした、暗い社会性が魅力的だったのでしょうね。一方に、彼らと同時代に「二十億光年の孤独」を書いた谷川俊太郎が、すでに活躍していた時代でもあって、田村隆一や鮎川信夫を暗い学生下宿で読んでいるのは、少々時代遅れだった気もします(笑)。 で、今日は「荒地」の詩人黒田三郎の詩です。戦場から帰ってきて、結核に苦しんでいる青年の「恋」(?)。戦後でしょ(笑)。 「あなたは行くがいいのだ」 黒田三郎あなたは行くがいいのだ男爵夫人の舞踏会にあなたは行くがいいのだ病みついた僕に電話であいさつなどせずにあなたは行くがいいのだ並木道の向こうへ僕はひとり夕やみの入ってくる窓辺にいて一枚一枚きれいな衣装をぬぐように今は過去をぬぎ捨てねばならぬああ みんなぬいでしまったときに僕はひとりの病人となりサナトリウムへ行ってしまうのだ都会のわけのわからぬ忙しさのなかでいつのまにかがたがたの自動車のように僕は動かなくなってしまったのだ自分の走って来た何万キロの道を海に行く道や曲がった道 泥だらけの道をにわかに僕は思い出さねばならなくなったあなたは行くがいいのだ恋人よ窓辺にいて僕は思うあなたの首にかかる髪の毛をあなたのやわらかな腕をあなたのすらりとのびた脚を「賭け」 黒田三郎五百万円の持参金付の女房をもらったとて貧乏人の僕がどうなるものかピアノを買ってお酒を飲んでカーテンの陰で接吻してそれだけのことではないか美しくそう明で貞淑な奥さんをもらったとて飲んだくれの僕がどうなるものか新しいシルクハットのようにそいつを手に持って持てあますそれだけのことではないかああそのときこの世がしんとしづかになったのだったその白いビルディングの二階で僕は見たのである馬鹿さ加減がちょうど僕と同じ位で貧乏でお天気屋で強情で胸のボタンにはヤコブセンのバラふたつの眼には不信心な悲しみブドウの種を吐き出すように毒舌を吐き散らす唇の両側に深いえくぼ僕は見たのであるひとりの少女を一世一代の勝負をするために僕はそこで何を賭ければよかったのかポケットをひっくりかえし持参金付の縁談や詩人の月桂冠や未払の勘定書ちぎれたボタンありとあらゆるものをつまみ出してさて財布をさかさにふったって賭けるものが何もないのである僕は僕の破滅を賭けた僕の破滅をこの世がしんとしづまりかえっているなかで僕は初心な賭博者のように閉じていた眼をひらいたのである詩集「一人の女に」(1954・昭森社)2025-no088-1161 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)