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2019.10.17
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​​​岡部伊都子「沖縄の骨」(岩波書店)


 
今から15年ほど昔のことです。三学期の最後の授業だったでしょうか、三年生は受験戦争の最中だったのでしょうね。ぼくはのんびりこんなことを書いていました。別れの挨拶のつもりだったようです。
     ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※
 風邪をひいて寝ていました。参りました。3年ほど前、修学旅行の付き添いでインフルエンザにかかって以来でしょうか。まあ、あの時のほうがひどかったのですが。それに今回は自宅に居るのだから気がらくだったともいえます。

​​ なんとなく本でも読もうかという感じで、岡部伊都子さんの「沖縄の骨」(岩波書店)というエッセイを読み始めて泣いてしまいました。​​
​ この作者の文章のモチーフは戦中体験に対する痛烈な自己批判と言っていいと思います。当時、高等女学校の生徒だった彼女が、婚約者の出征に際して放った、『私やったら喜んで死ぬけど』というたった一言の言葉に対する責任。それが、彼女の60年にわたる戦後​​​の「生き方」を決定したのです。​
 
最近、岡部さんと鶴見俊輔との対談を記録した「まごころ」(藤原書店)という本が出ましたが、その中の彼女の言葉を紹介します。ここに「沖縄の骨」のモチーフが結晶していると、ぼくは思います。​​

 木村のお母さんが、折(ヘギ)に扇子つけて持って来はった。結局、婚約したから、はじめて婚約したあとで来やった時に、それが最後でしたけど、それまで男の人入れたことのない私の部屋へ、婚約したから入れさせてもらえたわけですけど・・・。
 入ってもろて、大阪の西横堀やから、窓からは「そごう」やら「大丸」やら、ちょっと遠いところは、「高島屋」やら、そんなん見えてますねん。
 ほんならな、入ったとたん、邦夫さんはちゃんと襟を正して、『僕はこの戦争に反対です』いうて言いやって、私、びっくりしてな。そんな言葉聞いたことおまへんやん、それまで。相手は見習い士官でっせ。
 『自分はこの戦争に反対です。こんな戦争で死にたくない。天皇陛下のためなんか死にたくない。君やら国のためなら死ぬけど』と言いました。
 こっちはわかれへん。何でそんなこと言いやるのかわかれへん。ぜんぜん。それまでものがあんまり見えなんだ時代でしょう。びっくりしてな。『私やったら喜んで死ぬけど』と言うた。
​ なんという残酷なことを言うたかなと、いまになって、ずっと、邦夫さん、ごめんやで、ごめんやで、言いつづけてますけどな。あんな戦争まちごうてると言うた、二十二歳の若者が、そのころの大阪の西横堀にいてたということを知ってほしい、みんなに。​
​ 戦争や暴力に対する警戒心が風化しています。戦後六十年。1945年、敗戦当時二十歳だった人が2004年、八十歳。時とともし忘れられたり、美化されたり。人間の記憶の特性のひとつといえばそれまでなのですが、こと戦争や国家による暴力について詠嘆で済ませる事は得策でしょうか。

​ 最近小熊英二という四十代前半の学究が「民主と愛国」(新曜社)という1000ページ近い論文を発表しました。戦後日本の思想の動向を丹念に描いて評判になっています。内容は高校生には少し難しいかもしれません。しかし、日本という国の現在の有様に関心を持つのであれば手にとって見て損はないと思いますよ。

​​​​​​ ダグラス・ラミスという六十代後半の在日アメリカ人がいるのを御存知でしょうか。津田塾大学で教えていた人なのですが、最近は沖縄に住んで「経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか」(平凡社ライブラリー)とか「なぜアメリカはこんなに戦争をするのか」(晶文社)という本で「有事法制」とか「日米新ガイドライン」について、とてもわかりやすく批判しています。
 政治学をカリフォルニア大学で学んだ人らしいのですが、古代ローマやニュルンベルグ裁判を例に、また自らのアメリカ海兵隊体験も交えながらの現代日本社会分析と批判の明晰さは、なかなかお目にかかれないものだと思います。内なる外国人の目のクリアーさに一度触れてみてはどうでしょう。
 特に「経済成長~だろうか」はボランティア活動や福祉活動の大切さを感じている人には、なぜ自分がそう考えているのかという疑問を解く鍵を与えてくれるかもしれませんね。私たちはただ経済的糧のためだけに働くわけではないし、食べるために生きるわけでもありません。そこから「生きる」ということを考える鍵の一つと出合える本かもしれません。​​​​
 さて、岡部伊都子さん、八十一歳。十八歳の少女が『私やったら喜んで死ぬけど』という「人を殺す言葉」をまじめに口にした時代がありました。敗戦を経験し、出征した婚約者の死を知った時、自らの言葉がもっとも大切な他者である恋人を殺す言葉であったことに気づきます。その体験が彼女のその後の60年の人生を決定しました。​
 ​​
「あんな戦争まちごうてる」
 この言葉が物狂いのように彼女に化身している文章です。​​​

 ​​​​​​自分自身が「人を殺す言葉」を発していないか、そう自問する力をぼくたちはどこで育てるのでしょうか。世間に向けてかっこよく振舞っている自分自身を疑う力はどうやれば育てる事が出来るのでしょうか。
 戦争や国家という遠くて大きな「問い」に向かうアプローチに歩みだそうとしている諸君に限らず、ぼくのような役立たずな老人にとっても、必要なことは、「ひょっとして、ぼくは・・・」という小さな「問い」ではないでしょうか。
 ということで、今日はひとまずグッド・ラック!お元気で!(S)2005・1・27
追記 2019・10・16
​ 15年前の18歳、今は、30歳を越えて、一人前の社会人として活躍しているのでしょうか、実際、どうしているのでしょう。ここに案内した鶴見さん岡部さん、もう、この世の人ではありません。かくいうぼく自身も、これと言ってしなければならないことがあるわけではない徘徊老人です。​
​​​​​ その徘徊老人が、「何でも見てやろう」式に覗いた元町映画館の小部屋で見たフィルムに心が騒ぎました。それは影山あさ子さんたちが撮った「ドローンの眼」という。短いドキュメンタリーでした。そこには、ぼくたちの眼には隠されている「沖縄」が映し出されていました。そして、何よりもぼくの心を騒がせたのは、そこには「戦争が露出」していたことです。

 そのフィルムを見た帰り道、ザワザワするぼくの心が、繰り返し思い浮かべていたことは、​あの頃、生徒さんたちに書いたことを「ひょっとして、ぼくは、忘れようとしている」のではないかということでした。​​​​​​
​​​​ ​「あんな戦争まちごうてる」岡部伊都子が、一生かけて書き遺した言葉は、やはり、忘れてはいけない。誰かに伝えていきたい。今、そう思っています。
追記2020・05・19
 沖縄の南、小さな島々がこっそりミサイル基地化されつつあるそうです。中国を仮想的にした戦争の準備を、「現実的」な情勢判断だと口する「戦争屋」がこの国にもいて、金が、税金が動けば儲かる「利権屋」がいるのでしょうね。
 コロナ騒動の影響でつぶされたり、瀕死の状態に陥っている小さな事業者を見殺しにしながら「国」を守るというような御託を並べる政治家を見ていると暗澹とします。
 とはいうものの、古いやつだと思われながら、岡部さん鶴見さんを紹介していくほか手立てはなさそうです。
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最終更新日  2020.12.22 17:17:33
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