週刊 読書案内 豊永浩平「はくしむるち」(講談社)
豊永浩平「はくしむるち」(講談社) 「月ぬ走いや、馬ぬ走い」(講談社文庫)という作品で衝撃を受けた豊永浩平の第2弾「はくしむるち」(講談社)を読みました。これを書く20代の作家がいるのだ! 驚きの傑作!でした。 デビュー作の題名が「月(ちち)ぬ走(は)いや、馬(うんま)ぬ走(は)い」だったわけですが、今度は「はくしむるち」、全部ひらがなですが、意味不明です。本作を100ページほどお読みになれば「はくし」が白紙、「むるち」は沖縄語で怪獣を意味するのだということにたどり着けるのですが、とりあえず書き出しから写してみます。 〈プロローグ〉 波 一つ、腹ペコのまま学校へ行かぬこと 一つ、天気のいい日に布団を干すこと 一つ、道を歩く時には車に気をつけること 一つ、他人の力を頼りにしないこと 一つ、土の上を裸足で走り回って遊ぶこと(ウルトラ五つの誓い) くりかえす波の音は、きみがカチャカチャとスプレー缶を振って、エアロゾルをシーッと擁壁に噴射すると、少しのあいだ聞こえなくなった。やはりきみは、計画(プラン)のときとおなじように、目のまえにあらわれる線に、それを刻むグラフィティの音だけに集中して、炎天下の日光も、潮の満ち引きも、ぬるい湿気の混じった海洋風も額からつたう汗もすべて忘れる。(P003~P004) 「きみ」と呼ばれている少年が今いる場所は沖縄の浜辺のコンクリートの擁壁の前です。書き出しを、もう少し写してみます。 遠くから、瑞人たちのオートバイのエンジンのうねりが聞こえてくる。たしかに、きみには聞こえてくるけれど、すぐに後景に退く。そうするうちに図柄は、あんまり暑いせいで風景のなかの輪郭を消してしまうしろっぽい日光のなかで、淡く立ち上がってくる。その日、まず、きみが描いたのはあの人の心の光(アクシズ・ショック)を見せた、背中のフィン・ファンネルが特徴的なνガンダム―それから、もちろんきみだからこそ持っている、計画(プラン)で使い損ねた、ダンボールのステンシルですばやく描いたウルトラマンゼロvsベリアルの、角突き合わせた対峙の図。そして「ウォッチメン」の赤い血がしたたるピースマークを描き、さらに文字のみのライティングを付けくわえる。「WHOWILLWATCHTHEWATCHMEN?」 コンクリートの壁に描かれた血を滴らせたピースマークが問いかける、このことばには読み仮名が振ってあります。「誰が見張りを見張るのか?」 ウルトラマンかガンダムの原作にある言葉なのでしょうか。そうかもしれません。でも、書出しのここで、このことばが記されている理由は豊永浩平という、この若い作家の、この作品に対する宣言のように感じます。 コンクリートの壁に、このことばを吹き付けている「きみ」が生きている世界、この絵の向こうに見えている世界への問いかけですね。 「きみ」が生きているのは、薩摩による併合以来、大日本帝国による領有、1945年の日米決戦最後の戦場化という悲惨を経て、アメリカによる軍事基地化、植民地化、1972年の「核抜き・本土並み」返還という美名のもとで始まった日本による新たな植民地化から50年たった沖縄です。「きみ」が見ているのは今、沖縄で生きる人たちの姿です。 「All Along theWatchtower」という歌があります。70年代にボブ・ディランとかが歌っていた歌です。「見張り塔からずっと」と訳されていますが、もともとは「旧約聖書」のなかで剣が世界を滅ぼすことを予言したといわれたバビロン捕囚を伝える言葉ですね。 で、小説が始まります。 そして、やっぱり物語はヒーローの話から幕を開ける。きみにとって、漆間瑞人とはいったい何者だったのだろう、ヒーローの条件、その徴のようなものが、彼にはあっただろうか?(P004~P005) スプレー画を描きおえた「きみ」の後ろには「またそれやってんの?ついにユッキーもヤンキーになっちゃたか」 ユッキーこと中村行生くんに声を掛けるママチャリに乗った円鹿(まどか)ちゃんの登場です。 舞台は2020年くらいの沖縄です。書き出しでオートバイをふかしている瑞人君はじめ、ユッキーとかマドカちゃんとか、みなさん、高校生たちの世界です。 で、ユッキーに「きみ」と呼びかけているのは誰なのかという問いを追いかけて読みすすめていると、「私」と一人称で名乗る人物が語りはじめる章に逢着します。引用はしませんが1945年の沖縄です。そこに登場するのは、80年後の今、ユッキーたちが集うマンガ喫茶「赤インコ」の店主、大伯父の修仁さんです。彼は、沖縄戦に中学生の学徒兵として従軍し、奇跡的に生き延びた人です。 というわけで、2020年、あの時から80年たった沖縄で生きている少年たちを見ているのは、90歳を優に超えた元学徒兵かもなんです。確証はありません、読んで確かめてください。 で、物語はどんなふうに展開し、どんな結末を迎えるのでしょうね。まあ、そのあたりは読んでいただく他ありませんが、ユッキー君たちがたむろするマンガ喫茶「赤インコ」の御主人が、ユッキー君にとっては大伯父にあたる修仁さんで、ユッキー君は、そこでウルトラマンとかに没頭するのですが、ウルトラマンの原作者金城哲夫って、1950年代の沖縄の少年だったってご存じでしょうか。この作品にちりばめられたオキナワは沖縄戦を生き延びた修仁さんだけじゃないんですよね。 若き、豊永浩平が直接描いているのは、今、現在のオキナワの少年たちですが、作品は、沖縄の、あるいは、琉球の、少なくとも、ここ100年の歴史を問い直す視点で書かれているというのがボクの読み方です。 もう一度言います。傑作です!(笑) お読みください。面白いですよ。 2026-no075-1290 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)